「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
2023年10月7日、ハマスによるイスラエル攻撃を皮切りに、ガザを巡るハマスとイスラエルとの戦闘が激化した。この間、イランが支援するレバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派がロケット弾、弾道ミサイル、ドローンなどでイスラエルへの攻撃を繰り返していた。このような状況下、イスラエルは、2024年4月1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館(注)を攻撃、イスラム革命防衛隊の幹部ザヘディ准将他を殺害した。これを受け、4月13日(当地時間)、同殺害への報復として、イランは、弾道ミサイル、巡航ミサイル、ドローンでイスラエルを攻撃した。歴史上、はじめてイランがイスラエルの本土を直接攻撃、中東をめぐる地政学は新たな構図に移った。
イスラエルによる報復が懸念される中、4月18日(当地時間)、イスラエルはイランのイスファハン州の軍事施設を攻撃したと報道されるが、同日、イランのアブドラヒアン外相は、攻撃の背後にイスラエルがいるとの認識は示さなかった。アメリカをはじめ関係国による外交努力もあり、事態は一旦鎮静化に向かっている。
アメリカの対応
4月13日のイランのイスラエル攻撃後、バイデン米大統領はネタニヤフ首相に対して、自制を求め「イスラエルが報復攻撃すれば、米国は協力しない」方針を伝えた。また、米政権の高官は、「バイデン大統領はイランとの戦争を望んでいないことをはっきりと表明してきており、アメリカはこの地域の緊張をさらに高めることも望んでいない」と強調した。
一方、トランプ前大統領は、東部ペンシルベニア州で演説し、イランがイスラエルに対する報復攻撃を行ったことについて「アメリカが大きな弱さを見せたからだ」と述べ、バイデン政権の姿勢がイランによる攻撃を招いたと批判した。バイデン政権は、今後トランプ前大統領の発言も睨みながらの厳しい選択を迫られることになる。
また、4月15日、米国務省のミラー報道官は記者会見で、イランの攻撃で「紛争がエスカレートするリスクが劇的に高まった」と指摘。「緊張が和らぐよう努力を続ける。可能な限り平穏を維持させようとするプロセスが続いている」と話し、イスラエルに紛争を拡大させないよう働きかけていると強調した。
バイデン政権はガザ戦争、そして今回のイスラエル・イランの対立が地域紛争へと拡大し、アメリカがイランとの戦争に巻き込まれることは望んでいない。仮に戦争が拡大となれば、秋の大統領選挙に照らしても最悪の事態となるからだ。実際、CBSニュースが昨秋に行った世論調査で、「トランプ政権になった方が米国は戦争に巻き込まれず、平和になる」と回答した割合が、「バイデン政権のもとでの方が平和になる」と回答した割合を圧倒した。ウクライナ戦争も、ガザ戦争も、そしてこのイスラエル・イラン対立でも、終結に向けたイニシアティブが取れなければ、トランプ大統領から「戦争を呼び込み、拡大させる大統領」との強烈なレッテル貼りに直面することになるi。
イスラエルの対応
4月13日、イランによる攻撃を受けて、ネタニヤフ首相は戦時内閣の閣議を開いて対応を協議。イスラエルの戦時内閣に入っているガンツ前国防相は「適切な時期に、正しい方法で、イランに代償を支払わせる」と述べた。ガラント国防相も声明を発表し、「イランの脅威に対抗するため、戦略的同盟を立ち上げるときだ」として、各国と協力してイラン包囲網を構築するべきだと主張した。そのような中、イスラエルは、4月18日に、イラン国内イスファハンの軍事施設に攻撃を行ったと報道された。
