「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
選挙結果の概要1
韓国の議会(国会)は一院制で解散がなく、その結果議員任期の4年ごとに実施される国会議員選挙(以下、総選挙)は政治の動向に大きな影響を及ぼす。2024年4月には通算22回目(第22代:現行憲法下では10回目)となる総選挙が行われ、全300議席(地域区253議席・比例代表47議席)が争われた。
4月10日投開票で実施された今回の選挙は、過去最高となる投票率67%(期日前投票31.28%)を記録した。投票率は2008年4月の第18代総選挙で最低の46.1%をマークして以来上昇を続けており、日本の直近のケースが衆院総選挙(2021年10月)55.93%、参院通常選挙(2022年7月)52.05%であったことに比しても、政治に対する社会的関心の高まりがうかがわれる。
確定した選挙結果は、保守系与党「国民の力」(および比例議席獲得増を目的に設立した衛星政党「国民の未来」)が地域区90・比例18の計108議席を獲得したのに対し、最大野党の革新系「共に民主党」(および少数野党「正義党」との比例代表用連合政党「共に民主連合」)が地域区161・比例代表14の計175議席を獲得した。改選前(「国民の力」114議席(地域区91・比例代表23))/「共に民主党」156議席(同139・17))に比して、野党第一党が単独過半数を占める状況がさらに深化したこととなる。与党は2023年10月の補欠選挙での敗北後、尹錫悦大統領と関係が深く、舌鋒の鋭さで知名度を上げた韓東勲前法相を非常対策委員長(事実上の党代表)に据えて臨んだが、党勢縮小の流れを阻止することはできなかった。
また、「国民の力」の李俊錫・前代表が同党を離脱して立ち上げた新党「改革新党」は改選前4議席(地域区3・比例代表1)から3議席(地域区1・比例代表2)、同じく「共に民主党」から離脱した李洛淵・元総理の新党「新しい未来」は5議席(地域区のみ)から1議席(同)といずれも勢力を伸ばせず、与野党の非主流派の合流・合党を図った両者の試みがわずか10日あまりで霧散した影響を免れることはできなかった。さらに、これまで既成政党に対する不満のオルタナティヴとしても一定の存在感を示してきた中道左派「緑色正義党」も改選前6議席(地域区1・比例代表5)を守れず議席ゼロに終わり、急進的左派の流れをくむ「進歩党」がかろうじて改選前1議席(地域区)を守るにとどまっている。
これらにかわって受け皿を提供したのが、文在寅政権期に民情首席秘書官を務め、任命直後に各種不正疑惑を受けて辞任に追い込まれた経歴を持つ曺国・元法相が新たに立ち上げた「祖国革新党」であった。かつて自身への疑惑の追及を主導した尹錫悦大統領(当時検察総長)を強権的な「検察政権」と強く批判して人気を博し、また文在寅前大統領との親密な関係から野党系列の非主流派にも訴求した同党は、前回より導入された非連動型比例代表制の対象議席(比例代表47議席のうち17議席を地域区の得票数から分離し、政党得票率のみに応じて配分)にターゲットを絞る戦術も奏功して12議席を獲得した。結果として、与党が喪失した議席を野党が獲得した側面以上に、2大政党に飽き足らない一種の浮動票を「祖国革新党」が吸収し、第三極として浮上する構図が浮き彫りになったのである2。
なお、韓国政治の特徴をなす地域主義は、地域区の政党別獲得議席分布を見るかぎり今回も顕著であり、嶺南地域(慶尚道)を保守(現与党)が、また湖南地域(全羅道)を革新(現野党)が地盤として占め、スイング・ステートたる忠清道とソウル・首都圏の動向が大勢を決するとの構造に変化は見られない。ただし有権者のイシュー選好傾向は多様化しており、ある世論調査では与野両党の選挙公約中、特に期待するものとして預金保護制度の拡充、青年請約通帳(所得額に応じて金利等優遇措置が受けられる口座)の拡充、パワーハラスメント根絶、クーポン・地域通貨発行による自営業支援、携帯電話料金の引き下げ【与党】、週4日・4.5日制導入企業への支援、結婚・出産・子育て支援金の支給、勤労所得控除額の引き上げ、家計負債緩和支援【野党】が挙げられている3。各政党がイデオロギーや政治家個人に対する人気を超えた民意の吸収に注力しているさまが垣間見える4。ともあれ、大統領と国会議員の任期の違い(5年/4年)から必然的に中間選挙の性格を帯びる総選挙は、任期中盤を迎えた尹政権にとって特に厳しいものになったといえる。
