コラム

『US-China Relations Report』Vol. 4

米中関係と気候変動問題—グローバル・アジェンダへの対応—

2015-09-11
太田 宏(早稲田大学教授)
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 今世紀のグローバル・イシューの重要課題の一つである地球の気候変動緩和と適応のために、米国と中国は協力して世界的リーダーシップを発揮できるだろうか。2011年度の世界の主要国の化石燃料起源のCO2排出量のうち、中国が世界全体の排出量の25.5%を排出して世界第一位、米国が16.9%で第二位である。また、新興経済国を加えた、いわゆるG20諸国が全体で80%以上排出しているが、とりわけ、中国と米国で世界全体のCO2排出量の40%以上を排出しているため、世界は両国のリーダーシップに期待せざるを得ない状況である。同問題をめぐる米中関係については、1990年代から2000年代の最初の10年までは(特に、G.W.ブッシュ政権と胡錦濤政権)、米国と中国は国際的な気候変動問題交渉をめぐってしばしば対立関係にあったが、2010年代に入って、オバマ政権と習近平政権は気候変動問題に関してお互いに協力関係を模索する、という関係にある。
 気候変動問題を緩和するためには、米国と中国が温室効果ガス(GHGs)の排出を大幅に削減しなければならないことは言を俟たないが、そのためには国内のエネルギー政策も含め様々な方策が必要となる。例えば、大規模な再生可能エネルギーの導入が求められる。風力発電の導入についてみると、中国は2010年には世界で第1位の導入国になっている一方、米国は中国に次いで世界第2位である。太陽光発電に関しては、ドイツが同年末の累積導入量では世界最大で、これに次いで中国、日本、そして米国の順である。このように、風力発電に関しては米国と中国は世界をリードする一方、太陽光発電についても両国は他の主要国と比べても遜色のない導入の実績を示している。一般的なイメージでは、米国と中国は気候変動問題の緩和については妨害国(veto power)のように表出されがちであるが、もう少し実態に即して両国の国際的な行動を吟味する必要がある。そのためには、各々の国内のエネルギー政策と気候政策をめぐる国内政治及び外交の相互連関を考察する必要がある。
 米国の気候変動問題についての外交を分析するとき、安全保障問題や国際経済問題同様、国際合意形成交渉における国際政治と国内政治の2レベル・ゲームの理論的枠組が有効である1。米国の国際交渉責任者は、絶えず議会や国内利益団体等からの圧力あるいは応援を受けながら、国内政治の動向や反応を考慮に入れて、他国との国際交渉に臨んでいる。環境派のゴア副大統領を擁したクリントン=ゴア政権時代の京都会議が、2レベル・ゲームの好例である。1997年12月に京都で、国連気候変動枠組条約の第3回締約国会議(COP3)が開催される前に、米国の上院では、京都議定書調印に反対するバード=ヘーゲル決議が7月に全会一致(95対0)で採択され、米国交渉団の交渉の余地を狭めた。
 米国は、G.W. ブッシュ政権になって、2001年3月、気候変動緩和のための国際協力の枠組である京都議定書を批准しないと宣言した。その主な理由は、大きな途上国(中国を意味する)が国際削減義務を負わない不平等な国際協定であること、京都議定書削減義務を履行すれば米国経済への悪影響は免れない、ということであった。
 オバマ政権誕生後、下院では、2009年6月に、アメリカのクリーン・エネルギーと安全保障法(ACES Actあるいはワックスマン=マーキー法)が成立した。これは包括的なエネルギー政策で、クリーン・エネルギー開発の促進、エネルギー効率の向上、温室効果ガスの排出削減(cap-and-trade方式の排出取引市場の活用も含む)、そしてクリーン・エネルギー経済への移行も謳っている。上院でも同様の法案の提案の動きがあった。最終的に、2009年10月に上院に提出されたケリー=ボクサー法案は、オバマ大統領のもう一つの重要政策アジェンダである医療保険改革案審議に時間を取られ、上院本会議での議決を行うことができず、審議未了のまま廃案になってしまう。それでも、オバマ政権は気候変動問題への取り組みの意欲を示すのみならず、大統領行政府として可能な国内での取り組みや国連を中心とした枠組での国際協力姿勢を示している。
 第2期目のオバマ政権も気候変動問題に関心を持ち続け、国際交渉の場でも米国が積極的な役割を担おうという姿勢を保っている。2013年6月の「気候行動計画」の発表を通して、また、翌2014年1月28日の一般教書演説でも気候変動問題に取り組んでいく姿勢を示した。そして、同年11月12日には、「気候変動に関する米中共同声明」を発表して、(1) 国際社会の長期目標の確認として、地球の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2℃以下に抑えること、(2) 米国は、2025年までに05年基準比26~28%のGHGs排出削減(努力目標=28%削減)を目指すこと、そして (3) 中国は、30年にCO2の排出をピーク・アウト(ピーク年前倒し努力を)し、一次エネルギー消費に占める非化石燃料の比率を30年までに20%ほどに拡大することを約した2。 
 連邦レベルでは未だに包括的なエネルギー政策および気候政策は存在していない。しかし、行政的手法や州レベルでの取り組み、経済的停滞や「シェールガス革命」などによって、米中共同声明での米国のCO2削減目標が達成できそうな現状である。さらに、国内の異常気象の頻発による国民の危機意識の高まりや軍部の気候安全保障ディスコースは、国内での気候変動問題に対する関心を高めるのに寄与しているものと考えられる。したがって、気候変動問題というグローバル・アジェンダに対する米国のリーダーシップが期待できる状況にある、といえそうである。ただ、次期大統領選挙や州知事選挙でアンチ気候変動の共和党候補が勝利すれば、行政的な手法や州レベルでの取り組みが抑制される可能性があるので気候政策は後退を余儀なくされるだろうが、どこまで影響するのかについての予測はこれまた困難である。では、世界最大のCO2排出国である中国はどのような状況にあるのだろうか。
