※本レポートは、平成27年度日本国際問題研究所プロジェクト「国際秩序動揺期における米中の動勢と米中関係」におけるサブプロジェクトⅠ.「米国の対外政策に影響を与える国内的諸要因」研究会(米国研究会)における研究成果の一部である。
アメリカの外交・安全保障政策に影響を及ぼす重要な国内要因の一つに、官僚組織がある。これは、各々の組織のルーティーンや組織文化が、「国益」を規定し実践する際に影響を及ぼし、組織間対立や協調のダイナミクスを生むためである。以下では、その中でも主要な3つの組織――国務省・国防総省・国家安全保障会議――の特徴や組織文化について簡潔に解説する。
・国務省(The Department of State)
外国に対してアメリカを代表し、また相手国の国内情報を収集・分析して、必要な時に国益を実現するための交渉の窓口になる、日本の外務省に相当する組織1。伝統的なアメリカの外交政策上最も重要な役割を果たしてきた。しかし、冷戦時代以降、アメリカ外交に占める軍事力の役割が高まるのに反比例して、その重要性は徐々に低下してきた2。
国務省の重大なミッションは他国とのパイプ役となることであり、このためどのような相手国に対しても(むしろ敵対的国家に対してこそ)交渉のパイプを維持することを主張する傾向が強い。また、相手国の内政を的確に把握するよう努め、かつ相手国政府内外の様々なグループや重要な個人とのコンタクトを維持しようとするため、相手国内の穏健派や強硬派についてよく把握している。このため、アメリカが採ろうとする政策が相手国にどのように受け止められるかについて的確に予測する能力は高い。一方で、アメリカの内政に対する感度は鈍いという指摘がある。
これらの傾向は、国務省に対する批判を招きやすい。相手国とのパイプを維持する姿勢は、アメリカ国内の強硬派などには宥和的姿勢と見なされることが多く、とくに共和党から弱腰外交と批判される傾向がある。また、相手国の事情に精通しているがために、他の政府組織および政府外の勢力から、アメリカのではなく他国の利益を代表していると揶揄されることも少なくない。
・国防総省/ペンタゴン(The Department of Defense/Pentagon)
国務省とは対照的に、国防総省は冷戦中から徐々に、外交・安全保障政策形成過程におけるその役割を高めてきた。組織的にも、冷戦期の軍事戦略のグローバル化と高度化によって制服組および私服組とも拡大基調が続き、現在ではアメリカ連邦政府最大の官僚組織に成長した3。こうして巨大な組織となったペンタゴンは、退役軍人や軍関係者の家族などを含む極めて強固な内政上の支持基盤をも得ることとなった。この点に関しては、国内基盤の極めて脆弱な国務省とは対照的である。こうした軍関係者は概ね共和党支持者が多く、また共和党も外交における軍事力を重視する思想的傾向から、軍に対しては好意的である。
このことは、省内の下部組織を統一する官僚文化を見出すのを困難とするが、同省の政策プロセス上見られる特徴をいくつか挙げることは可能である。第1に、その組織の根本ミッションから、相手国の国内事情よりも自国にとっての軍事的合理性を追求する傾向がある。第2に、対外関係においては、敵国との関係改善よりも同盟国との結束や信頼の維持に重点を置く傾向がある。これらの傾向が、政府内の政策調整プロセスで国務省との対立を生みやすいことは容易に想像できよう。
1947年の国家安全保障法によって設置された大統領直属の安全保障に関する調整機関。主要な任務は、各省庁間の政策調整と政策履行の監視、および大統領に対してその立場を中心に据えた視点からの政策的助言を与えることである。近年では、「NSC=外交安全保障政策構築の中心機関」いうイメージで語られることが多い4。しかし現実には、元NSCの実務者もNSCの在り方を研究する学者やシンクタンク関係者も、同組織が政策を「立案」するのは、危機対応などの例外的状況を除いて望ましくないという論者が多い5。これは、NSCが過度に政策を一定の方向に導こうとすると他の省庁のスタッフの意欲を削ぎ、政府内の不和や望ましくない政策アウトプットを増やすリスクが高まるためである。よって、他省庁が本来持つ政策分析・立案能力を活かしながらいくつかの政策オプションをまとめ、そのなかから大統領がベストな政策を選べるよう補佐する、というのがNSCの理想とされる。
とはいえ、今日のニュースサイクルの加速と多様なイッシューに関する政策調整の必要の高まりなどによってNSCに期待される役割は高まり続けているのが現状であり、上記のような理想を実現しにくくなっているのも事実である。実際、国家安全保障担当補佐官が政府の政策をPRするためにメディアに登場する機会も格段に増え、NSCも広報担当官を置くようになっている。また、NSCが大統領のお膝元の機関であることから、外国政府が国務省や国防総省をバイパスしてNSCの上級スタッフに直接アプローチすることも少なくない。このような理由に加え、テロやサイバーなどの新たな問題への対処の必要などもあって、NSCのスタッフや予算は近年増加の一途を辿り、組織の肥大化が問題視されるようになっている6。
1 Jerel A. Rosati and James M. Scott, The Politics of United States Foreign Policy 5th Edition (Boston: Wadsworth Publishing, 2010), chap. 5.
2 この経緯の詳細に関しては様々な書物が出版されているが、比較的新しくかつ詳細な説明として、Stephen Glain, State vs. Defense: The Battle to Define America’s Empire (New York: Crown, 2011)がある。
3 Rosati and Scott, The Politics of United States Foreign Policy, chap. 6.
4 David Rothkopf, Running the World: The Inside Story of the National Security Council (New York: Public Affairs, 2006).
5 注2を参照。
6 Karen DeYoung, “The White House Tries a Leaner National Security Council,” The Washington Post, June 22, 2015.