選挙結果の含意
では、今回の選挙結果は政権運営にどのような影響を及ぼすのか。もとより、民主化後のケースとして単独政党(比例代表議席獲得用の衛星政党を含む)の最多議席数180を記録した前回総選挙(第21代:2020年4月)に続いて「共に民主党」が過半数を大きく上回った点で、現与党「国民の力」が引き続き大きな制約を受けることは確実である。
ただし、全体的に見れば与党は「踏みとどまった」ととらえることも可能である。その理由は大きく2つある。まず、「共に民主党」は全野党を糾合しても大統領弾劾に必要な議員数(3分の2:200名)を充足できない5。過去2件の弾劾決議は2004年(盧武鉉政権期)・2016年(朴槿惠政権期)とも与党分裂・造反の結果成立したものであり、野党にとっては「地滑り的」大勝であったにもかかわらず、単独での採決という最後の一線を越えることができなかったことになる6。
また、2012年の国会法改正(通称「国会先進化法」)を利用して自らに有利な法案審議の迅速化を図る上でも「共に民主党」の改選議席175はネックになりうる。これは法案が可決されるまでのプロセス(発議→部門別常任委員会での審議→法制司法委員会での最終審議→本会議で可決)で起こりうる議事進行妨害(暴力行為)を排し、あわせて国会議長の職権による本会議上程・強行採決を封じるべく設けられた制度で、「迅速処理対象案件(ファスト・トラック)」に指定された法案について審議期限を設け、最長でも指定から330日後に本会議での採決に付すことを定めている。そして「迅速処理対象案件」の指定に必要となる議員数が5分の3(180)であることから、「共に民主党」はこれについても制約を課されることとなるのである。さらに付言すれば、大統領は国会に対して米国大統領と類似の拒否権を有しており、国会で可決された法案の再議を求めることができる。そして国会が拒否権を覆してあらためて法案を成立させる条件が議員3分の2の賛成であることから、与党「国民の力」および尹大統領は、大敗のイメージの裏で、なお裁量権を保つことが可能なのである。
ただし、政権党が過半数を掌握できない「ねじれ」の状況下では、「迅速処理対象案件」化や常任委員会での採決による本会議への直接回付を用いて法案処理の強行を図る手法も、あるいは野党が3分の2を満たしていないことを利用した大統領の拒否権行使も、政党間対立の深刻化と有権者の嫌気へと容易に帰結しうる。実際、「共に民主党」が180議席を獲得した前回総選挙(2020年4月)以降、野党主導で「迅速処理対象案件」が適用されるケースが増加していた(「迅速処理対象案件」化は2016年12月から2023年10月までに計7件実現し、うち3回が前回総選挙以降)。またそれに対して「与小野大」での政権運営を余儀なくされる尹大統領が拒否権を行使して対抗する構図も顕著になっていた7。尹政権期の拒否権行使はここまでに9回と、同じく少数与党の状況にあった盧泰愚政権(7件)・盧武鉉政権(6件)を任期半ば前にしてすでに上回っており、このような戦術が民意軽視・意思疎通不足のイメージを醸成せしめた可能性は否定できない。選挙直前(4月5日時点)の世論調査では「共に民主党」「国民の力」とも支持率が拮抗していたにもかかわらず(40.5%:39.1%)、総選挙の性格を「政府(与党)に対する牽制」に求める回答が「政府への支援」を上回っていた(54.7%:40.0%)点は示唆的であろう8。そして、このような構造は今回の総選挙を経て、ほぼそのまま引き継がれることとなったのである。