 中国のエネルギーと環境問題の核心は、石炭である。中国政府のエネルギー資源の多様化政策にも関わらず、2011年時点で、中国の一次エネルギー総消費における石炭の割合は69%で、石油の18%を大きく引き離している。また、現在の中国の高度経済成長は、かつての日本と同じように、鉄鋼、石油化学、機械工業、セメントそして電力という重厚長大型でエネルギー多消費の産業によって牽引され、しかもエネルギー効率が悪いということが問題となっている。
 1992年6月ブラジルのリオで開催された国連環境開発会議で国連気候変動枠組条約(UNFCCC)は調印され、その2年後の1994年に発効した。それを受けて95年にベルリンで開催された第1回締約国会議(COP1)から議定書制定交渉が始まった。この会議で採択された「ベルリン・マンデート」は、UNFCCCの「各国の能力に応じた共通だが差異のある責任」(“common but differentiated responsibilities and respective capabilities”) 原則に基づいて、交渉予定の議定書において途上国に対し温室効果ガス削減義務を問わないことが約された。この会議から10年後に京都議定書が発効するまでの交渉過程においても、中国は、「共通だが差異のある責任」原則の立場を堅持しつつ、先進工業国との条件闘争を行うという機会主義的な行動パターンを示した。
 しかし、世界最大のCO2排出国となった中国に対する国際社会の監視の目はさらに厳しくなった。法的拘束力のある削減義務を回避する頑な中国の態度は、奇しくも胡錦濤時代のCO2の排出量の急増の時期と重なり、先進工業国のみならず、気候変動に対して脆弱な途上国や環境NGOの非難の的になりつつあった。また、胡錦濤時代には、CO2の総排出量のみならず、一人当たりのCO2排出量も世界平均を大きく上回るようになった。こうした状況下、中国に対する国際的な批判も一層高まってきているが、中国の立場に立った反論もある。その基本的な論理は、中国から世界、特に、先進工業国に輸出されている工業製品等は、後者の国々の企業から中国への外部委託生産によって作られたものであって、先進工業諸国は安い製品を中国から輸入するとともに中国で大量の温室効果ガスを排出している、というものである。
 国家発展改革委員会を核とした中国の気候政策は、自国の利益が及ぶ範囲内で国際協力枠組を支持する、というものである。そして国家発展改革委員会の政策の核心はエネルギー安全保障と経済成長の両立であり、この目的に適合する限りにおいて気候変動問題に対しても何らかの政策を採る、ということである。例えば、国内政策として再生可能エネルギー開発を促進する真の理由は、気候変動の緩和が第一義的な目的ではなく、化石燃料の輸入を減らすというエネルギー安全保障戦略と経済成長を継続させるための新たな産業の育成戦略にあるといえる。太陽熱や風力エネルギー利用に関しては、中国国内に巨大な市場が形成されている。しかし、太陽光発電の国内市場はまだ発展途上にある一方、海外輸出向けの中国の太陽光パネルは、世界市場を席巻していて、米国やEU諸国と貿易摩擦を起こしている。今後こうした米中貿易摩擦を回避するためには、中国国内の需要を増大させる必要がある。
 中国の習近平国家主席は、オバマ大統領とともに、2014年11月12日北京にて、「気候変動に関する米中共同声明」を発表した。両国首脳は、「人類が直面している最大の脅威の一つである地球気候変動と闘うために重大な役割を担っている」とし、そのために「気候変動問題に関する二国間協力を強化することの重要さを再確認し、2015年にパリで開催の国連気候会議において、全ての加盟国に適用可能な議定書、つまり、法的拘束力のある法的文書あるいは合意された成果を、他国とともに、採択するよう協力する」としている3。その際、各国の能力に応じた共通だが差異のある責任原則に基づいて、前述した「野心的な」温室効果ガス削減目標を、「異なる国内の環境を考慮して」達成することを約束している。


1 Putnam, Robert D. 1988, “Diplomacy and Domestic Politics: the Logic of Two-level Games,” International Organization, Vol. 42, No. 3, pp. 427-460.

2 White House, Office of the Press Secretary, 2014, “U.S.-China Joint Announcement on Climate Change,” Beijing, China, 12 November.
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2014/11/11/us-china-joint-announcement-climate-change

3 両国は、既存の米中気候変動作業グループ(U.S.-China Climate Change Working Group: CCWG)などを通して、自動車、スマートグリッド、炭素貯留(CCS)、エネルギーの効率化、強度の温室効果ガスであるハイドロフルオロカーボン(HFCs)の段階的全廃、さらには原子力エネルギーなどに関する政策対話やその実施に加え、米中クリーンエネルギー研究センター(U.S.-China Clean Energy Research Center)を創設してCCS、省エネ建築、クリーンカーなどに関する共同研究を促進することになる(The White House, 2014, op. cit. )。