コラム

『US-China Relations Report』Vol. 8
アメリカにおける戦略議論と中国

2016-02-18
佐橋 亮(神奈川大学准教授)
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 米中関係はオバマ政権期において、2度のアップダウンを繰り返してきた。つまり、政権発足時には対中関係の管理重視の傾向が顕著に見られたが、インターネットの自由や人権、南シナ海領有権問題を契機に、徐々に困難に直面するようになった。しかし、戦略・経済対話などを通じた関係の制度化は着実に進展した。習近平国家主席とのサニーランズにおける長時間の首脳会談はそのクライマックスともいえ、アジア再重点化の一方で、対話の機会を確保することで関係管理を図ろうとする意図が依然として根強いことを伺わせた。
 そこで得られた米中関係のモメンタムは、2015年春に発覚した米政府のセキュリティ情報を含むハッキングが明るみに出たこと、南シナ海問題への関心の高まりの中で失われたように見える。15年秋における、米中首脳会談にいたる過程、その成果の少なさ、さらには米戦略空軍トップによるサイバー報復の威嚇発言、航行の自由作戦といった対応策の採用は、国内外の関心が高まる中で、安易に米中関係を管理する力学を優先させることが難しくなった現状をよく示している。
 別の角度から見れば、オバマ政権期を通じて、米中関係はアメリカの外交、さらに軍事戦略にとって「常に」意識されるほどの大きな関心事になった。言うまでもなく、台湾問題や人権、経済争点をめぐって、過去40年間にわたる米中関係はアメリカ政治で「ときに」耳目を集めてきた。しかし中国による現状への挑戦の可視化が進んだ結果、メディアや世論も、一つの出来事に左右されると言うよりは常日頃から中国への関心を高めている。中国がアジアに限らず世界にもたらす政治経済的、安全保障における問題があまりに大きくなりつつあるため、政府内でも中国政策を小さな専門家集団が処理することは難しくなっている。
 このような米中関係を取り巻く、アメリカの新たな中国政策の論争空間の変容は極めて興味深い。たしかにロシアやイスラム国が現状変革を軍事力によって成し遂げようと動いたことはオバマ政権後期に大きな挑戦となったが、中国問題の位置づけも明らかに変質したように思える。本稿ではとくに、長期的な中国との競争について、軍事的観点から展開されている議論を紹介したい。

 政府が発出する文書や高官演説では、中国を念頭に置いた表現が増えている。たとえば、2014年に発表された「四年毎の国防計画の見直し(QDR2014)」も、中国の透明性欠如を批判するに留まらず、中国やイランがアメリカの戦略投射能力に対して非対称な手段の獲得を通じて挑戦していることに警戒心を隠していない。同様に、2015年国家軍事戦略(NMS2015)も、中国を名指しているわけではないが、接近阻止・領域拒否(A2AD)能力や宇宙、サイバー空間への脅威を明記し、米軍の戦略投射を確保するための長距離打撃力や水中戦を含む投資、統合運用の重要性を強調している。さらに国防総省が提唱する「サード・オフセット戦略」ではロシアに加え中国が大きく意識されている。
 政府の外では、よりストレートな形で中国との平時からの競争と望ましい対応が議論されている。ここでは15年10月末から11月にかけて行われた上院軍事委員会公聴会を取り上げてみよう。
 アンドリュー・クレピネビッチ(戦略予算評価センター理事長)はまず、冷戦終結後もアメリカの戦略目標は変わらないことを強調する。つまり、第一に主要な脅威を可能な限り遠ざけ、アメリカ本土の地理的な位置、戦略的縦深性を活用すること、第二に高い能力を持つ同盟国、パートナーと協働すること、第三に国際共有空間への十分なアクセスを維持することにアメリカの目標がある。
 クレピネビッチは、「イスラム過激派との戦争をアメリカが望んでいるとは言えないが、彼らはアメリカとの戦いを望んでいる」と的確に指摘した上で、イスラム国や中東情勢への対処は重要だが、中国、イラン、ロシアといった現状変更を志向する国家は、西太平洋、中東、ヨーロッパにおけるアメリカの重要な国益を脅かしており、より大きな問題を投げかけていると指摘する。
 それは第一に、冷戦期に米軍は競争にさらされることない環境にあったが、そのような状況はなくなり、衛星攻撃能力やサイバー戦能力の脅威にさらされている。第二に、冷戦期に米軍の世界への戦略投射は深刻な脅威にさらされていなかったが、精密誘導技術が拡散することにより、通常弾頭による攻撃が致命的な打撃につながる可能性がでてきてしまった。それは中国による接近阻止・領域拒否(A2AD)能力の獲得が好例だが、ロシアやイランも同種の能力を獲得しようとしており、さらにヒズボッラーやイスラム国といった非正規兵力も精密誘導兵器の獲得により、アクセスが困難な地域を作り出しつつある。第三に核拡散の影響と危機管理の難しさについても触れられている。
 ショーン・ブリムリー(新アメリカ安全保障センター上級副理事長・研究主幹)の証言も、内容の方向性で大きく変わるものではない。ブリムリーは通常兵器における技術優位がアメリカを支えてきたことを強調したうえで、技術の拡散によってそれが失われつつあることに警鐘を鳴らす。そのうえで作戦環境における特徴として、精密誘導兵器の脅威、戦域の拡大、軍事力を秘匿する困難を挙げている。また中国の防空能力、対艦弾道・巡航ミサイルの開発、ロシアがクリミア、東ウクライナで展開する接近阻止の「バブル」(レーダー、地対空ミサイル、情報収集・警戒監視・偵察能力(ISR)等から構成される統合された防空能力)、ヒズボッラーが2006年にイスラエルに対して用いた精密誘導兵器などが、具体的にアメリカの優位が損なわれている証拠として列挙される。
 これらをまとめれば、精密誘導兵器や領域横断的に影響を与えるサイバー空間、宇宙空間への攻撃を可能にし、また一部領域への米軍の戦略投射を困難にする状況、またそれを創出した技術の拡散に警戒心が高まっているということだろう。そして中国は、ロシアや一部の中東、また非国家主体と並ぶ主要な存在として意識されている。
 ブリムリーや、クレピネビッチの部下にあたるブライアン・クラーク(戦略予算評価センター上席研究員)の証言では、具体的に無人攻撃機、長距離戦略爆撃機(LRS-B)、より大きな積載量をもつヴァージニア級潜水艦、水中戦に備えるソナー技術、ジャマー、デコイ、無人水中航走体(UUV)や海底設置兵器、 対電子機器高出力マイクロ波出力器(HPM)、電磁加速砲やステルス技術などの開発、配備の重要性が強調されている。
 対応策として一時期耳目を集めたエアシーバトル構想は、現在は「国際公共財におけるアクセスと機動のための統合」(JAM-GC)として統合任務に重点が置かれているが、技術上の優位を回復することで、相手が獲得しつつある能力に対抗するという発想は顕在化しつつある。

