1. 米欧分断のその後
イラク復興の動きが加速する中、対イラク武力行使に関して激しく対立したアメリカとフランス、ドイツは関係改善に乗り出している。しかし関係の完全な修復は簡単ではなさそうだ。対イラク経済制裁について、制裁の解除を目指すアメリカと、大量破壊兵器の査察を優先するフランス、ロシアとの間で妥協が見出せていない。アメリカ側の対応も軟化しているとは言いがたい。イラクの治安維持のために、アメリカは同国とイギリス、ポーランドの三か国が中心となり、イラクを三つの区域に分け軍事要員を展開する計画を5月4日に提案した。この案を討議した会合には、フランスとドイツは招かれてもいない。そもそも復興のイニシアチブをどの主体が握り、どのような役割分担とするのかについて、双方の主張の溝は依然埋まっていないのだ。さらにフランス、ドイツ、ベルギー、ルクセンブルグが4月29日に表明した、欧州独自の防衛力整備に弾みをつけようとする構想は、アメリカはもちろんのこと、同国とフランス、ドイツの関係修復を試みているイギリスをも苛立たせている。
2. 欧州発、国連主導要求の苦難
フランス、ドイツ、そしてロシアは、一貫してイラク復興の国連主導を主張してきた。新たなイラクの政権に正統性を付与できるのはアメリカやイギリスではなく、普遍的国際機関たる国連であるとの主張である。しかし、フランス、ドイツ、そしてロシアなど国連主導を唱える国々が、具体的にどのような形態での国連の関与を思い描いているのかは伝わってこない。
欧州を歴訪した小泉首相との会談でも、ドイツ、フランスはそれぞれ、国連主導でのイラク再興が望ましいとの主張を繰り返したのみであった。欧州連合(EU)もまた、国連主導でのイラク復興を主張しているが、フランスとドイツの影響力が強いEUでの議論を経ても、4月16日に出された非公式首脳会議に関するEU議長国ギリシャの声明をみる限りおいて、アテネに集ったEU加盟国は国連の役割について踏み込んだ議論を展開していない 1。この背景には、武力行使にいたる過程でアメリカ寄りの立場を取った国とフランス、ドイツ寄りの立場をとった参加国があり、復興支援についても意見に隔たりがあるとも理解できるが、同時に、あまりに早く進んだ暫定統治機構設立に向けた現実の動きを前に、これ以上アメリカと対立することでEUがイラクに関与するきっかけを失うことを恐れているともとれる。国連主導を主張しつつもきわだった代替案を提示しないのは、それによって欧州内の混乱を深め、また和解のきっかけを失いたくないからだろう。
3. 安保理の危機
5月に入りニューヨークで開催されている安保理では、イラク復興支援が議題のひとつとなっている。今回の交渉を決裂させてはならない。国連安保理が全体として復興支援に関与することを確保する最後の機会になるだろう。
武力行使が開始されたとき、安保理の危機が叫ばれた。しかし真の危機とは、武力行使が新たな決議なしに実行に移されたこと自体ではない。むしろ「国際の平和と安全に関する事項は安保理に諮り決定する」という、国際社会が戦後60年近く維持しようとしてきた規範が省みられなくなることにある。
アメリカやイギリスは、フランスやロシアと立場を異にしつつも、安全保障理事会、ひいては国連の国際社会における位置付けを無視したわけではなかった。それは昨年の国連安保理決議1441採択過程を振り返っても明らかとなろう。復興支援をめぐっても、アメリカはイラクの復興支援に関与するにあたり、国際社会の支持を得るには具体的な内容はともかくとして、国連安保理決議を得ようとの方針を維持しているのだ。今回の安保理での交渉が決裂すれば、国連で決定すべきと主張し続けてきたフランス、ロシアの信頼性は揺らぎ、またアメリカの国連離れが加速されよう。
国連がイラク復興に関与する形態はいくつか考えられる。(1)暫定統治機構を監督する国連代表を置き、復興過程全般を統括せしめる、(2)安保理の授権した選挙監視団を派遣するとともに、最終的なイラクの統治機構成立段階で政権の正統性を安保理が承認する、(3)人道支援のコーディネートに専念する。すでにイラクにおいて暫定統治機構設立に向けた動きが活発化していることから、(1)の選択肢は現実的ではない。しかし?や?では、国連主導のイラク復興を主張しているフランス、ロシアの支持を得ることは難しい。(1)と(2)の中間的な関与に落ち着かざるを得ないだろう。
どのような関与形態をとるにせよ、「解釈の違い」の段階から安保理不要論へと発展する前に、安保理常任理事国はイラクにおける国連の役割について合意する必要がある。ここで再びアメリカとフランス、ロシアが頑なな対応にでれば、安保理回避・国連不要の議論が高まる。大国が重要視しない国連安保理は、ひいてはその他の国の信頼をも失っていくだろう。譲歩すべきはいずれの側でもある。
4. 現実的な安保理像とともに
国連には、広く各国が抱える課題を討議し対応するという役割がある。しかし第二次世界大戦の戦勝国にあたる常任理事国五か国が、世界の平和に主要な責任を負うという理解に基づいて設置された安全保障理事会には、一定の限界がある。この事実は冷戦期に安保理が機能不全に陥ったときに、既に明らかになっていた。すなわち安保理は、常任理事国以外の国家に対して制御機能を発揮することはできても、常任理事国の行動を制御することは難しいという点だ。
とはいえ、国連に替わる普遍的なフォーラムを新たに設置することは、現実的な選択肢ではない。また、安保理改革も一朝一夕に達成されることでもない。そして今でも国連は国際社会のほぼすべての国家が意見を表明し、コンセンサスを形成するための唯一の枠組みである。安全保障理事会は今、「国際の平和と安全に関する事項は安保理で決定する」との規範の重要性と、それが支えてきた安全保障分野での法規範体系を瓦解させることは避けなければならない。(了)