研究レポート

アメリカ外交の展望(2) トランプ外交は現実主義か、イデオロギーか

2024-06-24
佐橋亮(東京大学東洋文化研究所准教授)
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「米国関連」研究会 FY2024-2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

前回に強調したように、トランプ政権が再来したとしても、それはある種の現実主義的な外交政策なのかもしれない。

もちろん、中国などが台頭しているとはいえ、アメリカが依然として傑出した軍事力、経済力を有していることに鑑みれば、そこまで自らの利益に敏感な現実主義になる必要があるのか、アメリカには長期的な利益を確保するための余裕もあれば、世界で実現した理念もあるのではないかと主張することはできる。しかし、国内政治の分極化に加え、同時多発テロ後に長く続いた「介入主義」への批判も土台となり、アメリカ政治において逆向きのベクトル、つまり理念の追求よりも自己利益を追求する向きが強くなることはやむを得なかったのかも知れない。

エルブリッジ・コルビーの現実主義

トランプの外交や安全保障政策を担う人々や、それに強く影響を与えるであろう議論には、こうした現実主義が散見される。もちろん、依然としてアメリカのパワーを高く見積もり、その覇権の保持を前提に戦略を主張するものも、のちに取り上げるポッティンジャーのように存在している。しかし、たとえばPolitico誌がトランプ第2次政権の国家安全保障担当大統領補佐官候補の一人として名前を挙げたエルブリッジ・コルビーは、かなりの現実主義者といえる。(エルブリッジ・コルビー『拒否戦略』日本経済新聞出版本部、2023年)

コルビーが中国に焦点を当てるべきだと主張していることで、彼の立場は覇権主義的な戦略観だと誤解されたところがある。しかし実態は異なり、彼は中国のアジアにおける地域覇権の獲得を防ぐことを目的として設定し、中国の成長の前に優位の回復は不可能だが、アメリカと同盟国で中国の領土獲得の試みを拒否する能力を持つべきと主張している。たしかに、きわめて視野が狭い、トランプ側近らの孤立主義的な見方とは違うが、中国への強硬派にありがちな覇権主義的な見解とも一線を画す。また、ウクライナへの支援継続を必須と考える大西洋主義者たちとも決別している。ウクライナは「欧州にやってもらえばいい」(読売新聞、2024年6月8日)のである。

コルビーの元々の主敵は共和党内の孤立主義と考えられる。だが、覇権主義的な外交政策を唱える共和党内の対中強硬派からも警戒されている。なぜならば、彼らは対露強硬派でもあるため、対中専念主義とさえ言えるコルビーの議論とは馴染まないからだ。コルビーの主張は、中国こそがアメリカの利益を脅かす存在であって、資源をそこに集中すべきというシンプルなもので、戦略目標の設定はある意味で控え目とさえ言える。

コルビーには防衛努力に欠ける同盟国やパートナーは不誠実に見える。そのため、台湾や日本に一層の努力を求める発言を繰り返しているため、対中強硬論と受け止められる。ただ、彼の見方は政治イデオロギーでは無く、独特な思考経路によって成り立っており、その思考経路には国際政治学の影響も強く感じさせるのである(『拒否戦略』にも、シカゴ大学のミアシャイマーをはじめとした多くの文献が引用されている。)なお、彼が経済安全保障や、貿易政策を通じた同盟国との関係強化をどのように考えているのかは不明である。

イデオロギー色の強いオブライエン論文

2024年7/8月号の『フォーリン・アフェアーズ』に、トランプ政権の国家安全保障担当大統領補佐官(2019年9月〜2021年1月)を務めたロバート・オブライエンは、一文を寄せておりi、トランプ政権が再誕生した場合の青写真とみなすものもいる。ただし、彼がトランプとの関係が近いことは事実のようだが、この論文が現時点でトランプに示されたことを否定し、公式の立場では無いとトランプの選挙対策本部は明確にしているii。それでも、この論文はおそらくトランプ前政権を担った主流の考えをある程度示しているとみなすことはできる。

さて、オブライエンはレーガン大統領時代のフレーズであった「力による平和」を用いながら、トランプ政権が再び船出したときに、中国との経済的ディカップリング(分離)や、地域のパートナーとの軍事協力の拡大を挙げている。具体的提案は乏しいものの、リムパックへの台湾招待も挙げている。そもそも、オブライエンにとって中国は「軍事的かつ経済的な恐るべき敵(a formidable military and economic adversary)」になったのである。同じ号に掲載されたベン・ローズ(オバマ政権の国家安全保障担当・次席大統領補佐官でありスピーチライター)の論文iiiが、中国との競争の一方で外交努力を評価していることと対照的である。ローズは中国を明確に定義してさえもいない。オブライエンにとって、こうした民主党の対中姿勢がバイデン政権の「曖昧な(対中)シグナル」を作り上げており、2020年に彼が補佐官を務めたときのような、イデオロギー的にも中国を敵視したようなアプローチが望ましいと言うことになるのだろう。彼の論文は徹頭徹尾、中国を意識して世界戦略を語っている。

