「トランプ選挙」の様相を呈した中間選挙
今回の中間選挙で目立ったのは、現職のトランプ大統領の存在感である。
まず、投票率が49.3%に上り、中間選挙としては異例の高さとなった。過去の中間選挙の投票率は30%台後半~40%台前半に留まることが多く、今回の中間選挙に対する有権者の関心の高さは顕著であった。その理由として考えられるのがトランプ大統領の存在だ。投票した人の約7割が投票の要因としてトランプ大統領の存在を挙げたという出口調査もあり、分断の進むアメリカ社会において、トランプ大統領を支持する側と支持しない側のどちらの側にも、投票へのモチベーションを高めたことがうかがえる。
次に、大統領制のアメリカでは、大統領と議会はそれぞれが三権分立の一角を成し、お互いにチェック・アンド・バランスを図ることが期待されている。しかし、トランプ大統領は、「共和党の顔」としての自らを前面に出し、議会共和党候補のための応援演説を積極的に行った。トランプ大統領は、「共和党候補への投票は、私への投票と同じである」と、全米の遊説で有権者に直接訴えた。そして、これに呼応し、トランプ大統領にあやかって選挙戦を戦った共和党候補も多かった。2016年の大統領選挙でトランプ氏と熾烈な共和党候補指名争いを演じたテキサス州上院のテッド・クルーズ候補はその好例であった。接戦が伝えられていたクルーズ候補の応援のために、トランプ大統領がテキサス州に駆けつけ、トランプ大統領とクルーズ候補が、それぞれの演説でまるで2年前の舌戦が嘘であるかのようにお互いを賛美した姿、そして、クルーズ候補が最終的に接戦を制したことは象徴的であった。また、フロリダ州知事選を制したロン・デサンティス候補のようにトランプ大統領の政策やスタイルに極めて親和的な「ミニ・トランプ」と称された候補者の存在も目立った。
共和党における「トランプ連合」の強化
それでは、共和党で「トランプ的なもの」が浸透した理由は何であろうか。この点において、トランプ大統領がキリスト教保守派の支持を固めた点が挙げられよう。アメリカは建国の歴史からして宗教とは切っても切り離せず、とりわけ、保守の党としての共和党を考える際には、キリスト教保守派の動向は重要である。人工妊娠中絶の是非、同性婚の是非やそれに関連するLGBTQと呼ばれる性的マイノリティの権利擁護・拡大は、常にアメリカ社会を二分する政治的争点であり、キリスト教保守派にとっては、自らの信仰に照らし合わせ、決して妥協できない争点である。このような国を二分する政策の是非は、最高裁の判断にまでもつれこむことが多く、最高裁判事の判断が大きな意義を持つ。さらに、アメリカの最高裁判事が、自らが引退を申し出ない限りにおいて終身制であることを合わせ、9名の定員のうちの保守派とリベラル派の判事の数の均衡が、今後数十年に亘ってアメリカ社会に影響を及ぼすことになる点も重要だ。それゆえ、トランプ大統領が保守派のニール・ゴーサッチ氏とブレット・カバノー氏を最高裁判事に任命し、それぞれが2017年4月と2018年10月に就任したことにより、最高裁判事9名のうちの5名が保守派判事となったことは、キリスト教保守派がトランプ大統領を支持する大きな要因となった。トランプ大統領自身がキリスト教保守派の理想とする言動を取っているとは言い難いが、敬虔なキリスト教徒であるペンス副大統領の存在とあわせ、トランプ大統領がキリスト教保守派の支持を固めたことで、この2年間で共和党内における「トランプ連合」とも言える動きが強化されたと言えるだろう。
さらに、上院で共和党の穏健派議員の議席が減ったことも注目に値する。今回の中間選挙では、上院の改選議席の35議席のうち共和党の改選議席は9議席であったが、この共和党の改選議席の9議席のうちの3議席で、穏健派として知られるボブ・コーカー氏(テネシー州)とジェフ・フレーク氏(アリゾナ州)が引退し、ジョン・マケイン氏(アリゾナ州)が逝去のために議会を去ったことは、トランプ大統領の今後の政治運営を考慮するうえで、大きな意味を持つ。トランプ大統領を表だって批判することの多かったこれら上院共和党の穏健派議員の不在は、共和党における「トランプ的なもの」に対する防波堤の弱体化を意味し、トランプ大統領が上院共和党において自らの進める政策を進めやすくなるからだ。トランプ大統領は、敵を作り、その敵を徹底的に攻撃することで自らの正当性を訴えるスタイルを持つが、いわば、上院における「内なる敵」が少なくなった結果、下院民主党との対決路線を強めやすくなった。その結果として、敵としての下院民主党を強調し、政治の停滞要因のスケープ・ゴートとすることも予想される。
