国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2023-07)
「地球沸騰」時代の米中気候協力の行方

2023-08-21
飯嶋佑美(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

「地球沸騰」の時代

2023年の夏、世界各地は深刻な熱波と高温に見舞われ、7月の世界の平均気温は観測史上最高を記録したとされる。7月27日には、グテーレス国連事務総長が記者会見を実施して「地球温暖化の時代は終了し、地球沸騰の時代が到来した」1と語り、劇的かつ早急な対策を世界に訴えた2。また、特に世界の温室効果ガス排出量の約8割を占めるG20諸国に対してより一層野心的な排出量削減目標の設定を求めたほか、適応策や気候資金の拡充を呼びかけた。

2023年の後半には、アフリカ気候サミット、G20サミット、国連気候野心サミット、APEC首脳会議、気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)の実施が予定されており、気候変動対応の緊急性への認識が高まる中、気候変動に関連するハイレベルの政治的議論が行われる。2023年11月30日から12月12日にアラブ首長国連邦(UAE)・ドバイで実施されるCOP28では、2015年に成立したパリ協定に基づき、世界全体の気候変動対策の進捗状況を評価する第1回グローバル・ストックテイク(GST)のとりまとめが行われる。世界の平均気温上昇を産業革命前の水準から1.5度以内に抑えるという気候目標の追求を継続するために、各国の気候行動の強化や排出削減目標の大幅な引き上げを促す強力なメッセージが公表される可能性がある。また、気候変動の悪影響にとりわけ脆弱な途上国を支援するために、2022年のCOP27で設置が合意された「損失及び損害(ロス&ダメージ)」に特化した基金の成立も見込まれている。先進国が途上国の気候変動対策支援のために年間1,000億ドルを提供するという従来の公約が果たされていない中、新たな基金の運用開始に向けてどのように気候資金の強化を達成できるかなどが注目される。

米中気候対話の再開

世界の気候変動対策の観点から、COP28に向けて政治的機運が高まることや、世界の温室効果ガス排出量の約4割を占める米中両国のコミットメントが強化されることが期待される中で、2023年7月に実現した米中気候対話の再開は、国際社会にとってひとまずのグッドニュースであると言えるだろう。

米中の環境協力には長い歴史があり、特にオバマ政権期にはハイレベルの気候対話を通じてエネルギーや気候領域での協力が進んだ。米中の気候協力は、両国政府の気候変動対策を前進させただけでなく、米中の研究機関による共同研究や非国家アクターの協力や交流も促進してきた。また、二大排出国かつ二大経済大国である米中が、気候変動対策をめぐって足並みを揃えることは、世界の気候変動対策を促進する面においても重要な効果を発揮する。例えば、国際的な気候変動交渉の場において長年立場を異にしていた両国が、妥協点を模索して二国間の気候対話を重ねて同意に至ったことが、結果的に多国間の国際交渉を促進し、2015年のパリ協定の成立と翌年の早期発効に繋がった。さらに、米中の気候協力の進展はオゾン層保護や国際航空の排出削減といった関連領域での国際合意を促進することにも結びついた。

しかしながら、トランプ政権期における気候対話の断絶後、オバマ政権と同様に気候変動対策に力を入れるバイデン政権が成立したが、米中関係の主軸は戦略的競争に移り、米中関係の安全地帯と見られることもあった気候協力は異なる様相を見せている。気候変動問題も純粋な協力分野ではなくなり、技術覇権競争や経済安全保障に侵食されつつある。米中対立が深まる一方、バイデン政権(特にジョン・ケリー気候問題担当大統領特使)は気候変動問題を独立した非政治的問題として扱うよう中国側に働きかけてきたが、習近平政権は米中間の多くの争点と気候変動問題を切り離すことに抵抗した。こうした態度にはバイデン政権の成立以降、その対中政策が大きく転換することを期待していた中国側の、通商問題などで対立姿勢を崩さないバイデン政権に対する失望も反映されていると思われる。2021年9月に王毅外相は、中国・天津を訪問していたケリー特使とオンライン会談を行った際に、「アメリカは気候変動問題が米中関係の『オアシス』になることを望んでいるが、『オアシス』の周囲がすべて『砂漠』であれば『オアシス』も砂漠化してしまう」「米中気候協力を米中関係全体の環境から切り離すことは不可能」と語り、米中関係全体の改善を求める姿勢を示した3

