コラム

『US Report』vol. 4
米国の対外政策における「エスニック・ロビー」:親イスラエルとキューバ系を中心に

2015-10-05
松本明日香(日本国際問題研究所研究員)
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はじめに:「エスニック・ロビー」とは 1)

 強力な「エスニック・ロビー」が背後に存在すると言われてきたアメリカの対キューバと対イラン外交において、このほど大きな政策の転換が見られた。本コラムでは、これまで「エスニック・ロビー」はどのような成果を挙げていたのか、そして今回はなぜ同じように機能しなかったのかを検討する。
 少数派のエスニック団体が政治的・社会的に働きかけることを慣用的に「エスニック・ロビー」と言うが、議会への実際の「ロビー活動」でくくれる域を超え、働きかける対象は行政府、市民、有識者、メディアにおよぶ。ではなぜ、これまで少数派であるエスニック団体が時に外交政策に強力な影響を与えることができてきたのだろうか。その理由は、アメリカの政治システムと、多様な移民を受け入れてきた多民族国家というありかたにある。アメリカの政治システムは、大統領か議会のどちらかを掌握すれば一定の力を行使可能になっている。また、選挙における寄付・献金への規制が弱いことも、影響力を行使しやすい理由のひとつである。特に、多くの人々は無関心であるものの、ある少数派にとって重要な特定の問題については、少数派がそこに力を注ぐことで政策に大きな影響を与えることができる。多様な移民を受け入れてきたアメリカには、母国を含めた国際環境に関心を強く持つ層がいたが、米国一般ではどうしても内政に比重がよるのである。
 それでは、実際に「エスニック・ロビー」が外交政策へ大きなインパクトを与えた特徴的な事例として、第一に中東和平・イラン核交渉と親イスラエル団体、第二に反カストロ政権・国交正常化交渉とキューバ系移民について、検証していこう。

