コラム

北朝鮮の「非核化」をめぐる論点整理

2018-06-08
秋山 信将(一橋大学大学院教授)
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【ポイント】
① 北朝鮮が本来の意味でのCVID(完全、検証可能かつ不可逆的な非核化)に同意する可能性はほとんどなく、米朝間での取り決めは、核計画の廃棄そのものを目的とするというよりも、双方の安全保障上の懸念を減少させることを主たる目的とした「軍備管理」的なプロセスとなる可能性が高い。その場合、CVIDは、達成されるとしても長期的な目標となる。いずれにしても、「非核化」の内容は政治的に決定される。
② 「非核化」の最大のポイントは、核弾頭の廃棄をどのタイミングで、どこで実施するかである。米国側は、既存の弾頭は直ちに北朝鮮から搬出し米国において廃棄作業を実施することを望むと考えられるが、北朝鮮は、米国による体制の保証および安全の保証を担保しようとするならば、直ちに廃棄することに応じることはないと考えられる。弾頭を国外に搬出せず、解体、廃棄作業を北朝鮮国内で行う場合、そのための施設・設備の整備などが必要となればさらに長期的な作業となるであろう。
③ 完全性および不可逆性を担保するためには、ウラン濃縮、再処理(プルトニウム抽出)能力の除去が必要であるが、特にウラン濃縮については、自国のウラン資源の活用という観点からも平和的利用までも禁止した完全な廃棄に北朝鮮が応じない可能性がある。
④ 検証については、核兵器解体のプロセス(弾頭の解体およびミサイルの解体)の検証と、弾頭解体後、核兵器の不存在が確立された後の検証に分けて考える必要がある。前者については、米朝の二国間(プラス他国?)の取り決めがなされ米国(プラス他国)によって実施されることになるであろう。核兵器の解体プロセスにおいては非核兵器国の人員は核不拡散の観点からアクセスを許されないため、IAEAが関与する可能性は低い。二国間で実施した場合、国際社会からの信頼をどのようにして得るかが課題となる。後者については、同様に米朝間で実施される可能性もあるが、IAEAによって実施される可能性もある。その場合、北朝鮮のNPT上の地位をどう解釈するか(北朝鮮自身は脱退したと主張)によって手法が異なってくるであろう。おそらく、北朝鮮の場合には、IAEAと当事国間(北朝鮮、米国など)で個別の取り決めがおこなわれることになるのではないかと予想される。
⑤ 「非核化」の完全性および北朝鮮の核の脅威の完全な削減のためには、北朝鮮の核活動の全体像を把握する必要がある。完全性を確認するためには、これまでの活動記録等のデータの精査、関係者へのインタビュー、衛星画像等の活動、それ以外のインテリジェンス情報などを通じ、疑義のある活動や施設を特定し、それらへの立ち入りなどを通じて秘匿されている未申告の活動がないかどうかを確認する必要がある。問題は北朝鮮がそのような浸透的な活動を認めるかどうかである。

はじめに
 北朝鮮の「非核化」をめぐるプロセスが始まろうとしている。米朝の首脳会談が6月12日に予定されているが、両首脳が具体的にどのような内容の合意をし、またそこからどのように細部が詰められていくのかを推測させるような情報は現時点で多くない。
 すでに多くの論者が「非核化」プロセスについて論じているが、「非核化」には明確な定義は存在しない。そもそも大前提として確認しておきたいのは、「非核化」という言葉を現時点で厳密に定義することは不可能であるということだ。それは、「非核化」の要素/対象として考えられる活動や施設が非常に多岐にわたる一方、それらの要素/対象の中で何が「非核化」のプログラムに含まれるかは、当事者による定義(すなわち政治的合意)に依存するからである。
 そこで、本稿では、北朝鮮の「非核化」をデザインするうえで検討すべき要素について列挙してみる。本稿の目的はあくまでもプロセスに包含されうる要素について検討を加えることであり、「非核化」を定義することではない。しかしながら、北朝鮮の核の脅威を除去するという目的において、今後進展が期待される「非核化」のプロセスがどの程度までその目的を達成しているのか、また積み残しの課題がないのかを検証するうえで、このような要素をあらかじめ挙げておくことは有用であると考える。