そして2022年8月にナンシー・ペロシ米国下院議長(当時)が台湾を訪問したことを受け、中国はアメリカへの8つの対抗措置を宣言したが、その1つに気候変動協議の中止が含まれていた4。これにより、同年9月に初開催が予定されていた米中の政策形成者及び専門家らによる気候変動に関する作業部会の公式会合は中止となった5。この作業部会は、2021年4月の「気候危機対応に関する米中共同声明」及び同年11月のCOP26中に表明された「2020年代における気候行動強化に関するグラスゴー米中共同宣言」に基づく実質的な協力の進展となるとみられていたため6、気候コミュニティの間では失望が広がった。中国による気候変動協議中断の宣言後、アメリカでは史上最大規模とされる気候変動対策を盛り込んだインフレ抑制法が成立したが、互いの気候変動対応をめぐり米中政府関係者がTwitter(現X)上で言い争う事態も発生した7

その後約1年間の気候対話の中断を経て、2023年7月中旬にケリー特使の訪中が実現した。訪中前、ケリー特使は今回の訪中の最大の目的は「ある程度の安定性の確立」と語っており、国務省の公式声明では「実施と野心の拡大、COP28の成功促進など、気候危機への対応について中国と対話することを目指す」8と控えめな目的が示された。ケリー特使は、7月16~19日の日程で訪中し、解振華中国気候変動事務特使を含む中国の気候変動担当チームと北京飯店で連日協議を実施したほか、李強首相や王毅政治局委員、韓正国家副主席とも面談を行った。ケリー特使とそのカウンターパートである解振華特使は、2022年11月のG20サミットにおける米中首脳会談での合意をもとに、同時期に開催されたCOP27での非公式な会談やオンラインでの議論等は行なっていたとされるが、今回正式に対面での米中気候対話が再開された。解振華特使は、協議後に記者会見等は行わなかったものの、18日の約5時間に及んだ協議後に笑顔でメディアの前に姿を現し、19日も引き続き協議を実施すると語った。先に訪中したブリンケン国務長官やイエレン財務長官と比較して、ケリー特使は中国側と実質的かつ詳細な議論を実施したとされたが、結果的に合計約12時間に及ぶ協議の成果として共同声明等の発出はなく、公表された最大の成果は対話の継続が確認されたことであった。

ケリー特使は、今回の中国訪問を終えるにあたって記者会見を実施した際に、中国とは今後数週間にわたって集中的に気候変動に関する協議を実施する予定であることを明らかにした9。実際に、訪中から約一週間後の7月27日には、解振華特使がケリー特使の求めに応じてオンライン会談を実施したことが公表されており、対話が継続していることがわかっている10

今回のケリー訪中の成果は、米中関係全体の安定化のために具体的な領域で中国側と深い対話を実施し、気候協力を進展させるための再スタートを切ったことであろう。少なくとも中国側に気候交渉を継続する意思があることが確認され、今後集中的な議論が実施される中で実質的な成果が出てくることが期待される。ただし、中国は気候対話の再開に合意したが、気候変動問題を米中の政治的対立と切り離し独立した問題として扱うことに完全に同意したわけではない。今回ケリー特使と面会した王毅政治局委員は、米中気候協力は「米中関係全体の環境から切り離すことはできない」と再び述べている。他方習近平国家主席も同時期に開催されていた全国生態環境保護大会において、中国の気候目標が揺るぎのないものだとしつつ(国内の官僚や地方政府などに向けたメッセージと推察される)、「達成への道筋や方法、ペースや強度は我々自身が決めるべきものであり、決して他者の影響に左右されるべきものではない」11とスピーチしており、アメリカからの一方的な圧力に応じて譲歩する用意はないことを示唆し、中国はアメリカとあくまでも対等な立場で議論するという外交姿勢を示したと考えられる。

気候対話を推進する米中の特使

バイデン大統領と習近平国家主席が過去の指導者と比べても気候変動問題を重視していることは間違いないが、今後両国は具体的な気候協力をどこまで進めることができるだろうか。米中対立の展開と双方の国内事情にも大きく左右されることになると予測されるが、これまで米中気候協議に期待が寄せられていた背景の1つは双方の交渉担当者がもたらす可能性のあるプラスの作用であった。

