国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(No.11) 
韓国向け輸出管理の運用見直しについて

2019-07-12
髙山 嘉顕(日本国際問題研究所 軍縮・科学技術センター研究員)
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 経済産業省は7月1日、韓国に対する輸出管理の運用を見直すことを発表した。その概要は、(1)特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え、および(2)韓国に関する輸出管理上のカテゴリーの見直しである。本稿の目的は、この措置の内容を検討することで、その意味を理解することにある。

保護主義的措置ではない

 今回の日本政府による輸出管理の運用見直しは、一部報道されているような自由主義の原則に反する保護主義的な措置ではない。今回の措置を実施するに際し経済産業省は、「輸出管理制度は、国際的な信頼関係を土台として構築されていますが、関係省庁で検討を行った結果、日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況」があること、および「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこと」を挙げている。
 そもそも輸出管理は、自由貿易体制を裏打ちするものとして、国際的なルールに従って大量破壊兵器等(WMD)や通常兵器関連の資機材・技術、希少動植物等の輸出・移転をコントロールするものである。各国は国際ルールの下で各々独自の制度を構築している。今回日本政府が安全保障上の懸念に基づいて輸出管理上の手続きを見直したこと自体をもって、日本が自由貿易主義の原則に背を向けたというのは適切な理解ではない。日本政府が「不適切な事案」の詳細内容を明かしていないため断定的なことは言えないが、今回の対韓輸出管理の運用見直しは、韓国の国内輸出管理体制の不備や日韓間での輸出管理協議が途切れている状況を踏まえ、安全保障上のインプリケーションを持つ輸出管理上のダイバージョン(軍事転用または再輸出・再移転)リスクを低減させるための措置だったと考えられる。

具体的措置の内容

 以上の点を理解するために、今回の措置の具体的内容を見ていこう。
 まず、(1)特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替えである。この措置は経済産業省の発表から3日後すなわち7月4日より実施された。この運用見直しにより、3つのリスト品(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素)の韓国向け輸出(およびこれらに関連する製造技術の移転)が包括輸出許可制度の対象から外れた。この措置の対象となったフッ化ポリイミドはスマホのディスプレーなどの有機ELディスプレーに使われ、レジストは半導体の基板に塗る感光材で、フッ化水素は半導体製造過程でシリコン洗浄に使われたり、エッチングガスとして使われる。いずれもハイエンドな民生品である。その一方で、これらの品目は軍事利用も可能であることから国際輸出管理レジームでリスト規制対象とされている。航空宇宙やエレクトロニクス分野で幅広く使われるフッ化ポリイミドは、ワッセナーアレンジメント(WA)の汎用リストに特殊素材として掲載され、レジストはWAの汎用リストにエレクトロニクス関連の素材として掲載され、フッ化水素は神経剤の前駆体(プリカーサー)でサリン製造などに使われることから、オーストラリアグループ(AG)の規制リストに掲載されている。かつては、ドイツがシリア向けにフッ化水素の輸出を行っていたことが発覚し様々な反響を呼んだ。
 これら3品目が包括許可の対象から外れた結果、輸出者はこれら3品目を韓国向けに輸出等するために(契約ごとに)個別の輸出許可申請を行い、経済産業省による輸出審査を受けることが必要になった。一部報道では審査期間が90日程度かかるとされていたが、実際に多くの安全保障上懸念のない取引に要する審査期間は40~50日程度と見られる。90日というのは審査に係る最大期間の目安である。もちろん、審査に通れば輸出可能である。輸出された貨物や技術が軍事転用されず、また、無許可で第三国に再輸出・再移転されないと審査当局が判断すれば、当該案件に輸出許可がおろされる。個別契約ごとに輸出許可を得ることが必要になったということは、輸出申請が拒否されることを必ずしも意味しない。輸出申請が拒否されるのは、軍事転用や迂回輸出のリスクという点から不適切と見なされた案件のみである。迂回輸出リスクの低減という点では、受領国(韓国)の輸出管理が適切なレベルで備わっているかということが重要な参照ポイントとなる。
 次に、(2)輸出管理上のカテゴリー見直しとは、韓国を輸出管理上のホワイト国のカテゴリーから外すことを指す。日本の輸出管理制度では、①核不拡散条約(NPT)をはじめとするWMDに関する条約に加盟し、②原子力供給国レジーム(NSG)やワッセナーアレンジメント(WG)などの国際輸出管理レジームに全て参加し、および③キャッチオール規制制度を導入している国がホワイト国と呼ばれている(正式には「輸出貿易管理令別表第3に掲げる地域」という)。現在は米国や英国など27カ国がホワイト国とされており、これらの国からWMDの拡散が行われるおそれがないと考えられることから、キャッチオール規制の対象外となる等の輸出管理上の優遇措置を受けている。韓国がホワイト国になったのは2004年のことで、同国はアジアで唯一のホワイト国とされてきた。7月1日に経済産業省が発表したのは、韓国をホワイト国から削除するための政令改正についてのパブリックコメントを募集するということだった(パブリックコメントの受付は7月24日まで)。報道では、韓国をホワイト国から除外するのは8月が目途とされている。
 韓国がホワイト国から外れた場合、日本からの韓国向けの輸出はキャッチオール規制の対象になる。キャッチオール規制とは、輸出に際して許可申請が必要な貨物や技術(リスト規制品)以外の貨物や技術(非リスト品)を取り扱う場合に、①当該貨物・技術がWMDや通常兵器の開発等に用いられるおそれがあることを輸出者が知った場合、または②経済産業大臣から許可申請をすべき旨の通知を受けた場合に、経済産業大臣の輸出許可が必要になる制度のことである。非リスト品であったとしてもWMDや通常兵器の開発等に資する輸出・移転には許可が必要というのが、キャッチオール規制制度の趣旨である。逆に言えば、ある非リスト品の取引がWMDや通常兵器の開発等のダイバージョンリスクにつながらないと判断される場合には、輸出者は当該取引を行うことが可能である。迂回輸出のリスク低減という点から見れば、受領国がキャッチオール制度をはじめとする輸出管理体制を適切なレベルで備えているかという点が、輸出許可判断の際の重要な参照ポイントである。
 以上みてきたように、今回の運用見直しは韓国に対する禁輸措置の導入ではない。軍事転用や迂回輸出のリスクがなければ、個別審査の対象となった3品目の韓国向け輸出は可能である。また、韓国がホワイト国から除外されたとしても、軍事転用や迂回輸出のリスクがあるものでないと判断されれば、非リスト品を韓国向けに輸出することは可能である。したがって、今回の措置が「真の民生取引(bona fide civil transactions)」の妨害を禁じるWAの精神に反するとの議論も正しいものではない。今回の措置によって輸出が認められなくなったのは、「真の民生取引」に該当しない取引だからである。今回の措置がターゲットとするのは安全保障上のインプリケーションをもつダイバージョンのリスクであり、その民生取引に及ぼす影響の程度は(輸出許可申請の繁雑化や審査プロセスの長期化などがあるにせよ)限定的であろう。
 
 

おわりに

 今回の措置を通して日本政府は、韓国の輸出管理体制およびその履行体制が国際的標準にあうものになることを期待しているといえる。もとより輸出管理の国際的な平準化は、ハイテク分野の自由で健全な交易の基盤にも資するものである。日本政府の今回の措置は、けっして自由貿易体制に背を向けるものでも、保護主義的な措置を意図するものでもない。むしろ輸出管理の平準化を進めることで、ハイテク貿易に絡む安全保障上のリスクを抑えつつ、自由貿易体制の基盤を整備するものと見るべきものである。
(2019年7月12日)