しかし、これでイスラエルの報復が完全に終了したと見るのは時期尚早だろう。攻撃対象とその方法は、他国にあるイラン革命防衛隊基地のようなソフトな目標から、4月18日のようなイラン国内の軍事施設、電力やパイプラインなどのインフラ施設、重要人物の暗殺まで、幅広いオプションがありえるだろう。もっとも強硬なのは、イランの核施設に対する攻撃である。イランには、ブシェール原子力発電所のほか、秘密裏に建設したナタンズのウラン濃縮施設、アラクの重水製造施設などがある。イスラエルは、報復攻撃するとしても、核施設を無傷のままで許してしまえば、イランによる核兵器保有という悪夢に近づき、いよいよイスラエルがイランに手を出せない状態に追い込まれかねない。他方で、核施設を攻撃すれば、今回の事案で「(核を保有する)イスラエルを直接は攻撃しない」との定説を覆してイスラエルを限定的に攻撃したイランは、革命防衛隊を中心に燃え盛る強硬論に抗えずに本格的にイスラエルに再反撃する可能性も排除されない。仮にそうなれば、第5次中東戦争に発展する可能性が高まるだろう。他方、ガザ戦争の目標であったハマスを完全に殲滅しきっていない段階で、イランやヒズボラ、フーシ派との全面戦争は、イスラエルは本音では避けたいとの見方もある。中東において引続き今後のイスラエルの行動に注目が集まる所以である。
イランの対応
一方、イランは、4月13日の対イスラエル攻撃については、4月1日にシリアにあるイラン大使館iiがイスラエルの攻撃を受け、革命防衛隊の司令官らが殺害されたことへの報復だとし、イランのライシ大統領は声明で「敵のイスラエルに教訓を与えた」として成果を強調した。同時に革命防衛隊のサラミ総司令官は「作戦は限定的でイスラエルがわれわれの大使館への攻撃で使った能力と同じレベルに抑えた」と強調し、これ以上の事態の悪化は意図していないという姿勢をにじませた。4月19日、イランのアブドラヒアン外相は、米NBCのインタビューで「(イスラエルによるものと思われるイスファハンへの)攻撃は空爆ではない。ドローン(無人機)ではなく子どものおもちゃのようなものだった」と述べ、その上で「イスラエルが我が国の利益に反する新たな冒険主義をとらない限り、我々は新たに反応することはない」と強調した。同時にイスラエルがイランに対して決定的な行動をとった場合、迅速かつ最大限の対応をとり、イスラエルは後悔することになるだろうと警告した。
4月20日、イランの革命防衛隊は、イスラエルに対する攻撃に関して国民への謝意と祝意を示す声明を発表。イスラエルによる報復とされる攻撃には触れず、更なる反撃なしに全作戦を終える意思を暗に伝えたとも受け取れた。さらに、4月21日、最高指導者のハメネイ師は、革命防衛隊や国軍などの司令官の訪問を受け、イスラエルへの攻撃について、明示を避けつつ「最近の業績は、イランの栄光と偉大さを世界に示した」と軍の働きを称賛し、謝意を伝えた。ハメネイ師が一連の攻撃の応酬後、発言したのは初めてであった。
カギを握るアラブの大国、サウジアラビア
一方、アラブ諸国は今のところ、このイスラエル・イランの直接対峙に関与していない。鍵を握るのは、アラブの大国サウジアラビアの出方、及びイスラエルとイランに挟まれたヨルダンだろう。サウジアラビアは、2023年3月にイランと国交回復し、地域の安定という戦略的利益を共有している。また、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃の直前まで、イスラエルとの国交正常化にまい進していたことは記憶に新しい。このサウジアラビアは、自国の経済発展、ビジョン2030の実現が最優先課題であり、地域の不安定化はぜひとも回避したい思惑があり、今後も両国間の外交・仲介努力は惜しまないだろう。
日本の対応
4月16日、上川陽子外務大臣は、イランのホセイン・アミール・アブドラヒアン・イラン・イスラム共和国外務大臣及びとイスラエルのカッツ外務大臣とそれぞれ電話会談を行い、両者に、情勢のエスカレーションの懸念を伝え、自制を強く求めた。現時点(4月21日)で、岸田首相自身によるイスラエル首脳、イラン首脳への働きかけは行われていない。また、日本の国益が直結する湾岸諸国のサウジアラビア、UAEへの働きかけも行われていない。
こうした中、4月19日、イタリア南部カプリ島で開かれていた主要7カ国(G7)の外相会合は、共同声明を採択した。イランで起きたイスラエルによるとみられる攻撃については事態の悪化防止を呼びかけたが、直接の言及は避けた一方、G7は声明で、イランによる攻撃を「最も強い言葉で非難する」と強調。「地域の不安定化と事態のエスカレートにつながる受け入れられない一歩だ」と指摘した上で、イランの今後の行動に応じて「制裁を科す用意がある」と表明した。
