「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
2022年秋、中国では5年に一度の中国共産党全国代表大会が開催される。習近平総書記は、2022年秋の第20回党大会に照準を合わせて、これまで着実に権力を強化してきた。今や、党大会で留任し、異例の三期目に入ると予想されている。本稿では、エリート政治の観点から、第20回党大会及びその先の2027年以降について、現時点での展望を紹介したい。その上で、安全保障政策への影響についての若干の分析を示す。
第20回党大会の注目論点
秋の第20回党大会における第一の問題は、習近平がどの役職で以って留任するかである。現時点で最も可能性が高いのは、総書記、国家主席、中央軍事委員会主席という現在の役職に留任するというシナリオである。慣例を破ることとなるが、従来の定年制は不文律であり、法的な問題はそもそも存在しない。党主席制の復活も可能性としては考えられる。第19回党大会の前に、すでに党主席制の復活が議論されていたようである。とはいえ、党主席制の復活は、大きな制度変更を伴うため、現実としてハードルが高く、実現可能性は大きくはない。しかし、将来的に2027年の党大会で実現する可能性は十分に考えられる。
第二の問題は、指導部の定年の問題である。習近平が留任するとなると、従来の「七上八下」(67歳までは留任、68歳以上は退任)ルールはどう処理されるのか。習近平のみを例外とするのか、それともこの不文律自体を廃止するのか。現在の政治局常務委員のうち、2022年秋に68歳を超えるのは習近平、栗戦書、韓正の3人である。また、他の4名の政治局常務委員の処遇がどうなるのかも不透明である。定年の問題は現在のところ全く情報がなく、秋に発足する新指導部、ひいてはその先の人事を予測するための前提条件が殆ど消滅した状態となっている。ただ、定年制ルールを完全に撤廃するとなると、定年がすでに制度的に導入されている国家機構の人事サイクルにも多大なる影響が出る上、高齢の幹部が留任することとなり、リスクがあまりにも大きい。また、習近平にとっては、同年代の幹部が退職し、自らに忠実な若い世代が主要な役職についたほうが有利でもあるはずである。そのため、定年制の撤廃は限定的な範囲にとどめたほうが習近平にとっても望ましいと思われる。
第三の問題は、政治局常務委員会の人数の問題である。通常、政治局常務委員会は、意見が分かれた時に多数決で決定が下せるように奇数になっており、現在の政治局常務委員会は7人から構成される。2002年から2012年までの胡錦濤政権機は9名であった。過去には5名だった時期もある。第20回党大会において、現在の7人体制が維持されるのか、それとも5人に減員されるのかも一つの論点となりうる。政治局常務委員会では分業体制を取っているが、習近平の権力が強化された背景には、政治局常務委員会が2012年に減員されたことで、格下げとなった政法部門などの業務を習近平が担当することができたことがある。もし5人に減員されれば、習近平が管轄する領域はより広がることとなる。
第四の問題は、人事である。党大会での注目人事については、筆者による別稿を参考にされたい。
2027年以降への展望
習近平が2022年秋の党大会で最高指導者に留任するという予測はもはや観察者の共通認識となっている。ならば、習近平がいつまで最高指導者であり続けるのか。2018年の憲法修正によって国家主席の任期制限が撤廃された際、習近平は終身制を狙っているという推測が広がった。終身とまでは行かなくとも、少なくとも2032年までは最高指導者であり続けるのではないかという見方もある。中国政治は不確実性が高く、5年以上先のことを予測するのは困難であるが、ここでは、習近平の任期という重要問題について考えるための要素を簡単に整理したい。