オブライエンがそうであるように、共和党主流の議論において中国は強く意識されている。他方で、コルビーのように、それだけに専念するということにはなっていない。やはり、ジョージタウン大学のマシュー・クロニッヒら共和党系の外交専門家による『我々が勝つ、奴らは負ける(We Win They Lose)』も、中国は第一の課題ではあるものの、それだけではないことを強調する。オブライエンもウクライナへの支援を否定せず、トランプが繰り返し示唆するような停戦の実現を図るために、アメリカの意図を予測不可能にするアプローチが良いとも主張している(これはベトナム戦争におけるニクソン大統領のマッドマン・セオリーを若干彷彿とさせるものだ)。こうした主流の議論に存在するのは、アメリカの戦略資源が未だに大きいという考えであって、覇権主義とも、軍事主義とも言える。

トランプ外交の性格はどうなるのか

再びのトランプ外交が現実主義的な性格をもち、孤立主義ではないとしても、やはり覇権主義のような発想が依然として根強いものになる可能性は十分にある。アメリカの覇権を前提に、世界戦略の大枠を可能な限り維持しようという考えを、共和党の主流や、軍をはじめとした政府機関が後押しするという構図だろう。そして、そうした立場はイデオロギー的に権威主義諸国の政治体制を拒絶し、その国際的なネットワークを強く警戒することだろう。さらに、トランプ政権の通商代表を務めたライトハイザーに共鳴するかのように、経済面で中国との分離を主張する。ライトハイザーのような経済ナショナリストと、覇権主義者が融合したところに、トランプ外交の姿が立ち上がってくると考えるのが定石だろう。

しかし、筆者はそれでも、コルビーの議論を見逃してはならないと考えている。コルビーのような考え方もアメリカ・ファーストと親和性が近い。アメリカ・ファーストの考えは、やはり、それほど果敢に国際的脅威に資源をつぎ込むことを本来是としない。彼らも中国の台頭がもたらす問題にはある程度気づいているが、本格的な対決を想定した政策に近づくことには躊躇が生まれてくる。この点については、2018年から19年にかけて、米中貿易交渉がうまく行っていないときにのみ対中強硬策が推進されていたことを想起すべきだろう(佐橋亮『米中対立』中央公論新社、2021年、第4章)。たしかに、政策的な出口として、中国経済との分離の点で一致するにせよ、アメリカ・ファーストはアメリカの世界における覇権の維持や中国の政治体制の問題には無頓着なところがある。それでも、安全保障の問題に全面的な無関心を決め込まないのであれば、限定的な拒否を前提にしたコルビーの議論にアメリカ・ファーストの考えをもつ勢力が魅力を感じる可能性は十分にある。

アメリカ・ファーストの考えを純化していけば、中国との共存は可能とか外交によって戦争を回避すべきという、オブライエン論文への批判として寄せられた考えは、実は魅力的に見えてしまうこともある。そのように融和的な立場への転落を防ぐためには、限定的であっても中国への対抗の構えを持つコルビーの考えに支持を集めるような動きが生じても、少なくとも論理的には不思議ではない。あまりに力の使い方において選択的で、ある種の思い切りの良さがあるコルビーの議論は、従来のような国際主義からみれば異端であっても、従来の国際主義、それと裏腹の関係にある覇権主義が勢いを失ったときに、新たな大戦略の選択肢として浮上し得る。

また、オブライエンのようなイデオロギー色の強い議論を現実に、どれほど適用できるのかも不明である。オブライエンと共に働いたマット・ポッティンジャー(元国家安全保障担当大統領副補佐官)もマイク・ギャラガー(元下院議員、中国特別委員会委員長を務めた)とともに論文を公表し、中国の体制変革を戦略の明確な出口と位置づけて話題を呼んだ。しかし、そうした考えを掲げることは中国との衝突リスクを高め、同盟国や世界の支持を得づらいものである(先のオブライエン論文への反論コメントを参照)。だからこそ、バイデン政権も出口を明確にできず、競争を適切に管理する程度の表現に留まった。オブライエン流の対中アプローチはレトリックとしては採用される余地はあるが、それを政策に具体的に反映させる場合には、国内外の反応を踏まえた変化があるだろう。

日本の安全保障を重視する考えが、オブライエンのような主流説に魅力を感じることは十分に理解できる。だが、私たちはそのような立場を支えられるような外交資源や政治的コンセンサスが、今日のアメリカでは非常に薄いという事実を常に脳裏に置いておくべきだ。そして、そのような覇権主義と、アメリカ・ファーストのような国際政治への抑制を主張する立場の二項対立だけでは捉えきれない立場が出てくる可能性を抑えておくべきということだ。アメリカが自らの利益に忠実に動こうとすればするほど、孤立主義に陥らずとも、これまでと異なる外交、安全保障政策が展開されることになる。