1. 親イスラエル・ロビーと米外交
 アメリカの対イスラエル・対中東外交をみてみると、イスラエルへの経済・軍事援助や準同盟国扱いなどの特別待遇が特徴的なものとして浮かび上がってくる。もちろんイスラエルの地政学上の重要性や、アメリカとの価値観の共有なども背景にあるが、それにしてもその待遇は突出している 2)。それを支えてきたとされる「イスラエル・ロビー」の特徴を、ジョン・ミアシャイマー、スティーブン・ウォルト『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(福島隆彦訳、講談社、2007年)を参考にしながらみてみよう。「イスラエル・ロビー」はユダヤ系と親イスラエルの非ユダヤ系を含むとされる。ユダヤ系の全体的傾向としては、第一に、国内では少数派であるため政治的代表として選出されるものは比較的少数だが、献金額が多く政治的影響力が強いことが挙げられる 3)。第二に、ユダヤ系は知識層に属する人が多く、政治任用される政府高官や大学、シンクタンクやジャーナリストなどにも多く見られる 4)。第三に、ユダヤ系はメディアや娯楽産業で成功をしているものが多く、そのような人材を通じて世論への間接的・直接的な影響力の行使が可能となっている 5)
 イスラエル・ロビーは単一のまとまった団体ではなく、さまざまな団体や個人から成るが、基本的にアメリカの対イスラエル支援を支持し、イラン革命後のイランを敵視してきている。ユダヤ系団体としては最大手のアメリカ・イスラエル公共問題委員会(American Israel Public Affairs Committee:AIPAC)は、豊富な資金力とネットワークを生かした各方面への働きかけに定評がある。さらに、核をなしているのはユダヤ系アメリカ人であるが、非ユダヤ系も含み、「自由で民主的な」価値観に基づく、中新保守主義の団体もある。そして、非ユダヤ系グループにもかかわらず、教義の中でユダヤ人がイスラエルに帰還する必要があるとして、アメリカのイスラエル支援を支持するキリスト教シオニストのグループもある。これらのグループは基本的に、アメリカが対イラン制裁を緩めると、イランに資金的な余裕が出き、それが核開発に費やされ、結果的にイスラエルがイランによる核攻撃の危険にさらされるとみなす傾向にある。
 それにもかかわらず、現オバマ政権はイランの核開発の停止と引き換えに経済制裁を緩めるイラン核合意を実現した。オバマ政権の中東関係政策を実行する体制を確認し、さらに、議会においてどのように「イスラエル・ロビー」を回避したのかを分析してみよう 6)。オバマ政権の中東関連のポストを追ってみると、AIPACの前会長が創始した近東研究所の共同設置者であったユダヤ系のデニス・ロス(Dennis Ross)が政権発足当時から中東担当補佐官としてイラン制裁を統括してきたが、2011年に辞任。後任には、イラン人の妻を持ち、イラン系アメリカ人評議会顧問委員であるジョン・リンバート(John Limbert)が就いている。また、大統領特別補佐官(中東、北アフリカ、湾岸地域担当)は、ユダヤ系にもかかわらずクリントン政権でイスラエル・パレスチナ和平交渉に尽力したロバート・マリー(Robert Malley)である。リー・ハミルトン(Lee Hamilton)元下院議員は、米イラン関係修復を求めるイラン系アメリカ人評議会長と親しく、イラン問題でのオバマ大統領の相談役として重要な役割を担ってきていた。
 当初、議会内ではイラン核合意への反対が多数派であったため、大統領が合意を結んできたとしても、議会は合意不承認決議を行うと予想された。そうなると大統領は当然議会の合意不承認決議に対して拒否権を発動するのだが、さらに議会側が大統領の拒否権を覆すためには「両院で3分の2以上」による決議が必要であり、実質的に、この票数が集まるかどうかが焦点であった。オバマ大統領は、核合意が成功しない場合はイランが核開発を続け、最終的にイスラエルのイランに対する先制攻撃を招き、「イラク戦争の二の舞」になるとして民主党系議員の説得にあたり、その結果、合意が議会によって覆されるのを避けることに成功した。この時、オバマ大統領が支持を求めたのは、Jストリートなどのリベラル系ユダヤ人団体であった。近年、アメリカのイスラエル支援を支持しつつも、「二国共存」によるパレスチナ問題解決やイランとの交渉に賛同するリベラル系のイスラエル・ロビー団体が生まれつつあり、このJストリートもそのような団体の一つで、クリントン政権の対中東政策を支えた投資家のジョージ・ソロスが、2008年に創始した政治資金団体(PAC)である。
 では、今後対イラン外交はどのように展開していくのだろうか。これに関する各大統領候補の見解をみてみると、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官は合意を評価している一方で、ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事やドナルド・トランプをはじめとする共和党の候補者は、一様に合意反対もしくは修正を要求している。大統領選挙をめぐって、各イスラエル・ロビー団体が、どのような行動をとるのかが注目される。

