米中関係に関して、オーストラリアの二大政党である保守連合及び労働党の間には大まかな「超党派コンセンサス」が存在しているといってよい。2007年~2013年に政権を担当したケビン・ラッド、ジュリア・ギラード両労働党政権も、現在政権を担うトニー・アボット保守連合政権も、米中関係を将来の「インド太平洋」秩序の形成にとって「最重要の要因」として明確に位置づけている。加えて、米中両国に対するオーストラリアの政策についても、基本的な「超党派コンセンサス」が存在している。すなわち、アジア太平洋へのリバランスを進めるアメリカとの同盟協力を拡大させつつ、同時に豪中「戦略的パートナーシップ」を発展させる二本足のアプローチである。
他方、このような「超党派コンセンサス」の土台の上で、具体的にどのような形で米中両国に関与していくのかについては党派間あるいは政権ごとに一定の温度差がある。特に、この文脈でオーストラリアの歴代政権が長年直面してきた重要な戦略課題は、アメリカの対中戦略にオーストラリアがどのような形で協力するかという問題である。
この設問に対して、現在のアボット保守連合政権が示した解答は、アメリカの対中戦略にこれまで以上に緊密に連携する姿勢であった。それは少なくとも次の3つの要素を含むものである。第一に、対中メッセージの強化である。2013年11月に中国がいわゆる「東シナ海防空識別区」(ADIZ)の設置を発表すると、アボット政権のジュリー・ビショップ外相は中国の「突然の一方的な発表」に対して批判する声明を発表すると共に、駐豪中国大使を外務貿易省に呼び、状況の説明を求める実質的な直接抗議を行っている。このような中国への明確な批判について、アボット首相は、「アメリカの強力な同盟国」としてオーストラリアの「価値観や利益」についてメッセージを発信することを躊躇しないと、その意図を説明している。
こうしたアボット政権の姿勢について、中国は即座に反論及び批判を展開しており、2013年11月のトラック1.5豪中対話(中国側は李肇星中国公共外交協会会長・元外交部長が団長)においては、対米関係を重視するオーストラリアの姿勢を批判すると共に、対米依存の政策が今度もうまくいくとは限らないとの言い方で揺さぶりをかけてきている。さらに同年12月に北京で開催された豪中外務戦略対話(両国の外相がリードする枠組み)においては、記者団を前にして王毅外相がオーストラリアのADIZに対する反応について直接の批判を行った。もっともこうした中国の反応を受けてもアボット政権の基本的な姿勢は変化しておらず、例えば、2015年5月には、最近の情勢を踏まえ、ケビン・アンドリューズ国防相及びデニス・リチャードソン国防次官があいついで南シナ海における中国の人工構造物構築の動きを批判し、即時の中止を求める発言を行っている。
第二に、オーストラリアが現在進める国防政策の見直し作業は、米豪同盟強化の要素を盛り込むものとなっている。もちろん国防政策見直しプロセスについては、本年9月に発表されるといわれる国防白書を待たなければ体系的分析を行うことがむずかしいものの、事前の各種発表によってすでにいくつかの大まかな要素は見えつつあるといえる。その1つは、国防予算の増大である。2012年に労働党前政権は大幅な国防予算の削減を決定したが、アボット政権はこれを痛烈に批判すると共に、実際に政権発足以来国防予算の増大を継続してきた。その結果、発足当初の2013/14財政年度において対GDP比1.68%である約244億豪ドルであった国防予算は、2015/16財政年度において同1.96%、同約319億豪ドルにまで引き上げられている。
アボット首相や閣僚はこのような予算増大の背景にアメリカの同盟国としてのオーストラリアの「重み」を引き上げる考慮がある点を強調している。特に、米中間のパワーシフトを踏まえ、同盟国として必要な能力を獲得するとのロジックから、2009年以来オーストラリアは潜水艦を中心とする海軍戦力の長期増強方針を追求しているが、アボット政権の国防予算増大の方針は、このような方針に資源的裏打ちを与えるものと評価できるだろう。
第三に、オーストラリアは日本との二国間協力及び日米豪三国間協力を一層強化する政策を打ち出している。現在、日豪両国は、これまでPKOや人道支援・災害救援(HADR)等の「非伝統的」分野を中心としてきた協力関係を「伝統的安全保障」分野における協力にまで拡大する、いわば日豪関係の「第二の変革」とも呼べる方向性を打ち出している。具体的には、東南アジア諸国に対して海洋安全保障分野における能力構築支援を行うことや、豪州の「将来潜水艦計画(Future Submarine Program)」に関する防衛装備協力の可能性を検討しているが、これらの分野はいずれも実質的に日米豪三国間協力として打ち出されている点が重要である。また、上記で論じた強化された対中メッセージも、2013年10月の日米豪外相級戦略対話や2014年以降の日米豪防衛相会談の声明に盛り込まれるなど、三国間協力の重要項目となっている。アボット政権の対日重視の背景には、アメリカの同盟国であり、価値観を共有する日本との関係強化をこれまでの政権以上に重視する志向が看取できる。
このように、アボット政権は、アメリカの対中戦略に積極的な協力姿勢を打ち出してきたといえよう。他方で、アメリカの対中戦略に一層緊密につきあう姿勢を見せつつも、アボット政権は一定の対中配慮を行っている点を忘れてはならない。このことは、2015年5月に生起したいわゆるシェアー発言問題にて図らずも明らかとなった。同月に開催された議会公聴会において、デービッド・シェアー米国防次官補は、対中政策を説明する文脈で、オーストラリアにおけるB-1爆撃機のアクセス強化を検討している旨発言したことが報道された。これに対してアボット首相は、米豪同盟は第三国に向けられたものではないと述べ、中国に対する配慮をにじませた反応を示したのである。
米空軍爆撃機の豪州展開強化については、労働党前政権の時代にまさに中国への配慮から検討見合わせを行った経緯が当時の閣僚の回顧録で明らかとなっており、その意味で、アボット政権において本件に関する米豪協力が進むかどうかが、同政権の対中政策や対米政策を見極める上で重要な注目点であったといえよう。このような中、シェアー発言に対するアボット政権の反応は、図らずも米豪戦力態勢イニシアティブを進める上で対中配慮が依然として重要な要素であることに光を当てることになった。このことは、米豪同盟を運営する上で中国に対して一定の配慮を行うことが、温度差はありつつも保守連合及び労働党間で共有されているもう一つの「超党派コンセンサス」であることを示唆しているように思われる。
1 本紙の内容は全て執筆者個人のものであり、防衛省や日本政府の見解を代表するものではない。