はじめに
2014年のウクライナ危機とその後のロシアによるクリミア編入により、欧米諸国との関係が悪化したロシアはますます中国との関係を重視するようになった。2000年に大統領に初めて就任して以来、プーチン大統領はアジア重視を明確にし「東方シフト」を提起してきたが、昨今の対ロシア制裁は皮肉にもプーチンのイニシアチブを加速させている。公式には「歴史的な最高水準」にあるとされるロシアと中国の関係だが、実際にはそう単純なものではなくもう少し複雑な文脈がある1。本稿では、北東アジア地域開発におけるロシアと中国の協力を題材に、今日のロ中関係について検討してみたい。
1 ロシア・中国国境地域での両国の協力
北東アジア地域(中ロ国境地域)において、これまでロシアと中国はさまざまな分野で協力プロジェクトを実施してきた。近年の主だった協力プロジェクトを挙げれば、エネルギー関係ではアムール州での石油精製工場建設や中国向けパイプラインの敷設、製造業ではユダヤ自治州での大豆加工工場やハバロフスク地方でのパルプ製造工場の建設、沿海地方でのトラック製造、サハ共和国でのセラミック煉瓦生産、観光業では大ウスリー島の総合開発、物流関係では国際輸送回路「プリモーリエ1、2」やカムチャッカの港湾工業団地(貨物ターミナル、水産クラスター、船舶修理工場)の整備などがある2。さらに、1990年代から、国連開発計画(UNDP)が中心となり、韓国や北朝鮮、日本も参加する図們江(豆満江)地域開発も行ってきた。近年は北東アジア地域(ロシアの地域区分では極東地域)だけでなく、シベリア(ザバイカル地方)でも中国の投資が目立って増えてきている。とりわけ、中国市場向けの農産物・食品の生産が活発になっており、今後はこうした製品の輸出のための輸送インフラ整備(たとえばアルタイ山脈を縦貫するトンネルの建設、中国東北部から沿海地方の港を結ぶ道路建設など)に中国企業が参加するようになるだろうとの予測も出ている3。
とはいえ、こうしたロシア・中国の華々しい協力関係も、ことロシア極東地域への中国からの直接投資という点でみれば、控え目に映る。極東地域への外国投資総額に占める中国の割合は1.0%にも満たない4。ロシア東部に設立された外資系企業のうち中国系企業の数は首位を占めているが、投資総額では最下位グループとなっている。沿海地方からは中国の直接投資は流出しさえしている5。また、中国東北部とロシア沿海地方の港を結ぶ国際輸送回廊プロジェクトについても、通関手続きが煩雑であることや国境地点などインフラが貧弱な箇所が残っていることなどから、貨物量(とくにロシア・中国以外の第三国の利用)はまだ少なく、採算レベルには届いていないといわれている6。北東アジア地域におけるロ中の連携は、現状、謳われているほどの実績を上げているとは言い難い。
2 「氷上のシルクロード」構想のインパクト
2013年9月に習近平国家主席が提唱した「シルクロード経済帯」構想、のちの「一帯一路」構想は、ロシアでも大きな反響を呼んだ。帝政ロシア・旧ソ連時代と自らの「裏庭」とみなしてきた中央アジア諸国への中国の浸透は、否定的にも肯定的にもとらえられた。だが、現実問題として、大きく国力の差をつけられてしまっているロシアは、中国に真正面から対抗するのではなく、中国と連携する方針を示すことで対立を回避する選択をした。
2015年5月、ロシアと中国はそれぞれが主導する「ユーラシア経済連合」と「一帯一路」を連携させるという共同声明を発表した。ロシアとしては、ユーラシア地域において経済面では中国がリードし、政治・軍事面ではロシアがリードするという「棲み分け」を期待してのことだろう。だが、近年、軍事面においても中国が強大化しており、このような「棲み分け」を今後も維持することが可能なのかは不透明であり、ロシア側は警戒心を抱いているとの指摘がある7。
こうしたロシア側の警戒心をさらに刺激することとなったのが、中国の「氷上のシルクロード」イニシアチブである。2018年1月、中国政府は「中国の北極政策」を発表し、「氷上のシルクロード」(北極海航路)を「一帯一路」戦略に包摂する方針を表明した。それまでも中国は北極圏に多大な関心を示しており、2012年8月には最初の北極海航路開拓のための調査船を派遣し、さらに2013年8~9月には初の商業的な北極海航行を成功させた。
気候変動により北極海航路が新たな世界貿易のルートとなることが注目されるなか、中国は「氷上のシルクロード」というイニシアチブを打ち出すことで、他国に先んじようとしている。そして、この「氷上のシルクロード」を「一帯一路」の第三のルートとして包摂することにより「格上げ」し、より積極的にその開発に力を入れようとしている。これまでロシアが他国に先んじて権益の確保に動いてきた北極圏に中国という域外のプレーヤーが参入することにロシアは警戒を強めている8。
中国側は今後、北極海航路を本格的に運用していくにあたって、中国東北部(特に吉林省、黒竜江省)からロシア沿海地方への物流ルート(プリモーリエ1、2)の整備が重要となる。実際、2014年から「東部陸海シルクロード経済帯」構想によりプリモーリエ1の整備が開始されている。さらに、オホーツク海から北極海へ入る途中での中継基地や北極海での不測の事態に備えた拠点を整える必要もある。こうした問題に対応するため、今後北東アジア地域から北極圏においてロ中両国は牽制し合いながらも協力を進めるといった関係が展開されてゆくだろう。
