国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2023-06)
2024年アメリカ大統領選に向けての3つの視点

2023-08-14
舟津奈緒子(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

2024年の大統領選挙を前にアメリカ政治は選挙に向けた動きが活発になってきている。次期大統領選挙を考察する上での3つの視点を以下に整理したい。

無党派層と文化戦争

近年のアメリカ政治の大きな特徴のひとつは、保守とリベラルの政治的分極化である。政治的分極化が進むにつれ、二大政党の両党ともが自党の支持者により強く訴求する政策を示すことによって集票を確実にしようという動きが広がり、両党ともに極端な政策を打ち出す場面が増えていった。

保守とリベラルの対立軸は、経済的な格差をめぐる問題や、ジェンダー、同性婚、人工妊娠中絶、教育、人種、銃規制などをめぐる社会的な価値観に根差す対立が挙げられ、特に価値観をめぐる対立は文化戦争(cultural war)と呼ばれる。文化戦争は「どちらがアメリカ的価値として正当性を有するのか」という文脈で捉えられるため、対立の融和が難しく、固定的であると考えられてきた。そして、それゆえに文化戦争が政治的分極化を一層激しくしてきた。

しかし、2022年の中間選挙は文化戦争をめぐる視点に新たな示唆を与えた。文化戦争の範疇であると認識されてきた人工妊娠中絶をめぐる問題が中間選挙の争点としてクローズアップされ、党派性を超えた問題として無党派層に広く訴求したことである。2022年中間選挙では政権与党である民主党が事前の予想を覆して善戦したが、その理由として、人工妊娠中絶の問題が党派性を問わずに女性や若年層の関心をとらえて、彼らが民主党に投票したことが挙げられる。

アメリカの民主主義の歴史にはマイノリティが基本的人権を獲得していく道程という側面があるが、2022年6月に連邦最高裁が人口妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年のロー対ウェイド判決を覆したことが無党派層、その中でもとりわけ女性及び若年層からこれまでに獲得した権利が削がれる恐怖として捉えられ、これに抗議するという形で彼らの投票行動に影響を及ぼしたと考えられる。

選挙人獲得において勝者総取り方式が採用されている大統領選挙では、無党派層の投票が鍵を握る接戦州をどちらの党が獲得するかによって大統領選の勝敗が決まることが多い。このため、大統領選挙において無党派層の動向を正確に把握することはきわめて重要である。

昨今の政治情勢に影響を与えている社会課題で文化戦争に関わるとされている問題には、2020年のコロナ禍に端を発した教育現場におけるマスク着用強制の是非やLGBGQ+の問題を児童・生徒に教えることの是非といった公教育のあり方をめぐる問題、2023年6月の連邦最高裁の人種的マイノリティに対する積極的差別是正措置(affirmative action)への違憲判決への賛否が挙げられる。コロナ禍以降相次ぐ銃撃事件に対しては、バイデン政権は銃規制強化の必要性を訴えている。

これらの諸問題が、人工妊娠中絶の問題のように文化戦争の枠組みを超えて広く無党派層の関心事となるかどうかの見極めと適切なアジェンダセッティングを取れるかどうかは2024年大統領選挙の帰趨に影響を与えよう。

存在感を増す若年層と民主党

アメリカは人口の増加が続くという先進国ではまれな人口動態を持っている。最新の2020年国勢調査iでも前回調査からの人口増加を示し、有権者となる18歳以上の成人人口も増加した。特に政治的に注目を集めているのが若年層である。若年層の定義は種々あるが、1996年以降に生まれたZ世代や1981~1996年までに生まれたY世代(ミレニアル世代)の一部から成る18~29歳までの年齢層の投票行動iiに注目が集まっている。

その理由の第一は、これら18~29歳の若年層の投票率が高いことである。最新の国政選挙である2022年の中間選挙では他の世代の投票率が20%前後であったのに対して、若年層の投票率は27%であった。その中でもアリゾナ州、フロリダ州、ジョージア州、ミシガン州、ノースカロライナ州、ニューハンプシャー州、ネバダ州、オハイオ州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州の10の接戦州での若年層の投票率は31%とさらに高い傾向が見られた。

第二に、若年層の民主党支持が目立っている点である。近年の国政選挙を振り返ると、2018年中間選挙では民主党と共和党への若年層の投票率は67%対32%であり、2020年大統領選挙では62%対36%、2022年中間選挙では63%対35%であった。一貫して民主党支持が6割を超える高い支持となっている。

これらの点から民主党は2024年大統領選挙でも若年層の支持を固め、彼らが投票所に足を運ぶためのキャンペーンを重視するだろう。Z世代はデジタルネイティブ世代であり、長引く対テロ戦争とそれに続くアメリカの内向き志向とともに育ってきた世代でもある。他の世代と行動様式や志向の違いを多々指摘されており、民主党にとってZ世代に代表される若年層が重視する政策課題の分析が2024年大統領選挙に向けてより重要になってこよう。

