国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(No.4) 「新興技術の輸出管理:米商務省による発表の持つ意味」

2018-11-30
髙山嘉顕(日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター研究員)
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 2018年11月19日、米商務省は国家安全保障上重要とみなす「新興技術(emerging technology)」14カテゴリーにつき、その定義や特定方法に関するパブリックコメントの受付を開始した。「新興技術」は「ゲームのルール」を変えうるインパクトを持つとして、軍事的な勢力均衡や市場における主要アクターの関係性に変化を及ぼすと言われる。今回の商務省による発表の意味を考えたい。

1.米商務省による発表(パブリックコメント募集)

 軍民両用技術(いわゆるデュアルユース)の輸出管理は、米国では商務省産業安全保障局(BIS)が担当する。技術の特定にあたっては、外国での開発状況、米国内での技術開発に対して輸出管理が及ぼす影響、及び技術の拡散防止における輸出管理の有効性が検討される。
 11月19日の米商務省による発表で、米国の国家安全保障上重要として取り上げた「新興技術」は以下14カテゴリーである。
 ① バイオテクノロジー(合成生物学、ゲノム工学等)
 ② 人工知能(AI)および機械学習技術
 ③ 測位(PNT)技術
 ④ マイクロプロセッサ技術
 ⑤ 先端コンピュータ技術
 ⑥ データ分析技術
 ⑦ 量子情報・センシング技術(量子コンピュータ、量子暗号等)
 ⑧ 輸送技術
 ⑨ 3Dプリント
 ⑩ ロボティクス(マイクロドローン、スワーム技術等)
 ⑪ 脳コンピュータインターフェース
 ⑫ 極超音速
 ⑬ 先端素材
 ⑭ 先端監視技術
 以上14カテゴリーに関し、米商務省は以下のパブリックコメントを募集した。BISの主たる関心事項が、「新興技術」の定義・特定方法、輸出管理の効果・影響などであることがわかる。
(1)「新興技術」の定義方法
(2)14カテゴリーの中に国家安全保障上重要な特定技術が存在するか見極めるための基準
(3)技術特定のためのソース
(4)安全保障上重要な新興技術を特定するために検討が必要な他の技術カテゴリー
(5)これら技術の米国内外での開発動向
(6)特定の新興技術に対する規制が米国の技術的優位性に及ぼす影響
(7)国家安全保障上重要な新興技術の特定に関する他のアプローチ(輸出管理の際に検討すべき新興技術の開発状況等)
 

2.発表(パブリックコメント募集)の背景

 軍事転用可能な技術の移転は、軍需品そのものの移転に比べて移転先国の軍事開発・製造能力の向上に資するところが大きいと言われる。今次発表の背景を端的に言えば、中国に対する安全保障上の懸念であろう。言い換えれば、中国による海外技術の取得が同国の軍事の近代化に裨益しているとの懸念である。かかる懸念は米政府のみならず米議会内でも党派を超えて広く共有されている。従来、米国政府は、中国の技術取得方法は多様で合法・非合法の手段が入り混じると指摘してきた。違法な技術取得手段の例として、伝統的には技術スパイによる技術窃取が挙げられ、新しくはサイバーエスピオナージが挙げられる。
 また近年は合法的手段による技術取得にも注目が集まっている。なかでも企業買収や共同事業体(JV)の創設を通じた技術移転に対する安全保障懸念の高まりは、投資規制の強化へと繋がった。対米外国投資委員会(CFIUS)改革である。詳細は別の機会に譲るが、分かりやすく言えば、国家安全保障上重要な産業や施設等に対する外国からの投資に対する規制が厳しくなった。主たる狙いが中国による投資の制限にあることは明白だった。
 更に現在、外国人研究者の受入れや共同研究等を通した技術移転に対する懸念も高まっている。具体的な懸念事項は、海外教育・研究機関もしくは外国人研究者・留学生との共同研究・共同開発、外国人研究者・留学生への研究指導、または彼(女)らの本国還流(とその後の技術の軍事利用)などである。
 例を挙げよう。本稿執筆中、中国でゲノム編集技術を使ってHIV耐性を有する双子が誕生したと報道された。報道内容の真偽は不明であるが、これを行ったとされる中国人研究者は米国の大学での研究歴をもつ人物である。ゲノム編集は今回の米商務省の発表の中で挙げられた新興技術(バイオテクノロジー)に該当する。この事例は、中国の軍事開発に直接関係するものではないものの、米国で「新興技術」を習得した中国人研究者が帰国し、以前は予期しなかった研究成果を本国であげる可能性があることを教えるものである。そのこともあり、軍事の近代化に必要なデータやノウハウなどが教育・研究機関を通じて中国に移転することについて、米国は極めて神経質になっている。
 

