はじめに
国有企業改革は2012年11月に発足した習近平政権の重要な課題の一つである。2013年11月9日から12日まで北京で開催された中国共産党(以下、党)第18期中央委員会第3回全体会議では「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」が採択され、国有企業改革については、混合所有制の発展、国有資産の管理体制の整備、コーポレート・ガバナンスの向上などの方向性が示された1。
そして、2015年9月13日、党中央および国務院は、国有企業改革の具体的な指針である「国有企業改革の深化に関する指導意見」(以下、指導意見)を公布した2。そこでは、「商業類」と「公益類」の分類に応じた国有企業の改革案が示されたうえで、国有企業の株式会社化の推進、国有資産の管理体制の整備、混合所有制改革の推進、国有企業に対する党による指導の強化などが提起された。以後、国有企業に関する諸会議において、国有企業に対する党の指導の強化の必要性が強調されるようになった。さらに、習近平は2017年10月の第19回党全国代表大会における報告のなかで、社会主義市場経済体制の充実化の一環として、「国有企業の改革を深化させ、混合所有制経済を発展させ、グローバル競争力を持つ世界一流の企業を育成する」と述べた3。
習近平政権の国有企業改革は現時点までにどのような結果をもたらしたのだろうか。最近、習近平自身がしばしば強調しているように、国有企業は「より強く、より優秀に、より大きく」なっているのだろうか。以下では、国有資産監督管理委員会(以下、国資委)が管轄する国有企業である中央企業に焦点をあてて考えてみる。
1.中央企業の統合再編の進行
まず、中央企業の統合再編が進んでいる。中央企業のなかには合併により世界的な規模の企業に変身を遂げたものがある。もともと2003年の国資委設立前に中国政府が直接管理していた中央企業は196社であった。その後、中央企業の合併や統合が進み、2010年12月末で122社4、習近平発足時は117社であった5。図1のとおり、以後も企業再編が進み、2017年12月時点では98社、2018年1月31日時点では97社まで減った6。
特に、最近では中央企業同士の合併による大型国有企業の誕生が続いている。例えば、代表的なものとしては、2015年8月6日、鉄道車両メーカーの中国北方機車車両工業集団公司(中国北車)と中国南車集団公司(中国南車)の合併が承認され、世界最大の中国中車股份有限公司(中国中車)が誕生することになった。12月11日には海運大手の中国遠洋運輸集団総公司(コスコ)と中国海運集団総公司(チャイナ・シッピング)の合併が承認された。合併の結果、新会社の中国遠洋海運集団はコンテナ輸送能力で世界4位の規模になる7。
こうした中央企業の統合再編の動きは2016年以降も続いている。2016年7月11日、旅行会社大手の中国港中旅集団公司(中国旅行社)と中国国旅集団有限公司(中国国際旅行社)の経営統合が了承された。中国国旅集団が中国港中旅集団の全額出資子会社となり、統合後は1200億元の資産規模を誇る中国最大の旅行会社となる8。8月22日、中国の建材最大手の中国建築材料集団有限公司と中国中材集団有限公司の再編が承認された。両社の統合はセメントなどの供給過剰の緩和が期待されているため、「供給側(サプライサイド)改革」の側面もある9。さらに、9月22日には中国の鉄鋼大手の宝鋼集団有限公司と武漢鋼鉄集団公司の経営統合が承認された。宝鋼集団が中国宝武鋼鉄集団に社名を変更し、その傘下に武漢鋼鉄集団が入ることになった。2015年の粗鋼生産量では宝鋼集団が世界5位、武漢鋼鉄集団が世界11位であり、統合により粗鋼生産量では6000トンを超え、欧州アルセロール・ミタルに次ぐ、世界2位の鉄鋼メーカーになる10。2017年8月28日には発電大手の中国国電集団公司と石炭大手の神華集団有限責任公司の合併が承認され、巨大エネルギー企業が誕生することになった11。2018年1月31日には中国の原子力発電大手の中国核工業集団有限公司(中核)と原子力発電所を建設する中国核工業建設集団有限公司の合併が承認され、中国の原発輸出の中核的な存在となった12。
以上のように、習近平政権下では主に同業種の中央企業同士の統合再編が進んでいる。2015年9月に指導意見が発表された当時、中央企業の数を2020年までに40社程度に集約する案が念頭におかれていたとの報道がある13。習近平政権2期目も中央企業の再編が進むとすれば、中国の巨大国有企業がさらに増えることになる。
2.中国の国有企業のプレゼンスの拡大
近年、中国の国有企業のプレゼンスも急速に拡大している。図2は、米国の経済誌『フォーチュン』が毎年作成している前年の売上高(ドルベース)に基づく世界企業のランキング「フォーチュン・グローバル500(Fortune Global 500)」に入った中国の国有企業や中央企業の数の推移を示している。この図のとおり、ランク入りする中国企業の数は年々増加しており、その大半は国有企業である。このランキングが最初に発表された1995年にランク入りした中国企業は、中国銀行、中国中化集団、中糧集団の3社であったことからすれば14、近年の中国企業の躍進ぶりには目を見張るものがある。
中国政府もこのランキングに注目している。国資委の肖亜慶主任による発言や文章の中では、2016年末までに中国の国有企業82社がランク入りしたこと15、中央企業の半数がランク入りしていることなどが頻繁に言及されている16。例えば、昨年10月の第19回党大会後、肖亜慶は『人民日報』のインタビューで「グローバル競争力を持つ世界一流の企業」の内容について問われた際、「フォーチュン・グローバル500(Fortune Global 500)」のなかに48社の中央企業がランクインしていることを強調したうえで、企業の主要な製品や技術が国際的に最先端であること、国際的に主導的な地位にある企業であること、企業の対外依存度が低いこと、一流のイノベーション能力を持っていること、革新的な製品や主要部品の多くを輸入に頼らないことなどの要素を列挙した17。