民主党の「ブルー・ウェーブ」は起こらずとも、勝敗相半ばする結果に
対して、民主党支持者の間ではトランプ大統領にノーを突きつける「ブルー・ウェーブ(青い波)」が大いに期待されていた。しかし、選挙結果を見ると、「ブルー・ウェーブ」は期待に届かない「小波」にとどまった、と言えるのではないだろうか。中間選挙は現職大統領の所属する政権党に不利になると言われながらも、民主党は下院を奪還したとはいえ、上院を制することができなかった。そして、選挙戦で有利な現職の再選を目指す候補者が民主党の方に多く、もともと今回の下院選が民主党に有利な構造にあったことを考慮すると、大波が押し寄せるイメージの「ブルー・ウェーブ」とは呼べない勝ち方だった。また、リベラル路線を打ち出し、期待と注目を集めた民主党の次世代リーダーと目された候補者の敗退は、分極化の進む現代アメリカ政治におけるアジェンダ・セッティングの難しさを際立たせた。特に、保守層が伝統的に多い南部のテキサス州上院選で現職のクルーズ候補と接戦を演じ、オバマ前大統領の再来とも評された民主党の期待のホープ、ベト・オルーク候補の落選、同じく南部ジョージア州で初のアフリカ系の女性知事を目指したステイシー・エイブラムス候補の撤退、そして、接戦州のフロリダ州で初のアフリカ系知事を目指したアンドリュー・ギラム候補が再集計を経て落選を認めたことは民主党支持者を落胆させた。
しかし、大局的に見ると、民主党が新たな潮流を作り出している姿も浮かび上がってくる。伝統的に、民主党はリベラル的傾向の強い高学歴層と人種的マイノリティの多い都市部(city)で強く、共和党は減税を望む高所得者層の多い郊外(suburb)とキリスト教保守層の多い田舎(rural)で強いという傾向があった。しかし、今回の中間選挙では、共和党支持が盤石だったカリフォルニア州オレンジ郡のように、大卒女性票が伸びたことによる郊外における民主党の勝利も多く、決して従来の人口動態と党派性の関連性からだけでは読み取れない変化の萌芽も見られた。また、「ラスト・ベルト(錆びついた工業地帯)」と呼ばれる、かつて製造業がさかんで、2016年の大統領選でトランプ大統領誕生の立役者となった中西部の接戦州であるウィスコンシン州、ペンシルバニア州、ミシガン州で民主党が上院選と知事選の両方を制したことも看過できない。大統領選での勝敗を左右するこれら接戦州の「ラスト・ベルト」で、かつてのような労組を中心とした勝ち方と異なるといえど、民主党の巻き返しの可能性が見られたからである。加えて、36州で改選された知事選のうち、民主党が改選前から7議席増やし、共和党が改選前から6議席減らしており、知事選で民主党が善戦したことも重要である。下院の選挙区の区割りは2020年の国勢調査を元に更新され、多くの州で知事が州議会の決める区割りを承認する権限を持つからだ。「ゲリマンダリング」と呼ばれ、批判も集まるが、自らの党に有利になるような有権者の居住区の分布に合わせ、選挙区の区割りを変更することが可能となり、今後の趨勢に影響を与えよう。
今後の見通しと日米関係
今回の中間選挙の結果を受けて、今後のアメリカ政治はどのような流れとなるのだろうか。まず、トランプ政権の進める看板政策のいくつかは、多数派を民主党が得た下院の反対を前に、その実現が難しくなろう。具体的には、不法移民対策としてのメキシコとの「国境の壁」建設、減税の中間層への拡大、2010年に成立した医療保険制度改革(いわゆる「オバマケア」)の撤廃などの予算法案が関係する政策が滞るだろう。そして、近年その傾向が顕著な超党派による自由貿易協定への反対などの保護貿易主義的な動きは、今後も続くことが予想される。特に、対中強硬策は、下院民主党からの反対も予想されず、通商分野のみならず安全保障などその他の分野においても続くものと見られる。中国のパワーの伸張があらゆる分野に亘っていることに対する危機感は、現在のアメリカにおいて党派を超えて広く共有されているからだ。日本に対する貿易赤字削減の要求も続くと見られる。しかし、日米貿易摩擦の激しかった80年代とは異なり、現在では半数以上の55%のアメリカ人が日本を公正な貿易相手国とみなしているという世論調査もある。日本は自由貿易の重要性を説き、粘り強く交渉していくことが求められよう。また、安全保障の分野では、アメリカで超党派の支持を得ている日米同盟への支持を梃子に、日本が主体的な役割を果たしているインド太平洋構想におけるイニシアティブを引き続き発揮し、アメリカのこの地域に対するコミットを揺るぎないものとし、地域の安定に資することが求められる。