1.「非核化」の要素
 北朝鮮の核兵器計画の廃棄に際して対象となる可能性があるのは次のとおりである。
 なお、これらは既知の、もしくは既存の情報などから想定しうる活動を列挙しただけであり、これらの活動の全容の解明、および未確認の活動の検知などを通じて、核計画の全容を把握しなければ、「非核化」の全体像は見えてこない。より厳格に「非核化」のプロセスを進めようとするならば、対象とすべき核施設や活動がすべてカバーされているかどうか、逆に言えば未申告、もしくは未検知の施設や活動が存在しないか否かについての検証が必要となる。
 
 1)核兵器
    ①核弾頭
    ②ミサイル(ICBM、中距離弾道ミサイル、短距離ミサイル)と発射装置
 2)核物質
    ③貯蔵ウラン(濃縮前の状態のもの、低濃縮ウラン、高濃縮ウラン)
    ④貯蔵プルトニウム
    ⑤トリチウム等水爆の核融合用物質
 3)寧辺の施設
    ⑥再処理施設(プルトニウム分離施設)
    ⑦ウラン濃縮施設
    ⑧燃料製造施設
    ⑨黒鉛減速炉
    ⑩実験用軽水炉 など
 4)寧辺以外の施設など
    ⑪核弾頭製造施設
    ⑫ミサイル製造施設
    ⑬核実験場 (坑道、インフラ)
    ⑭各種研究施設
    ⑮ウラン鉱山
    ⑯科学者および技術者
    ⑰核開発に使用・収集したデータ・情報
    ⑱資機材調達のネットワーク

 このリストはあくまでも「非核化」の対象となりうる可能性のある活動を挙げたものであり、実際にどれが「非核化」措置の対象となるのかは、まさに当事者間の交渉によって今後定義されていくことになる。しかし、「非核化」措置の対象を決定することは容易ではない。例えば、このリストのうち、網掛けになっている項目(核燃料サイクルを含む)は、核兵器不拡散条約(NPT)および国際原子力機関(IAEA)憲章上は、もし北朝鮮がIAEAに対して完全に申告し、厳格な保障措置を受けることになったとすれば、認められることもあり得る活動である(NPT第4条に規定されている原子力技術の平和的利用の「奪い得ない権利」によって認められている活動)。また下線の引いてあるミサイル関連活動については、これらを明示的に禁止する国際的な法的枠組みはなく、規制をかける根拠がないことが交渉のネックになる可能性がある。
 ちなみに、イランの核問題に関する共同行動計画(JCPOA)では、核燃料サイクル関連の活動についてはEU3+3とイランとの交渉の結果JCPOAの中でより厳格な規制が導入されたが、ミサイルについてはイランが核と切り離すことを強硬に主張し、結局は核とは切り離されたがゆえに米のJCPOA離脱の一因ともなった。
 なお交渉の当事者は、一義的には米朝ということになろうが、1992年の南北非核化共同宣言が視野に入ってきた場合の韓国の関与や、あるいは検証や保障措置の実施などに関連して国際原子力機関(IAEA)が入ってくる可能性も否定できない。当事者間の「非核化」をめぐる交渉で焦点となりそうな点は、1)スコープ(これらの活動のうちどこまでを含めるのか、廃棄するミサイルの射程含む)、2)シークエンス(どの順番で廃棄等を進めるか)、ロケーション(どこで実際の廃棄等を行うのか)、3)タイムフレーム(どのくらいの期間で「非核化」プロセスを完了するか)、そしてそれらに対応する4)見返り(報酬)のスキームであろう。以下では、特に1)と2)の観点を中心に、「非核化」プロセスをめぐる論点を抽出する。
 
