国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(No.12) 
新たな中ロ軍事協力に備えを

2019-08-08
岡田 美保(日本国際問題研究所研究員)
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 2019年7月23日、ロシアと中国の複数の軍用機が島根県の竹島(韓国名・独島)周辺の上空に相次ぎ侵入した。韓国軍は、ロシア機が「領空」を侵犯したとして360発の警告射撃をし、ロシア政府に再発防止を求めた。日本は領空侵犯したロシアと、日本の領空内で警告射撃をした韓国にそれぞれ抗議した。韓国国防省によると、竹島上空を「侵犯」したのはロシア軍のA-50空中警戒管制機であり、23日午前9時すぎから2回飛行した。緊急発進した韓国空軍のF-16戦闘機などが無線で警告をしたが反応がなく、1回目に80発、2回目に280発の警告射撃をした。これとは別に、ロシアのTu-95爆撃機2機と中国のH-6爆撃機2機も韓国の防空識別圏内を1時間半近く飛行し、編隊を組むような行動を取った。本件は複数の論点を孕んでいるが、ここでは、中国とロシアの軍事協力が、対ロ制裁の長期化、核軍備管理体制の後退、米中対立の恒常化等を見据えて、これまでとは異なる段階に進みつつある点を論じたい。

 ロシア国防省は「侵犯」については否定しているものの、中国機とロシア機が同じ時間帯に韓国の防空識別圏内を飛行したことは決して偶然ではない。メドヴェージェフ首相は、7月18日、「国防省と外務省の一致した提案」を受け、「国際合意に関する法律」に則って、中国との軍事協力に関する合意に向けた交渉を開始する旨の政府指示に署名している(ロシア政府公文書ポータルサイト)。この政府指示は、交渉が、いつ、どこで行われるのか、いかなる協力項目が交渉の対象となるのかについては言及していない。だが、この合意の内容について、ロシア議会下院防衛委員会のシュヴィトキン副委員長は、7月22日、合同軍事演習や武器輸出といった従来の協力分野に加え、「軍事面での相互行動と協力も有力な方向性となると思う」と発言した。また、同上院防衛安全保障委員会のクリンツェヴィッチ委員は、同日、中国との合意では、技術協力のほか、「安全保障問題における相互行動の組織や、中ロ両国が長大な国境を接していることを踏まえ、ロシア極東の防空システムの中国による利用によって国境警備を強化することが考えられる」と述べている(RIA-Novosti、2019年7月22日)。さらに、国防省に近い筋の話として、新たな合意は、これまでより複雑な合同軍事演習や巡回飛行の実施を含む可能性があるとも報道じられている(Vedomosti、2019年7月23日)。

 中ロを新たな軍事協力へと促している最も直接的な背景は、2月2日の米国およびロシアによる中距離核戦力(INF)条約脱退通告によって、8月2日に同条約が終了する事態に対処することにあるのであろう。米国による条約脱退の意向表明は、ロシアによる条約違反疑惑もさることながら、INF条約が、米ロだけの中距離ミサイル保有を禁じながら、中国をはじめとする諸国がその増強を続けていることに対する問題意識に端を発している。条約の終了によって、米国は地上発射型の中距離ミサイルの生産・配備に関するフリーハンドを得るが、地上発射型中距離ミサイルでの中国への対応を念頭に置く場合、北東アジアの同盟国に配備する必要が生じることになる。従来から、米国およびその同盟諸国が弾道ミサイル防衛(BMD)システムの配備を進めてきたことを踏まえれば、条約の終了は、米国が北東アジアの同盟国に、BMDによって防御された地上発射型中距離ミサイルを配備することが法的に可能になることを意味しており、中ロ両国にとっては深刻な安全保障上の懸念となる。同盟国側の観点から言えば、国内世論などもあり、配備にまで至る可能性は現実には当面低いのだが、中ロ両国は、そのような事態を見据えて、軍事協力に向けて動き出しているのである。そこには、米国が、同盟国に対する防衛義務をどこまで重視しているかを見極めるため、実際の対応ぶりを試すような軍事行動も含まれるだろう。

 中ロの協力関係については、しばしば、両国の歴史的な相互不信をふまえ、その便宜的性格や不安定性が強調されがちである。確かに、中ロそれぞれの対米アプローチには、イシューによって異なる温度差があり、対応が噛み合わないことも多い。また、中国とロシアが互いの対外行動のすべてを支持しているわけでもない。だが、米ロ対立、米中対立が継続する限り、中ロは、基本的利害を共有できる数少ない大国であることも否定できない。相互不信が根強い中で、軍事分野での協力を作戦面にまで深化させることは難しいのではないかと言われてきた両国が、合意による制度構築を通じて協力を進めようとしている。これまでの中ロの軍事協力は、1993年10月11日に両国国防省間で交わされた軍事協力に関する合意を基盤として行われてきたが、ここでは、協力の方向性と項目が列挙されているだけであり、作戦面での協力を継続的に行っていくためには、手続き面、実体面ともに十分具体的なものとは言えない。新たな二国間合意によって相互不信が緩和される度合いは限定的であるかもしれないが、今回の爆撃機の飛行は、中ロの軍事面での協力が、今後も当面は深化していく余地があることを示したといえる。

 他方、中国を加えた核軍備管理の必要性はもとより指摘されてきたところであるが、核戦力において、米国との対称性を追求してこなかった中国を、冷戦の二極構造を前提とした、量的均衡による数的制限の枠組みに加えることはそう簡単ではない。中国を巻き込む形での新たな枠組みに関しては、5月13日にソチで行われた中ロ外相会談の場で議論されたものの、王毅外交部長は中国の参加を改めて否定する一方、ラブロフ外相は、米国が中国と直接対話して協議すべきだとの立場を示した。ロシアとしては、中国の立場を尊重し、軍備管理の問題でロシアが国際社会の対中圧力に加担する可能性を明確に否定したのである。INF条約後の戦略的競争に備え、中ロ両国が、これまで同様、ないしこれまで以上に各々の戦力整備に注力し、また、従来は想定されなかったような共同軍事行動を見せることによって、日本の脆弱性は高まると予想される。

 日本としては、多国間での中距離核戦力制限交渉について、ジュネーブ軍縮会議や国連などの場で提案・主張するこれまでの外交努力を続けるとともに、非対称性を前提とした、現実的な軍備管理・軍縮のあり方(例えば、ホットラインの設置・活用など危機管理の枠組みの構築・強化のほか、ミサイルの能力や数に関する上限設定や透明性措置、ミサイル発射の相互事前通告、配備区域の制限等)を模索していくことが求められる。そして同時に、日米同盟及び日本自身の防衛努力を通じ、抑止力と軍備管理との適切なバランスを図っていくことが一層重要となるであろう。

※本稿は、平和安全保障研究所の論評RIPS' eyeに掲載されたものを、加筆・修正のうえ転載したものである。