結果的に、選挙後の尹政権が「民生のためならばいかなることもためらわない」との表現で「政府ができることに責任を尽くし、国会とも緊密にさらに協力する」強い意志を示し、重点課題「労働・教育・年金改革、医療改革」を進めるにせよ9、あるいは「共に民主党」が過半数政党としての立場をフル活用するにせよ、第三極たる「祖国革新党」との関係を模索せざるをえなくなる。また一方で同党・曺国代表も、次期大統領選挙(2027年予定)への出馬を目指すのならば既成政党への不満を吸収するにとどまらない独自色を打ち出していかなければならない。これは単にキャスチング・ボートを握ったという存在感を示すだけでは実現しがたいものである。総選挙では検察改革のほかに気候変動対策、地域の均衡発展、福祉の充実などを前面に出して差別化を図った同党と曺国代表が、過去3度、第三極の立場から大統領選挙に挑戦したかつての「安哲秀フィーバー」を再現し、さらに超えることができるか、早くも正念場を迎えているといえる。
一期5年・再任なしの大統領、一院制・任期4年で全改選の国会という制度的特徴から、韓国政治において政権側は任期を通じて安定的な多数与党を実現することは難しく、歴代政権もこの点に苦慮してきた。また、特に総選挙が任期序盤・中盤に実施されて少数与党となった場合、大統領に再選がないゆえに与党ではレームダック化と分裂が表面化しやすくなる。選挙結果を受け、与党陣営では韓東勲委員長のほか、韓悳洙首相ら内閣・大統領室高官も相次ぎ辞意を表明しており、指導部人事の刷新が行われる見込みだが、まさにそのような状況に直面した尹大統領の政権運営と「国民の力」の党運営、また党代表が司法リスクを抱える野党(李在明「共に民主党」代表は公判中で議員資格剝奪、曺国「祖国革新党」代表は控訴審中で収監の可能性あり)をめぐる動向が、特に今回の総選挙結果が反映される5月末以降注目される。
外交・対日関係への影響と示唆点
韓国の憲法規定上、大統領には法律案や予算案の提出権(国務会議を通じた)・人事権が認められているほか10、休戦状態の朝鮮戦争を背景として軍の統帥権、宣戦布告と講和を行う権利、また外交・国防・統一などに関連する重要政策を住民投票に付す権利、法律と同等の「命令」や大統領令を発する権利、戒厳令を宣布する権利が与えられている。特に、対外条約を締結・批准する権利を大統領が有しているため11、韓国では「外交・安全保障は大統領の領分」として認識される傾向が強い12。このこともあって今回の総選挙でも外交・南北関係は大きな争点にならず、選挙戦の過程で一時注目された「新韓日戦」(李在明「共に民主党」代表)や「従北勢力」(韓東勲「国民の力」非常対策委員長)といった発言も、相手陣営に対するレッテル貼り以上の意味を持つことはなかったと判断される13。これらの点をふまえれば、今回の選挙結果が直ちに韓国の外交スタンスに影響を及ぼすとは考えにくい。むしろ、尹政権が上記のような権限上の特性を活用して自らのレガシー形成を図ろうとする場合には、同政権の普遍的価値観と安全保障を重視するスタンス、インド太平洋地域への関与や日米韓協力に積極的な政策傾向にはむしろドライブがかかる可能性も考えられる。この点は日本にとってさしあたって安心材料となろう。
ただし、そのような韓国内の状況は半ば固定的なものであると同時に、実態としての対外関係を反映したものともいうことができる。特に北朝鮮が韓国を攻撃しうる核・ミサイル能力の向上に拍車をかけ、従来の統一政策を変更して南北関係を「敵対的な二国家関係」と規定するまでに至った現下の状況において、韓国で対北朝鮮融和論が浮上しうる余地は多くなく、また―対北朝鮮に限定するか、あるいは広く地域を視野に入れるかの別はあるにせよ―軍事・安全保障を中軸とする多国間協力に大きな反発が生じる蓋然性も低い。これを背景として展開されたのが今回の総選挙であったと見るならば、国内問題にイシューが集中しやすいという特性はあれ、外交と内政が分離したと安直に判断すべきではない。たとえば北朝鮮が揺さぶりとしていわゆる微笑み戦術に転じた場合、そして日韓関係に蹉跌が生じた場合に、与党・野党のアイデンティティ論争(「自由民主主義」×「親日残滓の清算」)も相俟って、「外交の内政化」現象が生じる可能性がある。また、現在は与党・野党の対立として可視化している保守・革新(進歩)の理念対立(左右分断)がさらに深刻化して「中間なき両極化」にまで至るような場合、次期大統領選を経てより直接的に外交政策に影響が及ぶこともありうる点も、銘心されるべきであろう14。
