はじめに
イタリアでは、2019年5月26日、欧州議会選挙および地方選挙が実施された。各国でEUに批判的な急進右派ポピュリスト勢力の大幅な進出がなるか注目される中、イタリアではその急先鋒である同盟が大勝し、EUとの関係悪化が予期される結果となった。ただし、EU全体の潮流およびイタリアの内政力学を踏まえて選挙結果を検討すると、単純なEU批判勢力の勝利に尽きない意義が見えてくる。
欧州議会選挙の文脈
5月18日、ミラノの大聖堂前の広場に、ルペンやウィルダースを初めとした11カ国の急進右翼政党の代表者・幹部が結集し、EUを非難し、欧州議会選挙での躍進を訴えた。その中心に居たのが、ミラノ出身の同盟党首、副首相兼内相のサルビーニであった。政権の外か、ジュニア・パートナーとしての政権参加に止まる他党に対して、同盟は政権の中核・指導的勢力であり、サルビーニは難民受入をめぐってEU側と全面対決してきた指導者である。ミラノでの結集は、サルビーニにとって自らの国際的威信を示す場である一方、急進右翼政党にとっても同盟の勢いを利用して少数派から脱しようとする弾みとして期待された。したがって、欧州議会選挙での同盟の躍進は、EU批判勢力の帰趨を占う試金石であった。
サルビーニは2013年総選挙で4%と消滅寸前に追い込まれ、2014年欧州議会選挙でも6%に止まった同盟を再生し、2018年3月の前回総選挙で下院得票率17%超えの中道右派第1党に導いた。その後も強硬な難民政策を梃子に支持を伸ばし、同年6月に成立した5つ星運動とのコンテ連立政権でも主導権を発揮して、同党を支持率30%超の第1勢力に成長させた。総選挙以来初の全国規模の選挙となる欧州議会選挙は、国内政治上で同盟の勢いが確固たるものになるかを問う試金石であった。
選挙結果の概要
選挙前最後の世論調査では、同盟の支持は陰りを見せ始めていた。勝敗ラインとして注目されたのは、同盟は30%を超えられるか、民主党・5つ星運動は20%を超えていずれが第2党となるか、フォルツァ・イタリアは10%を超えて存在意義を保てるかであった1。
選挙結果は、表1の通りである。投票率について、EU全体ではポピュリストの進出による関心の高まりを受けて上昇したのに対して、イタリアでは56,10%と、前回2014年(58,69%)と比較して低下した。特に、5つ星の地盤である島嶼部(サルデーニャ州・シチリア州)や南部は低下が目立った 。投票率低下は南欧で共通した傾向であり、経済危機の影響や難民問題批判などEUに対する不信の上昇が背景にあると推察できる。
最大の敗者は5つ星運動である。総選挙から半減し17%台に落ち込み、勝敗ラインの20%を割り、第2党の座を民主党に奪われた。支持基盤も南部の地方政党並に縮小した。ただし、2014年欧州議会選と比較した場合、それほど減っているわけではない。また、フォルツァ・イタリアは、8%台と存在感が著しく低下し、イタリアの同胞に迫られる苦境に陥った。この他、親EUを正面に掲げた「よりヨーロッパを」が阻止条項を超えられなかったことも象徴的である。
分析:EU批判ポピュリストの躍進をめぐって
選挙結果をEU批判勢力の躍進という点からみると両義的である。確かに、同盟が予想を上回って伸び、有権者の3分の1を超える支持を全国的に集めることに成功したこと、同じ急進右派のイタリアの同胞が伸びて穏健中道右派のフォルツァ・イタリアが低落したことは、ポピュリスト政党の躍進を支持するようである。他方で、同盟や5つ星を軸としたEU批判勢力の得票率の合計は、前年総選挙時と大きく変わらない。EUに近い穏健中道寄りの勢力としての民主党、フォルツァ・イタリア、その他小党の合計得票比も、前回と大差無い。強いEU批判勢力の代表として同盟の躍進を重視するか、有権者支持のバランスを重視するかで、評価は異なりうるだろう。とはいえ、同盟やイタリアの同胞など、右の急進勢力が伸びた点は、右傾化として留意が必要であろう3。欧州全体でポピュリスト勢力の伸びは当初予想されたほどではなかったが、イタリアの同盟の躍進は特筆すべき事態といえる。
