コラム

『Global Risk Research Report』No. 21
安定する内政・不安定化する外交―2018年のトルコ―

2019-04-04
今井 宏平(ジェトロ・アジア経済研究所)
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 2018年のトルコは国際的に3つの点で注目された。
 1点目がアメリカとの関係悪化である。トルコとアメリカは冷戦期以降、同盟国であり、NATO加盟国という共通点もあり、1970年代の第二次キプロス紛争に端を発するアメリカの対トルコ禁輸措置を除き、表立って関係が悪化することはほとんどなかった。しかし、トルコ政府が2016年7月のクーデタ未遂事件に関与したとして拘束した、福音派の牧師、アンドリュー・ブランソンの解放をめぐり、アメリカとの関係が悪化した。そして、2018年夏に事態は急速に悪化する。トルコがブランソンの解放を拒否し続けていることを受け、トランプ政権は2018年8月にトルコに制裁を発動した。まず、8月1日にギュレン運動の取り締まりの中心人物であるアブドゥルハミト・ギュル法務大臣とスレイマン・ソイル内務大臣のアメリカにおける資産を凍結した。次いで、8月10日にトルコからの鉄鋼とアルミ製品の関税を2倍に引き上げた。
 この経済制裁の結果、トルコの経済は悪化する。2018年を通してトルコリラの対ドル価格が40パーセント下落したが、8月だけで25パーセントも下落した。また、主要格付け会社が軒並みトルコを格下げしたことで外資がトルコでの事業に二の足を踏むようになった。
 2018年10月半ばにブランソンは解放された。これにより、2閣僚に対する制裁が解除されるなど、トルコとアメリカの関係悪化は収束した。それに伴い、トルコの経済悪化も収束した。しかし、北シリアのクルド人組織の処遇をめぐり、依然として両国の間に深い溝が存在している。
 2点目が大統領制移行に伴う大統領選挙と議会選挙のダブル選挙であった。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の再選が最大の焦点であった。結果として、エルドアン大統領の大統領再選、そして公正発展党が第一党の座を維持したものの、単独で過半数を得ることができなかった。この選挙では当初苦戦が予想されていた民族主義者行動党が予想以上に健闘し、10パーセント以上の得票率を獲得し、インパクトを与えた。
 2018年6月24日のダブル選挙を含め、2015年夏以降のトルコの政治を概観すると、国家の安全を最優先事項に置き、とりわけトルコ人意識を高揚させ、それを得票につなげるという手法が特徴として挙げられる。この背景には、2015年夏にイスラーム国(IS)のテロ、あるいはISに感化されたトルコ人によるテロがトルコでも起こり始めたことがある。2015年6月の総選挙で、2002年以来、初めて単独与党の座を維持できなかった公正発展党であったが、2015年6月5日、7月20日、10月10日に起きたトルコ国内でのテロに対して、長年の与党の経験を活かし、テロに屈しない姿勢を示した。2015年11月に実施された再選挙において、公正発展党はテロに屈しない姿勢を前面に押し出し、国民からの支持を獲得し勝利した。公正発展党はトルコ国内でのテロという脅威に対して、国民にテロとの戦いを主張したうえで、安全を提供できるのは自分たちだけであると説いたのであった。これにより安全保障が重要なイシューであり、トルコは対テロ戦争を戦っていることを国民に訴え、受け入れさせた。それは、政治を安全保障化(セキュリタイゼーション)し、そしてそれを選挙での得票につなげたという意味で政治学で言うところの「旗の下への結集効果」であった。このトルコ政治の安全保障化と「旗の下への結集効果」の組み合わせは、2016年7月のクーデタ未遂事件でも見られた。
 3点目がイスタンブルのサウジアラビア領事館でのジャマル・カショギ氏殺害事件をめぐるトルコとサウジアラビアの関係悪化である。この事件に関して、トルコ政府は情報を多く握っていると見られており、サウジアラビア政府、特にムハンマド・ビン・サルマン皇太子の関与を強く訴えた。一方で、トルコの外交の中で湾岸諸国の重要性は近年高まっている 。特にトルコとカタルの関係が良好であり、湾岸諸国のカタル断交後にトルコと湾岸諸国の対立が鮮明となった 。トルコはムスリム同胞団を擁護しており、その点でも湾岸諸国、とりわけUAEと対立を深めていた。UAEとはソマリア進出でも対抗している。カタル断交後、ムスリム同胞団への対応を軸にトルコとカタルに対し、UAE、サウジアラビア、そして両国と関係を強めるエジプトが対峙するという構図が出来上がった。
 こうした中で起きたカショギ氏殺害事件は、トルコとサウジアラビア、特にムハンマド・ビン・サルマン皇太子との関係悪化を助長させた。この事件はサウジアラビアとトルコの間に強い不信感を芽生えさせた。トルコとカタルに対するサウジアラビア、UAE、エジプトの間の対立はこれまで以上に深化したと言えるだろう。長らく、中東のパワーゲームの域内対立の軸はサウジアラビアとイランの間の対立であったが、この対立軸と並び立つ形で、トルコ・カタル対サウジアラビア・UAE・エジプトの対立軸が中東の域内関係を規定するようになりつつある。
(2019年3月25日脱稿)

※本稿は、平成30年度外務省外交・安全保障調査研究事業報告書『反グローバリズム再考――国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 グローバルリスク研究』(日本国際問題研究所、2019年)の要旨となります。詳しくは、報告書の本文をご参照下さい。