1.選挙の文脈
EU残留の是非をめぐって2016年6月に行われた国民投票で、投票者の51.9%が離脱を支持したのに対して残留支持は48.1%にとどまり、離脱派が勝利した。この結果を受けてデービッド・キャメロン首相は辞意を表明し、後任には内相のテレーザ・メイが就任した。メイ政権は2017年3月29日、EU条約第50条にもとづき正式にEUに対して離脱意思を通告し、2年後の離脱予定日に向けて、イギリスとEUとの間で離脱条件や離脱後の関係についての交渉が開始された。
それゆえ、2019年5月に欧州議会選挙が行われる時には、本来ならばイギリスは既にEUから離脱しているはずであった。けれども、事態は当初予定されたとおりには進まなかった。2018年11月にメイ政権はようやくEUとの間で離脱条件と移行期間に関する「離脱協定」と、離脱後の関係に関する「政治的宣言」に合意したが、この合意案に対する下院の支持取りつけは困難を極めた1。「離脱協定」は三度投票にかけられたが三度否決され、結局イギリスのEU離脱は2019年10月末まで延期されることになった。離脱延期後も、欧州議会選挙への参加を回避するため、政府と労働党首脳部の間で妥協点を探る交渉が続いたが決裂し2、イギリスでも選挙が行われることになった。
メイ首相はEU離脱法案を下院に提出することで、「離脱協定」に対する承認を得ようと再度試みたが、「離脱協定」が可決された場合、二度目の国民投票実施の是非を問うことを表明したために与党保守党の反発を招き、5月24日に保守党党首を辞任する意思を表明した3。7月に新党首が選出され次第、首相の座から退く見込みである。
このようにEU離脱をめぐって国論が二分される中、欧州議会選挙はイギリスの有権者に改めてこの問題について意見を表明する機会を与えることになった。イギリスに限らず、欧州議会選挙はEUの方向性が争われる場というよりも、自国の政府や国政問題に対する不満を表明するために用いられてきた4。イギリスがEUから離脱することになって初めて、欧州議会選挙がイギリスとEUの関わり方をめぐって行われることになったのは、皮肉というよりない。イギリス独立党の元党首であり、国民投票の際には離脱派の顔の一人であったナイジェル・ファラージは、離脱延期は国民投票でEU離脱を選択した有権者に対する背信行為だとしてブレグジット党を設立し、EUから「合意なし離脱」することを公約した。これに対して残留派の側では、自由民主党、緑の党、それから保守・労働両党から離脱した議員により設立されたChange UK等が二度目の国民投票を行うことを公約したが、様々な事情から分裂した形で選挙戦を戦うことになった5。このように極めて混乱した政治状況が続くなか、5月23日に欧州議会選挙の投票が行われた。
2.選挙結果
選挙結果は表1のとおりであった6。第一党となったのはEUからの合意なし離脱を支持するブレグジット党であり、得票率31.6%で全73議席の約4割にあたる29議席を獲得した。第二位は残留派の支持を集めることに成功した自由民主党で、得票率は20.3%、議席数は16議席であった。残留派では他に緑の党も最近の環境問題への関心の高まりを受けて支持を伸ばし、得票率12.1%、7議席で第四位に食い込んだ。それに対して二大政党は惨敗を喫した。「欧州研究グループ」を中心とするEUからの「合意なし離脱」を主張する議員がメイ首相の交渉した「離脱協定」案に反対し、混乱の原因をつくった保守党は得票率9.1%で僅か4議席にとどまった。残留派と離脱派の有権者双方の支持を得ようとした労働党は得票率が14.1%に留まり、議席数は10と半減した。
議席数でみれば、今回の選挙で勝利したのは「合意なし離脱」を支持するブレグジット党であるが、得票率に着目すれば離脱派が「勝利」したとは言えないことがわかる。「合意なし離脱」を支持したブレグジット党とイギリス独立党の得票率の合計は34.9%であるのに対し、残留派の自由民主党、緑の党、スコットランド国民党、Change UK、プライド・カムリは合計で40.4%の票を得ている。それゆえ、今回の選挙結果は残留派・離脱派のどちらかが明らかに勝利したことを意味するものではない。むしろ、今回の選挙はEU離脱に関し両極端の立場をとる政治勢力が躍進したという点において、イギリス世論のさらなる分極化を示すものだと言えるだろう。
議席数 | 前回比 | 得票率 | 前回比 | |
ブレグジット党 | 29 | +29 | 31.6% | +31.6% |
自由民主党 | 16 | +15 | 20.3% | +13.4% |
労働党 | 10 | -10 | 14.1% | -11.3% |
緑の党 | 7 | +4 | 12.1% | +4.2% |
保守党 | 4 | -15 | 9.1% | -14.8% |
スコットランド国民党 | 3 | +1 | 3.6% | +1.1% |
プライド・カムリ | 1 | 0 | 1.0% | +0.3% |
シン・フェイン | 1 | 0 | - | - |
民主連合党 | 1 | 0 | - | - |
同盟党 | 1 | +1 | - | - |
Change UK | 0 | 0 | 3.4% | +3.4% |
イギリス独立党 | 0 | -24 | 3.3% | -24.2% |
アルスター統一党 | 0 | -1 | - | - |
投票率は36.9%で、前回比+1.5%であった。国民投票で残留派が多数を占めた地域の方が前回2014年の選挙と比較して投票率が高く、これが得票率で残留派の政党が上回る一因になったと思われる。「ブレグジット党が勝利したのは離脱の延期に対する離脱派の有権者の怒りを反映したもの」といった類いの言説は、離脱派の有権者の投票率の低さに鑑みると、正鵠を得たものではない。
