1.選挙結果
2019年5月26日に行われたフランスの欧州議会選(74議席)では計34の候補者リスト(名簿)が提出された。うち主な候補者リストの内訳と議席/得票率は以下の通り。
リスト提出政党 | 欧州議会会派 | 得票率/議席数 |
国民連合(RN)〔極右〕 | 〔MENF〕 | 23.3/22 |
共和国前進(LREM)/MODEM | 〔ALDE/EPP/Green-EFA〕 | 22.4/21 |
欧州エコロジー緑(EELV) | 〔Greens-EFA〕 | 13.5/12 |
共和派(LR)〔中道右派〕 | 〔EPP〕 | 8.5/8 |
屈しないフランス(FI)〔極左〕 | 〔GUE-NGL〕 | 6.3/6 |
社会党〔中道左派〕 | 〔S&D〕 | 6.2/6 |
(以下議席なし) | ||
立てフランス(DLF)〔右派〕 | 〔EFDD〕 | 3.5 |
S.世代〔左派〕 | 〔S&D〕 | 3.2 |
民主独立連盟(UDI)〔中道〕 | 〔ALDE〕 | 2.5 |
共産党 | 〔GUE-NGL〕 | 2.5 |
愛国派〔極右〕 | 〔EFDD〕 | 0.6 |
得票率は、事前の世論調査で予想されていた通り、RNリスト「権力を取る(Prenez le pouvoir)」が首位となったが、与党LREM/MODEMとの僅差に留まった。但し、RNの得票率は前回の2014年選挙の得票率24.9%をやや下回り、獲得議席も2減となった。2017年の大統領選以降、初となる選挙ということもあり、また支持率首位を奪い合ったためにマクロン大統領の政党LREMとルペンのRNとの首位争いに注目が集まったが、マクロンのプレジデンシーとフィリップ政権に対しての厳しい結果となった。
なお、投票予定先が伯仲したこともあってか、投票率は50.1%と前回(40.4%)よりも高い水準となった。
2. 選挙結果の評価
2014年選に続きRNが首位となったこと、既成保革政党(共和派、社会党)の凋落が継続したこと、またドイツやフィンランドなどと同じく、緑の党の躍進が特徴的な選挙結果となった。すなわち、保革イデオロギーの衰退(マクロンの中道主義の台頭)と新たなアイデンティティ政党(極右、緑の党)の伸張が指摘できるだろう。
フランスの今回の欧州議会(EP)選挙は、共変数であるEUならびにフランス国政に対して大きな意味を持つものだった。EU次元でいえば、具体的なEU改革案を掲げるマクロンのプレジデンシーが国内的基盤を持つことを保てるのか、また内政においてマクロンの改革路線が是認されるのかどうか、である。選挙結果について有権者の48%が大統領は「支持されたとも、されてないとも言えない」、44%が「支持されていない」と回答している(Elabe5月28日調べ)。国内の多数派形成に直接的に関係せず、改革案は維持されるとされているものの、LREMの勝利が確定しなかったという意味では、今後の展開に大きな影響が及ぶ可能性もある。
内政に関して言えば、今回のEP選は2017年大統領選との継続と断絶の2つの側面を有している。
継続点は、主流派・既成政党の凋落傾向とこれに変わるマクロン派とルペン・国民連合(RN、旧国民戦線)の拮抗である。5月に入り、LREMとRNの支持率(投票予定先)は逆転し、その後、二党体勢が続いたが、これは2017年大統領選決選投票の構図と変わらない。これに中道右派RIが追従するのも同様である。いわば、既成政党の凋落とこれに代わる「グローバル派」vs.「主権者派」の対立軸の生成、具体的にはLREMとRNへの極化が継続しているとみることができる。
他方で、欧州議会選は比例代表で実施されるものであり(それまでの8選挙区から全国統一区へと変更)、候補者への信任を問う大統領選と異なり、また中間選挙的な意味合いを持つゆえに、政権に対する批判票が集まりやすいという意味では、大統領選とは異なる側面も有している。過去に政権与党が投票率トップとなったのは2009年、1999年(但しコアビタシオン時)、1979年の3回のみであり、共和国前進が得票率首位となることはもともと困難なことが予想された。
さらに、2017年大統領選投票先との比較では、マクロン候補投票者の14%がEELV、11%が社会党に投票したと回答しており、忠誠心の高い強固な支持基盤のあるルペンのRNと比較して、中道に位置するゆえ、LR支持者の27%を獲得する一方で、左右に票を食われるLREMはさらに苦戦を余儀なくされた結果と言える(IPSOS-Steria、5月27日調査)。
LREM支持の伸び悩みから、マクロン大統領自身も選挙戦の陣頭をとったことから、大統領と政権にとってのダメージは大きくなったといえるだろう。
マクロンのプレジデンシーは、当選時の得票率の低さ(66.1%)、投票率の低さ(74.6%)、さらに白票・棄権票の多さ(11.5%)から、当初から弱含みのものだった。その後の支持率の推移をみても、2017年7月に不支持率が支持率を上回ってから、依然として高い割合で不支持率が続いている(図1)。
さらに2018年末にピーク時では数十万人(内務省発表)が参加する「黄色いベスト」運動が全国で勃発し、マクロン大統領ならびにフィリップ政権はその対応に追われた。これを受けて大統領は、年末のテレビ演説で低賃金労働の引き上げ、老齢者への課税措置撤回など10億ユーロ以上の予算措置を約束した。また、続いてエコロジー、税制、統治機構、民主主義の4テーマからなる大規模な「国民的大討議(grand débat national)」と呼ばれる各地で住民討議を4月まで継続的に開催、25日にはその結果として①「市民イニシアティヴ」(国民発議の国民投票)の発議要件緩和、②国立行政学院(ENA)の廃止、③経済社会環境評議会の議員再編、④国民議会の定数削減、⑤所得税減税、⑥老齢年金引き上げなどを約束した。