2.スコープ:「非核化」の定義
 北朝鮮にとって最も厳しい「非核化」は、原子力発電や放射線の応用といった原子力の平和的利用に関連する活動までも一切廃棄するというものである。がん治療や農業での害虫対策など、通常主権国家ならどこでも認められるような原子力の平和的利用を禁じることは非現実的でもあり、おそらく米側もそこまで踏み込むことはないであろう。なお、1994年の枠組み合意では、北朝鮮は核開発の断念の見返りとして発電用の軽水炉の建設の支援を受けている(その後事業は中止)。
 反対に北朝鮮にとって望ましい「非核化」とは、(現状維持というオプションを除外すれば)一定期間北朝鮮の核兵器を温存した段階的な核計画の縮小であろう。もし「非核化」を標榜するのであれば、本来であれば核兵器の廃棄は必須となろう。ただ、核兵器の廃棄に応じたとしても、手順や期間、それに廃棄の行われる場所をどのように設定するかが課題となる。北朝鮮からすれば、米国から提供されることになるであろう体制の保証、安全の保証に対する確証が得られるまでのヘッジとして核能力は維持することを主張すると考えられる。
 なお、核兵器廃棄の手順は、弾頭の種類にもよるが、大まかに言って次のとおりである。まず、核弾頭を核分裂性物質のプルトニウムもしくは高濃縮ウランと、(水爆の場合)トリチウムやデューテリウムといった核融合燃料用の物質、それ以外の高性能爆薬を含む起爆装置(プライマリー)に分解し、核物質に関しては希釈や混合等によって核兵器への再利用を不可能/困難にしたうえで、廃棄(プルトニウムは放射性廃棄物などと混合したうえでガラス固化体にして地層処分を行う、もしくは堅固な容器に入れ、再取り出しが不可能な構造の地層処分を行う)、民生用への転用(高濃縮ウランは希釈し、またプルトニウムはウランと混ぜて発電用原子炉のMOX燃料とする)などの処分がなされる。なお、民生用への転用の場合、これらの核物質の所有や使用の権利の帰属が争点になる可能性もある。起爆装置は、解体し、被曝し放射能を帯びている部分については放射性廃棄物として処分される。
 同様に、兵器化されていない濃縮ウランやプルトニウムのストックパイルの処分も行われることになろう。
 ウラン濃縮、プルトニウム抽出(再処理)施設に関しては、おそらく米側が考えている「非核化」のスコープにはこれらの活動の停止と解体が含まれていると考えるのが妥当である。ちなみに1991年12月の南北非核化共同宣言では、これらの活動も破棄されることが合意されている。しかしながら、北朝鮮とすれば、NPT上の原子力の平和的利用の「奪い得ない権利」を主張し、JCPOAでもウラン濃縮が規模を縮小して認められていたことからも、これらの活動の完全な破棄に同意しない可能性がある。当然、米側は、イランの濃縮活動を許容し、将来活動の拡大の可能性を残すJCPOAから脱退したことは、このような核燃料サイクル活動に対し厳しい姿勢で臨む可能性があることを示唆している。その場合、北朝鮮がJCPOAに倣って自国にも活動を認めるように主張することは困難ではあろう。その場合、日本の核燃料サイクル活動や韓国におけるパイロプロセシングの研究活動などを引き合いに出して、権利を主張する可能性も否定できない。
 また、ミサイルの廃棄については、そもそもこれに応じるのか、米国を射程に収めていると言われる大陸間弾道ミサイル(ICBM)のみの廃棄か、あるいは日本などを射程に収める中距離以下のミサイルも廃棄するのかは、日本にとってとりわけ重要である。ただし、北朝鮮が最近の実験によってICBMの能力があることを示していたとはいえ、以前から日本に到達する射程を持つ中距離弾道ミサイルは実戦レベルにあると考えてこられた以上、日本にとって脅威のレベルは能力面においては以前と変わっていないともいえる。そのため、重要になってくるのは、米国と北朝鮮の間で安全の保証(security assurance)についてどのような取り決めがなされるかで、北朝鮮が日本を射程に収めるミサイルの能力を温存するような取引が成立した場合の日米のディカップリングのリスク(特に核以外のWMDを視野に)をどのようにmitigateするかについては念頭に置く必要があろう。

