コラム

『US-China Relations Report』Vol. 6
米中経済関係の主要争点

2015-11-11
大橋英夫(専修大学教授)
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 「超大国」・米中両国の間には、サイバー・セキュリティや南シナ海問題といった深刻な安全保障上の争点が存在する。同時に、米中関係は「経済大国」間の関係でもあることから、やはり深刻な経済摩擦を抱えている。
 米中経済摩擦の根底には貿易不均衡問題がある。2014年の両国の通関統計をみると、米国の対中貿易赤字は3426億ドル、一方、中国の対米貿易黒字は2370億ドルである。米国の大幅な入超と中国の大幅な出超が基本構造であるとはいえ、両者の間には1000億ドル以上の開きがある。米中経済関係の基準となる通関統計の差異により、米中経済摩擦はさらに混迷の様相を呈している。米中合同商業貿易委員会(JCCT)では、この統計上の差異の重要性に鑑み、これまで2009年と2012年の2度にわたり、米国商務省・通商代表部と中国商務部・海関総署による米中共同研究が実施されてきた。しかし、その後の両国の通関統計をみる限り、技術的にも、また経済実態としても、統計上の差異はいまだ縮小方向にはない。
 その背景には、米中両国が各々採用している貿易取引条件(本船渡し・船側渡し価格、運賃・保険料込み価格など)の差異、統計範囲(プエルトリコと米領バージン諸島を含むか否か)の差異、通関時期、原産国、為替レートの差異といった一連の技術的な問題に加えて、中国の対外貿易に特有な香港経由の中継貿易の存在がある。かつて中国の通関統計では、中国を原産国とする商品が香港経由で最終的に米国に輸出される場合でも、それは香港を仕向地とする輸出として計上されていた。その後、最終仕向地に基づく再分類がなされるようになったが、同時に香港の港湾施設・決済機能だけを利用して、香港で通関されることなく最終仕向地に移送される中国産品も増加しており、香港経由の中継貿易の取り扱い方はますます複雑になっている。
 また、米国企業の中国ビジネスにも大きな変化がみられる。2012年に在中国米国系子会社の現地売上高は、同年の米国の対中輸出額の3倍を上回る規模に達している。一方、米国の中国からの輸入の3割近くは、在中国子会社や関連企業からの輸入であり、企業内貿易の比重が年々高まっている。このように、米中経済関係もボーダーレスな事業展開が進行しており、米中貿易収支の非対称性はいわば構造化しているといえよう。
 実際に、グローバル・サプライチェーン(GVCs)の観点から米中間の付加価値貿易をみると、通関統計が描き出す二国間貿易とはまた異なる構造を目にすることができる。通信・物流分野の革命的な変化を背景に、今日では工業製品は「適財適所」で生産されており、生産工程ごとに国境を越えた分散的な生産体制をとっている製品も少なくない。このフラグメンテーションと呼ばれる国際的な工程間分業は、とくに中国が世界生産の大半を占めるIT・電子機器の生産過程で広範にみられ、「世界の工場」=中国はその最終工程を担っている。従来からの通関統計では最終財の取引額のみが問題とされるのに対して、付加価値貿易では生産工程(立地国・地域)ごとに発生する付加価値に着目することになる。
 よく知られた事例研究として、アップル社のiPhoneのケースがある。iPhoneは最終財の生産国である中国の工場から米国市場に向けて出荷・輸出される。通関統計では、米国はその分だけ中国に対して貿易赤字を計上することになる。しかし付加価値貿易では、iPhoneを構成する部品・パーツの多くが、日米欧韓の部品メーカーから中国のiPhone組立工場に供給されていることに着目する。一方、最終組立地である中国では、iPhoneの生産に関して、せいぜい労働力が提供されているにすぎず、中国で発生する付加価値は出荷額のわずか数パーセントにとどまる。このように付加価値貿易の考え方に基づくと、iPhoneの対米輸出により、中国がこの分野で大きな対米黒字を計上しているとは捉えられず、通関統計に基づく米中貿易不均衡は、むしろ経済実態を反映しにくい見方であるとの判断が導かれることになる。
 iPhoneの事例研究からも明らかなように、米中貿易不均衡の基準となる通関統計は、必ずしも経済実態を正確に反映しているわけでない。とはいえ、このようなボーダーレスな米中間の国際分業が、米国内の雇用や所得に少なからぬ影響を及ぼしていることもまた事実である。そのため米国では、たとえば、中国からの輸入品に対するダンピング調査を強化し、対中輸入を制限しようとする動きがこれまでみられた(もちろん、ある経済の経常収支はその貯蓄・投資バランスを反映しており、このような「水際対策」は一時的かつ象徴的な意味しかない)。また近年は、中国産品に対する中国政府の補助金に標的を絞った相殺関税(CVD)の多用が顕著である。
 ここから米中経済摩擦の新たな争点が浮かび上がってくる。米国では、急増する中国の国有企業の対米投資や中国企業による米国企業の買収、また為替管理や米国債の売買にいたるまで、中国政府と企業との関係や経済分野に対する中国政府の介入・関与が疑問視されることが増えている。中国企業は商業的利益を追求しているのか、それとも政府の目標に基づいた企業行動をとっているのか。また米国企業が、政府の支援を受けた中国企業と同じ「土俵」で競争することは不可能である。このような古くて新しい批判が、米国政府・議会や経済界で勢いを増しつつある。米国の「国家安全保障」と無関係とはいい切れない中国の「国家資本主義」への対応が、米中経済関係の主要な争点として再浮上しつつあるのである。
 中国のWTO加盟後、米中経済摩擦の具体的な争点はWTOのパネルで粛々と解決されてきた。しかし、このような経済的な争点が安全保障上の争点とリンクすれば、米中関係は緊張の度合いを高める傾向がある。米中関係においても、「政経分離」メカニズムの再構築が求められているといえよう。