第一に、習近平の年齢問題である。現在の習近平は健康面に問題を抱えているようには見えず、精力的に活動している。しかし、加齢は指導者にとっては大きな問題である。胡錦濤は2012年に引退し、公的な場に登場することが少なくなったが、記念行事や党大会に出席するたびに著しく衰えた様子を見せている。国家指導者の業務は膨大であり、10年を超えてそれを担うのは、心身への負担が極めて大きい。かつて毛沢東は死去するまで指導者であったが、今日は毛沢東の時代とは大きく変わった。最も大きな変化は外交活動である。毛沢東は殆ど国外に出ることがなく、党務においても会議に出ることなく、思考に耽り、戦略を練ることに集中できた。しかし、中国の国際的な影響力が強まるにつれて、今日の中国の国家指導者は頻繁な外遊を要求されている。2020年以来のコロナ禍のため、習近平はすでに2年近く国外に出ていないが、この特殊の状態が今後常態化するとは考えにくい。外遊は、時差もあり、心身への負担は極めて大きい。70歳を超えた高齢者が国家元首として頻繁に行うのは困難である。習近平は毛沢東のように党務に専念し、別の信頼できる人物を国家元首として外交を任せるという考え方もあるが、それはまさに毛沢東と劉少奇の関係である。国家主席を劉少奇に譲ったことで二重権力状態が生まれ、毛沢東は劉少奇に対して疑心暗鬼となり、文化大革命へと発展した。鄧小平のように全ての役職から退任し、事実上の最高実力者として影響力を振るうという考え方もある。しかし、役職から退任した時点で、権力継承過程は始まり、影響力の低下は免れない。鄧小平も1989年に中央軍事委員会主席から退任した後、その言動は公式メディアで報道されることが少なくなり、急速に影響力を低減させた。1992年に改革・開放を再加速させた南方視察は、香港のメディアを利用した乾坤一擲であり、鄧小平の政治芸術の成せる技であった。それでも南方視察の後、1996年に死去するまでに鄧小平は殆ど影響力を失った。このように、習近平が死去するまで最高指導者の座にあり続けるには、こうした加齢に伴う困難を克服するだけの権威を保持し、政治芸術を発揮しなければならない。
第二に、習近平の敵対勢力についてである。現時点において、習近平に対抗しうる勢力は皆無である。かつて上海閥と共青団の対立の中で習近平が台頭したが、それらはいずれも習近平を前にして殆ど消滅しつつある。現指導部の中で習近平と距離があると言われる李克強や胡春華も習近平にしたがっており、対立的ではない。もちろん、様々な政治課題において習近平も抵抗に直面することはあるが、それがまとまった勢力を形成できる状況ではもはやない。この構造が近い将来に変化する兆候はなく、少なくとも2027年の党大会までは習近平の圧倒的な優勢は維持されると思われる。
第三に、後継者問題である。かつて毛沢東は劉少奇と林彪の二人の後継者を失脚させ、鄧小平は胡耀邦と趙紫陽の二人の後継者を失脚させた。後継者問題は権力者にとって常に頭を悩ませる。それを解決するために導入されたのが定期的な指導者の交替である。5年ごとの指導部人事調整、10年ごとの指導部の世代交代は江沢民、胡錦濤を経て、すでに制度として定着し、政治エリートは党大会での昇進に合わせてキャリアを積んできた。2012年の習近平政権発足時、胡春華と孫政才が第六世代の指導者候補として注目される存在となっていた。しかし、習近平の留任によって、最高指導者の交代時期が不確実という事態になると、競争のルールが大きく損なわれる。若手、中堅の政治エリートは昇進のスケジュール観を失い、昇進のための戦略を練るのが困難となる。それによって二つの深刻な問題が生じる。一つは最高指導者とその部下の間の関係悪化である。習近平には陳敏爾や李強などの信頼できる部下が多くおり、次の党大会では政治局常務委員会入りを伺う。論理的に考えれば、今後、自分の地位を部下が狙っていると習近平が疑心暗鬼になる可能性が高まるだろう。毛沢東や鄧小平とその部下たちの命運を見るに、権力者と追従者の関係は決して簡単ではない。もう一つの問題は、習近平勢力の内部分裂である。かつて毛沢東が文化大革命を発動した後、林彪勢力と江青勢力とが激しく対立した。それは毛沢東への忠誠合戦の様相を呈していたが、その影響は甚大であった。習近平は自らの部下を大量に抜擢し、自らの勢力を拡張したが、そうすれば、次、あるいはその次の指導部人事をめぐる競争は、習近平の部下たちの間で展開されることとなる。その意味では、習近平政権も内部に一定のリスクを抱えていると言える。なお、ポスト習近平候補となる第七世代の注目人物については、筆者による別稿を参考にされたい。
安全保障政策への影響
