はじめに
ロシアは近年、中国と「蜜月関係」にあるとマスコミ等でしばしば報じられているが、そうした報道をつぶさに見てみると両国の利害が対立しうる場面も決して少なくないように思える。とりわけ、北東アジア地域(ロシア側ではシベリア極東地域、中国側では東北部)の開発を巡ってはロシアと中国の利害が交錯し、時には対立に至る可能性すらあるように見える。そこで小論では、北東アジア地域開発に関するロシアと中国のイニシアチブについてそれぞれ検討し、どのような利害対立が起こりうるのかを考えてみたい。
1 ロシアの東方シフトと極東開発政策
2012年5月、3期目を迎えたプーチン政権は、最重要課題のひとつに「東方シフト」政策を掲げ、発展著しいアジア太平洋地域の経済的活力を取り込み、自国の、とりわけ中国と国境を接する極東地域の発展へとつなげなければならないという方針を打ち出した。
プーチンのアジア重視姿勢は政権1期目から形作られてきた。2000年7月、大統領に就任した直後のプーチンは中国との国境付近の町ブラゴヴェシチェンスクを訪問し、ロシア極東地域の経済低迷や人口流出が深刻な問題であることを指摘し、「数十年後には現地の住民は日本語や中国語、朝鮮語を話すようになるだろう」とまで発言した。同年同月、極東地域におけるロシア(人)のプレゼンス低下に危機感を覚えたプーチン政権は「ロシア連邦対外政策概念」を発表し、中国やインドなどアジア諸国との関係強化の姿勢を打ち出した。さらに2006年12月の安全保障会議では、アジア重視の外交方針いわゆる「東方シフト」を打ち出し、APECの招致、東アジアサミット、ASEAN地域フォーラム、アジア欧州会合などへの積極的な参加が表明されるようになった。こうした素地の上に、2012年5月には極東シベリア地域の開発政策を指揮する極東発展省が設置され、2013年の年次大統領教書演説ではシベリアと極東の発展は「21世紀を通じてのロシアの国家的プロジェクト」と位置付けられるに至った。
このようなプーチン政権の「東方シフト」と極東開発の目玉政策と位置付けられているのが、「先行社会経済発展区域」と「ウラジオストク自由港」と呼ばれる新型経済特区の設置である。2014年12月、ロシア政府は「先行社会経済発展区域(Advanced Special Economic Zone:ASEZ、ロシア語ではTerritoriya Operezhayushchego Razvitiya:TOR)」と呼ばれる経済特区を設置し1、各種投資優遇措置を適用することで国内外からの投資誘致を目指している。TORに遅れること約半年、2015年7月には極東5地域の主要な港湾・空港を対象とした「ウラジオストク自由港」が設置され、TORに準拠した投資優遇措置が適用されている2。ロシア政府はこれら新制度を宣伝する意味合いもかねて、2015年より毎年9月にウラジオストクで東方経済フォーラムを開催しており、各国の政治指導者や経済界の代表が一堂に会する大イベントに成長しつつある。日本からも安倍首相をはじめとする政府要人や経済界の代表が毎年多数参加している。
さらに2016年6月には「極東1ヘクタール」法が発効し、ロシア国民であれば誰でも極東地域の1ヘクタール以下の国有地・公有地を無償で取得できることになった。土地取得申請によって得られた土地は、家屋を建てたり農場を作ったりするなど5年間にわたって利用しなければならないが、その後、その土地が適切に利用されていると国に認められれば使用者の所有となり、もし、土地が利用されていない場合は国に返還されるというものである。こうした一連の新政策を実施することで、政府は極東地域へのロシア人人口の定着を図っている。
2 中国東北地域の開発と「一帯一路」
前節ではロシアの「東方シフト」政策について概観したが、本節ではロシアの「東方シフト」政策と交錯することになる、中国のイニシアチブについて見てゆこう。とくに、ロシアと直接国境を接する中国東北部における発展戦略に焦点を当てることにしよう。
改革開放後、中国は沿海部を中心に急速に経済成長を遂げる一方、成長の恩恵にあずかることのできていない西部、東北、中部といった地域との格差が問題化した。なかでも重化学工業を中心とした産業構造を有し、国有大企業が域内経済において主たる地位を占めていた東北部は、市場経済への対応が遅れ、沿海部との格差は広がる一方であった。こうしたなか、2003年、中国政府は「東北等老工業基地振興戦略(略称、東北振興戦略)」を発表し、①国有企業改革、②天然資源依存の経済構造の転換、③日本や韓国、ロシア、モンゴルといった北東アジア諸国との関係強化、を通じた東北部の発展方針を打ち出した。政府は、合弁企業の設立・資本参加の促進など様々な形で外資を積極的に受け入れ、国有企業の改革や不良資産処理を行なうことを奨励し一定の成果をあげたものの、「東北振興戦略」に謳われている産業構造の転換や国有企業改革は依然道半ばといえるだろう。
