アメリカからの軍事・資金援助が減る中、EUはウクライナ戦争最大の支援者の立場を維持
6月の欧州議会選挙を経て、EU新体制が確立した。懸案であったフォンデアライエン委員長の続投が決定し、欧州対外行動庁の新上級代表はカヤ・カラス前エストニア首相に決定した。ロシアに対して非常に厳しい姿勢をとってきたカラス前首相の上級代表就任は、EUがウクライナ戦争を第1 課題としてとらえていることの証左である。
2024年にはEUにとって初めての安全保障パートナーシップが日本と締結され、安全保障政策でのインド太平洋との連携も引き続き意識されている。安全保障政策におけるNATOとの「相補性」についてもEU自ら発信するようになり、益々日本との安全保障分野における連携が進むものと思われる。2024年は、依然としてウクライナ戦争支援に消極的な姿勢を見せたハンガリーが欧州連合理事会の議長国を務め、加盟国の間で足並みの乱れも見られたが、2025年は議長国を務めるポーランドを中心に円滑に運営されるだろう。一方で、トランプ政権下のアメリカとは意見の対立が増加し、EUは難しい舵取りを迫られることが予測される。
各国内の「不満」は極右・極左政党の勢力伸長を生む
EU新体制の顔ぶれを見ても、ウクライナ戦争への支持・結束は固く、EU内部ではウクライナ戦争は「自分たちの安全保障の問題」であるとの強いコンセンサスがある。一方で、欧州エリートたちと加盟国の一般投票者との心理的距離は遠い。2024年6月の欧州議会選挙においてフランス・ドイツで極右・極左政党が躍進したことは記憶に新しく、特にフランスでは左派連合が勝利したものの、その中にはNATO解体派もおり、政権の安定的な運営は今後も困難を極めるだろう。2027年フランス
大統領選挙では再び極右の台頭が予測される。欧州の一部の極右政党はトランプ政権と関係が近く、これが彼らの人気を益々後押しするだろう。極右政党にとってはウクライナ戦争よりも移民対策や経済対策が急務の課題と考えられており、欧州エリートへの強い反発が表明されると考えられる。
他方、極左政党にとってはウクライナ戦争とガザでの人道危機のダブルスタンダードが問題となる。いずれにせよウクライナ支援は両急進派にとって「人気のない」政策であり、EUエリートが一致団結すればするほど、支持を集める急進派と意見の
乖離が進み、加盟国での政権交代も考えうる。年明けにはドイツで連邦議会選挙が行われることが決定しており、AfDやBSWといった急進派政党がどれだけ議席数を獲得するかによっては、新政府は不安定な政権運営を強いられる可能性がある。また、ハンガリーをはじめとして急進派政党が政権与党となっている国では、EUの連帯を乱すような言説も益々増加するだろう。
極右・極左政党の台頭は対中関係にも大きな影響を与える
極右政党にとっては長引くインフレ・高まる失業率の中で経済政策が重要課題であり、そのためには中国市場への展開が重視される。ハンガリーが欧州連合理事会の議長国になってすぐにオルバン首相が習近平国家主席と会談を設けたことは、彼らが中国市場を重視していることを端的に示している。ドイツ極右政党のAfDの重要政治家の秘書官が中国のスパイであったことも明らかになっており、ポピュリスト政党と中国との結びつきには注意が必要である。一方極左政党にとって、インド太平洋はガザの人道危機と比べるとそれほど注目が集まらない問題である。また、NATOに対する伝統的懐疑派もおり、安全保障課題について「抑止」の重要性があまり重視されないきらいがある。
トランプ政権はNATOに対して強硬な態度に出ることが予測される。アメリカがNATOから完全に脱退する可能性は低いにしても、共同ミッションへの不参加など消極的な態度を繰り返すことで、実質的にNATOの機能を低下させる可能性があり、こうして機能不全に陥ったNATOは益々左右両側から圧力を受けることとなるだろう。
提言
- 北大西洋の問題とインド太平洋の問題の連関性については欧州自ら発信するようになったが、日本は欧州に対して発信を続けていく必要がある。北朝鮮の兵士がウクライナ戦線に送られたことによって、北朝鮮についても欧州の危機意識は高まっており、核ミサイル開発や拉致問題など同国が有するその他の問題についても日本の視点から国際的な発信を強める機会とすべきである。
- 欧州の専門家や実務家の間では、欧州の安全とインド太平洋の安全が一体となってきていることは認識されている。一方で、民間レベルでは欧州の問題とインド太平洋の課題が連携していることについて全面的な理解は得られていない。このことは特定国の対欧浸透工作を惹起しかねないため、草の根レベルの認識を改めるための努力が必要である。
- アメリカのNATO関与が減少する中で、欧州は今まで以上にウクライナ戦争を支える必要があり、インド太平洋への具体的な関与は一定程度低下することが予測される。AUKUSによるイギリスのインド太平洋への関与、日英伊の戦闘機共同開発など、欧州の国にインド太平洋の安全保障に関与させる仕掛けが重要であり、今後も引き続き各国との協力連携が必要である。そのためには、防衛産業間の協力や連携が急務であり、日本の防衛産業が共同生産や共同開発をするための体制・環境作りに取り組む必要がある。
- 日本側がNATOに対してどのように関与できるのかについても改めて議論が必要である。NATO首脳会議への日本の参加が慣例となった今、その先の具体的な協力についても議論を深めていかなければならない。インド太平洋地域での合同演習のみならず、NATO演習へもより具体的な参加を果たし、部隊レベルでも相互理解を図ることが肝要である。また、欧州がウクライナ戦線に今まで以上の支援をする中で、日本としてもこれまで以上の規模でウクライナ支援を続けることで、一層の協力関係を醸成することができるだろう。
(脱稿日2024年11月29日)