 ところで、軍事政策に近い立場を取る戦略家は、アメリカの優越、支配的立場の維持を前提として議論することが多い。これはいわゆる「オバマ・ドクトリン」がもっている世界観とは異なり、90年代の国際関係理論において優越と呼ばれる大戦略に近いものと捉えられる。しかし他方で、広く中国政策に係わるワシントンでの議論では、そもそも大戦略のレベルでアメリカは異なる道をとるべきという論調が強まっている。
 このような議論は、2015年春のフォーリン・アフェアーズ誌に掲載されたクレピネビッチ論文と次号に掲載されたマイケル・スウェインの反論の応酬に見られた。クレピネビッチが発表した「中国をいかに抑止するか ―拒否的抑止と第1列島線防衛」は、列島線防衛のために拒否的抑止力を向上させる必要があり、地上配備型のミサイル戦力を含む陸軍種の重要性を強調する論文だった。しかしスウェインはクレピネビッチ論文を問題の立て方から舌鋒鋭く批判し、米中協力の幅をどのように広げるべきか論じている。
 このかみ合っていない論争の背景には、アメリカの大戦略をめぐる論争がある。国防予算の先行きに不安があることを一つの背景に、中国政策はアメリカの大戦略、望ましい国際秩序観にまで引きあげた次元で語られることが多くなった。それゆえ、軍事政策の詳細な提言に対しても、「そもそも論」といえる、入り口のところで反論がなされることになる。別の角度から見れば、中国戦略の構想が、アメリカの大戦略のあり方に直結するようになったと言える。
 なお軍事政策に近い立場と、スウェイン氏にみられるような考えをとる地域研究に基盤をおくグループの対立構造はワシントンで明確になりつつあるが、中間的な立場をとる元政府高官も多い。地域専門家の役割は相対化されつつあり、それは中国問題を捉えるフレームが明確に変化していることを示している。

 同盟国の役割がどのように議論されているのか、簡単に触れておきたい。その要諦は、同盟国に「軍縮ゲームにおいて勝利を許してはならない」というものだろう。すなわち、新たな戦略環境に対応するためにアメリカのみが膨大な予算を投じ、同盟国は防衛予算の拠出を大きく引き上げないという状況をアメリカは望んでいない。
 先述の通り、現在少なくとも中国とのあいだに有事は生じていないが、平時からの競争が強まっている。この状況認識において同盟に期待される役割であり負担の共有は、有事に限定されず平時にも大きい。
 たしかに、とりわけ過去10年においてアジアではアメリカとの人道支援・災害救援(HA/DR)の演習、交流が活発化した。これらは秩序構築につながる軍事外交として捉えれば効果的だが、他方で同盟国に期待される軍事的役割を十分に満たすものではない。HA/DRは協力の水準としては最も低位に位置するものであり、最も上位に位置しているA2AD能力、水中戦能力に対処する軍事協力を行える同盟国、友好国は限られている。それは領域横断的な要素として重要性を増す、サイバー、宇宙空間やISRでも同様である。
 この観点に立てば、日本は数少ない、上位の協力も行える潜在的能力を有しているとみなされる。日本や、またはベトナムといった国が独自のA2AD能力を構築できるような能力を獲得することは好ましいと思われる。

 最後に、このような戦略議論の動向をどのように捉えればよいか、簡潔に触れておく。
 第一に、技術の拡散に伴って米軍の投射能力が脆弱さを抱えていることは明らかであり、今後米軍は前方展開や遠征能力のあり方を根本的に見直す可能性が高い。そのときに、同盟国は前方展開能力がもつ政治的効果と、有効な戦争遂行能力のどちらを米軍に期待すべきかの岐路に立つことになる。
 第二に、同盟国に求められる負担共有の水準は高まっており、軍事外交や海上保安の水準に留まらない、幅広い能力の獲得、維持が期待されていくだろう。他方で最先端の軍事技術が同盟国と共有されていくかは不透明なところもある。
 「中国」は、新たな文脈のなかで、常日頃から語られるようになっている。そして示唆される方向性は、単にアメリカの関心が我々の関心に近づいた、と楽観だけで受け止めきれないインパクトを持つ。秩序観であれ、軍事に関することであれ、日本が何を選択すべきか、別の道はあるのか、思考することが求められる時代が到来している。