3 ロ中蜜月関係の「演出」とその裏側で
2018年9月、ウラジオストクで第4回東方経済フォーラムが開催された。過去最大規模で開催された同フォーラムの「主賓」となったのが、今回初参加の習近平国家主席であった。ロシアのテレビや新聞、ネットニュースでは、ホスト役のプーチン大統領が習主席を歓待する様子を大々的に報じた。両首脳は共にブリン(ロシア式パンケーキ)を焼いたり、見本市を視察したりとロシア・中国関係の蜜月ぶりを示した。東方経済フォーラムでのロシア・中国の緊密さのアピールは、トランプ政権が保護主義・一国主義的な通商政策を打ち出す一方、ロシアと中国は自由貿易体制と多国間主義を擁護する9という構図を示す格好の演出となった。ウクライナ危機以降、欧米諸国との関係が悪化しているロシアにとってみれば、中国という「同志」の存在をアピールすることによってアメリカを牽制できたわけである10。このように、ロ中関係の蜜月ぶりがことさらにアピールされていたわけだが、水面下では(北東アジア地域開発における)両国の連携があまりうまく進んでいるようには思えない事態が起きているという11。
1節で見たとおり、ロシアと中国はこれまでも北東アジア地域開発に協力してきた。ロ中両国はそれぞれの地域開発計画を調整する「2009~2018年におけるロシア・中国国境地域発展プログラム」を策定・実施してきた。2018年はこのロ中共同プログラムの最終年であったことから、第4回東方経済フォーラムの場で新たなプログラムが大々的に発表されるとの期待があった。ところが、ロ中両国のトップによって新たなプログラム「2018~2024年におけるロシア極東地域の貿易・経済・投資分野におけるロシアと中国の発展プログラム」が華々しく発表されるということはなかった12。
新プログラムが大々的に発表されなかった大きな理由として、ロシアの研究者ズエンコは次のように説明する。新プログラムを宣伝することで、旧プログラム「2009~2018年におけるロシア・中国国境地域発展プログラム」が主にロシア側の原因により事実上失敗してしまったことに世間の目が向くことを避けようとした。旧プログラムが「失敗」した原因としては、ロシア側による中国東北部への投資が進まなかったことや、ロシア政府の(特に財務省や外務省、国境管理に敏感な国防省や連邦保安庁といった「力の省庁」との)調整がうまくいかず、プログラムへのしかるべき国家支出を行えなかったことなどが挙げられる13。
ズエンコはまた、このような旧プログラムの「失敗」を受け、新プログラムでは両国政府のコミットメントの水準が引き下げられていることも、新プログラムが大々的に発表されなかった理由のひとつであると指摘している。旧プログラムでは中ロ両国が実施に責任を持つ具体的な投資案件リストが記載されていたのに対し、新プログラムではロシア側は中国投資家へのナビとして、石油化学、資源採掘、輸送インフラ、林業、農業、水産業、観光業などへの投資の可能性を検討することを提案するにとどまっている。さらに、新プログラムで示された中ロ協力のメニューは、2019年までにニジネレニンスコエ・通江間に鉄道橋を架ける、2020年までにブラゴヴェシェンスク・黒河間に自動車橋を架ける、といった大プロジェクトを除けば、総じて具体性に乏しく、また新規性にも欠けるものばかりであった。
他にも注目される点としてズエンコは、メドベージェフ・胡錦濤時代のロ中地域協力プログラム「ロシア・中国による地域協力のロードマップ」(2009年)は両国の首脳が前面に出て実行を宣言したのに対し、プーチン・習時代の今日は両国とも首脳直属の部下(ロシア側は極東開発を担当するトルトネフ副首相、中国側は胡春華副首相)に一任していることを挙げている。プログラムの責任の所在を明確にするとともに、両国のトップが実務責任者の「後ろ盾」となることで、問題を慎重に解決しようとしているのであろう。特にロシア側に関して言えば、これまでの極東地域でのロ中協力がロシア政府内の調整が難航したことによって遅延してきたことから、東方シフトを推進してきたプーチン大統領の全面的な支持を得ることは極めて重要となる。かつて帝政時代にロシアのシベリア・極東進出を差配したムラビヨフ・アムールスキー提督よろしく、大統領全権代表でもあるトルトネフ副首相がプーチン大統領の後見の下、どの程度自身のイニシアチブを発揮することができるかが今後の鍵となるだろう。
おわりに
北東アジア地域開発におけるロ中の連携は、現状では政治的なアピールに終始しているように見受けられ、具体的な成果をあげるに至っているとはみなしがたい。確かに、ロシアの東方シフトが本格化したのはここしばらくのことであり、目立った成果に乏しいことはある意味仕方のないことかもしれない。だが、1節で触れたとおり、北東アジアにおけるロ中間の協力の一部は1990年代から進められてきたものもある。そうした長い歴史にもかかわらず、(その時々の政治的な環境のために)具体的な成果はほとんど見られず、構想だけが一人歩きする状態が続いていた。