ジョー・バイデンは、当選直後の2020年11月に元国務長官であるジョン・ケリーを気候問題担当の大統領特使に指名し、ケリーは「アメリカには間もなく、気候危機を国家安全保障上の緊急の脅威として扱う政府が誕生する」と自身のTwitterに投稿した12。そして、2021年1月の就任当日にバイデン大統領はパリ協定復帰の大統領令に署名した。こうしたバイデン政権の積極姿勢を受けて、中国政府も同年2月に、実質引退状態にあった解振華を気候変動事務特使に任命した13。解振華は、10年以上に亘り気候変動交渉の中国代表団トップを務めたのち、2019年にその座を退いており、引退後にメディアのインタビューに答えた際には今後は家族と過ごす時間を増やしたいとも語っていた。このように引退状態にあった解振華を再び呼び戻した人事には中国側のアメリカとの協力への意欲と期待が込められていたと考えられる。米中の特使は、双方とも気候分野で国内外において大きな影響力を持つ人物でもあり、20年以上の付き合いから個人的な信頼関係を築いており、オバマ政権期のような米中気候協力が実現するのではないかという期待が高まった。

バイデン政権は成立後、気候リーダーズ・サミットを開催するなど、気候変動対応において国際的なリーダーシップの発揮を試み、多国間と二国間の双方のレベルで中国への働きかけを強めた。一方で、習近平政権も気候変動外交を通じて国際的なイメージの向上と影響力の拡大を目指しており、気候リーダーシップの観点からも米中の間には競争が存在すると言える。トランプ政権期に米国連邦政府が国際的な気候変動対応の場から不在にしていた間、パリ協定の実効性ある実施を擁護し、欧州と気候リーダーシップを模索してきたと自負しているだろう習近平政権は、バイデン政権を牽制するような姿勢も見せていたが、二国間の気候協力を進めることには同意した。

両国首脳の支持を受け、ケリー特使は2021年の間に2回訪中して中国側と議論を行ったほか、前述したように2つの共同声明も公表された。ケリー特使と解振華特使は、着任後の1年間で31回のオンライン対話と4回の対面での長時間に亘る協議を実施していた。しかしながら、両国が気候変動問題を議論するに相応しい人材を揃えたにもかかわらず、結局は政治対立に巻き込まれる形で協力は頓挫した。米中気候協力の推進役として役割を果たしてきた解振華特使は健康状態の面で今後の職務遂行に懸念があり、ケリー特使についても退任の意向が報道されるなど、COP28以降の進退について明らかにしていない。今後、米中のベテラン気候外交官が自らのキャリアの集大成として成果をあげることを目指す可能性がある一方で、ハイレベルの個人的関係を触媒とした米中気候協力モデルの限界を国際社会が目の当たりにする可能性もある。

気候協力をめぐる米中の事情

ケリー訪中後にも集中的な米中気候交渉が行われている背景には、11月にアメリカにおいて米中首脳会談を実現させることや、さらには2024年の大統領選挙を見据えて外交及び国内政策で具体的な成果を急ぎたいアメリカ側の事情がある。これまでも国際的な気候交渉の過程において中国の関与はアメリカの関与の前提条件とも扱われていたが、気候リーダーシップの発揮を目指し、気候変動対策を自らの主要政策に据えるバイデン政権には、議会を説得し、国内の気候政策の実施を円滑にするためにも中国側から大きな譲歩を引き出したい思惑がある。中国に対し、メタン排出削減や脱石炭、再生可能エネルギーへの転換などの面で協力を強化することで中国国内の対策を促したいだけでなく、国連の気候交渉との関連でも排出量世界第一位でありながら従来から発展途上国というステータスを堅持し、国連気候変動枠組条約上の「共通だが差異ある責任」(CBDR)の原則を盾に大きな負担を負うことに消極的な中国に対し、発展途上国というステータスにとらわれない取り組みの実施や途上国支援の資金拠出を約束させたい意向があると考えられる。さらには、中国との交渉をベースに、新興国及び途上国との対立構造を緩和し、COP28に向けた国際協調に弾みをつけたい考えもあるだろう。

米中のハイレベル対話を再開させる中でバイデン政権の発言のトーンはやわらいでおり、中国に対して対話をより強調する姿勢を見せている。しかしながら、現在米国議会の対中強硬姿勢は強まっており、米中気候協力の深化が支持される国内の政治的基盤はできあがっていないと言える。ケリー特使の訪中前に実施された下院外交委員会小委員会の公聴会14では、ケリー特使は下院議員からの糾弾にあい、中国への態度が軟弱であると非難された。気候領域での中国への「関与」に疑問が呈され、一部の共和党議員からは気候変動問題を米中関係からデカップリングさせることへの反対も表明された。

