コラム

『US Report』vol. 8
移民国家アメリカの変容と共和党の動向

2016-01-05
西山隆行(成蹊大学教授)
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1.移民国家アメリカの変容
 アメリカは移民の国というナショナル・アイデンティティを持ち、建国期以来多くの移民を受け入れてきた。かつて、アメリカに移民してくる人々の大半はヨーロッパ出身だったが、1965年の移民法改正の影響もあり、近年では中南米出身の移民が増大している。
 その結果、1960年には総人口の85%を占めていた白人(中南米系を除く。以下同様)の割合は2011年には63%に低下しており、2050年には47%にまで低下すると予想されている。一方、中南米出身者は1960年には人口の3.5%しか占めていなかったのが、2011年の段階では17%になっており、2050年には29%にまで増大すると予想されている。なお、黒人は1960年には人口の11%だったのが、2011年には12%、2050年になっても13%とほぼ横ばいで推移すると予想されている。中南米系人口はすでに黒人人口を上回っているのである。
 このように人口構成が大規模に変化すると予想される中で、二大政党も新たな対応を迫られる可能性がある。近年、民主党が黒人や中南米系を含むマイノリティから票を獲得することができている一方で、共和党はその90%近くを白人票に依存しており、非白人票をあまり獲得できていない。中南米系は、一貫して共和党よりも民主党を支持しているのである。
 このようなデータを踏まえて、今日のアメリカの二大政党は、共和党が白人の政党なのに対し、民主党はマイノリティの政党だと述べる人もいる。以後、マイノリティ人口が増大していくことを考えるならば、今後、共和党に対して民主党が優位に立つようになると予測する人もいる。共和党が大統領選挙で勝利するには、長期的には中南米系の票の獲得も目指さねばならないため、移民や不法移民に寛大な政策をとるようになることも一部の有識者は想定している。

2.2016年大統領選挙の共和党候補の動向
 2016年の大統領選挙では、移民問題は大争点になるとは考えられていなかった。しかし、共和党候補となることを目指しており、移民問題を積極的にとりあげたドナルド・トランプの支持率が上昇した。
 トランプは、6月の出馬表明の際に、メキシコからの移民について、「麻薬や犯罪を持ち込む。彼らは強姦犯だ」と述べ、不法移民の流入を防ぐために米墨国境に「万里の長城」を建設すると公約した。トランプは後に、万里の長城建設費用はメキシコ政府に払わせると述べるようになった。自らが大統領になれば、多くの不法移民に合法的滞在を認めるというオバマ大統領が出した行政命令を撤回し、不法移民をすべて強制送還するとも宣言した。
 トランプが移民、不法移民に対し強硬な態度を表明するほどにその支持率が上昇したのを受けて、他の候補も国境警備の人員増強と技術強化を通して、米墨国境地帯のセキュリティを強化するべきと主張するようになった。また、ある候補者は、政府関係者が移民の法的地位を調べるのを容易にするとともに、地方政府に連邦の移民法を厳格に執行させるよう主張した。さらには、アメリカ国内で生まれた人に自動的に国籍を付与するという、合衆国憲法修正第14条に定められた出生地原則の撤廃を主張する候補も現れた。このような立場に対し、民主党支持者や無党派層は批判的な立場をとっているものの、共和党支持者は比較的好意的な態度を示している。

3.共和党候補の戦略の妥当性
 マイノリティ人口が増大する中で、共和党候補が移民に強硬な立場をとるのは、合理性に欠けると考える論者も存在する。
 しかし、今日においても、白人は有権者の75%(人口の63%)を占めており、短期的には、白人の投票行動が重要な意味を持っている。そして、白人の反動的行動を分析した研究によると、マイノリティ人口、とりわけ中南米系移民の人口が多い州では、白人による反発が共和党に大きな力を与えている。世論調査の結果を分析しても、不法移民に好意的な立場をとる人は民主党を、否定的な立場をとる人は共和党を支持する傾向がある。また、投票行動に関しても、不法移民に批判的な立場をとる人は共和党に投票する傾向が強い。これらはいずれも単なる相関関係ではなく、不法移民に対する態度は独立の変数として、共和党に対する態度に影響を及ぼしている。
 実際、2008年、2012年の大統領選挙では共和党は民主党に敗北しているものの、州知事選挙では勝利した州が多い。2008年と2012年の大統領選挙では、マイノリティからの圧倒的な支持率を誇るバラク・オバマが民主党の候補となっていた。2016年の大統領選挙では、仮に中南米系候補が民主党に投票するとしても、その投票率が下がれば、白人票を固めた共和党が勝利する可能性は十分にある。
 また、中南米系は中南米系の人物が立候補している場合、その所属政党にかかわらず、中南米系候補に投票する傾向があると指摘されている。共和党の候補として一定の支持を得ているテッド・クルーズとマルコ・ルビオはキューバ系であり、彼らが本選挙にからんでくるようになれば、仮に今の段階で反移民の主張がなされていたとしても、中南米系の票が共和党に一部流れることで、共和党が勝利できる可能性があると考えているのかもしれない。
 このように、白人票の確保に向けて反移民の立場を共和党候補がとることには、合理性がないとは言えないのである。

4.今後の展望
 今後のアメリカ政治の在り方は、共和党の選択に大きく左右されることが予想される。
 共和党が移民問題を白人の多数派にアピールするために使い続ければ、アメリカ政治は以後も人種と民族により分断され続けるだろう。一方、共和党がより広範な人々を対象として穏健な戦術をとるならば、移民が統合され、人種的分断が少ない政治が招来されるだろう。
 2016年の大統領選挙は、移民やエスニシティをめぐり、アメリカ政治の在り方を大きく変えるものとなるかもしれない。