米国第一主義の推進
2024年の大統領選挙でトランプ大統領が当選し、上下両院も共和党が多数派となった。連邦最高裁判所も保守派の判事が多数派を占める中、トランプ大統領の米国第一主義を大胆に進める環境が整った。国内では「ディープ・ステイト」の駆逐と不法移民の排斥を進める一方、対外的には関税政策を通じた産業政策と温暖化対策の軽視が顕著となる。
トランプ政権は中国製品に60%の関税をかけ、米中経済のデカップリングを進めるとともに、法人税の引き下げや規制緩和によって中国から製造業を米国内に呼び戻すことに尽力する。また、半導体やAI、量子コンピュータなど軍事転用可能なハイテク分野での競争にも力を入れる。同盟国や友好国からの輸入品に対しても10−20%の関税を引き上げるとしているが、こちらは貿易赤字削減や市場開放を目指すものであり、交渉の余地がある。フレンドリーショアを促進し、同盟国などからの国内投資も歓迎するが、日本製鉄のUSスチール買収にみられるような国内企業の買収は歓迎しない。
トランプ政権のパリ協定からの再離脱によって温暖化対策が後退し、再生可能エネルギーに関わる投資環境の不透明感が増す。EV については、テスラなど国内企業には一定の保護を与えつつ、中国企業を念頭にメキシコ経由の輸入については高関税をかける。他方で化石燃料の生産拡大を促進し、国内需要を満たすだけでなく石油や天然ガスの輸出をさらに拡大する。
国連やG7、WTO、ASEAN など多国間枠組みへの関与を後退させ、市場開放につながらないIPEF(インド太平洋経済枠組み)からの離脱も検討する。ルールに基づく国際秩序の維持に関心を示さず、ディールを通じて米国の国益を促進することを重視する。
欧州・中東政策の変質
トランプ政権は軍事支援継続の条件として、ウクライナに停戦協議の受け入れとNATO 加盟の棚上げを求め、占領された領土に関しては外交交渉で取り戻すことを促す。停戦が成立すれば、トランプ政権は経済制裁の緩和などを通じてロシアとの関係の改善を目指す。
トランプ政権はNATOからの離脱は行わないが、防衛費基準を満たさないNATO加盟国への防衛義務を留保する。また、核戦力と欧州配備の海空戦力は現状を維持するものの、海兵隊も含めた陸上戦力は大幅に縮小することを目指す。ウクライナ支援については欧州にさらなる負担の分担を求める。
中東では、トランプ政権はイランへの最大限の圧力を復活させる。経済制裁に加えて、軍事的な圧力も強め、イランの核開発をけん制するとともに、ハマスやヒズボラ、フーシ派など代理勢力への支援を停止させることに尽力する。イスラエルへの軍事支援を強化する一方、ガザおよびレバノンでの停戦に向けてイスラエルに圧力をかける。ただし、イランがイスラエルへの攻撃を続ける場合は、石油施設や核関連施設への攻撃を行う可能性もある。
中東和平については、トランプ政権はイスラエルとパレスチナの経済協力を重視し、パレスチナにも配慮する形で両者の協議を仲介する。二国家解決は否定しない。また、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化を側面支援し、「アブラハム同盟」の構築を目指す。
対中競争の激化
トランプ政権は中国を最大の脅威とみなし、経済のデカップリングに加えて、軍事的・政治的圧力を一層強化し、共産党指導体制の弱体化を目指す。戦力を欧州および中東からアジアに集中させ、通常戦力面での劣勢をカバーする一方、戦略・非戦略核戦力の強化を行い抑止の再構築を図る。Quad、AUKUS、日米韓、日米豪比など格子型のミニラテラルを強化し、欧州諸国とも連携して中国の現状変更をけん制する。
台湾に関しては、第一列島線防衛の一環として重視するが、防衛費の増額と自主防衛力の強化を求める。また、台湾から半導体工場のさらなる米国への移転と中国への先端半導体の輸出停止を求める。
トランプ政権は北朝鮮を核保有国として認めた上で軍備管理を模索し、主に米国向けのICBMの数量規制を重視する。また、北朝鮮との関係改善によって、中国の孤立化を図る。
日本との関係
トランプ政権は日本の防衛費増額や反撃能力の導入を評価し、指揮統制面や統合運用、防衛産業間の協力など、岸田・バイデンによって示された路線を継承する。トランプ政権による核戦力の近代化と拡大は、日米間の拡大抑止協議のさらなる深化につながる。一方、経済面では、農産物の輸出拡大や自動車の輸出規制を目指して貿易交渉を持ちかけてくる可能性が高い。関税の引き上げは日米間の貿易を一時的に停滞させるが、日本から米国への直接投資はさらに拡大する。
提言
- 日本からアラスカの石油・ガス産業に投資を促し、アラスカからのパイプライン構築も視野に米国からエネルギー輸入をさらに拡大してエネルギー安全保障面での協力を行う。
- 日本から米国の防衛産業、特に潜水艦建造に関わる造船業界への投資をさらに促し、米軍の即応体制の維持に貢献する。
- 日米防衛産業間の連携を強化し、特に弾薬の製造面での協力を深める。
- 防衛装備移転原則をさらに緩和し、防空ミサイルについては侵略を受けている側に直接供与できる体制を整える。
- 在日米軍に戦略軍の機能を一部移転させ、日米拡大抑止態勢を強化する。
- 南西諸島防衛に関して、日米の常設統合部隊を作り、抑止力の強化につなげる。
(脱稿日2024年11月10日)