対して中国もアメリカの国内政治のロジックを当然理解していると思われ、バイデン政権の業績のためだけに譲歩するはずもなく、それ相応のメリットをアメリカ側から得たいと考えているだろう。2024年に米国の大統領選挙が控えているタイミングで、中国はアメリカの気候変動外交と環境政策の継続性に疑問を持ち、また米国内での困難な議会運営から気候変動対策や中国との約束を本当に履行できるのかを見極めている可能性もある。ただし、中国では一連の米国政府高官の訪中はアメリカ側の歩み寄りであることを強調する発信がなされている一方、2023年4月にはアメリカ主催のオンラインフォーラムで同席した解振華特使がケリー特使に対し中国訪問を招待していた15。台湾の蔡英文総統が訪米してから数週間後というタイミングでの打診でもあり、気候対話の再開には中国側の強い意欲もあったことが窺われる。

中国側にとっての米中気候協力のメリットについて、中国の専門家の間では中国産ソーラーパネルに対する関税等の貿易障壁と気候協力の進展の両立に疑念を持ちつつも、気候目標の達成には技術革新が要との認識からアメリカとの技術協力に期待が見られる。また、中国政府はパリ協定成立過程の成功体験から、アメリカと協調することで国際交渉の基調を形成し、自国にとって過度に不利な国際制度の形成を阻止することに利益を見出していると考えられる16

他方で、中国に対して更なるコミットメントを働きかけているのはアメリカだけではなく、また中国自身も活発な気候外交を多地域に向けて展開している。中国は現在気候変動対策を他国との関係強化における重要な要素として設定しており、欧州との関係維持のためにも、新興国や途上国との関係強化や影響力拡大を目指す中でも、気候協力は鍵となっている。中国に対しより大きな責任を果たすことを期待する国際的圧力が高まる中で、中国は発展途上国としてのステータスを維持し、国連の気候変動枠組み外での途上国支援を行っているが、特に太平洋島嶼国などの気候変動対策のプライオリティが高い国々との関係を強化する上で、気候支援の強化は避けられない事項となっている。

対して、中国が国際社会の期待に簡単に応じて気候目標を調整できないのは、気候目標の公表時よりも国内事情が複雑になっていることもある。習近平国家主席の気候変動対策の重視方針や、国際的にも宣言済みの気候目標の達成を目指す姿勢に変更はなく、中国政府は再生可能エネルギーの発電設備容量や発電量、投資の拡大を続けている。しかし、2021年と2022年に発生した電力不足を背景にエネルギー安全保障に緊急に対応する必要性に直面したことから、石炭火力発電所の新規建設や石炭の利用拡大も同時に進めている。また、コロナ禍からの経済回復が思うように進まず、今後も炭素集約的な経済刺激策の発出や気候目標と矛盾する政策が採用される可能性がある。習近平国家主席の先の発言にもあったように、気候目標の達成方法や引き上げは国内事情を優先して勘案したい事情がある。

おわりに

協力よりも競争が米中関係を規定している状況下、また互いの譲歩を引き出したい思惑が交錯する中、米中気候協力が進展するか否かについては不透明である。例えばアメリカが対中通商関連規制を緩和したり、中国が石炭使用に関して大幅に譲歩したりすることはほぼ不可能と思われ、中国の気候長期目標(特にカーボンニュートラル目標)の前倒しについても譲歩を引き出すことは現時点では難しいだろう。米中が最も議論しやすい項目としては再生可能エネルギーの拡大があり、2021年に合意に達したメタンに関しても中国側から削減計画の提示といった何らかの進展が示される可能性はある。また、米中両国はそれぞれの利益のために、COP28に先駆けて二国間である程度の事前の調整を完成させたい点では恐らく共通している。このように気候協力の中でも特に議論しやすい内容をとっかかりとして協議が進展し、COP28までに何らかの成果物が出てくることを期待したい。




2 この発言は、世界気象機関(WMO)とコペルニクス気候変動サービス(C3S)が、2023年7月の世界平均気温は観測史上最高を更新し、これまでで最も暑い1か月となる見通しであると公表したことを受けたものである。

6 メタンの排出削減、クリーン電力、循環型経済、都市の気候変動対策などの問題について協議を開始することになっていた。

15 ケリー特使がフォーリン・ポリシー誌のインタビューで明らかにした(https://foreignpolicy.com/live/john-kerry-on-the-climate-challenge/)。

16 国際社会が途上国を含めたすべての締約国が参加する気候制度の成立(パリ協定)を志向した過程で、中国はアメリカによるCBDR原則を希薄化させる試みを警戒していたが、二国間対話によってCBDRをめぐる対立にも決着がつき、両国の合意に基づいた「各国の異なる事情に照らした」CBDRという文言はパリ協定にも明記された。