3.シークエンス:「非核化」の手順
 「非核化」のスコープ(どの活動が対象となるのか)が定まったとして、それをどのような順番で、またどれくらいの期間をかけて実施していくのかは、別の重要な問題である。
 現在保有しているとみられる(既知の)核弾頭の廃棄に北朝鮮が応じれば非常に象徴的な善意の表現ともいえよう。しかし、それが一連の「非核化」の作業の過程において最初に実施される措置なのか、また最後に行われる措置なのかによって、北朝鮮にとってのみならず、日本から見た安全保障上のリスクという観点からもその意味合いは大きく異なる。北朝鮮から見れば、核弾頭を最初に廃棄してしまえば、米国に対する抑止力が著しく低下することになる。「非核化」の見返りとして米国が体制の保証を約束したとしても、米国に対する不信感が払しょくされるまでは何らかのヘッジを必要とする。その場合、核弾頭を初期の段階で廃棄することに応じれば、脆弱性は高まるであろう。とすれば、「非核化」にも応じ、また当面ヘッジの意味で核弾頭の温存、もしくは短期間での可逆性を維持するためには、自国内での核弾頭解体を主張することが合理的である。自国内で解体するとなれば、そのための施設・設備を求めることができ、それらの整備にも時間をかけることができるのと同時に、解体プロセスをコントロールすることも可能だ。
 北朝鮮の安全保障の観点および米朝関係の観点から次に重要なのはICBMの解体であろう。ICBMの解体に直ちに着手することは、米国に対し北朝鮮が「非核化」への意思を示す行動となる。またミサイルを無能力化することは、技術的にはそれほど困難なことではなく、解体に向けた着手は技術的には早い段階で可能と考えられるが、これも核弾頭の廃棄と同様極めて政治的な要因からその手順や時期が決定されることになるであろう。
 包括性、不可逆性を担保するという点では、濃縮ウラン、プルトニウムのストックパイルの廃棄とさらにウラン濃縮やプルトニウム抽出の能力を解体もしくは兵器転用を不可能にする措置が求められる。兵器用の核分裂性物質のストックパイルを廃棄し、製造能力を制限することは「非核化」後の再武装を防止することになるが、北朝鮮からすれば、ヘッジとしては能力を温存しておきたいところであろう。また、核兵器用の純度の高い濃縮ウランを製造する過程は、低濃縮ウランを使用した原子力発電用の燃料の製造と同じ濃縮技術を使用するため、北朝鮮が持つウラン資源を考えると、濃縮能力は平和目的に限って維持する権利があるとの主張が一定程度の妥当性を持ち得るが、どのような条件のもとどの程度許容するのか、また許容するとした場合軍事転用防止のためにどのような措置が取られるのかがポイントになる。
 核弾頭の廃棄、核分裂性物質の処分、濃縮・再処理能力の管理ができれば、核実験場の閉鎖措置などに関しては二次的な問題とみてよい。ただし、先日の坑道の爆破措置は、入口のみの閉鎖にとどまった可能性が指摘されている。その場合、核実験に使用された核分裂性物質(濃縮ウランやプルトニウム)は、坑道内に残存している可能性がある。これは、長期的にはいわゆる「プルトニウム鉱山」の問題につながりうる。すなわち、実験直後はしばらく様々なアクチノイドが存在し高い放射線量を持っているためアクセスが困難であるが、長時間経過すると半減期が長いプルトニウムのみが残って「プルトニウム鉱山」となり、それを掘り返すことによって高純度のプルトニウムを獲得できるという問題が生じる。これを避けるために、埋め立てたうえでアクセスが不可能なようにサイトを厚いコンクリートなどで覆うといった土木作業により核物質を半永久的にunrecoverable(取り出し不可能)にするか、計量管理を行い保障措置をかける必要が出てくる。さらに汚染された土壌などを管理する安全上の措置、および核セキュリティ上の措置も必要となろう。