3.選挙結果がブレグジットにとって意味するもの
メイ首相の辞任や今回の選挙結果は、イギリスがEUから「合意なし離脱」する可能性を高めたという見方がある。このような見方が出てくるのは、保守党の党首選で最有力候補のボリス・ジョンソンが「合意があろうがなかろうがイギリスは10月にEUから離脱する」ことを表明していることに加えて7、「合意あり離脱」と「合意なし離脱」の間には非対称性が存在するためでもある。EU離脱法(2018年)の下では、イギリスとEUとの間で離脱合意が成立するためには、イギリス議会が事前にその内容に合意することが条件となっている。メイ首相は自らが交渉した「離脱合意」に対する下院の支持をとりつけようとしたが果たせず、辞任を余儀なくされた。それに対して、10月末に離脱交渉の期限が到来し、イギリスとEUとが交渉期間の延長に合意できなければ「合意なし離脱」となるため、「合意なし離脱」にはイギリス議会の積極的な支持は必要ないのである。下院が政府に対して交渉期間の延長を申請するよう義務づける立法を行うことは可能であるが、交渉期間の延長にはEU側の同意が必要であり、首相が「合意なし離脱」を目指せば議会がそれを阻止するのは難しいという見方が有力である8。
但し与党保守党の「合意なし離脱」に反対する議員が内閣不信任案に同調するようであれば話は別であり、実際にフィリップ・ハモンド蔵相はその可能性を示唆している9。保守党と、それに閣外協力している民主連合党とを合計しても323議席しかない状況では、不信任案が可決される可能性は相当程度ある(下院の過半数は326だが、シン・フェイン党の議員7名は議事に参加しない)。仮にジョンソンが次期首相になっても、イギリスをEUから合意なしで離脱させることにはかなりの障害があるとみてよいだろう。
むしろ筆者には、今回の欧州議会選挙結果は、既に難航しているブレグジットのプロセスをより一層行き詰まらせるように思われる。現時点の下院の議席分布を前提にすれば、イギリスがEUから合意にもとづいて離脱するためには、二大政党の協力が不可欠である。ところが、今回の選挙で「合意なし離脱」と二度目の国民投票という両極端の立場をとる政党が躍進し、二大政党が惨敗したことは、保守党を強硬離脱への方向へ、労働党を明確な国民投票支持の方向へと押しやり、さらなる分極化をもたらすだろう。これが二大政党間の妥協をさらに困難にするのは言うまでもない10。
もう一つ考えられる解決策は総選挙を行うことで、どちらかの立場が明確に勝利すれば、ブレグジットをめぐる行き詰まりは解消に向かうであろう。ところが今回の欧州議会選挙で二大政党が共に大敗したことで、すぐに解散総選挙になる可能性は遠のいたと思われる。つまるところ、今回の選挙結果は行き詰まりを打破する二つの方策を共に困難にすることで、ブレグジットをめぐる混乱をさらに長期化させるのではないかと危惧される。
1 池本大輔「ブレグジットを取り巻く政治的混乱」日本国際問題研究所『混迷する欧州と国際秩序』(2019年)第6章。
2 https://www.theguardian.com/politics/2019/may/17/brexit-talks-tories-labour-likely-to-collapse-theresa-may-jeremy-corbyn
3 https://www.bbc.com/news/uk-politics-48379730
4 Karlheinz Reif and Hermann Schmitt, 'Nine Second-Order National Elections: A Conceptual Framework for the Analysis of European Election Results', European Journal of Political Research, 8(1)(1980), pp.3-44; Sara Binzer Hobolt and Jill Wittrock, 'The Second-Order Election Model Revisited: An Experimental Test of Vote Choices in European Parliament Elections', Electoral Studies,30(1)(2011), pp.29-40.
5 https://www.bbc.com/news/uk-politics-48027580
6 データはすべてイギリスの公共放送BBCのウェブサイトから得たものである。https://www.bbc.com/news/uk-politics-48403131
7 https://www.theguardian.com/politics/2019/may/24/boris-johnson-favourite-as-uk-to-have-new-pm-by-end-of-july
8 Maddy Thimont Jack, 'Could Teresa May's Replacement Force through a No-Deal Brexit?', The Guardian, 24 May 2019.
9 https://www.theguardian.com/politics/2019/may/26/philip-hammond-warns-leadership-candidates-not-to-ignore-parliament-on-brexit
10 Anand Menon, 'What Do the EU Elections Mean for Brexit? It's Complicated', The Guardian, 27 May 2019.