中国のミサイル、潜水艦、サイバー攻撃能力、衛星破壊能力がさらに拡大し、北朝鮮の非核化も進まない中、ロシアも北方領土や極東での軍事態勢を強化し、日本を取り巻く安全保障環境は想定を上回る速度で悪化している。また、国際法上の武力行使に至らず、軍や法執行機関を使って他国の主権を脅かすことや、ソーシャル・ネットワークなどを通じて他国の世論を操作するグレーゾーン事態が常態化する中、大綱がどのような防衛力構想を打ち出すのかに注目が集まった。
新大綱が打ち出した「多次元統合防衛力」は、「統合運用による機動的・持続的な活動を行い得るものとするという、前大綱に基づく統合機動防衛力の方向性を深化させつつ、宇宙・サイバー・電磁波を含む全ての領域における能力を有機的に融合し、平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とする」と定義されている。重要なのは、陸海空という従来の領域と新領域すべてを横断する(クロスドメイン)能力が生み出す相乗効果により、個別の領域における能力が劣勢である場合にもこれを克服することを目指す点と、このクロスドメイン作戦を平時からグレーゾーン事態、有事に至るすべての段階において実施するとした点である。
そもそも「クロスドメイン」という考えは、中国の軍事力の拡大に対抗すべく2010年に米軍が採用したエアシーバトル構想の根底にある考えである。具体的には、中国が潜水艦や爆撃機によって空母を中心とする米軍の西太平洋への接近を阻止できる能力を高めたため、空軍と海軍の連携を深めようという作戦構想であった。遠征軍である米軍のクロスドメイン構想は、緒戦において攻撃を避けるべく、一度前線から後退し、その後前線へのパワープロジェクションを行うことを想定している。
一方、現在の米軍は「マルチドメインバトル(多次元戦闘)構想」という新たな作戦構想を完成させつつある。マルチドメインバトルは、すべての領域において一斉に作戦を展開することを想定し、すべての領域で敵に対応を迫って劣勢に立たせることを目指す。米国は2018年6月に実施した環太平洋合同演習(リムパック)など、様々な機会でこの「マルチドメインバトル」をテストしている。さらに、紛争が始まる前から、武力攻撃事態が始まった後までを視野に入れている点もマルチドメインバトルの特徴といえる。なお、米軍は、2019年にこれを「マルチドメイン作戦」として陸海空軍と海兵隊が統合作戦構想として正式に採用する見込みである。
「多次元統合防衛力」の定義をみる限り、「クロスドメイン」という用語は使いながらも、実際には「マルチドメインバトル」に近いものになっている。「クロスドメイン」よりも「マルチドメイン」の方が日本の地理的な条件にふさわしく、自衛隊の統合を進める上でも、米軍との相互運用性を高める上でもより効果が期待できる。大綱では、「多次元統合防衛力」を実現するため、経空脅威への同時対応能力を高める統合防空ミサイル防衛(IAMD)の構築や、反撃能力を含むサイバー防衛態勢の大幅な増強、衛星への脅威に対する監視能力の向上や早期警戒能力や通信能力の強化、電子戦能力の増強と電磁波の有効活用が謳われた。これらは正しい方向性であると評価できる。
しかし、問題点も指摘できる。
まず、「多次元統合防衛力」から、エアシーバトル構想の要素が完全に払拭できていない。大型の艦艇や短距離打撃力が、中国の精密誘導兵器の前にますます脆弱となっている中、護衛艦「いずも」を改修して固定翼機を運用することの有用性には疑問があり、限られた資源の浪費になる可能性がある。また、F-15戦闘機のうち近代化に適さないものをすべてF-35戦闘機で置き換えることも莫大なコストがかかり、レーダーや空中給油機、防空ミサイルなど戦闘機の支援機能を含めた総合的な防空体制の強化という観点から疑念が残る。防衛費のより効率的な支出を実現する観点からも、現代戦において脆弱なプラットフォームへの投資を見直すとともに、官民一帯となって将来戦に備えた技術開発を行うことが求められる。
次に、「多次元統合防衛力」の実現には、自衛隊のさらなる統合運用が不可欠であるが、期待された統合司令官の設置は見送られた。しかし、東日本大震災発生時の救援活動で実際に示されたように、有事に統合幕僚長が三自衛隊の運用と、首相および防衛大臣の補佐を同時に行うことは物理的に困難であるため、統合司令官の設置は今後の課題として残った。
次に、自衛隊がいくつかの領域で劣勢に立たされた場合の対処が不十分であることが指摘できる。米軍のマルチドメインバトルでは、各領域で作戦を行う部隊が一定程度の自律性を持つ。これは、中国によるミサイルの飽和攻撃を避けるため、米軍は部隊をある程度、分散させる必要があるが、分散する部隊を結ぶ通信ネットワークを通じた指揮統制が妨害を受けても、分散した部隊が自律性をもって動けるようにすることが必要だからである。自衛隊にも現場の部隊に一定の自律性を持たせる体制と、それを可能にする安全な通信装置や移動可能なセンサーなどの技術の導入を検討する必要がある。
以上の課題を克服するためにも、日本の安全保障上最も重要な南西諸島防衛のための常設統合任務部隊の創設が望ましい。陸上自衛隊は2018年3月に佐世保の駐屯地を中心に離島防衛を主目的とする水陸機動団を設置したが、この部隊が海上自衛隊や航空自衛隊の支援を必要な時にどこまで得られるのかは定かではない。しかし、これをマルチドメインバトル統合任務部隊の一部とし、サイバーや宇宙、電磁スペクトラムでの作戦能力も付与することで、自衛隊の統合を進めるとともに、陸上自衛隊の水陸機動団を有効に運用する態勢を整え、南西諸島の防衛体制を強化することができるだろう。