4.検証活動
 北朝鮮が実際に核兵器開発に係るすべての活動を廃棄したかどうかを検証することには大きな困難が伴うであろう。
 北朝鮮がもし「軍備管理」的な概念で「非核化」を進めようとするならば、検証プロセスも軍備管理的な形式になることが予想される。軍備管理とは、大まかに言って核保有国同士の安全を担保しあうことに主眼を置くということがそのコンセプトの中心にあるため、核の削減の検証や信頼醸成などは当事者同士で合意できる(双方にとって、秘密裏の合意からのブレークアウトを阻止し、偶発的な紛争のリスクを低減し、安定的な関係を維持できると確信が持てる状況になる)ものであればよいことになる。従って、多国間の保障措置や検証の基準(通常はIAEAによって提供される)が適用されないことも十分に想定可能である。いずれの方法にしても、完璧な検証は不可能であり、軍備管理的な検証においては基本的には、検証する側としては自らの戦略的計算に影響を与えない範囲で誤差は許容することになる。ポール・ニッツェは、「軍事的に有意な形で条約の限界を超える違反を検知」することが、効果的な検証と定義する。北朝鮮からすれば、軍備管理的なプロセスにすることで、①米国と「対等な」関係にあると内部的には宣伝できる、②このような軍備管理的モダリティを「非核化」に適用することによって、それなりの能力の温存にヘッジをかけることができる、③米国大統領とすれば、大きな意味での「非核化」を北朝鮮に同意させることができ、それによって表面上は「結果」を出したと見せることができ、それは北朝鮮にとってもその後のプロセスにおいてさらにサブスタンス(経済的な見返りも含む)は取れる余地を残せる、といったメリットが期待できる。
 このような政治的な側面とは別に、実際の検証作業のモダリティについて検討してみたい。検証プロセスは、核兵器解体のプロセス(弾頭の解体およびミサイルの解体)の検証と、弾頭解体後、核兵器の不存在が確立された後の原子力活動および保有する物質の検証に分けて考える必要がある。前者については、米朝の二国間(プラスアルファ)の取り決めがなされ米国(プラスアルファ)によって実施されることになるであろう。核兵器の解体プロセスにおいては非核兵器国の人員は核不拡散の観点からアクセスを許されない。また、解体プロセスが米国で実施される場合には、弾頭解体から出る核分裂性物質が米国のストックパイルに組み入れられないかどうかの確認をロシアなどが求めてくる可能性が出てくるであろう。また、解体プロセスが北朝鮮国内で実施される場合には、検証を担当する査察員の人選(米国のみに限るのか、中国、ロシアなどその他の核兵器国が入るのか。また、非核兵器国に対する信頼はどのように提供するのかなどの論点が想定される)や北朝鮮による査察員へのアクセスの制限などの課題が出てこよう。
 弾頭解体後の原子力活動や核物質への検証については、同様に米朝間で実施される可能性もあるが、IAEAによって実施される可能性もある。IAEAによる検証が実施される場合、北朝鮮が2003年に宣言したNPT脱退が法的に有効であるかどうかによって様相は異なるであろう。もしNPT脱退が認められず(日本などは手続きに瑕疵があるとして正式に脱退したと認めていない)、北朝鮮の地位はNPT上の非核兵器国であるとすれば、本来であればINFCIRC/153に基づく包括的保障措置協定に基づく通常の査察を受ける必要がある。ただし、北朝鮮が条約上の非核兵器国の地位を受け入れるのかは不明である。
 北朝鮮がNPTから脱退しているとみなされるのであれば、INFCIRC/66に基づき、核兵器国やインドなどと同様の保障措置を受けることが可能である。しかし、この場合、北朝鮮を事実上の核保有国として認知することにもなる。(当然後になって非核兵器国としてINFCIRC/153に基づく包括的保障措置協定に基づく査察を受け入れることになることも想定されうるが、NPT上非核兵器国の保障措置義務(核不拡散義務)は、INFCIRC/153によって担保されると考えられているため、INFCIRC/66型の保障措置の適用は極めて異例といえよう。)
 おそらく、いずれにしても「非核化」のプロセスのデザインに応じた柔軟な対応が求められ、また検証(保障措置)の結論(軍事転用の不存在の確認)には時間がかかることが予想される。
 また、検証に関連して重要なのは、「非核化」の完全性および北朝鮮の核の脅威の完全な削減のために北朝鮮の核活動の全体像を把握する必要性である。通常のIAEAの保障措置の手順では、北朝鮮が申告を行いその完全性(つまりすべての活動及び物質が漏れなく申告されていること)と正確性を検証することにより、北朝鮮の保有する核関連活動が軍事利用されていないことを確認することになる。しかし、完全性を確認するためには、これまでの活動記録等のデータの解析、関係者への聞き込み、衛星画像等の活動、それ以外のインテリジェンス情報などを通じ、疑義のある活動や施設を特定し、それらへの立ち入りなどを通じて秘匿されている未申告の活動がないかどうかを確認する必要がある。問題は北朝鮮がそのような浸透的な活動を認めるかどうかである。とりわけ軍事施設への立ち入りは非常に機微な問題であり、受け入れを拒まれる可能性も高い。

5.その他の措置
 これ以外にも、1万5千人いると言われる核開発に従事した科学者や技術者をどう手当てするかという点であるが、この中でも兵器開発、濃縮や再処理の開発など極めて機微な活動に従事した科学者や技術者が、非国家主体や他国へ流出しないように何らかの手当てをする必要がある。旧ソ連非核化支援のプロセスでは、旧ソ連諸国に国際科学技術センター(ISCT)を設立し、それらの国の科学者や技術者と他国企業のマッチングを行いジョイント・ベンチャーの設立の支援や、プロジェクトへの参画などを促進した。このような活動が必要となってくると思われるが、実際に市場において必要とされる、もしくは有望なシードとなりうるような技術等を北朝鮮の科学者などが提供することができるかどうかは未知の部分であろう。
 さらに、化学兵器、生物兵器プログラムの解体については、技術の両用性や隠ぺいの容易さなどから、全容の把握及び廃棄の検証が困難であることが想定される。

