研究レポート

北朝鮮制裁の現状と課題

2024-03-31
竹内舞子(経済産業研究所(RIETI)コンサルティングフェロー/前国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員)
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「北朝鮮核・ミサイルリスク」研究会 FY2023-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.北朝鮮制裁違反の活発化

北朝鮮は、2022年以降、ミサイル発射実験を活発化させるとともに、核実験の動きも見せている。しかし、国連安保理では、2022年5月に米国が提案した北朝鮮決議が中ロの拒否権により否決されて以降、大陸間弾道ミサイルの発射や衛星打ち上げなど、かつては制裁決議の対象となった深刻な決議違反に対しても、追加の制裁が決議されていない。2022年のウクライナ戦争開始以降、北朝鮮はロシアとの協力関係を急速に深め、その過程であからさまな制裁違反を見せつけている。北朝鮮はロシアに対し弾道ミサイルや弾薬などの輸出を行い、ロシアは、北朝鮮との宇宙協力の推進、国連の制裁指定団体の訪問の受け入れ、車両の贈呈などを行った。

国連安保理は、これまで、北朝鮮の核・ミサイル開発に対抗するために、物資や技術の調達を禁止するだけでなく、その財源となる外貨獲得手段にも大幅な制限を加えた。それでも、北朝鮮は核・ミサイル開発を継続している。これに対し国際社会はどのような措置をとれるのだろうか。本稿では国連と各国の制裁の効果について分析するとともに、北朝鮮の主要な財源である輸出の規制とサイバー空間上の活動への対抗策について論じる。

2.国連制裁による輸出制限の効果

核・ミサイル開発には膨大な費用がかかる。北朝鮮の公式な国防費の総額は明らかでないが、2023年の国防費は約14.7億ドル程度との推計がある1。北朝鮮は核・ミサイル開発のための物資の多くを海外から調達しており、それには外貨が必要である。また、ミサイルの打ち上げには、1回あたり数百万から数千万ドル程度が費やされているとの見方が示されている2。核開発については、2022年に約5.9億ドル支出したとの推計がある3

国連は、2016年から2017年に制裁を大幅に強化する過程で、北朝鮮の外貨収入を制限すべく、主要輸出財であった無煙炭(2016年の輸出額約12億ドル)、衣料品(同約5億ドル)、水産物(同約2億ドル)などの輸出を禁止した。その結果、北朝鮮の輸出額は2016年の約35億ドルから2018年には3.7億ドルに減少した。しかし、北朝鮮が決議で輸出が禁止されていない品目の生産を増加させたため、2019年の輸出額は4.8億ドルに増加した。

その後、コロナ禍を受けた貿易制限により、2021年には北朝鮮の輸入額は約3億ドル、輸出額は1.7億ドルに減少した。しかし、2022年以降貿易額は回復し、2023年には北朝鮮の中国からの輸入額は2022年の倍以上となる20億ドル、中国への輸出額は2022年をやや下回る約3億ドルとなった。その内訳は、かつらやつけまつげ(約1.7億ドル)、合金鉄(約3千ドル)、タングステン鉱(約2,600ドル)、電力(約2千ドル)などである4。特にかつらやつけまつげの輸出額は、2022年の10倍以上となった。しかし、2023年には、かつらなどの材料となる人毛や獣毛の中国からの輸入額も1.6億ドルに上った5。このことからは、輸出が大幅に増えたものの、これは中国との加工貿易であり、大幅な収入増にはなっていないことがうかがえる。

また、2017年以降も、公式統計に表れない密輸は継続している。例えば、北朝鮮は23年には第一四半期だけで80万トンの石炭を輸出したとみられ、これは2021年以降で最も多い6。2023年には中国での北朝鮮産無煙炭の価格は1トン当たり150ドルと報じられているので、北朝鮮は2023年に石炭の輸出で数億ドルを得た可能性がある7。しかしながら、これは北朝鮮の公式輸出額に比べれば大きいものの、禁輸前の2016年には約2,200万トン(metric ton)の石炭を輸出し、その輸出額は約12億ドルに上っていたので、それに比べれば大きく減少したことになる8。このように、北朝鮮の輸出による外貨収入は、制裁以前に比べて大きく減少しており、外貨収入減を狙った制裁は効果を挙げているということができる。

