現在のアメリカ政治がどの方向に向かっているのかを読み解く鍵となるのが、政治・社会における政治的分極化(両極化)と多文化主義である。政治的分極化とは、国民世論が保守とリベラルという2つのイデオロギーで大きく分かれていく現象を意味する。保守層とリベラル層の立ち位置が離れていくだけでなく、それぞれの層内での結束(イデオロギー的な凝集性)が次第に強くなっているのもこの現象の特徴でもある。この現象のために、政党支持でいえば保守層はますます共和党支持になり、リベラル層は民主党支持で一枚岩的に結束していく状況を生み出している。政治的分極化現象はここ40年間で徐々に進み、ここ数年は、ちょうど左右の力で大きく二層に対称的に分かれた均衡状態に至っている。
(1)多文化主義と政党再編成
分極化の大きな理由の一つとしてまず挙げられるのが、1960年代や70年代の多文化主義的な考え方を受容する社会への変化である。多文化主義的な動きには、1960年代なら公民権運動に代表されるような人種融合的な政策、70年代から80年代にかけての男女平等憲法修正条項(ERA)をめぐる女性運動、60年代から現在まで続く女性の権利としての妊娠中絶擁護(プロチョイス運動)、あるいは、90年以降の同性婚容認といったものが挙げられる。このような各種の社会的リベラル路線を強く反映した争点に対しては、国民の一定数は積極的に受け入れるのに対し、ちょうど反作用といえるように保守層の反発も強くなっていく。
さらに、第二次大戦前後のニューディール政策以降続いてきた所得再分配的な考えに基づく政府の強いリーダーシップによる福祉国家化(経済リベラル路線)についても、国民世論は大きく分かれていく。リベラル層は強く支持しているものの、保守層は強く反発し、「レーガン革命」以降の「小さな政府」への志向が強まっていく。
このような世論の変化を背景に、政党支持についても1970年代後半以降再編成が進んでいく。それ以前の南部は南北戦争以前から続く、民主党の地盤であった。民主党内でも保守を掲げる議員が南部に集まっており、東部のリベラルな民主党議員と一線を画する「サザン・デモクラット」として党内の保守グループを形成していた。しかし、1980年代以降、キリスト教保守勢力と緊密な関係になった共和党が南部の保守世論を味方につけ、連邦議会の議席を伸ばし、州政府も圧倒する。こうして、「サザン・デモクラット」に代わり、南部の共和党化が一気に進んでいく。東部の穏健な共和党の議員が次第に引退するとともに、「民主党=リベラル=北東部・カリフォルニアの政党」「共和党=保守=中西部・南部の政党」と大きく二分されていく。
(2)分極化の他の原因
多文化主義の台頭以外にも、分極化には様々な原因が挙げられている。例えば、連邦議会下院選挙区割りの問題もある。毎10年ごとの国勢調査を基にした選挙区割り改定を担当するのは各州議会で多数派を取っている政党が自分たちにとって有利な選挙区割りを行うケースが目立ってきた。ゲリマンダ―に近い区割りの選挙区は議員の政治イデオロギーの純化を意味し、分極化が進んでいくというメカニズムである。
また、1980年代末から連邦選挙規制法の枠外にある献金の総称であるソフトマネーが政党に入り込むことによって、政党の全国委員会の権限が一気に大きくなっていったのも分極化の要因の一つと考えられている。政党本部と地方組織の提携が緊密化し、候補者のリクルート活動から、選挙、立法活動のすべての段階に全国政党が関与し、統一的な戦略を組むようになってきた。その中で重視されたのが政治マーケティング的な手法であり、自分たちの政党への国民からの支持を高めるために、対立党への非難を鋭く指摘する議会戦略も第104議会(1995年1月から1997年1月)でのニュート・ギングリッチ下院議長のころから完全に定着していった。
(3)動かない議会と「新孤立主義」
世論の変化や政党再編成の結果を反映して、連邦議会内では、民主党と共和党という2つの極で左右に分かれるのと同時に、党内の結束も強くなった。さらに、厄介なことに、ここ数年、両党の議席数は比較的近いため、民主党と共和党とが激しくぶつかり合い、全く妥協できない状況が続いている。かつては民主・共和両党ともに中道保守的な傾向があり、両党の間の妥協は比較的容易だったのはおとぎ話のようである。
妥協が見いだせないまま、議会は停滞する。法案が立法化される数もここ数年、大きく減っている。第112議会(2011年1月から2013年1月)の284、113議会(2013年1月から2015年1月)の296は、南北戦争以降、最低のワースト1、2の数を記録している。
外交政策を進める上でも分極化は影響を及ぼしている。例えば、オバマ外交を「現実的」とみる民主党支持者が少なくないのに対して、共和党支持者の多くは「弱腰」とみる。両者の間の共通理解は極めて少ない。分極化を背景に、ここ数年だけでも、シリア・アサド政権への攻撃、イスラム国やウクライナ問題など様々な安全保障政策についても議会や世論が大きく分かれ、オバマ政権の足を引っ張る形となっている。第二次大戦以降の冷戦期から比較的長い間、大統領の外交政策に対して、議会はできるだけ、それを受け入れ、対立を避けようとする「冷戦コンセンサス(Cold War Consensus)」が存在したが、それは完全に過去の話となっている。
長期化したイラク、アフガニスタン両戦争で疲弊したアメリカ国内には、現在、厭戦気分が蔓延している。共和党内の最保守であり、分極化の“鬼っ子”ともいえる存在として2011年以降急成長したティーパーティ運動は、「小さな政府」を強く求め、政府支出の削減を大きく主張してきた。この財政健全化の中での国防予算はかつてのような聖域でなくなっている。「世界の警察官を辞めたのではないか」とも非難されることすらある、現在のオバマ政権の外交政策の行動原理の背景には、分極化で生まれた「新孤立主義」といった状況があることを見逃してはならない。(了)