日本がイランについてG7に足並みを揃え、「制裁」カードを切る用意があると表明した形になったことは、イランとの関係におけるレバレッジや他の中東諸国との関係、ひいては中東情勢への西側の対応をロシアによるウクライナ侵攻との比較で冷ややかに見ている「グローバルサウス」の国々との関係において、疑問なしとしない。日本が欧米に追随して、ダブルスタンダードの対応をしているとの疑念を生ぜしめることにならないか懸念される。
今後の見通しと留意点
4月13日のイランによる攻撃、4月18日のイスラエルによると思われる報復後も、イラン、イスラエルとも本音では直接衝突は望まず、制御された対立関係を維持したい立場だとの見方は多い。実際、双方の応酬は一旦鎮静化したようにも見える。しかし、イランとイスラエルが、直接対決はしないという暗黙のルールが塗り替わったことの意味は決して小さいものではなく、相手の「レッドライン(越えてはならない一線)」を読み取るのは、今後ますます難しくなり、偶発的なエスカレーションのリスクは高まったと思われる。
ネタニヤフ首相は、2023年10月のハマスの急襲を許す失態を犯して以降、国内からの厳しい批判と支持率の低下もあり、強い指導者像を見せることが、自身の長きにわたる政治生命を維持する唯一の手段になっている。ネタニヤフ首相が頼みとする極右勢力には、この機にイランの核能力を破壊すべきだという極端な強硬論もくすぶっている。一方、ガンツ前国防相やガラント国防省は、ガザ攻撃の手法について慎重なアプローチもしており、イスラエル国内の政治関係の帰趨が注目される。
また、仮に中東で懸念されているように、イスラエルがタイミングを見て、本格的にイランに報復を行う場合、バイデン政権は厳しい対応を求められる。バイデン米大統領は紛争に巻き込まれたくないのが本音だが、一方で、同盟国イスラエルを見殺しにするのかという圧力への対応も必要となる。2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃後明らかになったのは、イスラエルのネタニヤフ首相とバイデン大統領の間には深刻な確執があるということだ。実際、今回、アメリカはイスラエルにイランへの反撃を自制するよう求めていたが、結果的には、相当程度抑制的なものになったとはいえ、イラン本土への空爆自体は行われた。米国がイスラエルを完全にグリップすることはできず、今後の中東の安定化にとっても危険な兆候であるiii。
一方のイランも国内で経済の苦境などで国民の不満が高まっている。イランのテレビでは4月18日の攻撃後、日常と変わらないイスファハンの様子を伝える映像が流れた。平静を装いイスラエルの攻撃を矮小化する試みには、米国との対決につながりかねない再報復を回避したい意図があると思われる。しかし、イランも、4月13日にすでにイスラエルを直接攻撃するとの一線を越え、今後もイスラエルの行動には激しく対応する旨明言。これまではイランの指導者の発言は「言葉」だけで「行動」を伴わせない傾向があったが、イランも革命防衛隊幹部などの強硬派が、イスラエルへの報復の手ぬるさに不満を持っており、今後は言葉通りの行動をすることを考慮にいれたシナリオも想定しなければならないとすれば、誤解に基づくエスカレーションの火種にもなりかねない。
このように、イスラエル、イラン双方の内政事情を踏まえると、今後、誤算や暴走を基に両国の対立がエスカレートする可能性は否めない。加えて、イランが支援するレバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派といった代理勢力が暴走するリスクも見過ごせない。当事者が望まないかたちで報復の応酬が連鎖し、そこに周辺国や域外の大国(アメリカ、ロシアなど)が巻き込まれるシナリオも現実味を帯びる。今後中東情勢は引き続き緊迫していくと思われる。
以上
ii イスラエルは、大使館ではないと言っていることを注記する趣旨:報道によっては、領事施設を欠いているところもある。
iii この点、著者はこの原稿を出張中のサウジアラビアで書いているが、サウジアラビアの情報筋、ビジネス界においても、ネタニヤフ首相とバイデン大統領との関係の悪さ、それに伴うアメリカのイスラエルへのグリップの低下が驚きをもって受け止められていた。