1.はじめに――米中「協調」の二つの次元
北朝鮮の核開発問題をめぐる米中関係には、少なくとも二つの次元がある。その一つは、ともに核不拡散条約(NPT)に加盟する核兵器国として、北朝鮮の核開発を許容しないという核不拡散上の関係である。NPTはまた、非核兵器国の核不拡散規範不遵守の場合、国際連合安全保障理事会と協同関係にある。その際、米中両国は安保理常任理事国として、それを「平和に対する脅威」とする国連憲章第7章に従い、第41条以下の制裁措置を講じうる地位にある。ところが過去、北朝鮮の核開発問題について米中両国は、国連安保理で憲章第7章に示される制裁措置をとることで、北朝鮮に集団安保の力学を働かせるよりは、地域的措置をとることを優先してきた。2002年以降、北朝鮮の高濃縮ウラン計画の発覚に端を発した「第2次核危機」で、米中両国は制裁措置による緊張高潮を危惧し、安保理審議を回避しつつ地域協議で問題解決を図った。その結果生まれた6者会談は、安保理を代替する地域協議であった。
もとより、地域的措置が奏功したわけではなかった。米国がマカオのバンコ・デルタ・アジアを北朝鮮による資金洗浄に関与した金融機関に指定し、同銀行が北朝鮮関連口座を凍結したことに抗するかたちで、北朝鮮が第1回核実験を強行すると、安保理は憲章7章第41条に言及する決議第1718号を採択した。しかしそれでも、米中関係が集団安保で協調関係を築いたとは言い難かった。憲章第7章41条は、経済関係の中断、外交関係の断絶まで可能としているが、その後北朝鮮が繰り返した核実験に対して安保理が採択した決議は、制裁対象を北朝鮮の大量破壊兵器・武器開発に必要な物資と奢侈品の禁輸に限っていた。それは、中国が民生部門に制裁が及ぶことを拒み続けたからに他ならなかった。中国が、それによって北朝鮮の人民生活が脅かされ、政治体制が動揺することを懸念しているなら、中国の北朝鮮に対する地域的配慮が反映されていたといわねばならない。
2. トランプ政権の舞台設定――制裁措置の強化と北朝鮮の対中批判
この図式が崩れたのは、トランプ政権発足以前の2016年と考えてよい。北朝鮮の「水爆」実験と弾道ミサイル発射実験に対して、安保理は同年3月、決議第2270号を採択した。特筆すべきは、この決議がそれまでの安保理決議とは異なり、米国などが主張してきた民生部門に属する石炭・鉄・鉄鉱石の物資輸出と調達禁止に言及していたことである。これは無条件ではなかった。これらの物資の禁輸について、生計目的かつ核・弾道ミサイル計画等の財源と無関係と決定された場合は適用されないとの項目が加えられたのは、中国の主張によると考えてよい。だが、これらの品目を禁輸対象とする決議案に賛同したことは、集団安保の次元で中国の対応に変化が生じたことを示していた。
ただし、中国はこれで北朝鮮が非核化措置をとると考えていたわけではなかった。むしろ、中国は制裁措置の強化による緊張を放散させ、自らも発言力を得るための地域的措置を考えていた。王毅外交部長は朝鮮半島の非核化と平和体制樹立を同時並行させる「双軌並行」を提唱し、6者会談の再開を主張した。これはNPTの核兵器国であり、安保理常任理事国の一員という地位から北朝鮮の核開発を許容しない中国の意思を反映しつつ、6者会談がそうであったように、地域的措置を通じて中国が朝鮮半島へ関与する余地を得る試みであった。
だが、その後の事態は、中国の意図とは逆行していた。それまで北朝鮮は、制裁対象が民生部門に及ぶことを阻んできた中国には公式の批判を避けていたが、安保理決議第2270号の採択を受け、『労働新聞』が「血で成し遂げられた共同の戦果である貴重な友誼関係もためらわず吐き出し、あの国やこの国と密室野合して作り上げた」とする論評を掲げた。また、北朝鮮外務省は代弁人談話を通じて「一部でいわゆる6者会談だの非核化と平和協定締結だのという声が上がっている。(中略)現在の朝鮮半島情勢が到底対話について考える雰囲気ではないことは幼い子供でもわかる明々白々な事実である」と述べた。いずれも名指しは避けてはいるが、前者の主題が安保理決議第2270号の採択を許した中国への批判にあり、後者が王毅の「双軌並行」提案に対する批判であることは明らかであった。中国が米国などからの要請に応じ、制裁措置の強化に賛同することが北朝鮮の批判を呼び起こした結果、地域的措置を通じて中国が関与する余地は狭隘化していった。
それは2016年9月、北朝鮮が第5回核実験を強行するとより明らかとなった。安保理は同年11月末、決議第2321号を採択した。この決議は第2270号で「生計目的かつ核・弾道ミサイル計画等の財源と無関係と決定された場合は適用されない」とされた「石炭、鉄、鉄鉱石の禁輸」のうち、北朝鮮産石炭の輸入に上限を設ける内容となっていた。トランプ政権はこのような米中朝関係の舞台設定の上に発足することになる。
3.集団安保協議と危機管理――二つの米中首脳会談と地域的措置の埋没
ただし、中国が地域的措置を封印したわけではなかった。王毅は2017年3月、北朝鮮が「核活動」を凍結するのに対して米国が「大規模な軍事演習」を凍結するという「双暫停」案を提示した。これは中国が関与できる地域的措置よりも、当面の緊張緩和措置を米朝双方に委ねる形をとっていたが、北朝鮮への圧力を優先するトランプ政権がそれを考慮することはなかった。