2. キューバ系と米外交
 アメリカとキューバは、キューバの共産化に伴うキューバ国内のアメリカ資本の国有化以来、50年以上国交断絶(外交関係遮断)状態にあった。さらに、キューバはアメリカによってテロ支援国に指定され、出入港禁止を含む、厳しい経済制裁が課せられていた 7)
 この厳しい対キューバ政策を支えてきたと言われるのが、キューバ系アメリカ人ロビーであり、これらはキューバに近いフロリダ州、次いでニュージャージー州に集中しており、特にこれらの州における選挙に影響を与えてきた。初期のキューバ系「亡命者」はカストロ政権の共産化によって地位や資産を奪われた富裕層や知識層が多く、アメリカに亡命後も比較的早い段階で生活水準を高めることができたため、資金力もあった。彼らを中心とするキューバ系団体の中では、共和党系のキューバ系アメリカ人財団(Cuban American National Foundation: CANF)が最大規模である。CANFは、対キューバ制裁関連法案であるヘルムズ・バートン法案の草案作成から関わり、1996年には議会を通過、成立させた実績がある。CANFは直接政治献金できないが、関係者が直接、またPACなどを通して間接的に連邦議員、大統領候補、政党に政治献金することで、制裁強化支持者を支援し、反対派を落選させるように取り組んできた 8)
 ところが、オバマ政権においてこうした流れを断ち切るように、キューバ国交正常化交渉が実を結び、さらに次の段階として経済制裁撤廃が焦点となっている 9)。これには、さまざまな理由があるが、キューバ系移民と国内世論の変容も土台にあると考えられる。近年、アメリカ国民世論の対キューバ認識は大きく軟化しており、フロリダ国際大学の世論調査によると、キューバ系移民の反カストロ感情でさえ、賛否が拮抗するほどにまで低下してきている。また、未だ流入の続くキューバ移民は、現代では経済難民的な側面もあり、社会福祉政策に重点を置く民主党を支持するものが増えている。また、新しい移民は母国のキューバに対して穏健な立場なものが多く、キューバに対して積極的に関与していく方向の政策提言などに熱心なキューバ・スタディ・グループ(Cuba Study Group)などの団体が新しく立ち上げられている。一方で、CANFによる献金額はヘルムズ・バートン法成立以降大幅減少し、加盟者数も減少してきており、以前より主張も穏健化している。
 ただし、今後、さらなる「完全正常化」のためには、米国の対キューバ経済制裁の解除、グアンタナモ海軍基地の返還、民主化条項の撤廃もしくはキューバの民主化が必要であるとされるが、こちらは前途多難といえる 10)。対キューバ経済制裁を定めたトリチェリ法やヘルムズ・バートン法の改正や撤廃の権限を持つ議会では、対キューバ融和策に反対を示す共和党が多数を占め、大統領選挙に出馬しているキューバ系移民三世の共和党上院議員マルコ・ルビオを中心に、依然としてキューバとの関係性の正常化に反対している。他に大統領選挙候補の中では、マイアミで事業をしており、キューバ系からの支持が見込める共和党のジェブ・ブッシュが正常化に反対、民主党のヒラリー・クリントンは賛成しているため、2016年の大統領・議会選挙の結果が、今後のキューバとのさらなる完全正常化の成否に影響するものと見込まれる。

おわりに
 以上のように、伝統的に強力とされた「親イスラエル」と「キューバ系」エスニック・ロビーの内部や外部の状況に一部変容が見られることが明らかになった。一方、オバマ政権のイランとキューバに関する政策変更は、議会の反対を大統領権限で押し切ったところがあり、完全にエスニック・ロビーの影響力を脱したとは言い切れない。今後の大統領選挙では、エスニック・ロビーの趨勢はひとつの注目点となろう。また、今回は紙面の関係で台湾系および中国大陸系のエスニック・ロビーについての考察を省いたが、そちらは年度末の別稿に譲りたい。


