コラム

『Global Risk Research Report』No. 20
サウジアラビアのトランプ米政権に対する政策

2019-04-03
近藤 重人(日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員)
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 サウジアラビアにとって、米国は伝統的に安全保障や経済の面で欠かせない存在であったが、両国関係は2000年代以降徐々に変調し、バラク・オバマ(Barack Obama)前政権時代に大きく冷え込んだ。他方、2017年1月に発足したドナルド・トランプ(Donald J. Trump)政権は、サウジアラビアとの強い関係を復活させたに見えたが、サウジアラビアのイエメン介入や最近のサウジ人記者殺害事件を受け、米国世論のサウジ批判が勢いを得ている。
 2016年の大統領選挙時にトランプはサウジアラビアに対して敵対的な発言をしていたが、サウジアラビアは彼が選挙に当選する前から同政権への接近する足がかりを得ていた。2017年1月の大統領就任後、両国は対イラン政策やテロ対策で両国の利害が一致することとなった。3月にはムハンマド・ビン・サルマーン(Muhammad bin Salman)副皇太子が米国を訪問した。そして、トランプ大統領は5月にこれまでの慣例を覆し、サウジアラビアを最初の外遊先として選んだ。この背景には、ジャレッド・クシュナー(Jarred Kushner)米大統領上級顧問とムハンマド副皇太子の親密な関係が影響したと考えられる。
 この時のサウジ訪問で、両国は「1100億ドル」と言われる武器取引を交わした。サウジアラビアはこれを梃子に、トランプ大統領に重要な政策目標であったカタルの孤立に向けた諸政策について、事前に理解を求めた。それが奏功し、トランプ大統領は6月にサウジアラビアなどがカタルと断交した際にそれを支持した。しかし、カタルにも米軍基地を有する米国は次第にこうした異常事態を放置できなくなり、トランプ大統領もサウジアラビアとカタルの歩み寄りを促すようになった。
 他方、米国はトランプ大統領のサウジ訪問に別の期待を寄せていた。それがクシュナー上級顧問の温める「中東和平案」へのサウジアラビアの支持であった。特にこの問題について米国はムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子の理解を得ることにある程度成功したと思われ、トランプ大統領が2017年11月にイスラエルの首都をエルサレムと認定した時も、同副皇太子は公の場で反対を表明しなかった。しかし、米政府の関与にも限界があり、サルマーン国王は2018年4月に「エルサレム・サミット」と銘打ったアラブ・サミットを開催し、改めてサウジアラビアの伝統的なパレスチナ重視の政策を掲げた。
 ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子はむしろ経済面での米国との協力に注力するようになり、それが2018年3月から4月にかけての数週間の米国歴訪につながった。この訪問では東西両海岸や南部を回り、米国企業にサウジアラビアの経済改革構想への参加を促した。また、原子力発電所の建設といったセンシティブな分野の協議も行われた。さらに、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子はこの訪問中に多くの米メディアのインタビューを受け、積極的に自らの改革姿勢などを米国社会に売り込んだ。しかし、この時に獲得した米国社会における好意的な反応は、2018年後半にかけて大きく損なわれていく。
 2018年8月にはサウジ主導の有志連合がイエメンでスクール・バスを誤爆したとして、米議会を中心にサウジアラビアに対する視線が厳しくなった。もっとも同連合が実施する作戦は開始当初から批判が見られ、その度にサウジ政府と米政府が火消しに躍起になってきたという経緯がある。この8月の事件については、米側もサウジ側に説明を求め、サウジ側もこれが連合軍による誤爆であると認め、再発防止策を講じるとした。こうして米政府はサウジアラビアへの批判を一旦抑えることができた。
 しかし、2018年10月にサウジ人ジャーナリストが殺害される事件が起こると、米議会や米国民のサウジアラビアに対する見方は非常に厳しくなった。同ジャーナリストがワシントン・ポスト紙のコラムニストであり、また事件発生地であるトルコが連日この件に関する状況証拠をリークさせたことで、米メディアはこの件に過剰に反応した。米議会でも、11月にサウジ主導の対イエメン作戦への支援を停止することを求める決議が米上院で可決され、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が事件の背後にいると公然に発言する議員が相次いだ。この事件は11月の米中間選挙にも影響を与え、サウジアラビアに批判的な議員が多く当選した。
 他方、トランプ政権はこの事件を経てもサウジアラビアとの友好関係を維持しようとした。もちろん米メディアの追及を受けてトランプ大統領はサウジアラビアに対する「懲罰」にも言及し、それにサウジアラビアが反応するという一幕も見られた。また、国防長官と国務長官が揃ってサウジアラビアにイエメンでの停戦を求め、それがサウジアラビアによるイエメン和平会議への積極的な支持を後押ししたという例も見られた。しかし、米政権がサウジアラビア批判に回らなかったのは、上述の対イラン政策、武器取引、「中東和平案」などをめぐる協力関係が重要な背景であったと考えられる。
 米政権はさらに、いわゆる「アラブNATO」構想においてもサウジアラビアを重視していた。これは米国と良好な関係にある湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council:GCC)加盟6カ国、ヨルダン、エジプトの8カ国が結束し、イランやテロといった中東地域の脅威に対処するという構想であり、たとえば2018年9月に米国はこれらの国々の外相を集めてニューヨークで会議を行っている。また、元軍人であるジョン・アビゼイド(John Abizaid)元米中央軍司令官を次期駐サウジ米大使に任命したことも、米国が軍事面でサウジアラビアを重視していることが伺える。「アラブNATO」に向けた米政府のサウジアラビアに対する協力要請はサウジ人ジャーナリスト殺害事件後も続いており、両国を結び付ける要素となっている。
 このように、蜜月と言われたサウジアラビアと米国のトランプ政権の関係は、ハーショグジー事件を経て躓きを見せたものの、政権同士では良好な関係を維持している。サウジアラビアとしても、対イエメン作戦で使用する武器の大半が米国製で、またサウジアラビアが志向する経済多角化において米国企業の果たす役割が大きいことなどから、米国との関係は切りたくても切れないものである。従って、サウジ人ジャーナリスト殺害事件の一件で冷え込んだ米議会や米国民との関係についても、可能であれば徐々に回復させたいと考えている。
 他方で、米国の対外政策は近年内向き傾向を強めており、2018年12月にトランプ大統領がシリアからの部隊の撤退を突然表明したことも、同部隊がイランをけん制する上で有効と見ていたサウジアラビアに衝撃を与えた。もっとも、こうした傾向はオバマ政権期から見られてきたものであり、サウジアラビアはそうした新たな環境に適応しようとしてきた。たとえば、ロシアや中国との接近がその例であり、これらの国々とは軍事面も含めて対話ができるようになっている。こうした多角的な外交を通じ、サウジアラビアは米国が関与を減少させた中東に柔軟に対応できるようにしていくだろう。
(2019年3月22日脱稿)

※本稿は、平成30年度外務省外交・安全保障調査研究事業報告書『反グローバリズム再考――国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 グローバルリスク研究』(日本国際問題研究所、2019年)の要旨となります。詳しくは、報告書の本文をご参照下さい。