同年4月初旬、フロリダでの初の米中首脳会談は、集団安保協議の様相を濃くしていた。トランプ大統領がここで安保理決議2321号以上の措置を求めたことは明らかであった。トランプが習近平国家主席に告げたシリアへのミサイル攻撃は、中国をしてさらなる制裁措置をとらせる上で奏功したのかもしれない。
一見、集団安保に傾斜した米中首脳会談だが、それで一貫していたわけではなかった。米中首脳会談後、ティラーソン国務長官は北朝鮮に、①「体制転換を求めない」、②「体制崩壊を求めない」、③「朝鮮統一を急がない」、④「米軍が38度線を越える口実を見つけようとはしない」を提示した。中国が北朝鮮の政治体制の温存を望んでいることを考えると、とりわけ③と④の二つの「ノー」は、米中関係の文脈にも位置づけられる。「四つのノー」は、制裁措置の強化で中国の協力を得るために必要とされ、その結果、北朝鮮が対米協議に応じる姿勢をみせたときの米国の姿勢を予め示す意図から発せられた。米朝協議が実現したとして、「双軌並行」「双暫停」と接点をもつかはともかく、米国が地域的措置を考えていたことは強調されてよい。
しかし、米中首脳会談は北朝鮮からの批判を呼んだ。朝鮮中央通信は「わが方の周辺国(単数)が、誰かの拍子に引き続き踊らされわが方に対する経済制裁に執着するなら(中略)わが方との関係に及ぼす破局的結果も覚悟すべきであろう」と警告した。ここでいう「周辺国」が中国を指すのはいうまでもない。それまで中国は、北朝鮮の対中批判を黙殺してきたが、これを機に反論に転じた。『環球時報』は「中米両国は多くの共通認識に達した」と論じ、『人民日報』も北朝鮮を名指しした上で、「自ら地域全体の安全を極めて不安定な状態にした」と批判した。これを受け朝鮮中央通信は、これら中国共産党関係の媒体が「朝中関係悪化の責任をわれわれに全面的に転嫁し」たと反駁した。
その間米国は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行わないよう北朝鮮に対し警告していたが、その警告は通用しなかった。北朝鮮は7月に2回の「火星-14」の発射を行ったからである。安保理は8月5日、「鉛および鉛鉱石の直接、間接の供給、販売または移転を行わないこと」などを謳う決議第2371号を採択した。さらに、民生部門で残っていた主要品目である石油輸出についても、同年9月3日、北朝鮮が強行した第6回核実験に対して安保理決議第2375号が採択され、過去1年間の原油供給量という上限が設けられるに至った。
トランプは11月に訪中し、2度目の米中首脳会談に臨んだ。両首脳は共同記者会見で、安保理決議の「全面的で厳格な履行を続ける」としつつも、「対話と交渉を通じて朝鮮半島の核問題の解決に力を尽くす」と言明したが、トランプの力点は前者にあったろう。ただし再考を要するのは、上の共同記者会見の一文「継続して意思疎通と協力を続けていく」であろう。なぜなら、ティラーソンは帰国後の演説で、北朝鮮の政治体制の崩壊に備え米中協議がもたれていると明かし、「米軍が北緯38度線を越えて北朝鮮に進入したとしても、環境が整えば米軍は撤退する。中国にはそう保証している」と述べたからである。これは上述の「四つのノー」を北朝鮮の体制崩壊を念頭に置く危機管理に読み替えたに等しかった。
4.おわりに
トランプと習近平はフロリダと北京で2度の米中首脳会談をもったが、そこで議論されたのは安保理決議の履行と追加制裁に関するものであった。その間、王毅が主張した「双軌並行」と「双暫停」は埋没していった。11月の米中首脳会談にみられるように、北朝鮮の核ミサイル開発が継続し、安保理決議による経済制裁が強化されるほど、米中関係は危機管理に傾斜する。予見しうる将来、米国が経済制裁を緩和することはない。確かに、「双軌並行」と「双暫停」は地域的措置ではあるが、もはや集団安保の代替措置にはならない。それらの措置が実現するとしても、それは集団安保の力学が奏功した後と考えなければならない。
主要参考文献
『人民日報』、『人民日報(海外版)』、『環球時報』、『労働新聞』、『民主朝鮮』、朝鮮中央通信
White House HP< https://www.whitehouse.gov/>
Department of State HP< https://www.state.gov/>
Financial Times
倉田秀也「6者会談の成立過程と米中関係――『非核化』と『安保上の懸念』をめぐる相互作用」高木誠一郎編『米中関係――冷戦後の構造と展開』、日本国際問題研究所、2007年。
倉田秀也「金正恩核態勢の形成――地域的措置の限界と集団安保の効用」小倉和夫・康仁徳編『朝鮮半島地政学クライシス』、日本経済新聞出版社、2017年。
Hideya Kurata,” From Nonproliferation to Regional Talks, Then to Collective Security and Deterrence: The North Korean Third Nuclear Crisis from a Historical Perspective,” Japan Review, Vol.1 No.3 (Spring 2018).