6.おわりに
 以上みてきたように、北朝鮮の「非核化」がどのような範囲で、どのような過程で実施されるのかは、非常に多くの要素を勘案する必要があるが、北朝鮮の核の脅威を低下させ、除去するためには、既存の核弾頭の廃棄、弾道ミサイルプログラムの解体、およびブレークアウトに要する時間をできるだけ長くするための濃縮・再処理能力の廃棄もしくは実効的な制限、さらに、起爆装置など兵器化に必要な研究開発の完全な廃棄、の4つの要素が必要であろう。しかし、政治的な交渉において一定程度の妥協が成立する可能性も排除できない。その場合、日本にとっては、残存する脅威をいかにmitigateするのかが課題となる。
 従来から経済制裁等を受け孤立してきた経緯から、北朝鮮の場合には、(例えばイランのJCPOAからのそれと比べ)合意からの離脱の敷居が比較的低いと想定されるが、北朝鮮が「非核化」プロセスの冒頭部分での核弾頭の廃棄に応じないとすれば、従来の失敗を繰り返さないためにも、「非核化」プロセスが適切に管理される必要が出てくる。日本としてはそのプロセスへ関与していくこと、そして同時に日米間の潜在的ディカップリングのリスクに対して両国間で適切にそのリスクを他国に想起させないような緊密な協調を維持していく必要がある。

【参考】
 北朝鮮の「非核化」のモデルとして、ボルトン米大統領補佐官(安全保障担当)などが「リビア・モデル」に言及した。そもそも、発言の当事者がどのような意図をもって「リビア・モデル」に言及したのか明確ではないが、リビアの核計画解体のプロセスは大まかに言って以下のようなものである。
 2003年12月に米英との秘密交渉の末リビアが核計画の放棄を宣言し、直後にIAEAが査察に入った結果、ウラン濃縮など未申告の核関連活動が露見、2004年2月までにIAEAは報告書をまとめた。同時に、米英の専門家がリビアに入って濃縮施設を解体し、2004年1月から3月までの間に関連資機材500トンが米国に搬出された。(ただし、リビアの濃縮活動は稼働前であり、米国に搬出されたのは厳密には「核兵器」ではない。)また、2006年にロシアに3キロの高濃縮ウランが移送されたが、これは旧ソ連時代に研究用に提供された物質であり、米ロが各国に提供した研究用の高濃縮ウランを引き取る二国間の取り決めに基づいて実施された措置である。
 南アフリカの場合には、1989年、アパルトヘイト政策の廃止と政権交代を機に、核兵器放棄の決定がなされた。南アは当初、国際社会に対して秘密裏に核兵器の解体を実施しようとした。しかし国内の圧力や周辺諸国との関係を重視する観点から、自ら申告し、また核兵器計画の廃棄を実施した。南アは、1991年にNPTに加入しIAEAの保障措置を受けた。1993年に核兵器の存在を明らかにし、すでに核兵器は解体済みであることを対外的に発表し、それを受けたIAEAが旧兵器施設に査察に入って解体が完了していることを確認した。実際には、IAEAは1991年の査察の時点で南アの核兵器計画の存在を認識していたが、あえて強く求めることはせず、自発的な発表を待った。なお、核兵器の解体は米英ロの査察員が検証した。核実験場の閉鎖については、ロシアの偵察衛星による指摘を受けた米国がそれを確認し、南アに対して閉鎖を求めた。(その後米国の支援により閉鎖。)


【参考ウェブサイト】
非核化プロセスについて論じたものとしては、

・ Siegfried S. Hecker et al., A technically-informed roadmap for North Korea’s denuclearization, May 28, 2018,
https://cisac.fsi.stanford.edu/sites/default/files/hecker_carlin-serbin_denuc_rlc.pdf

・ Institute for Science and International Security, Technical Note on a Timeline for North Korean Denuclearization,
http://isis-online.org/isis-reports/detail/technical-note-on-a-timeline-for-north-korean-denuclearization/

・ 古川勝久「米朝首脳会談」実現しても、非核化には実際こんなに時間がかかる」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55837

リビアの非核化の経過については、

・Arms Control Association, Chronology of Libya's Disarmament and Relations with the United States,
https://www.armscontrol.org/factsheets/LibyaChronology

南アの非核化プロセスの分析については、

・ David Albright, Revisiting South Africa's Nuclear Weapons Program: Its History, Dismantlement, and Lessons for Today、
https://calhoun.nps.edu/handle/10945/49189

などが参考になる。