国問研戦略コメント

戦略アウトルック2025
第4章 不確実性の高まる米中関係と台湾海峡情勢

飯嶋佑美(日本国際問題研究所研究員)
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米中競争のエスカレートと外交バランスの変化

トランプ次期大統領は、トリプルレッドの実現を背景に、自らに権力を集中させ、自らの望む政策をスムーズに実施できる環境を整えつつある。新政権は対中強硬派が脇を固める可能性が高く、中国製品に対し60%の関税を課すなど、対中デカップリングを強力に推進する見込みだ。経済と先端技術における競争に重点を置きながら、第1期政権期よりも中国に対し厳しい姿勢で臨むことが予想される。

対して、トランプ政権の再誕生にある程度備えていた中国にとっても、新政権の布陣と展開される政策が想定以上の対中強硬度である可能性がある。中国は、関税措置に対しては報復措置をとりながらも、トランプ新政権との通商交渉にいくばくかの柔軟性(取引の余地)が残されていることを期待するだろう。

米中競争の激化が予測される一方、正面衝突を防ぐガードレールが築かれる見通しは立たない。トランプ次期大統領は、バイデン政権の後半で重視された米中政府間の対話メカニズム(軍事、経済・金融、商業問題、薬物対策、AI、気候変動など)を通じた競争の管理の試みを停止する可能性があり、米中間のコミュニケーションチャネルは激減することが予想される。

他方、複数の中国の有識者は、トランプ政権による米国第一主義の政策が及ぼす悪影響は米国の同盟国に対しての方が大きいと考えており、中国にとっては外交的好機が訪れることも想定している。今後生じる可能性のある米国の影響力の弛緩に乗じ、中国は、米国の同盟国との関係強化や、米国の関与が低下する地域での外交攻勢を一層強めるだろう。

ただし、第2期トランプ政権期においても、米中双方が大国間戦争の勃発を望んでいないという事実に変化はないだろう。しかしながら、SIPRIの報告書でも示されているように、中国は核戦力も含む軍備増強を急速に進めており、米中の軍事力の差は日を追うごとに縮小している。中国は、経済が低調に推移する中でも、高い水準での国防費増額を2025 年も継続するとみられる。

台湾をめぐる緊張と「現状」の漸次的変更の継続

2024年5月20 日に台湾において頼清徳政権が発足して以降、中国は頼総統の政権運営や台湾内部の情勢を注視しつつ、国民党勢力への働きかけを行い、台湾を取り囲む軍事演習を実施するなど、頼政権への圧力を多方面で強めている。また、台湾の地位をめぐり、国連総会2758 号決議(通称「アルバニア決議」)を根拠として、中国の主張する「一つの中国」原則が国連で認められているとのナラティブ形成に取り組んでおり、今後も台湾の国際的地位向上や国際機関加盟を阻止するための活動を強化する傾向が続くだろう。

現時点では、中国が軍事侵攻を決断するに至る合理的な条件はそろっておらず、トランプ新政権の動向を観察しながら、様子見の状態を続けると予想される。中国は、建国100周年である2049年前後までに「中華民族の偉大なる復興」を成し遂げるという目標を掲げており、台湾統一を実行可能にするための軍事的準備を着実に行っていく見込みだ。

他方、トランプ次期大統領が台湾の防衛にどの程度関心を寄せているかは不透明である。当初は戦略的曖昧性を重視するかに見えたが、選挙キャンペーン中には、中国による台湾への侵攻が行われた場合に、経済制裁を課す(対中関税を150−200%にする)と明言した一方で、米国による軍事的関与を必要とする状況にはならないとの判断を示した。このような発言は、中国側に誤ったメッセージとして認識される可能性がある。実際に展開される対台湾政策は、外交安保チームの人選により振れ幅が存在すると考えられるが、基本的には「台湾海峡の平和と安定」を目指すものであると同時に、台湾や日本を含む同盟国に一層の防衛負担を求めるものになるだろう。

台湾をめぐって米中の直接的軍事衝突が発生する蓋然性は依然として低いと考えるが、今後米中関係は3T(Trade, Technology, Taiwan)を中心に緊張が高まるとの見方も存在する。また、台湾への武器売却の継続や拡大、米国要人の台湾訪問、あるいは台湾要人をワシントンに招くなどの事態の発生を契機とし、中国が反発して「現状」をまた一歩中国に有利な方向へと変更する動きを見せるリスクを常にはらんでいる。賈慶国北京大学教授は、トランプ次期大統領が頼清徳総統をホワイトハウスに招待したり、米国国務長官が台湾を訪問したりするような事態が起きた場合、「中国は米国との関係の格下げや、国交断絶をするかもしれない。非常に危険な挑発であり、米中は全面対抗し、台湾海峡の緊張は極度に高まるだろう」(朝日新聞2024年9月30日)と指摘している。

提言

  • 日本は「台湾海峡の平和と安定」の維持を引き続き重視し、中国に軍事侵攻を決断させない地域環境の構築に役割を果たし、対話と抑止力の確保を促進すべきだ。台湾有事は世界経済やエネルギー安全保障、サプライチェーンなど広範囲に甚大な被害と影響を及ぼすものであることを国際社会にも理解させ、欧州やグローバル・サウス諸国が「台湾海峡の平和と安定」に関心を持ち、連携する状況を醸成するための外交的努力を行うべきだ。
  • 現在、中国と台湾がCPTPPへの加入の実現を目指している一方、双方の加入を妨害するような外交攻勢や中国による台湾の国際空間拡大を阻む取り組み、中国の台湾に対する情報工作や認知戦の激化が予想される。日本は、CPTPPへの中台の加入問題が中台関係やメンバー国間における矛盾や対立の拡大につながることを回避し、中台双方がCPTPPの枠組みに健全に関与できるような仕組みや手続きの検討・構築においてリーダーシップを発揮すべきである。

(脱稿日2024年11月29日)