近年、経済や技術に関わる政策立案や事業展開を行う際に安全保障上の考慮を踏まえる必要性が指摘され、経済・技術安全保障の重要性が高まっています。そのような問題意識の下、日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター(以下、「当センター」)では「経済・技術安全保障ウェビナー・シリーズ」を開催することとなりました。その第7回会合が2022年7月21日に開催され、飯田敬輔・東京大学公共政策大学院 院長/教授をスピーカーとしてお招きし、「日本における経済と安全保障のリンケージ―理論と歴史―」と題してご講演いただきました。
まず、飯田教授は、経済と安全保障のリンケージを考えるために、伝統的リアリズム、(新)重商主義、内外浸透の3つのモデルを提示しました。そのうえで、これまでの日本の経済・安全保障政策は、国内的安定と対外的安定が密接に結びついているという「内外浸透」モデルにあたるものであったとして、その例として戦前の富国強兵や戦後の吉田ドクトリンが挙げられました。戦後に経済が重視された背景には、戦後復興期の厳しい経済状況や1960年代における安保闘争による国内不安があったこと、池田政権期の「所得倍増計画」によって経済中心主義が定着したことが指摘されました。講演の後半では、経済安全保障推進法を踏まえて、今日の日本の経済安全保障について解説がなされました。同法の趣旨を額面通り受け取ると、安全保障が目標であり、経済はあくまで手段であることから、これは伝統的なリアリズムに近い発想であると考えられる一方、安全保障と経済(的合理性)にトレードオフが発生しないように努めているようにも見えることから、経済と安全保障を同等に扱う重商主義との解釈も成り立つと論じられました。そして、今回の法律が日本でこれまで見られた「内外浸透」モデルからは逸脱している理由として、日本政府が、対内的安定と対外的安定との間に大きなトレードオフが存在しておらず、安全保障の追求が経済成長に繋がると考えていることや、外圧(5Gなど)や他国の政策の模倣といった要因に影響を受けていることを指摘しました。最後に、ウクライナ戦争を受けて、地政学的目標の追求がエネルギー安全保障を損なっていることの方がより深刻なトレードオフであると論じ、この克服が岸田政権の最重要課題であると指摘されました。
ご講演を受けて、当センターの髙山嘉顕研究員が、サプライチェーンのレジリエンス(強靭性)と経済的な合理性、フレンド・ショアリング(friend-shoring)が進められた際の友好国間での競争、これまでの経済相互依存論とロシアによるウクライナ侵攻の事例との乖離についてコメント・質問を寄せ、さらに議論を深めました。参加者とのQ&Aセッションでは、外交・安全保障政策における仮想敵国の設定や中国がもたらした経済安全保障への影響、ウクライナ侵攻を受けた日本の経済制裁、サハリン2問題の行方、エコノミック・ステイトクラフトに関する日本のこれまでの事例などについて活発な議論が交わされました。