支持の傾向と理由は、まだデータが入手できないものが多いため、留保的な評価しか出来ない段階である。ただし、先行研究によれば、欧州議会選挙と云えども、投票の理由は内政、特に各国政権への業績評価、関連した指導者イメージへの評価が軸となる。サルビーニと同盟の路線への評価を反映していると見るのが現段階では論理的である。①同盟の全国への支持拡大、②経済的落ち込みが続く南部での5つ星運動の苦境を考えると、EU政策そのものよりは、内政上の判断が重要な要因であると推測できる。
民主党など親EU勢力も底堅い支持を得たとはいえ、EUに対する批判的評価が優勢なイタリアの状況では、親EUを掲げても得票に結びつかない。親EUを旗印とした「よりヨーロッパを」が阻止条項を超えられなかったのは、その象徴である。EUのあり方やEUとの距離が重要であるとしても、市民を動員する力や政党勢力間の関係を直接変えるような力は無い問題である。
今後の見通し
さいごに、欧州議会選後の見通しについて、国内政治とEU関係の両面からまとめる。国内政治上は、サルビーニの同盟の影響力の上昇が顕著である。既に看板であるフラット・タックスや自治拡大、仏伊間の高速鉄道整備など、5つ星運動の反対で阻止されてきた政策を推進すると表明している。さらに同党を軸とした政権再編の流れが強まっている。今回の選挙は国会の議席配分とは直接関係ないが、中道右派政権への組み替え、5つ星の分裂と政権再編 、早期の解散総選挙など、さまざまな選択肢が議論の俎上に置かれている。
EUとの関係では、まず同盟勝利の有力な要因が、同党の強硬な難民対策とEUとの対決路線にあるとするならば、サルビーニはEUとの摩擦をむしろ政治的影響力確保の糧として歓迎するだろう。そしてフラット・タックスなど財政規律緩和を求める政策は、両者の摩擦の種になると共に、EUレベルの財政的信頼を左右しかねない。さらに、EU批判的な同盟のアピールが有効ならば、各党が相乗りして、イタリアとしてのEU批判が強まる懸念もある。さらに、イタリアの諸政党もヨーロッパの中道右派・左派政党も、難民対応の厳格化など急進右翼政党のアジェンダを取り込んで変質している。それゆえ、より強硬な主張をする急進右派勢力がさらに急進的な主張を通じて政策を変えていける余地も拡がっている。
他方で、ヨーロッパレベルのポピュリスト勢力の攻勢が、事前にメディアで警戒されたほどでなく、むしろ落ち着きを示していることは、EU批判的勢力の結集と盟主の座を狙うサルビーニの影響力を、予想外に制約する要因となりうるだろう。
イギリス、フランス、ドイツ、その他でも、EU批判勢力は伸長したが、政権を主導する第1勢力となっていない。とはいえEU議会で定数配分が大きい国で伸びただけに、今後のEUや人事や政策に影響を与える恐れがある。筆頭候補者の選出など議会グループの党派的影響力をEUの運営に反映しようとする政治化の努力は、元々EUのエリート主義的な特徴への批判、民主主義の赤字への対応から生まれた。そのような改革の動きは、欧州議会選挙を単なる脇役の選挙でなく、各国政治やEUの運営と連動した重要な選挙にすることに成功したと同時に、急進右派の進出など各国政治の問題点を取り込まざるをえない副作用を生んでいる。サルビーニが、国内・EU双方におけるEU批判の盟主として影響力を発揮する道は残っているといえよう。
1 欧州議会選挙の選挙制度は、比例代表制で阻止条項は4%である。
2 Europee 2019: un primo bilancio
https://www.youtrend.it/2019/05/27/elezioni-europee-2019-analisi-bilancio/(2019年5月29日アクセス)
3 政党別の結果と考察についての詳細は、Istituto Cattaneo. 2019. Chi ha vinto, chi ha perso. Analisi dei risultati delle elezioni europee 2019.
http://www.cattaneo.org/wp-content/uploads/2019/05/Analisi-Istituto-Cattaneo-Elezioni-europee-2019-Chi-ha-vinto-chi-ha-perso-Colloca-e-Valbruzzi-1.pdf (2019年5月28日アクセス)を参照。