3.北朝鮮の輸出財と人権侵害

他方、このように限られた輸出額とはいえ、北朝鮮が制裁を迂回・回避する形で外貨を獲得し、核・ミサイル開発を継続している以上、北朝鮮の輸出に対しては、制裁の影響を緩和しようとしている試みとして対抗すべきである。しかし、安保理での制裁強化が期待できない中、制裁で追加の輸出財を制限することは難しい。さらに、北朝鮮の場合、輸出規制の対象となる物品を追加しても、産業構造を変えて新たな輸出品目を増やしたり、密輸を継続したりしてこれに対抗する可能性が高い。したがって、北朝鮮産品全般の需要が減少する状況を作り出す必要がある。

その手段となり得るのが、人権侵害の防止や不正な金融活動の防止など、他の国際的な取組の利用である。その一つとして、人権デュー・ディリジェンス(Human rights due diligence)に基づく北朝鮮産品の調達制限が考えられる9

近年、国際的に急速に広まりつつある人権デュー・ディリジェンスとは、事業活動を行う主体として、企業には、人権を尊重する責任があるという考えに基づき、企業がその活動に伴う人権侵害を回避するための措置(人権への影響の調査・特定、悪影響の予防・軽減、対処の実効性の調査、情報公開)である10。各国が、企業に国際基準に照らした人権デュー・ディリジェンスの実施を求めるだけでなく、人権を理由とした輸出入規制を行う動きが加速している11

北朝鮮の輸出財の生産には、深刻な人権侵害が伴っていることが報告されている。例えば、かつらやつけまつげ、繊維製品などの輸出財は、刑法犯を犯した者に懲役として労役を科す「教化所」の女性受刑者によって製造されている12。教化所の受刑者は劣悪な環境下で1日15時間以上の労役を課され、ノルマが達成できなければ処罰を受ける13。また、鉱物資源や農産物などの輸出財の生産や採取にも、市民が無報酬で使役されている14。北朝鮮産の石炭は、輸出が制裁で禁止されているだけではなく、炭鉱での労働で人権侵害が行われている。炭鉱の作業は劣悪な環境下での重労働なので、日本からの「帰国者」や韓国出身者とその子孫など、出身成分(いわゆる「出自」)が悪いとされた人々が配属されることが多い15。また、政治的な理由や、脱北者や犯罪者の親族であるといった理由で炭鉱に強制移住させられることがある16。さらに、「教化所」や「管理所」(政治犯収容所)の収容者が炭鉱で長時間の重労働に従事している17。さらに、北朝鮮の国営メディアはたびたび孤児院出身の少年達が集団で炭鉱などの厳しい業務に「志願」するケースを美談として報じているが、これは社会的な立場が弱い者を強制的に配属していることを示唆する18

各国が、企業に対して、制裁の履行だけでなく、人権デュー・ディリジェンスの観点からも北朝鮮産品の利用の監視を求めることで、北朝鮮産品がサプライチェーンに含まれている商品は、国連制裁では規制対象でなくても、輸出入規制の対象にし得る。このような取り組みが広がれば、企業が自社製品の販売禁止などのリスクを避けるために、北朝鮮産品の直接の調達に加え、北朝鮮産品を使用した可能性がある第三国の製品の調達を行わなくなることで、北朝鮮産品の需要を減らすとともに、北朝鮮政府に人権状況の改善を促すことができるだろう19

4.サイバー空間上の活動への対抗策

国連制裁で外貨獲得が制限された北朝鮮にとり、サイバー空間上の活動は、貴重な収入源である。北朝鮮は、ITエンジニアやハッカーを国家として育成しており、数千人のITエンジニアが海外で働き、月に一人当たり数千ドルを稼ぐだけでなく、ハッカーによる資金や情報の窃取を行い、暗号資産の窃取だけで、2022年には約17億ドル、2023年には10億ドルを稼いだと推定されている20。これに対抗するために、近年、米国はサイバー関係の制裁指定を強化し、2023年には韓国もその動きに加わった21

しかし、暗号資産の分野においては、制裁指定の効果は限定的となる可能性がある。その例として、2022年のトルネードキャッシュ(Tornado Cash)の制裁の事例を紹介する。トルネードキャッシュは、暗号資産取引を匿名化するミキシングサービスで、北朝鮮のハッカーグループが盗み出した1億ドル以上の暗号資産の資金洗浄に関与したとして、米国により2022年に2度にわたり制裁指定された22。さらに米国は、2023年8月に、3名の創業者のうち、Roman Semenovを制裁指定するとともに、同人と、もう1名の創業者のRoman Stormをマネーロンダリング、無認可送金業の運営、制裁違反の共謀の罪で起訴した23

しかし、トルネードキャッシュは、制裁後に取引額を大きく減少させたものの、サービスを継続しており、2023年後半からは徐々に取引額を増やしている24。これは、トルネードキャッシュが、分散型ブロックチェーン上で稼働するスマートコントラクト(あらかじめ設定されたルールに基づいて自動的に取引が処理されるシステム)によって運営されているため、ある国の政府が自国の法域で活動を停止させても、他の法域で活動が継続できるためである25