もっとも、大統領支持率の弱含みはEP選が本格的に始まっても継続し、5月に入ってから投票予定先でRNに逆転され、その後も挽回することはなかった(図2)。
■ FI ■ EÉLV ■PS-PP ■LREM-MoDem ■ LR ■DLF ■ RN
「黄色いベスト」運動勃発以降から、欧州議会選を視野に入れて、EUならびに欧州統合に関する争点をマクロン大統領はすでに提示していた。2018年1月22日の仏独アーヘン条約(『独仏協力・統合に関する仏共和国と独連邦共和国間の条約』)締結に先立つ1月13日、国民に向けた書簡で「私たちの中に不満や怒りを感じている者がいることは承知している(略)フランスのみならずヨーロッパと世界で不安だけでなく困惑が心を支配している。明瞭なアイディアでもってこれに応えなければならない」と述べ("Lettre aux Français")、強いヨーロッパがフランスの主権を守ることになるとの姿勢を堅持した。
さらに大統領は2019年3月5日に欧州議会選に際しての欧州市民へのメッセージを発表し、防衛、競争政策、雇用創出といった領域に言及し、過去に「進歩」を成し遂げてきた欧州建設の継続を訴えた( Emmanuel Macron, « Pour une Renaissance Européenne »)。こうしたヨーロッパ重視の姿勢は、LREMの公約タイトルともなった「ヨーロッパ再生のために(Pour une Renaissance de l'Europe)」にも反映さている(表2)。
LREM「ヨーロッパ再生のために」 | RN「諸国民のヨーロッパのために」 |
・環境政策の拡充 ・欧州製造業支援 ・欧州防衛力強化 ・プララットフォーマー規制 ・エラスムス対象者の拡大 ・「欧州会議」の設置 ・欧州議会の権限強化 ・FRONTEX強化 ・外国による政党支援禁止 ・欧州議員の報酬制約、ロビー規制 ・EUにおける男女平等 |
・欧州文明の再発見 ・移民抑制のためのアフリカ支援、国境強化、強制送還 ・イスラム過激派の送還ならびにモスク閉鎖 ・域内派遣労働の禁止 ・公共調達におけるフランス企業優先 ・関税引き上げ ・欧州委員会の廃止と欧州首脳会議の権限強化 ・国民発議国民投票の導入 |
こうした政党公約に対し有権者は、欧州議会選で最も重視する争点として、①購買力(16%)、②環境保護(16%)、③世界でのフランスの地位(16%)、④移民問題(13%)、⑤社会的不平等(8%)と関心が散らばっていた(Sciences-Po CEVIPOF, Enquête électorale Française 2019, Vague4, 20 mai 2019)。もっとも党派別にみると、LREM支持者が上記③(56%)、②(47%)、①(25%)を重視しているのに対し、RN支持者は上記④(67%)、①(47%)、テロの脅威(27%)、人身・財産保護(24%)と、依然として対極的な配置にあった。また、無党派層では経済問題に関心が集中したるため、選挙の争点が多元的に推移した。このためもあってか、5月26日段階で、投票予定者の35%が投票先を決めていないとの調査結果もあった(ELAB調べ26 mai 2019)。このうち、少なくない割合が緑の党に投票したことが同派の躍進につながったとも分析されている。
実際の選挙戦でも、多数の勢力によって、EU改革のみならず、移民規制、環境政策、税制、購買力、産業空洞化、保護主義、対中国・ロシア政策、現政権の評価、域内労働派遣など、多くの争点が提示されたため、その中で相対的に強度の高い争点をパッケージできた勢力が相対的に有利になったといえる。
もっとも、公約ならびに有権者による争点を並べてみた場合、欧州議会選は争点そのものをめぐって争われたのではなく、「EU次元を争点」にしたいLREMと、「ナショナルな次元の争点」を強調するRNという対立がみえてくる。これもまた、2017年大統領選ですでに確認されていた構図である。
4. 今後の展望
イタリアのエンリコ・レッタ元首相は、今回のEP選をEUそのものが争点となる「初めての真の欧州選挙」と称した。
2017年大統領選では、既成政党内にも広がった欧州懐疑主義の中で争点のオーナーシップに成功したルペン候補・RNに対し、個人的確信ならびに大統領制化の進展と相まって、マクロンは親EUの立場を戦略的にも全面に打ち出さざるを得なかった。結果としてEUそのものが争点となる構図は、マクロン批判・フィリップ政権批判とオーバーラップすることになり、さらに大統領が選挙戦に積極的に関与したことが再度プレジデンシーを脆弱なものとするという悪循環を招いたといえる。
そうした意味では、本来は「二次的(second order)な選挙」として位置づけられていた欧州議会選に象徴的な意味合いを付与し、その重みを大きくしてしまったのはマクロンのプレジデンシーの戦略的な隘路として捉えることができるだろう。国内でも依然として「黄色いベスト」運動の支持は依然として4割あり、自身のプレジデンシーの存在理由でもあるEU改革が実現できなくなるとすれば、「内憂外患」の状況は継続していくものと予測される。