チャレンジ・シェアリング元年
2025年は終戦から80周年だが、第2次世界大戦後の国際関係のあり方が根本的に変わる年になるかもしれない。国際関係を安定させる上で米国の力と意思に最早全ては頼れず、これまで米国が負ってきた責任を自由な世界秩序を守る意思と能力のある米国の同盟国と同志国が分け合って負うことが必要になる時代、米国が紛争を解決し、同盟国・同志国がその「コスト」を分担する「バーデン・シェアリング」の時代から、紛争の解決という「挑戦」そのものを分担する「チャレンジ・シェアリング」の時代への本格的移行だ。
米国は、いまだに「力」では世界唯一の超大国だが、それを国際紛争解決のために使う「意思」が急速に弱まりつつある。2023年9月のシカゴグローバル問題評議会の調査では、国際情勢への積極関与が米国の将来に良いと考える米国人は47%に過ぎない。より深刻なのは、関与消極派の割合が、年齢が下がるほど増えていることだ。少し古いが、2018年11月のピューリサーチの調査では、軍事力で世界のトップに立つことが外交政策の最優先課題と考える米国人は65 歳以上では64%で反対の20%を大きく上回るが、年齢が下がるにつれその比率は低下し、18歳から29歳では30%対34%と逆転する。この傾向は今後も長く続く。トランプが今の米国を作ったのではなく、今の米国がトランプを作ったのだ。
「安定の弧」の連携の必要性
これは、米国の同盟国である日本にとり何を意味するのか。自由な世界秩序を守る意思と能力を持つ国は多くない。それは、北米諸国、欧州、そして、日本、韓国、豪州等のアジアの民主主義国の3極からなる「安定の弧」だ。これらの国々が相互連携し、米国の意思を鼓舞しつつ、ウクライナ戦争のような国際紛争解決に汗をかく必要があるということだ。そうでなければ紛争は継続し人命が失われていく。
そのためには、まず、3極が相互協力を強めることが必要だ。北米・欧州の間にNATO、アジアの民主主義国と北米との間に二国間同盟がある中、一番弱いリンクである欧州とアジアの民主主義国との協力をさらに強化することが安定の弧全体の力を最大化するための鍵だ。
多数派形成の必要性≒グローバル・サウス諸国への関与の組織的強化
さらに、国際紛争解決関与のコストは高い。当事者全てが歓迎する解決など無い。紛争解決は全ての当事国が譲歩し何らかの不満を持つ形で実現するのが常で、解決者は恨みを買う。米国はこれまでこの「恨み」を一身に背負ってきた。米国は恨みに対し強靭だが、他の同盟国や同志国は、そもそも「チャレンジ」分担に慣れておらず、恨みに対しても脆弱だ。従って解決策に対する国際社会の支持は多ければ多いほど良い。だから「グローバル・サウス諸国」の支持を得ることが重要なのだ。
グローバル・サウス諸国は、米欧・中露のどちらかの陣営に与するのではなく、それぞれの戦略的環境の下で国益に照らし最良の立ち位置を取るべく、注意深い外交を展開しており、一言でくくれるような集団は無い。それらの諸国の支持を得て多数派を形成するには、まず、各国の事情と立ち位置を良く理解し、優先的に関与する国を選択し、その国への期待と、期待実現のためのテーラーメードな協力の内容について、安定の弧諸国の間で認識を統一し、対応を調整・分担することが必要だ。
G7の活用と改革
そのような調整の場としてG7以上のものはない。本来G7はこのような戦略的議論をする場のはずだ。さらにG7自体がグローバル・サウス諸国に関与する場として機能するための制度設計も必要だろう。
同志国の集まりで効率的で世界のステアリング・グループとして新たな問題に対して創造力と突破力をもって対応できるのがG7の存在意義が再認識された理由だ。従って参加国自体の増加には慎重であるべきだ。ある国を入れれば他国との線引きが難しく、容易にG20のようになり効率性と突破力が失われる。一方常任アウトリーチ国(POP;Permanent Outreach Partners)の創設はありうるだろう。
G7は現在でも首脳会議にはアウトリーチ国を招いているが、選択は時々の議長国次第だ。ただ、インドとブラジルは広島・プーリア双方に招待されており一定の相場観が生まれている。例えば、将来性と地域バランス等を考え、インド、ブラジル、インドネシアとASEAN議長国、南アフリカとAU議長国、トルコ、サウジアラビア、韓国、豪州をPOPにするのはどうか。
チャレンジ・シェアリング元年の今年は、このような、新しい具体的行動が必要だろう。
国家戦略元年
2025年は、日本のGDPがインドに抜かれ、2002年には日本の18%弱だったASEAN全体のGDPにも抜かれる年、要するにGDPの規模が最早国力の源泉として使えないことが明確になる年だ。チャレンジ・シェアリングの時代に、日本が一定の影響力を維持し友人を増やしていくためには、GDPに代わる新たな国力の源泉を早急に見出し、益々限られる資源をその新たな国力の源泉強化のために集中投下するという優先順位付けが必要だが、これは、国家安全保障戦略より幅広い、人的資源の活用、教育制度、外国人材との関わり方などを含む、総合的戦略、すなわち、国家戦略の構築と同義だ。
日本国際問題研究所は2024年9月に3年かけて国家戦略を検討する産官学プラットフォームの立ち上げを発表した。2025 年は戦後80 年の日本の国のあり方を再検討し、80年後の22世紀にも日本の影響力と発言力を維持するために必要な「国家戦略」を議論する元年でもある。2026年の『戦略アウトルック』で、検討の進展をご報告できるのを楽しみにしている。
(脱稿日2024年11月29日)