3.中国共産党の国有企業に対する統制の強化
最近の党による国有企業への統制の強化も注目に値する。2015年の指導意見では党の国有企業への支配の強化・改善が提起されていたが、その一環として、国有企業の定款が変更されている。肖亜慶によれば、2017年9月末までの時点で、98社ある中央企業はすべて、定款のなかに党が経営判断に深く関与することを認める規定を追加した19。今後、中央企業の意思決定に党の意向がよりいっそう反映されることになると考えられる。
このような党による国有企業に対する統制強化の背景には、既得権益化している国有企業の腐敗体質がある。中国審計署(日本の会計検査院に相当する)が主要な中央企業20社の2015年の財務報告を調査したところ、18社で不正が見つかり、水増しなどの利益が約203億元にのぼったことが2017年夏に明らかにされた20。従来、こうした報告の詳細は明らかにされていなかったことを考えれば、習近平政権が国有企業の腐敗体質を問題視していることがわかる。
おわりに
一般に、国有企業改革といえば、1990年代後半に朱鎔基首相が実施したような非効率な国有部門を縮小するための統廃合や民営化が想定される。しかし、これまでの習近平政権下の国有企業改革では、国有企業を統合再編して「より強く、より優秀に、より大きくする」こと、すなわち中国の国有企業をグローバル企業へと転換させることに重点が置かれているように見える。
同時に、党による国有企業への統制が強化されている。国有企業において党の意向が反映される仕組みを強化することは、国有企業が意思決定をする際、企業の利益よりも党の意向や国益を優先することになりかねない。商業ベースでの意思決定と党の意向は必ずしも一致しない。
他方、党の国有企業に対する統制強化は、対外政策において国有企業が忠実かつ有効な外交アクターになることを示唆している。習近平政権2期目でも中央企業の統合再編が想定どおりに進むとすれば、近い将来、中国の巨大国有企業が40社ほど誕生し、ビジネスの現場でも中国企業のプレゼンスが急速に高まっていくだろう。
今後、党が指導する中国の国有企業が「グローバル競争力を持つ世界一流の企業」となり、様々な業界で世界のマーケットを支配する可能性もあり得る。習近平政権2期目の国有企業改革の動向が注目される。同時に、外交アクターとしての国有企業についての研究もいっそう進めていく必要がある。
1「中共中央関于全面深化改革若干重大問題的決定」2013年11月12日中国共産党第18届中央委員会第三次全体会議通過)。
2「中共中央、国務院関于深化国有企業改革的指導意見」2015年8月24日。
3「小康社会の全面的慣性の決戦に勝利し、新時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利をかち取ろう――中国共産党第十九回全国代表大会における報告」2017年10月18日、http://jp.xinhuanet.com/2017-11/06/c_136730403.htm(2018年2月8日アクセス)。
4「中国、国有企業の再編進む 原発2社統合へ 海外進出を後押し」『日本経済新聞』2017年3月23日。
5「国有企業改革の成果強調」『日経産業新聞』2017年10月18日、5頁。
6「央企名録」2017年12月29日、http://www.sasac.gov.cn/n2588035/n2641579/n2641645/index.html(2018年1月28日アクセス)。
7「中国、国有企業を再編 競争力強化へ合併次々」2015年12月15日、『朝日新聞』6頁。
8「中国港中旅集団、中国同業と経営統合」日本経済新聞(電子版)2016年7月13日、https://www.nikkei.com/article/DGXLZO04775860S6A710C1FFE000/(2018年1月27日アクセス)。
9「中国の供給側改革:中央企業の統合通じ減産、建材に続き鉄鋼と石炭で実施か」2016年1月26日、http://www.nikihou.jp/news/news_print.html?news_id=296848(2018年1月27日アクセス)。
10「中国鉄鋼2社、統合へ 宝鋼と武漢鋼鉄、世界2位に」『朝日新聞』2016年9月21日、9頁。
11「中国:第19回共産党大会 企業統制も習カラー 国有、合併で海外進出 民間、社内に党組織」『毎日新聞』2017年10月22日、6頁。
12「中国、国有企業の再編進む 原発2社統合へ」『日本経済新聞』(電子版)、2017年3月23日、https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM22H7K_S7A320C1FF1000/(2018年3月20日アクセス)。
13「国有企業 止まらぬ巨大化」『日本経済新聞』2017年8月25日、2頁。
14 関志雄「「フォーチュン・グローバル500」から見た中国の民営企業の躍進」2017年9月5日、https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/ssqs/170904ssqs.html(2018年1月28日アクセス)。
15「人民日報発表肖亜慶署名文章:深化国有企業改革」『人民日報』2017年12月13日。
16「肖亜慶:将着力打造一批具有全球競争力的国企」『経済参考報』2017年10月19日。
17「人民日報専訪肖亜慶:新起点、国企改革如何発力」『人民日報』2017年11月17日。
18「最新財富世界500強排行榜」http://www.fortunechina.com/fortune500/index.htmなど。
19「党の企業支配強まる 党組織導入拡大 産業育成なお課題」『日本経済新聞』2017年10月26日、9頁。
20「中国国有企業 9割不正 反腐敗への異例の公表」『日本経済新聞』2017年7月12日、1頁。