1) David M. Paul and Richel Anderson Paul, Ethnic Lobbies and US Foreign Policy (Lynne Rienner Publishers: UK, 2009); Thomas Ambrosio, Ethnic Identity Groups and U.S. Foreign Policy (Praeger: Westport, 2002); Tony Smith, Foreign Attachments: The Power of Ethnic Groups in the Making of American Foreign Policy (Harvard University Press, Cambridge, 2000)
2) 第一に軍事援助としては、USAIDによると、1967年に対イスラエル援助額に大きな増加があり、1971年6億3450万ドル、2011年約30億ドル(米国の直接対外援助内で2位)と高い水準を示してきた。ただし、2014年以降対イスラエルの援助額は激減し、アフガニスタンなどに回されている。第二に、準同盟化としては、池内恵「同盟国を求めて -米国の中東政策の難問」『アメリカにとって同盟とはなにか』(日本国際問題研究所、2012年)にまとめられているように、1971年のニクソン・キッシンジャー外交による「了解事項の覚書」をはじめ、1988年「合意覚書」を交わして豪、エジプト、日韓に並ぶNATO以外の主要同盟国に位置づけと強化されてきる。第三に、特別待遇としては、最上級の米国製武器の直接取引が可能で、NPT(核不拡散)の網から逃れている。国連安保理米拒否権行使において米国はイスラエル側に立つ場合が多い。
3) ユダヤ系は人口の3パーセント弱にも関わらず、民主党の大統領選挙候補者はへの個人献金の20~60%をユダヤ系が占めている。責任政治センター(Center for responsibility)によると、ユダヤ系PACは2012年中間選挙で連邦議会議員立候補者に約300万ドルを寄付している(60%民主党候補、40%共和党候補)。大統領や政府高官は、市民からの投書やメール、多数の議員が署名した書簡を受け取る。大統領選挙でも接戦になるとユダヤ系支持は資金面や組織票において重要になる。
4) 米国籍外も含むが、ノーベル賞受賞者の20パーセントはユダヤ系である。選挙対策の陣営内に優秀なユダヤ系が多数参画しており、当選後に政治任用されることも多い。外交政策シンクタンクへの寄付も盛んで、ワシントン近東地域研究所(WINEP)はユダヤ系最大手ロビー団体であるAIPAC元会長ワインバーグが設立している。ブルッキングスの中東政策センター創設のため、子供向け映画や日本アニメ配給で財をなした米・イスラエル二重国籍であるハイム・サバンが寄付をしている。
5) 米国映画業界は、東欧やロシア出身のユダヤ系によって、「20世紀フォックス」、「ワーナー・ブラザーズ」、「コロンビア映画」、「MGM」、そして「アカデミー賞」と基礎が築かれてきた。イスラエルやユダヤ系の表象への影響はもちろん、前掲のサバンを始めとした政治的な活動もあり、多額の資金を投入してテレビCMを打ったり、米・イスラエル交流に援助したりなどして世論への働きかけも行っている。
6) 国連安保理常任理事国にドイツを加えた6か国(P5+1)とイランは、2年近くにわたって続けてきた交渉を経て14日、ようやく画期的な最終合意に達し、7月20日に国連安全保障理事会は、イラン核合意を承認する決議を全会一致で採択し、イラン制裁解除への道を開いた。これに対して、アメリカ国内のイスラエル・ロビー各団体は基本的に交渉に懐疑的な立場を表明していた。
7) David Bernell, Constructing US Foreign Policy: The Curious Case of Cuba (Routledge Studies in US Foreign Policy, 2011)
8) 1979年から2000年までの22年間でPACはおよそ130万ドルを連邦議員、大統領候補、政党等に政治献金してきた。具体的には、Kami(2012)などに詳しいが、トリチェリ法案をめぐって、法案を提出したトリチェリ上院議員はCANF関係者とPACより11万8900ドル(1979-1996)を少なくとも得た。フロリダ州選出下院議員19人中18人が賛成している一方で、損害を受ける会社が所在するコネチカット州選出下院議員の6人中5人は反対した。対キューバ制裁のヘルムズ・バートン法案をめぐって、CANF会長は支持を証言していたが、最終的に法案に署名したクリントン大統領は過去20年で民主党としては初めてフロリダ州を獲得している。法案を提出したヘルムズ上院議員は、CANF関係者とPACより6万1697ドル(1979-1996)を得た。詳細はKami Hedeaki. “Ethnic Community, Party Politics, and the Cold War: The Political Ascendancy of Miami Cubans, 1980-2000.” The Japanese Journal of American Studies 23 (2012);山岡加奈子「米国の対キューバ経済制裁_ヘルムズ・バートン法成立以降の米国政府内の議論を中心にー」『アジア経済』アジア経済研究所41_9(2000年9月)p.27-57
9) 1年半以上の水面下での交渉後、2014年12月17日に米・キューバ同時合意発表(「国交正常化交渉を開始する」)がなされた。2015年4月15日にテロ支援国家指定解除通告 (議会の大きな反対もなく45日後5/29に発効)された。また、経済制裁の一部緩和、人的交流・ビザ拡大もされ、2015年6月30日までに大使館再開合意、2015年7月14日にはケリー国務長官によって首都ハバナで米大使館開館式典が行われ、国交が「正常化」した。
10) なお、キューバは共産党が承認した名簿に市民が選挙をする「民主制」をとっていると主張している。