「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
アメリカ大統領選挙の投票日がいよいよ迫っている。大終盤で大接戦の中、アメリカ国内に見られる変化に留意し、今後のアメリカ政治の行方やアメリカ政治が国際社会に投げかける意味について考察したい。
大接戦の大統領選挙、接戦州でわずかにトランプ氏優勢
アメリカ大統領選挙がいよいよ迫っているが、国内政治の分断は最近のアメリカ政治の潮流であり、政党による支持が明確に分かれる傾向が続いていることに変化は無い。民主党の「ハリス・ウォルズ」チームと共和党の「トランプ・ヴァンス」チームの支持率も拮抗が続き、全米支持率では10月25日付でハリス氏48%、トランプ氏47%とわすかにハリス氏が優位、10月26日付で両氏が49%で並び、10月27日付でハリス氏50%、トランプ氏49%とハリス氏がわずかに優位、10月28日付でハリス氏47%、トランプ氏48%とトランプ氏がわずかに優位i、と行ったり来たりの状態が続いている。
しかし、大統領選挙では州別の選挙人獲得数の過半数の270人を獲得できるかどうかを競い最終的な勝敗が決まるため、全米支持率よりも民主党支持と共和党支持が競り合う接戦州の支持率の傾向を見ることが肝要だ。とりわけ、接戦7州の選挙人の合計93人(ウィスコンシン州10人、ミシガン州15人、ペンシルベニア州19人、ノースカロライナ州16人、ジョージア州16人、ネバダ州6人、アリゾナ州11人)を民主党の「ハリス・ウォルズ」チームと共和党の「トランプ・ヴァンス」チームのどちらが多く制するのかがポイントとなる。
それでは、接戦州の支持率の状況はどうかと言うと、最新の傾向はトランプ氏が優勢である(ウィスコンシン州:10月8日~10月23日の平均値「ハリス氏47.8%」「トランプ氏48.1%」ii、ミシガン州:10月2日~10月27日の平均値「ハリス氏47.8%」「トランプ氏47.9%」iii、ペンシルベニア州:10月2日~10月27日の平均値「ハリス氏47.6%」「トランプ氏48.1%」iv、ノースカロライナ州:10月9日~10月22日の平均値「ハリス氏47.8%」「トランプ氏48.6%」v、ジョージア州:10月5日~10月26日の平均値「ハリス氏46.9%」「トランプ氏49.2%」vi、ネバダ州:9月23日~10月21日の平均値「ハリス氏47.1%」「トランプ氏47.8%」vii、アリゾナ州:9月28日~10月26日の平均値「ハリス氏47.7%」「トランプ氏49.2%」viii)。ただ、数字で見て明らかなように、これら接戦7州におけるトランプ氏優位の支持率も僅差であり、接戦7州の支持率をもっても確定的なことは言えない。つまり、今年の大統領選挙が近年の傾向にたがわず、もしかするとそれ以上に、大接戦となることが間違い無いだろう。
伝統的な民主党支持者に民主党離れか
これほどの大接戦となる理由は、国内政治の分断に尽きる。圧倒的多数の党派別支持者(民主党員もしくは共和党員と自認する人々)が自らの政党を好意的に見ており、自党に好意的な割合は9割程度、相手側の政党へは1割程度、また、共和党員の約6割、民主党員の約5割が相手党に対して極めて否定的な見方を示し、この相手党への否定的な見方は10年前の約4割からそれぞれ伸長するなど、政党による支持が明確に分かれる傾向が定着しているix。こうした傾向がそのまま今年の大統領選挙でも続いており、民主党の「ハリス・ウォルズ」チームと共和党の「トランプ・ヴァンス」チームの両方ともが有権者が重視する国内アジェンダを優先せざるを得なくなっている。両党は分断を超えて支持を得るよりも、むしろ自党の支持者に対するアピールによって政策を遂行することが現実的で、経済、移民、人工妊娠中絶などの有権者が重視する国内アジェンダに政治的資源をつぎ込まざるを得ない。
そして、投票日まであとわずかである最新の支持率調査でトランプ氏優勢となっている理由として考えられるのは、これらの内政アジェンダで、伝統的な民主党支持者の「ハリス・ウォルズ」チームに対する支持に陰りが見えてきているのではないかということだ。有権者が最も重視するイシューは経済であるが、経済不振、特に物価高に対する有権者の不満は高く、現政権のインフレ対策を始めとする経済政策に対する失望がそのまま同じ民主党の「ハリス・ウォルズ」チームの経済政策への期待値を下げている。