共和党かトランプ党か

政治的分極化に加えて、近年は党内分裂も重要な視点となっている。例えば、民主党はバイデン大統領に代表される中道派とサンダース氏やウォーレン氏に代表される急進左派、共和党はトランプ前大統領に代表される右派ポピュリズムと伝統的な中道保守派、というように、両党ともが党内分裂を抱えている。

党内分裂に関しては、共和党の状況がより深刻だろう。2022年の中間選挙を経て下院多数党となった共和党の下院議長選出に異例の時間が費やされたことは記憶に新しい。共和党のトランプ前大統領を支持する親トランプ派からの強硬な反対のため、下院議長就任に必要な過半数の支持の獲得に長い時間を要したためである。最終的に下院議長選出の投票は15 回にも及んだ。下院議長選出の投票が10回以上繰返されることは164 年ぶりの事態であり、いかに共和党が親トランプ派との融和に困難を抱えているかを象徴していた。

ただし、トランプ氏をめぐる状況は流動的であり、注視が必要だ。例えば、2023年春にはメディアにおいてトランプ氏にとって打撃となるような動きが見られた。長らくトランプ氏支持を明確にしていた保守派メディアのフォックス・ニュースがトランプ氏と距離を取り始めているような動きである。フォックス・ニュースは2020年大統領選挙の際に投票集計機メーカーのドミニオン社が共和党に不利になるよう集票で不正を行ったという報道をしていたが、これに関して、同社からフォックス・ニュースを相手取り、名誉棄損に対する損害賠償請求訴訟が起こされた。その結果、2023年4月、フォックス・ニュースが報道に誤りがあったことを認め、同社に7億8,750万ドルを支払うことで和解した。さらに、同月にフォックス・ニュースは親トランプ派として有名な看板キャスターのタッカー・カールソン氏との契約を解除した。これらの動きは、2020年大統領選挙が「盗まれた選挙」であったと主張するトランプ氏には痛手となったであろう。

他方で、2024年大統領選挙に正式に立候補を表明している共和党候補者はトランプ氏に加えて、ペンス前副大統領、ヘイリー元国連大使、スコット上院議員、デサンティス・フロリダ州知事、クリスティー前ニュージャージー州知事、ハチソン前アーカンソー州知事など立候補者が乱立している状況にあり、立候補者が増えれば増えるほど反トランプ票が割れ、トランプ氏に有利に働くと指摘されている。

加えて、2023年に入ってからトランプ氏は相次いで起訴されているが、一連の起訴があっても、トランプ氏は共和党候補指名争いで首位を保っている。2023年8月3日のロイター/イプソス公表の共和党候補指名争いに関する世論調査では、トランプ氏への支持率は47%で、トランプ氏に続くデサンティス・フロリダ州知事への支持率13%、ペンス前副大統領への支持率8%を引き離している。

トランプ氏は2023年3月に2016年の大統領選挙の立候補にあたり過去の不倫疑惑を口止めするために会計記録を改ざんしたとしてニューヨーク州法違反で、6月に政府や軍の最高機密を含む公文書を大統領退任後に不正に自宅で保管したとしてスパイ防止法違反で、さらに8月に入ってすぐに2020年の大統領選挙の結果を覆すために議会によるバイデン大統領の勝利認定を阻止する意図で国家を欺こうとした罪などで首都ワシントンの大陪審に起訴された。特に、8月1日の起訴は連邦法で2回目、州法を合わせて3回目の刑事起訴であり、2021年1月の議会乱入事件につながったと指摘され、選挙による権力の平和的移行というアメリカの民主主義の根幹を棄損するものとして内外の関心が高い。これに関して、デサンティス・フロリダ州知事は起訴が政治的意図に基づいて行われているとトランプ氏に同調する言説を取り、ペンス前副大統領はトランプ氏には推定無罪の原則を受ける権利があるとしながらも、自らを憲法の上に位置付ける者は大統領になるべきではないとトランプ氏を批判する言説を取った。さらに、デサンティス・フロリダ州知事は8月7日になると、2020年の大統領選挙ではトランプ氏が敗北したと発言し、選挙に不正があったというトランプ氏の主張の否定に転じた。

このようにトランプ氏をめぐる状況が流動的な中で、予備選を経て、最終的に誰が共和党の候補者となるのかが、トランプ氏の共和党への影響力の持続性、そして、今後の共和党のあり方をうらなう上で重要な指標となるだろう。

おわりに

アメリカ大統領選挙は予備選を含め、マラソンに例えられる長いレースである。その途上で候補者の支持率が上下したり、ライジング・スターが登場したりするなど予断を許さない。今の時点で2024年の大統領選挙を予想することは不可能であるが、今後、4年に1度の政治的なお祭りとも称されるアメリカ大統領選挙をめぐる議論の激しさは増していく。選挙の争点を冷静に分析することが重要である。