また、米国は、制裁指定だけでなく、北朝鮮ITエンジニアが得た資金やインフラの差し押さえも行っている。まず、2022年10月及び2023年1月には、北朝鮮のITエンジニアが米国等の企業との業務請負で得た資金約150万ドルを押収した。続いて、2023年10月には、同じ北朝鮮のグループが使用していた17のウェブサイトドメインを押収した。このドメインは、米国IT企業のドメインに見せかけて作られていて、北朝鮮のエンジニアの身元や所在地の偽装に利用された 26。さらに、米国は、北朝鮮による調達活動やサイバー攻撃などに関する注意喚起のための勧告の発出や、各国に対し、北朝鮮制裁違反を防止するための能力構築支援を行っている。これは「守り」を固めるための措置といえる。

トルネードキャッシュの事例は、制裁指定の限界も明らかにした。制裁指定に加えて不法な活動を行う主体への直接的な対処や、「守り」の強化など、複数の活動を組み合わせることが必要である。また、以前は、サイバー空間上の活動を禁止する明文の規定を設けるためにも、新たな安保理決議の採択が必要だという議論がなされていた。しかし、決議の採択の可能性が低い状況では、北朝鮮のITエンジニアやハッカーが、制裁指定対象団体である軍需工業部、偵察総局、宣伝煽動部などに所属していることに基づき、こうした人材の活動は既存の決議の違反であるという解釈を各国に広めることも必要である。

5.安保理制裁の将来と各国の対応策

2022年から、北朝鮮による深刻な決議違反に対しても安保理が制裁決議を採択できない中、北朝鮮は北朝鮮の豊渓里(プンゲリ)核実験場の坑道を再整備し、核実験の可能性をも示している。現在の状況では、核実験が行われた場合に安保理が制裁決議を採択できるかすら危ぶまれている。これまで安保理は、北朝鮮による過去6回の核実験に対して、常に制裁決議を採択してきた。ただ、これまで北朝鮮の核実験はそのたびに威力を増し、6回目の実験では、水爆実験だとの主張を裏付けるように威力は100キロトンを超えた。しかし、北朝鮮は2023年、戦術核弾頭「ファサン-31」を公開しており、このような小型の戦術核兵器用のための実験と称し、以前より低出力の核実験を行った場合、決議が採択されない可能性や、限定的な制裁にとどまる可能性がある。

今後とも、安保理の対応が限定的になることが予想される中、北朝鮮は制裁の実効性がないかのように制裁違反を見せつけている。このような状況下で、なし崩し的に制裁違反の動きが各国に広がらないようにするためには、有志国が国連制裁の履行に加え、独自制裁や、違法行為に対する取り締まりなどを通じて、国連制裁の実効性を高めるとともに、核・ミサイル開発のための資金源を断つことが必要である。

(2024年3月31日校了)