ここまでエリート政治の観点から、2022年秋の党大会及びその先の展望について整理してきた。これまでの議論をもとに、中国の安全保障政策への影響について分析したい。中国の安全保障政策を検討する上で、まず考慮すべき重要な要素として、以下の3点を挙げたい。第一に、人民解放軍の独立性である。これは、ハンティントンのいうプロフェッショナリズムの観点での独立性ではなく、文民統制が脆弱という意味である。中国において、軍の実質的な決定は、中央軍事委員会が担っている。その主席は習近平であるが、ただ一人の文民である。李克強国務院総理をはじめとする文民幹部は、中央軍事委員会のメンバーとなっておらず、軍と関わりを有していない。国務院には国防部があり、中央軍事委員会委員でもある魏鳳和が部長を務めているが、国防部は安全保障政策決定において殆ど実質的な役割がなく、主に軍関係の外交を担当している。李克強ら党幹部は軍に殆ど影響を及ぼすことができず、文民統制が制度として脆弱であることは明らかである。重要な問題については、政治局常務委員会や政治局の会議に持ち込まれるため、発言権が皆無というわけではないが、安全保障政策については、アジェンダセッティングや具体的な政策形成は殆ど軍の専管事項に近い状況になっていると思われる。しかし、一方で、軍の政治的影響力が拡大しているとは決して言えない。かつて人民解放軍の将軍たちは、党の副主席など重要な政治的役職についていたが、今日、政治局常務委員会には軍人がおらず、2名の中央軍事委員会副主席が政治局に名を連ねるにとどまる。安全保障以外の政策領域について、軍は殆ど影響力を及ぼすことができない状況である。
第二に、党が軍を領導するという原則の存在である。一見、上で言及した軍の独立性と矛盾するが、中国において、共産党は「党政軍民学、東西南北中」の全てを領導する存在であり、軍も当然党の領導の下にある。党による軍の領導は政治将校の存在によってなされる。各部隊には軍内での政治学習や思想教育を担当する政治委員が設置され、部隊の司令員と同格として扱われる。このような政治将校の地位は、党代表としての毛沢東の軍における指導的地位を確定した1929年の古田会議以来、軍の中で貫徹されてきた基本的な組織原理である。しかし、実は軍に対する党の領導メカニズムはこの政治委員制度以外に殆どない。また、そもそも政治委員も軍人であり、文民統制のメカニズムではない。習近平は繰り返し軍に対する党の領導を強調するが、それは党の領導が行き届いていないことに対する危機意識の裏返しでもある。
第三に、中央国家安全委員会の存在である。中央国家安全委員会は、2013年に設置が決定され、2014年に発足した組織であり、中国版のNSCにあたる。しかし、発足してから7年経っても、メンバーや会議開催が公表されず、実態は依然として不明なままである。この組織は、国際安全保障のみではなく、国内治安などを含めた広義の安全保障を議論する場であり、李克強をはじめとする文民も多くメンバーになっていると思われる。仮に安全保障政策が中央軍事委員会ではなく、中央国家安全委員会で議論されるということになれば、政策決定メカニズムが大きく変化することとなり、文民の関与が劇的に深まることになるが、2021年12月現在、必ずしもその兆候は見られない。端的にいって、中央国家安全委員会は、当初観察者が期待したほどの効果を発揮していない。しかし、仮に今後政策過程に変化が生じた場合に備えるためのハコが作られたことは間違いないだろう。
以上に挙げた要素について、秋の党大会までに大きな変化が生じる兆候はない。国家機構と軍のつながりは弱く、文民は安全保障領域の政策過程に殆ど関わる機会を持たない。軍においては、中央軍事委員会主席でもある習近平による支配が近い将来にわたって継続されるだろう。習近平は軍からキャリアをスタートさせ、公式経歴にも軍での兼任職を記載しているように、軍との関係が強固である。1970年代生まれのポスト習近平世代までを視野に入れても、有力な幹部の中で軍との関係が深いと言える人物は見当たらない。習近平の権力基盤が安定している間、党軍関係も、習近平のリーダーシップの下で一応の安定を維持すると思われる。しかし習近平が退任した場合、軍が新たな指導者に忠誠を誓うのか、党軍関係が緊張するかどうかといった重要な問題については、現時点で判断することは不可能である。
