膠着する南北関係と核・ミサイル開発に邁進する北朝鮮
北朝鮮は南北を敵対的二国家関係と規定し、韓国を相手としない立場を表明した。さらにウクライナ戦争を機に露朝の同盟関係を復活し、自動介入条項(注:ロシアは公式には認めていない)ともとれる規定を含む「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結した。その後、北朝鮮はロシアにミサイル、武器弾薬を供与し、ウクライナの前線に派兵も行った。露朝連携には距離を置く中国に対しては、台湾問題に関する中国の立場に支持を表明した。このように大国間の競争関係を利用し、国連安保理の制裁・監視体制を緩める外交を展開している。
北朝鮮は2021年の「国防科学発展及び武器体系開発5ヶ年計画」に基づき、核兵器の多様化、極超音速兵器の開発、軍事偵察衛星の運用、無人機による偵察手段の開発などを進めている。その背景には2019年2月のハノイ米朝首脳会談の決裂という教訓がある。北朝鮮としては米朝交渉を纏めるには核能力が依然不十分であった。その後、核抑止力強化に邁進し、対米抑止力と第二撃能力の確保を目指している。トランプ政権下で再び米朝対話が行われても、新たな現実の下、容易に非核化に応じることは考えにくい。北朝鮮の軍拡路線は国民経済を大きな犠牲にしたものである。しかし、体制の維持を優先する金正恩総書記にとり、他の選択はない。ロシアという後ろ盾を得ても、軍拡路線は修正されない。
トランプ政権下での米朝対話の可能性と日本の対応
トランプ政権発足は現状を変える転機となりうる。北朝鮮は、バイデン政権期を通じて事実上維持された「戦略的忍耐」の転換を望んでいる。露中への過度な傾斜は北朝鮮にとり、大国の陣営に組み込まれる危険性を孕む。ウクライナ戦争が終結していない状態でも、露朝関係と米朝対話を同時に進めることも躊躇わないであろう。米朝対話に転換した場合の北朝鮮は、核能力の強化を背景に「核保有の認定+非核化ではなく軍備管理+米朝国交正常化(在韓米軍の撤退・削減を含む)」の全てを求めてくるであろう。非核化へのハードルは高くなったと言わざるを得ない。米韓の有識者の間では、もはや北朝鮮の非核化を真剣に論ずる空気はなく、軍備管理や核抑止と真正面から向き合わなければならないと考える向きが増している。一方、北朝鮮の戦術核は在日・在韓米軍、グアムも標的に収めており、トランプ政権といえども、米本土攻撃能力(ICBM)の凍結のみで十分とは言えない。北朝鮮が端から包括的な非核化ロードマップを受け入れる可能性は低く、相互主義による段階的な脅威削減によるリスク管理にとどまらざるを得ないかもしれない。北朝鮮の核・ミサイルの扱いは日韓両国の安全保障に直結する。日韓両国は、自らに不利なディールが米朝間で行われないよう、プロセスに主体的に関与しなければならない。2024年当初に北朝鮮側から相次いで日朝関係に言及があった経緯からすれば、日本を潜在的な対話の相手と見ている可能性はある。米韓両国とも日本が北朝鮮と直接対話を行うことを忌避することはないだろう。拉致問題という最重要懸案を抱える日本は、米朝対話にかかわらず、日朝対話に臨むタイミングを見逃してはならない。
尹錫悦政権の価値を重んじるグローバルな対外政策と改善した日韓関係の行方
韓国はグローバルな価値観を重視する尹錫悦大統領の下、インド太平洋も視野に入れた日米韓協力の推進に舵を切った。ポーランド等欧州との軍事協力にも乗り出し、NATO諸国との連携を進めている。米韓同盟にとどまらず国連軍司令部を通じた安全保障体制の強化も志向するようになった。また、ウクライナ戦争によって生じた拡大抑止への国内の懸念に対応するため、2023年4月の米韓ワシントン宣言で「核協議グループ」(NCG)を新設し、新たな核抑止・核作戦指針の署名を経て、韓国の望んでいた「核共有」に代わる米国の関与(戦略原潜の寄港、長距離爆撃機の覇権)を引き出し、対北朝鮮抑止力の強化を図った。
日韓関係については、慰安婦などの諸懸案は留保して、日本を安全保障やグローバル課題における協力を進めるべきパートナーと位置付け、政治的リスクをとって大きく関係を改善させた。実際、北朝鮮の脅威や北東アジアの安全保障環境が厳しさを増す中、日米韓協力、日韓関係の強化は不可欠である。他方、国内対立の深まる尹錫悦大統領は低支持率に喘いでおり、国交正常化60周年を控える中、国内には日本側から何らかの前向きな対応を期待する向きも強い。2025年は、日韓関係を持続可能なものとできるかの節目となる。韓国では対日政策は国内政治の争点となりやすい。尹大統領自ら政策転換することはないだろうが、「内政問題の外交化」については常に懸念がつきまとう。
そうした中、本稿脱稿直前の12月2日、尹錫悦大統領はいきなり非常戒厳を宣言し、数時間のうちに議会の否決に遭って解除を余儀なくされる事態が生じた。今後の展開は予断できないが、2025年の韓国政局は混乱し、対外政策が停滞することは疑いない。弾劾等で尹大統領失脚が確定すれば、大統領選挙で進歩系政権が誕生する可能性もある。日韓、日米韓関係への影響は避けられないだろう。
提言
- 日米韓協力は北朝鮮への最大のレバレッジである。トランプ政権にとっても利益になることを確信させ、キャンプ・デービッド共同宣言の具体化・実装を推進する必要がある。
- トランプ政権にとり、ウクライナや中東、中国と比べ北朝鮮は最優先事項ではない。米朝対話が始まるまで、まだ時間はある。同盟国との調整を経ないまま米朝対話でディールがされないよう、自国への核・ミサイル脅威の除去に優先付けをしたロードマップを構想しておくことが急務である。日朝対話と核・ミサイル協議の相関関係も描いておく必要がある。
- 日韓国交正常化60周年は、尹政権下で改善した日韓関係を持続可能なものとできるかの試金石となる。安全保障面での協力を制度化する取り組みが重要となる。まずは邦人避難(NEO)や災害救難等を対象に日韓ACSAの交渉に着手してはどうか。
- 尹錫悦大統領の戒厳令宣言とその失敗により、韓国内政は流動化する。進歩系政権の誕生も念頭に、韓国国民感情を踏まえた関係構築を志向し、諸懸案を慎重に管理する必要がある。
(脱稿日2024年12月6日)