こうしたなか、中国東北部の発展戦略へのさらなる梃子入れになると期待されているのが「一帯一路」構想である。「一帯一路」構想とは、習近平国家主席が提起した中央アジア諸国を通りヨーロッパへ至る「陸上シルクロード経済ベルト」構想(2013年9月)と南シナ海からインド洋・地中海へと至る「21世紀海上シルクロード」構想(2013年10月)の総称である。2018年1月に発表された「北極白書」では北太平洋から北極海・ヨーロッパへと至るルートを「氷上のシルクロード」として「一帯一路」構想に関連付けることが示された3。中国は「一帯一路」構想の枠組みの下、それぞれのルートの沿線に位置する国や地域との「政策協調」を進め、インフラ建設を促進し、人、物、カネの流れを活発化させようとしており、ロシアの「ユーラシアランドブリッジ」やモンゴルの「草原の道」イニシアチブとの連携や、「シルクロード経済ベルト」構想とロシアのユーラシア経済連合(EEU)の連携などを発表している4。こうして中国東北部は、海上シルクロードの東側ハブおよび陸上シルクロードの結節点と位置付けられ5、また、上述の通り北極海ルートが「第三のシルクロード」とされたことにより、「一帯一路」沿線に位置することになった。そして中国東北部の国・地域・省レベルの発展戦略は「一帯一路」に組み込まれるようになったが、その実態は「一帯一路」の名を借りた、ロシア・モンゴル・韓国・北朝鮮など周辺国との経済連携や対外開放から利益を獲得しようとするものだという6。
おわりに-ロ中間の思惑のずれと潜在的利害対立
これまで見てきたように、ロシアも中国も自国内の相対的に遅れた地域である極東シベリア地域や東北部を発展させようとさまざまな戦略やイニシアチブを打ち出している。そして、ロシア・中国両国のイニシアチブの「連携」が首脳よりたびたび宣言され、今日のロシア・中国の「蜜月関係」を印象付ける一幕となっている。だが、そうした「連携」も「花多ければ実少なし」と体裁ばかりで実質が伴っていないという指摘がある7。両国間の思惑のずれや利害対立すらありうるだろう。こうした潜在的利害対立の現れる場面として、政治面、軍事安全保障面、経済面でいくつかの例を示すことで、小論のまとめに代えたい。
まず政治面ではロシアと中国のどちらがこの「連携」の主導権を握るのかという問題である。2015年より毎年ウラジオストクで開催されている東方経済フォーラムはプーチン政権が最も力を入れている国際フォーラムの一つであり、2017年9月6日~7日に開催された第3回会合には日本からは安倍首相、韓国からは文在寅大統領、モンゴルからはバトトルガ大統領が参加したが、中国からは副首相級の陳昌智全人代常務委員会副委員長の参加にとどまった。東方経済フォーラムの直前に中国アモイで開催されたBRICS首脳会合にはプーチン大統領も参加したことと好対照をなしている。
軍事安全保障面でもロシア・中国の利害対立が見られる。たとえば、「一帯一路」の沿線国となる旧ソ連の中央アジア諸国は伝統的にロシアの「影響圏」であり、また「氷上のシルクロード」が通るオホーツク海から北極海にかけての地域はロシアが「聖域」としてきた場所であり、こうした地上および洋上の「影響圏」への中国の進出にロシアが警戒心を持っているとの指摘がある8。
経済面でもロ中協力がロシア側の失望を引き起こしているケースがあるという。たとえば、EEUと「一帯一路」の連携の結果、北京とモスクワを結ぶ高速鉄道計画は、当初はシベリアを通るとされていたが、のちにカザフスタンの首都アスタナ経由で新疆に入るというロシア領内をほとんど通過しないルートに変更された。中国と欧州を結ぶインフラについてもそのほとんどが中央アジアと南コーカサス地域を通過するものであり、ロシアはユーラシア大陸の陸運から利益を得られないようになってしまっている9。また、東シベリアや極北地域でのエネルギー資源開発や外資獲得競争でもロシアと中国の利害は対立しうる。現にエネルギー開発では、ロシアは中国から多額の資金を受け入れているが、同時にインドにも権益を供与し、中国の影響力が極端に高まるのを避けようとしている。また、ロシアの主導するTORや「ウラジオストク自由港」と中国が進める「東北振興戦略」は、外資獲得の観点からは競合しうる。
こうした思惑のずれと起こりうる利害対立を今後、ロシアと中国はどのように克服してゆくのか注目される。小論で取り上げた極東シベリア地域や中国東北部はまさにロシア・中国両国の利害が交錯する場所であり、ロ中関係の今後を占う上でも格好の素材を提供することになるだろう。
1 2018年2月末時点でTORは18か所に設置されている。
2 最低投資金額や展開できる事業に制限があるなどの点でTORとの違いがある。詳細は、新井洋史(2016)「極東開発政 策の進展」『アジア太平洋地域における経済連携とロシアの東方シフトの検討(平成28年度ロシア研究会報告書)』日本国際問題研究所を参照されたい。
3 山口信治(2018)「中国の北極白書:第三のシルクロード構想と中ロ協調の可能性」『NIDSコメンタリー』第69号。
4 2015年5月、ロシア・中国両国はユーラシア経済連合と中国の「シルクロード経済ベルト」構想を連携させるとの共同声明を発表し、また、2016年6月には「中国・モンゴル・ロシア経済回廊建設企画綱要」が署名された。
5 2016年8月、遼寧自由貿易区が設置された。
6 笪志剛・謝東丹(2017)「東北地域と「一帯一路」建設との結びつきの現状と展望」『ERINA REPORT PLUS』第138号、環日本海経済研究所、11ページ。
7 たとえば廣瀬陽子(2017)「深まる中露関係、募るロシアの不満」『WEDGE Infinity』2017年5月31日(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9744)を参照されたい。
8 兵頭慎治(2014)「ロシアの影響圏的発想と北極・極東地域」日本国際問題研究所『ロシア極東・シベリア地域開発と日本の経済安全保障』(平成26年度外務省外交・安全保障調査研究事業(総合事業)研究報告書)、下斗米伸夫(2016)『宗教・地政学から読むロシア』日本経済新聞出版社、廣瀬(2017)などを参照されたい。
9 廣瀬(2017)。