習近平による支配が少なくとも近い将来継続されると仮定した場合、中国をめぐる安全保障情勢は緊張が続くだろう。最大の問題は台湾である。習近平は福建省での勤務経験も長く、台湾問題を重視しており、繰り返し統一への意欲を示している。しかし、台湾の大陸に対する好感度は下がり続けており、近い将来の平和統一は現実的ではない。一方で、中国が台湾海峡における軍事活動を活発化させていることに対して、米国、日本をはじめとして諸外国は強い懸念を示してきた。台湾問題はここ数年で明らかに急激なエスカレーションを見せている。しかし、これは必ずしも中国による台湾への武力侵攻が行われようとしていることを意味しない。中国が武力行使という選択肢を放棄していないというのは事実ではあるが、実際に武力を行使するハードルは極めて高い。戦争を遂行できるだけの財政的余裕と国内の支持が必要であることはもちろん、米国の支援が予想される中で、台湾島を攻略し、占領することは軍事的に困難である。人民解放軍および自らの領土の一部であるはずの台湾社会に与える損害も大きく、戦争および外国の制裁による経済的損失も天文学的な規模になるだろう。台湾の統一が実現されれば、習近平の最大のレガシーとなるだろうが、その実現可能性は小さく、リスクはあまりにも大きい。現在、安定的な地位をすでに獲得した習近平にとって、無謀な台湾侵攻を決行する必要性は殆どない。ただし、台湾海峡の緊張は継続するだろう。台湾の民進党政権は、両岸がともに中国が一つであることに合意したとするいわゆる「九二コンセンサス」を認めていない。大陸側にとって、「九二コンセンサス」は前提であり、それを認めない限り、政治的軍事的圧力を加え続ける。この緊張状態の下では、偶発的な事故や事件が発生する危険性があり、それが本格的な武力衝突に発展しないように管理することが重要である。
米中関係についても同様である。中国と米国との関係において、気候変動や北朝鮮などの協力すべき政策課題も多く、経済的関係も深い。しかし、安全保障においては、中国の軍事的発展に対して、米国が軍事力と同盟強化によって対抗するという構図がしばらくの間持続するだろう。習近平は現在の強国強軍路線を維持し、空母の建設や海軍の増強も継続されると思われる。しかし、米国の軍事的優勢は揺るがず、習近平政権が本格的に米国の覇権に挑戦する可能性は限りなく低い。中国と米国は直接領土を接しているわけではなく、また中国は米国本土付近まで軍を送る能力を持っていない。両国の安全保障面での対立は、中国周辺、即ち台湾、南シナ海、東シナ海、あるいは西太平洋などの地域に集中するというある非対称的な状況である。習近平政権は発足以来、対米関係を重視しており、その安定化に腐心してきた。一方、米国では党派を問わず、政策関係者、ワシントンのシンクタンク関係者、専門家などの対中認識が急速に悪化し、今では強硬姿勢が対中政策の基調となった。米中関係は、しばらくこうした緊張状態が継続するだろう。
中国には、21世紀中葉までに「世界一流の軍隊」を作ると言う目標がある。そのためには、2035年までに国防と軍隊の近代化を基本的に実現するとしている。2035年に習近平は82歳を迎える。依然として習近平が政権の座にある可能性もあるものの、不確定要素は多い。しかし、こうした目標は指導者によらず遂行されるものであり、中国の軍事近代化は長期にわたって、着実に進められるだろう。とはいえ、それはこれまで数十年進められてきた軍事力強化と近代化の延長線上にあると言えよう。中国の安全保障政策について、習近平政権の下で短期的に劇的な変化が生じる可能性は大きくない。
*関連する李昊の論考
・『中国共産党新政治局常務委員の"プロファイリング"』日本国際問題研究所、2019
・「習近平政権の対外政策におけるエリート政治要因」『中国の対外政策と諸外国の対中政策』日本国際問題研究所、35-43頁、2020
・「3期目をにらむ習近平集権体制の不安」『e-World Premium』第76号、20-23頁、2020
・「全人代の注目人事 中国国家機関の新指導者たち」『外交』第48号、32-37頁、2018
・「最高指導部 政治局常務委員の横顔」『外交』第46号、19-23頁、2017
*本稿は、防衛省受託研究として執筆した論文の一部を加筆修正したものである。