3.教育・研究機関を通じた技術移転

 中国による技術取得、それも教育・研究機関を通じた技術移転の観点から今回の商務省の発表は興味深い。商務省発表では、国家安全保障上重要な「新興技術」と「基礎技術(foundational technology)」とを切り分け、さらに「基礎技術」の特定化に関するパブリックコメントを今回とは別途、募集する予定であるとしている。
 従来、米国では、「基礎研究(fundamental research)」と公開情報は輸出管理の対象外とされてきた。そのため海外研究機関や海外研究者への技術移転であっても、「基礎研究」分野に限っては規制の対象外とされていた。米国は911の直後でさえこの方針を変えなかった。そこには、開かれた研究開発体制が技術優位の基盤になるという発想がある。技術開発を阻害せずに規制の網をかけるというアプローチは、レーガン政権期の「国家安全保障指令189号(NSDD-189)」を振り返るまでもなく、これまでの一貫した米国の姿勢である。今回の発表もこの路線を踏襲している。それは、特定の新興技術規制が米国の技術優位に及ぼすインパクトについて意見を募集している通りである。ただし、米国は今後、国家安全保障上重要な「基礎技術」と「新興技術」の輪郭を明確にし、それらを「基礎研究」と切り離していく可能性がある。それはある特定の技術を、国家安全保障上重要な「基礎技術」や「新興技術」に分類し、規制対象化する試みともいえる。
 もっとも、そうした試みには困難が伴うだろう。既に本稿でも「基礎研究」、「基礎技術」、「新興技術」という語が頻出している。これらの用語を概念的に明確に切り分け、整理することは容易なことではない。単線的な理解でいえば、技術は「基礎研究」、「基礎技術」から出発し「死の谷」を経て「応用技術」へと至り、社会実装される。しかし現実には、これらの段階は相互に排他的ではない。しかも用語や概念の整理については、実際の輸出管理政策の立案や輸出管理の履行に資するものでなければ、現場での混乱を招くことにもなりかねない。更に、技術開発・実用化の工程の中で位置づけられる「基礎研究」や「基礎技術」と、技術それ自体の新規性から定義づけられる「新興技術」とでは着眼点が異なる。技術によっては、これら複数の概念を交叉するものもあるだろう。しかし規制の実効性という観点からは、当事者の研究機関や研究者が規制を使いこなせることは重要な問題である。用語や概念が不明瞭であれば、健全な技術移転(学術交流)を保証しつつ規制の実効性を確保することは容易でない。

4.技術移転規制の米国内の意味および日本への影響

 今回の米商務省発表は、「基礎研究」および「基礎技術」と切り離された特定の「新興技術」に関連する技術移転・技術支援の違法化を予見させる。それは、中国による国家安全保障上重要な「基礎技術」と「新興技術」の取得を防止する対策の一環であり、世界的な技術優位を維持しようという米国の意思を反映するものである。中国による技術取得に対する安全保障上の懸念は、トランプ政権に特異な現象ではない。オバマ政権下でも中国の技術取得に対する安全保障懸念は繰り返し表明されてきた。その意味でトランプ時代に入ってエスカレートした米中貿易戦争とは異なる。前述したとおり、中国による技術取得への安全保障上の懸念は政権や党派を超えて米国内で共有されている。
 更に、大学や研究機関を通じた中国の技術取得に対する安全保障上の懸念は、米国だけのものではない。2017年に量子暗号通信の実験を成功させた中国人科学者が博士号を取得したのはウィーン大学だった。また、昨年以来、豪州では中国系研究者によって軍事転用可能な研究が行われていることに懸念が表明されている。その研究分野は、画像・映像分析、コンピュータビジョン、機械学習、ハイセラミックなどと幅広い。その技術の多くは今回の米商務省発表が掲げた「新興技術」のカテゴリーに該当する。「新興技術」が教育機関・研究機関等を通して中国に流入し、それらが中国の軍事開発に利用されているという疑念(懸念)は、国境を越えて広まっている。米国の技術規制に関する新たな動きが、他国の輸出管理政策・制度に伝播する可能性も考えれられる。
 これらのことは日本にとっても例外ではない。日本も米国とともに、安全保障上重要な「基礎技術」や「新興技術」の野放図な移転を防止する責任がある。また、日本の研究者や研究機関が米国のカウンターパートと共同研究等を推進するためにも、米国の技術規制動向を踏まえた技術規制制度を構築する必要がある。国際的な技術規制の平準化は、国際共同研究等を円滑に進めるための土台でもある。そうした土台が不十分であれば、米国が競争相手と見なす国々の研究者や研究機関と共同研究等を行う日本の研究者・機関は、米国での共同研究参画を制限されたり、共同研究体制から排除されたりすることさえ考えられる。そのため、最初のステップとして、日本は同盟国や友好国とともに、共通の技術規制制度の設計・構築を進める必要がある。確かに前述した通り、「基礎研究」、「基礎技術」、「新興技術」といった概念の整理などには困難が伴う。したがって日本政府には学術界とも協力しつつ、これらの国と共有可能で実効的な技術規制制度のあり方を構想・推進することが求められる。
                                                          (了)