今日においても、ロシアも中国もそれぞれ「東方シフト」「一帯一路」といったイニシアチブを華々しく提起するものの、いざ両者をどのように連携させるのかといった段階では調整がうまくいっているとは言えない。前節(2)で見たように、昨年新たに策定された「2018~2024年におけるロシア極東地域の貿易・経済・投資分野におけるロシアと中国の発展プログラム」は具体性に欠けた、両国の協力宣言にとどまっている。ロシア側の論調を見る限りでは、協力に積極的な中国とさまざまな理由から消極的なロシアという構図がうかがえ、非はどちらかといえばロシア側にあるかのように見える。ロシア側の中国に対する警戒が北東アジア地域開発の進展を阻んでいるのだろうか。もしそうであるなら、昨今のロ中友好ムードが開発の進展を後押ししうるのだろうか。北東アジア地域におけるロシア・中国両国の動向は、ロ中関係の実態に迫るという意味でも注目すべきであろう。
1 廣瀬陽子『ロシアと中国 反米の戦略』ちくま新書、2018年、兵頭慎治(2017)「プーチンの戦略環境認識」『China Report』Vol.18、日本国際問題研究所(http://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=289)などを参照されたい。
2 D.スースロフ「ロシア極東における外国直接投資」『ロシアNIS調査月報』2018年7月号、16~17ページ。
3 С. Тихонов "Восточный фейерверк инвестиций",Эксперт, №38, 17-23 сентября 2018.
4 ただし、ロシア(極東地域も含む)への外国直接投資のほとんどはオフショア地域からのものであり、ヨーロッパ諸国はもとより日本や中国、韓国からの投資もオフショアを経由しているものが多いと考えられている。D.スースロフ、前掲書、7~9ページ。
5 2016年1月1日時点では4500万ドル、2017年1月1日時点では700万ドル、2018年1月1日時点では100万ドルの流出を記録した。同上書。
6 新井洋史「東に向くロシア」伊集院敦・日本経済研究センター編『変わる北東アジアの経済地図-新秩序への連携と競争』文眞堂、2017年、31ページ。
7 廣瀬、前掲書、93~94ページ、102~106ページ。
8 その一例として、北極圏におけるエネルギー開発や環境問題対策での主導権の維持、ロシア軍基地の再整備などが挙げられる。廣瀬、同上書、120~132ページ。兵頭慎治「北東アジアに対するロシアの安全保障戦略」杉本侃編著『北東アジアのエネルギー安全保障-東を目指すロシアと日本の将来』日本評論社、2015年、49~56ページ。
9 習主席は2017年のダボス会議での基調講演や2018年5月のBRICS首脳会議(於ヨハネスブルク)などでたびたび自由貿易の重要性を指摘し、トランプ政権の保護主義・一国主義的な通商政策をけん制する発言をしている。西濵徹「習近平氏、ダボスで「反保護主義」を語る」『Asia Trendsマクロ経済分析レポート』第一生命経済研究所、2017年1月18日(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2016/nishi170118china.pdf)西濵徹「共産主義国が「自由貿易の旗手」を名乗る奇妙さは今後も続く」『World Trendsマクロ経済分析レポート』第一生命経済研究所、2018年7月26日(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/nishi180726brics.pdf)
10 「中露 米批判で強調「一国主義が台頭」「イデオロギーのとりこ」『毎日新聞』2018年9月13日(https://mainichi.jp/articles/20180913/ddm/007/030/054000c)
11 Зуенко И. "Как Китай будет развивать Дальний Восток", 29 октября, 2018 (https://carnegie.ru/commentary/77590)
12 ロシア側は2018年9月11日に東方経済フォーラムの場で新プログラムが署名された事実は発表したものの、詳細については明らかにしなかった(http://kremlin.ru/supplement/5341/print)。一方、中国側はフォーラムの終了後2カ月がたった2018年11月22日に商務部HP(http://russian.mofcom.gov.cn/article/speechheader/201811/20181102808776.shtml)にてプログラム全文を公表している。なお、新プログラムには両国の実務担当責任者(ロシア側はコズロフ極東発展相、中国側は鍾山商務部部長)が署名した。
13 Зуенко, указ. соч. ズエンコは、ロ中国境をまたぐ橋の建設を例に挙げ、中国側は自分たちで橋を架けることを何度も提案したが、ロシア側に断られてきたことも指摘している。