1 Jon Grevatt, Andrew MacDonald, "North Korea set for modest increase in defence spending," Janes, January 17, 2024, https://www.janes.com/defence-news/news-detail/north-korea-set-for-modest-increase-in-defence-spending.
2 Michael Lee, Jeong Jin-Woo, Chung Yeong-Gyo, "North Korea spends money it needs for food on missiles" Korea JoongAng Daily, December 12, 2022, https://koreajoongangdaily.joins.com/2022/12/12/national/northKorea/Korea-North-Korea-food-insecurity/20221212190148616.html.
3 "Wasted: 2022 Global Nuclear Weapons Spending," The International Campaign to Abolish NuclearWeapons (ICAN), June 12, 2023, https://www.icanw.org/wasted_2022_global_nuclear_weapons_spending.
4 International Trade Centerの Trade Mapによる(最終閲覧日2024年3月1日)。なお、国連制裁により肥料が不足しているとの批判があるが(例えばNodutdol for Korean Community Development, "The impact of Sanctions on North Korea," March 2021, https://www.ohchr.org/sites/default/files/documents/issues/ucm/cfis/secondary-sanctions/2022-09-14/submission-secondary-sanctions-and-sanctions-in-cyber-world-HRC-51-nodutdol.pdf.)、北朝鮮は制裁強化以前から中国にカリウム肥料(2023年には約190万ドル)を輸出している。
5 中国税関統計による(最終閲覧日2024年3月1日)。
6 Panel of Experts established pursuant to resolution 1874 (2009), Midterm report of the Panel of Experts submitted pursuant to resolution 2680 (2023), UN Doc. S/2023/656, March 12, 2923, Annex 47.
7 Seulkee Jang, "N. Korea continues to export coal despite UN sanctions," Daily NK, July 11, 2023, https://www.dailynk.com/english/north-korea-continues-export-coal-despite-un-sanctions.
8 U.S. Energy Information Administration, "North Korea," Last Updated June 2018, https://www.eia.gov/international/analysis/country/PRK.
9その他には、金融活動作業部会(FATF、Financial Action Task Force)での拡散金融対策の一層の重点化を通じて、北朝鮮の拡散金融への対策が十分でない国は、評価が下がり、国際金融取引が制限される可能性を高めることで、北朝鮮との取引の監視強化を促す策などが考えられる。
10 より具体的には、ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省 庁施策推進・連絡会議「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月), https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf.
11 また、既に米国やEUなど、人権侵害に関する制裁を履行している国・地域もある。人権デュー・ディリジェンスについては、「60秒早わかり解説:回答企業の約5割が実施。人権デュー・ディリジェンスってなに?」METI Journal Online, 2022年1月11日、https://journal.meti.go.jp/p/19239.
12 Elizabeth Salmón, Report of the Special Rapporteur on the situation of human rights in the Democratic People's Republic of Korea, UN Doc. A/78/526, October 12, 2023, para. 21.
13 韓国統一部北朝鮮人権記録センター『北朝鮮人権白書2023』2023年3月、79-80頁。https://www.unikorea.go.kr/unikorea/business/nkhr/NKHRCenter/archive/?boardId=bbs_0000000000000011&mode=view&searchCondition=all&searchKeyword=&cntId=53990&category=&pageIdx=, 2024年1月2日。
14 Elizabeth Salmón, Report of the Special Rapporteur on the situation of human rights in the Democratic People's Republic of Korea, para. 20.
15 韓国統一部北朝鮮人権記録センター『北朝鮮人権白書2023』50-51頁。
16 韓国統一部北朝鮮人権記録センター『北朝鮮人権白書2023』134-135頁。
17 韓国統一部北朝鮮人権記録センター『北朝鮮人権白書2023』429-430頁。
18 例えば最近の労働新聞での報道とその解説記事として、Moon Sung Hui, "North Korean orphans 'volunteer' for grueling mine and farm work: After they age out of the system, the teens have nowhere else to go," Radio Free Asia, January 29, 2024, https://www.rfa.org/english/news/korea/orphans-01292024164310.html.
19 北朝鮮は、国際労働機関(ILO)の加盟国ではない。しかし、国際人権規約、女子差別撤廃条約、児童権利条約の加盟国である。これらの国際条約に基づき、北朝鮮は女性の作業時の健康の保護、18歳未満の者の搾取や有害労働からの保護などの施策を取らなければならない。
20 Jim Satler, "Thousands of remote IT workers sent wages to North Korea to help fund weapons program, FBI says," The Associated Press, October 19, 2023, https://apnews.com/article/north-korea-weapons-program-it-workers-f3df7c120522b0581db5c0b9682ebc9b; Chainalysis, The 2024 Crypto Crime Report, February 2024, pp.42-43.
21 例えば、韓国は、2023年2月に、韓国政府初のサイバー分野の対北朝鮮独自制裁として、ハッキングに関与するラザルスグループや技術偵察局など7団体と4個人を制裁指定した。
22 U.S. Department of the Treasury, "U.S. Treasury Sanctions Notorious Virtual Currency Mixer Tornado Cash," August 8, 2022, https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy0916; U.S. Department of the Treasury, "Treasury Designates DPRK Weapons Representatives," November 8, 2022, https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1087.
23 US Department of the Treasury, "Treasury Designates Roman Semenov, Co-Founder of Sanctioned Virtual Currency Mixer Tornado Cash," August 23, 2023, https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1702.
24 Chainalysis, The 2024 Crypto Crime Report, pp.75-76.
25 Elliptic, "North Korean hackers return to Tornado Cash despite sanctions," March 14, 2024, https://www.elliptic.co/blog/north-korean-hackers-return-to-tornado-cash-despite-sanctions.
26 US Department of Justice, "Justice Department Announces Court-Authorized Action to Disrupt Illicit Revenue Generation Efforts of Democratic People's Republic of Korea Information Technology Workers," October 18, 2023, https://www.justice.gov/opa/pr/justice-department-announces-court-authorized-action-disrupt-illicit-revenue-generation. なお、トルネードキャッシュのもう1名の創設者であるAlexey Pertsevはマネーロンダリングの疑いで2022年にオランダで逮捕されている。