コラム

『US Report』vol. 7
米国の対外政策における制度的機能不全:大統領権限、議会と行政のねじれ

2015-12-15
梅川 健(首都大学東京准教授)
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 1947年、連邦議会の上院外交委員長であった共和党のアーサー・ヴァンデンバーグは、「政争は水際で止めなければならない」と他の議員を説得し、民主党のハリー・トルーマン大統領に協力するよう促した。ヴァンデンバーグは、偉大な上院議員として名を残し、先に挙げた彼の言葉は、ワシントンで繰り返し引用されるとともに、ときにはアメリカ政治における内政と外交の関係を示す言葉としても用いられてきた。
 しかしながら、今日のアメリカ外交は、ヴァンデンバーグの理想からはかけ離れている。国内の政争こそが、オバマ外交を理解する上での手がかりになる。ここでは、現在のワシントンにおいて、なぜ外交に党派対立が持ち込まれるようになったのかについてと、イラン核合意をめぐる対立の様相について論じる。

1.イデオロギー的分極化の進展と、大統領の権限
 現在のアメリカ政治の特徴は、民主党と共和党がそれぞれ、リベラルと保守という政策的イデオロギーに整序されていることにある。先に挙げたヴァンデンバーグが上院議員を務めた時代には、両党に穏健派が存在しており、連邦議会において超党派的な合意を形成することが可能であった。ところが、1970年代後半になると、両党から穏健派議員の姿が消えて行き、今日では超党派による政策形成が困難になっている。両党が、イデオロギー的に分極化したのである。政争が水際で止まらなくなった理由を、ここに求めることができる。
 現在の共和党は、ティーパーティ運動といった保守的な支持基盤に支えられていることもあり、オバマ政権に非協力的である。共和党指導部の間には、オバマ政権に協力しないことで大きな損失がアメリカに生じたとしても、それは政権にとってのマイナスであり、共和党にとっては次の選挙の好材料となりうるという考え方さえ見られる。
 たとえ議会が非協力的であっても、オバマ大統領には大統領としての権限があるのだからそれを用いて外交を行えばよい、という考え方もあるかもしれない。しかしながら、合衆国憲法は、厳格に権限を分割しており、外交においてさえ、大統領権限は限定的である。大統領は軍の最高司令官であるが、開戦の宣言は議会が行う。大統領は、上院の助言と承認をもって、条約を締結する。関税と通商の権限は議会が独占し、議会から授権された場合のみ、大統領に他国との交渉が許されるといった具合である。
 すなわち、合衆国憲法の定めるところによれば、大統領は議会による協力が得られない場合には、外交において極めて難しい立場に立たされるのである。例えば、他国と通商関係を結ぼうとしても、そもそも議会がその権限を授権しないかもしれない。TPP交渉にあたり、大統領に交渉権を授権するか否かで、議会が争っていたことは記憶に新しい。あるいは、他国との交渉の積み重ねによってとりまとめた条約が、議会に否決されるかもしれない。オバマ政権の際だった特徴は、条約締結数の少なさである。ニクソン政権からジョージ・W・ブッシュ政権にかけて、各政権が結んだ条約の平均数は86であるが、オバマ政権1期目には、23の条約が結ばれたに過ぎず、この数は20世紀から今日にかけての最低数である。オバマ政権は、対立的な議会との関係で、外交においても苦境に立たされている。その様子をよく示すのが、イラン核合意をめぐる対立である。

2.イラン核合意をめぐる対立
 2013年11月、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、ドイツとイランの間で、イランの核開発能力の制限を条件に、経済制裁を解除するという方向で交渉が進み、共同行動計画が取りまとめられた。イランに核兵器の取得を断念させることは、「核なき世界」を目指したオバマ大統領にとって、大きな外交上の業績になる。オバマ政権は、イラン交渉の進展を2期目の外交目標として設定したものの、議会の多数派を占める共和党の支持を得ることはできなかった。共和党の中には、イランへの経済制裁の解除は、宥和政策であり、イランによる秘密裏の核開発を助長するのだという反対意見も見られた。
 2014年の冬、オバマ政権は、イランとの交渉結果を条約の形にするつもりはないと繰り返し主張した。条約にすれば、上院による承認が必要となるためである。オバマ政権は、単独でイラン核交渉に臨んでいたが、そこに議会が待ったをかけた。2015年5月に、イラン核合意審査法を成立させたのである。この法律は、イラン核交渉が最終的な合意を見たならば、すぐに合意内容を議会に通知し、議会は60日以内であれば、合意内容を否認することができる、というものであった。オバマ大統領は、この法案に反対しながらも署名し、この出来事は議会の勝利として報道された。
 イラン核交渉は、2015年7月14日に最終合意へと辿り着いた。直ちにアメリカ議会が交渉内容について審査を始めると、イラン核合意審査法の機微が問題となった。法律に定められていた議会による合意内容の否認とは、具体的な手続きとしては、「合意内容について、不承認の合同決議を可決する」というものであった。
 合同決議とは、上下両院で過半数によって可決された後に大統領に送付され、大統領署名によって法的効力を持つ決議である。大統領には拒否権の行使が認められる。合同決議の成立は、手続き的にも効力的にも、法律の制定と同じである。そのため、大統領による拒否権が予想される場合には、拒否権を覆すために両院の3分の2の票が必要となる。
 8月から9月にかけて、両院で多数派を占める共和党が多数派工作を行ったものの、結局、両院で3分の2を固めることはできず、最終合意の内容をアメリカは履行することになった。さしあたってのアメリカの義務は、経済制裁の解除であるが、これについては、議会による立法が定めており、最終的には、議会による法改正が必要となる。しかしながら、現在のような政治環境では、そのような法改正は望めそうにない。
それでは、アメリカはどのように約束の制裁解除を行えるのかと言えば、イラン制裁に関連する法律には、大統領の独断で、一時的に制裁を解除できるという規定が盛り込まれている。現在、オバマ大統領はそのような規定を活用して制裁解除を行っている。例えば、10月18日には大統領覚書(presidential memorandum)という形式で、オバマ大統領は国務省や財務省に対して制裁解除を命令している。
 ただし、これらの措置は、あくまでも大統領による判断に依拠しているため、次期大統領選出まで包括的な法改正が行われない場合には、次の大統領が制裁を復活させるということもありうる。そうなれば、イラン核合意の枠組からアメリカが離脱することにもなるだろう。今後のアメリカ外交の行方を考える上でも、大統領と議会の関係には注目していく必要がある。