同様に、有権者が重視する移民政策でも強硬な移民政策を推進するトランプ氏に対して、ハリス氏は有権者に訴求する効果的な移民政策を提示できていない。例えば、民主党と共和党が超党派で合意した上院の移民対策法案をトランプ氏が共和党のジョンソン下院議長に働きかけて廃案にしたとのトランプ氏批判にとどまってしまっている。移民政策はアメリカの分断を表す象徴的な分野であり続けるが、喫緊の課題はメキシコとの国境近くで頻発する中南米からの不法移民への対策にある。このため、移民政策は大統領選挙では両党によるラテン系アメリカ人の票の取り合いの様相も見せているが、従来からのエスニック・マイノリティーは民主党支持であるという見方に、ラテン系アメリカ人が当てはまらなくなってきているのではないかという指摘が挙がっている。ラテン系アメリカ人の間では、合法的に入国した移民であるラテン系アメリカ人と不法移民との間の公平性に疑念を持ち、不法移民を容易に合法化に導く民主党の移民政策には与しないという意見が増えているという。また、カトリック教徒が多く、民主党の人工妊娠中絶の権利擁護政策に違和感を覚える人が少なくないこともラテン系アメリカ人の民主党離れの一因とも指摘される。
さらに、アメリカは人口の増加が続くという先進国ではまれな人口動態を持ち、投票率も高い若年層の政治行動に注目が集まるがx、従来、民主党支持とみなされてきた若年層の動向を注意深く見ると、1996年以降に生まれたいわゆるZ世代では、Z世代男性のトランプ氏支持、Z世代女性のハリス氏支持と男女で支持政党が分かれている傾向が見られるxi。この傾向は伝統的に民主党支持が多いとみなされる黒人でも同様で、近年、黒人男性の民主党支持が急速に低下しており、黒人男性はトランプ氏支持、黒人女性はハリス氏支持の傾向にあると指摘されているxii。こうしたZ世代や黒人の間の男女による政党支持のギャップもアメリカの分断に拍車をかけている。
勝敗の行方と民主主義の行方
投票直前の1か月間に選挙戦に大きな影響を与える出来事という意味のオクトーバー・サプライズという言葉がある。今年の大統領選挙では10月に限らず、既に選挙戦さなかの2024年7月にトランプ氏暗殺未遂事件や、バイデン氏が大統領選から突如撤退し、予備選を経ていないハリス副大統領が民主党の候補となるなどサプライズに匹敵する大きな出来事が起こった。もしハリス氏が勝利すれば、アメリカ史上初の女性大統領というインパクトもある。しかし、いずれも選挙戦を決するほどの影響力は無かったと言えよう。このほかにも、ウクライナ戦争の長期化や中東の不安定化といった国際情勢も大統領選挙の結果を決定づける要素となっていない。それはすなわち別の言い方をすれば、今年の大統領選挙ではどんな小さな出来事でも最終盤の形勢に影響を与えかねないということでもあろう。それゆえ、勝敗の行方を最後の最後まで見守る必要がある。
そして、大統領選挙における選挙人獲得という複雑な制度をはじめ、大統領選挙の制度自体が激しい分断の中にあるアメリカ人の総意を反映しているのかという問題提起や、2021年の議会襲撃事件で民主主義のリーダーを自認するアメリカで平和的な権力の移行に疑問符がついたこと、2024年の大統領選挙でも同様のことが起こるのではないかという不安もアメリカ政治そのものに課題を投げかけている。今年のアメリカ大統領選挙は、今後のアメリカの内政と外交の行方をうらなうのみならず、民主主義という制度に対する信頼の問題をもはらんでいる。その結果をアメリカ中のみならず、国際社会が固唾をのんで見守っている。
viiihttps://www.realclearpolling.com/polls/president/general/2024/arizona/trump-vs-harris
(RealClear Pollingの支持率調査への最終アクセス日はいずれも2024年10月29日)