いずれにせよ、日本にとっては、個々のイシューを長期的視点に立って「管理(マネージ)」していく慎重さが引き続き求められる。またプノンペン共同声明(2022年11月)、キャンプ・デービッド合意(2023年8月)を経てモメンタムが形成された日米韓協力の枠組みを理念から実体へ具現化していく努力がさらに必要になる。「多様な分野で連携や協力の幅を広げ、パートナーとして力を合わせて新しい時代を切り拓いていくため、様々なレベルでの緊密な意思疎通を重ねる」べき「重要な隣国」なればこそ15、互いの内的文脈に対する省察と慎重なアプローチが、今後いっそう重要となろう。
(2024年4月22日校了)
1 選挙結果は中央選挙管理委員会ウェブサイトを参照。( http://info.nec.go.kr/ )
2 改選前後の議席数変化は上記の通りだが、選挙直後の結果(衛星政党を含む)で見れば前回総選挙(第21代:2020年4月)では「共に民主党」が180議席、「未来統合党」(「国民の党」前身)が103議席であり、今回「国民の力」は微増、「共に民主党」は議席を漸減させたことになる。
3 大韓商工会議所が12,000名を対象に実施したオンライン世論調査(3月22~29日)による。なお、この調査では公約のうち経済・民政に関するものが設問対象となっている。
4 4月5日発表の世論調査(大手リアルメーター)では投票の基準として「政党」が32.7%、「政策・公約」が23.2%、「道徳性」が18.3%、「能力・経歴」が16.2%となっている。
5 憲法の規定上、大統領の弾劾は国会議員の過半数の支持を受けた発議と、3分の2以上の賛成によって決議され、その後憲法裁判所で6名以上の裁判官が賛成した場合に実現するとされる。
6 なお、憲法改正に際しても、大統領もしくは国会議員の過半数の支持による発議、3分の2以上の国会議員の賛成、国民投票(有権者過半数の投票、投票者の過半数の賛成)が求められる。「3分の2」の重要性がうかがえよう。
7 2023年4月4日から2024年1月30日まで。なお第21代総選挙後の離党・除名・補選等の結果、尹政権発足時点(2022年5月)での議席数は「共に民主党」168議席、「国民の党」109議席となっていた。
8 註4の世論調査結果による。なお、韓国では選挙への影響を排除するため、新規世論調査の結果発表は投票日の6日前から禁止される。
9 総選挙後初開催となった国務会議での冒頭発言より(2024年4月16日)。
10 ただし2000年に導入された人事聴聞会制度により、大統領の人事案は国会の議決あるいは審査を受ける必要がある。
11 正確には自身が議長を務める国務会議での審議を経て、国務総理・国務委員の副署を得た上で批准する必要がある。なお相互援助・安全保障に関する条約、重要な国際組織に関する条約、友好通商航海条約、主権の制約に関する条約、講和条約、国家・国民に重大な財政的負担を与える条約、立法に関する条約、宣戦布告、外国派兵と外国軍隊の駐留に関しては国会の同意が必要。
12 各党が掲げた南北関係に関する公約の内容を検討するシンポジウム(2024年4月3日実施)に参加した「共に民主党」関係者の発言。
https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1135171.html
14 日本国際問題研究所が実施する韓国(朝鮮半島)関連研究会の報告書・政策提言も参照されたい。
https://www.jiia.or.jp/research/policy_recommendation_ROK2023.html
https://www.jiia.or.jp/pdf/research/R04_Korean_Peninsula/00-03.pdf
15 『外交青書 令和6年度版』2024年4月、22頁。