「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
2022年10月、第20回中国共産党全国代表大会とこれに続く中央委員会第一回全体会議(一中全会)を経て、中国共産党の新指導部が発足した。事前の予想通り、習近平が総書記に留任し、第三期政権を発足させた。党大会閉幕式では、前総書記の胡錦濤が途中退席する(あるいはさせられる)場面が話題を呼び、人事では習近平の圧勝が観察者を驚かせた。第三期習近平政権がどのような政策を打ち出すのか、特にその対外政策及び東アジアの安全保障環境に与える影響は周辺国の大きな関心事である。また、これまで3年近く展開されてきた厳しい制限を伴うゼロコロナ政策が突然事実上放棄され、国内では感染爆発の様相を見せている。
本稿では、党大会の開催と新指導部の発足を受けて、新たな指導部の特徴を整理し、東アジアの国際安全保障環境への影響や、ゼロコロナ政策からの急転換の背景について、2023年の展望を念頭に置いて分析する。
習近平の権威強化は依然道半ば
前任総書記の胡錦濤は2002年に就任し、2012年に退任した。習近平は2007年に最高指導部入りし、次期総書記として広く認識されていた。胡錦濤政権期には、もはやこのような定期的な指導者の世代交代が定着し、中国政治の制度化が進んだというのが観察者のコンセンサスであった。習近平の総書記への留任は、その認識を完全に葬るものとなった。習近平政権の10年を経て、権力集中が進められ、集団指導体制が大きく後退しているとの見方はすでに広がっていた。今回習近平が留任し、しかも最高指導部には後継者と見做される人物もいない。2027年の第21回党大会でも習近平が留任し、四期目に入る可能性が高まった。最高指導者の退任時期が不透明になり、もはや中国のエリート政治を分析する上での前提条件はほとんどが無意味となった。習近平の留任は、すでに予想されていたとはいえ、中国政治に与える長期的な影響は極めて大きい。
次節で紹介するように、人事は習近平の完勝であった。しかし、それ以外の面では必ずしも当初予想されたような習近平の更なる権威の強化は行われなかった。かつて毛沢東が務めた党主席の役職は復活しなかったし、毛沢東を彷彿させるような「人民の領袖」という尊称が公式に習近平に付与されることもなかった。2017年の党大会時に党規約に盛り込まれた「習近平の新時代における中国の特色ある社会主義思想」という長々しいイデオロギーの名称が「習近平思想」に「バージョン・アップ」されることもなかった。それどころか、党大会前には盛んに言及された「二つの確立」(党の核心としての習近平の地位と、習近平の思想の指導的地位を確立するという意味)さえ党規約に盛り込まれなかった。水面下での綱引きにおいて、習近平は妥協や譲歩したものと理解するのが自然だろう。現時点での習近平の権威はこれらを実現するには至らなかった。しかし、習近平は更なる5年の期間を得た。今後、さらに権力強化を進め、2027年の党大会時に新たな地位を獲得するという展開になる可能性が考えられる。いずれにしても、習近平政権の盤石ぶりは疑いようがない。習近平の権威強化は、依然としてピークには達しておらず、更なる発展の途上にある。
習近平派一色の最高指導部と「ベスト・アンド・ブライテスト」の政治局
最高指導部人事は習近平の完勝であった。最高指導部に留任すると予想された李克強と汪洋は中央委員にも再選されず、引退することとなった。新たに選出されたメンバーは、いずれも習近平に近い人物で固められた。特に、李強と丁薛祥は地方勤務時代の習近平の秘書を務めた人物であり、側近中の側近である。最高指導部人事の完勝を受けて、習近平は思い通りの政権運営が可能となるだろう。その意味で、習近平の権力確立は一層進み、盤石であると言えよう。習近平と距離をとり、時には批判的な意見を提起できるライバルはもはや存在しない。外部観察者は、習近平政権がかつての毛沢東のように個人独裁化に歯止めがかからなくなることを懸念する。イエスマンによって囲まれる状況において、最高指導者は批判的な意見やネガティブな情報に接することができず、状況判断を誤る可能性も高まる。そのリスクは確かに存在するが、一方で、信頼できる親しい人物が周りを固めることで、より率直に本音で習近平に諫言することができるという考え方も可能である。習近平とその部下たちの実際の関係性がどのようなものであるのかは、情報が皆無であるため、断定的に論じることはできず、今後の展開を見極めるほかない。
なお、2023年3月の全国人民代表大会で成立予定の国務院指導部では、李強が総理、丁薛祥が筆頭副総理となる予定だ。両者はいずれも国務院で勤務した経験が皆無である。これまで総理は初代の周恩来を除いて、必ず副総理経験者が務めていたが、その慣例も破られることとなる。この人事に対しても、外部観察者からは懸念する声が上がっている。とはいえ、李強は長江下流の重要地域である浙江省の省長、江蘇省の党委員会書記、上海市の党委員会書記を務めており、豊富な行政経験を有することには留意すべきである。
中央政治局人事に目を転ずると、こちらはより複雑な情勢が見てとれる。25人から24人に減員し、20年にわたって必ず一人は含まれていた女性がいなくなった。胡錦濤、李克強と近いとされる胡春華は政治局に入ることができず、中央委員への降格となった。基本的に政治局も習近平に忠誠を誓う人物によって固められ、習近平の意向が反映されやすい構成となっていることは間違いない。しかし、習近平の地方勤務時代の親しい部下はすでに大方抜擢されているものの、政治局の大半を占めるほどではない。政治局委員の多くは地方幹部としてキャリアを積んできた者であり、習近平とキャリア面でのつながりは必ずしもなく、李強や丁薛祥に比べると、多くのメンバーは習近平と深い関係にあるとは言い難い。彼らの忠誠心がどの程度揺るぎないものであるのかは、必ずしも明らかではない。そうした不確実性も存在する。
政治局の人事に関して指摘すべきこととして、理工系(特に軍事産業や航空宇宙産業)の専門家(馬興瑞、張国清、袁家軍、陳吉寧、李幹傑)や中央党校の高級幹部を務めていた経験を持つ理論家(李書磊、石泰峰)が多く含まれていることである。いわば中国版「ベスト・アンド・ブライテスト」のチームであると言えよう。実際の政治運営でそれが機能するかは必ずしも断言できないが、単純に習近平のイエスマン集団とみなすのは短絡的であろう。現時点では、この中に習近平の後継者となる人物はまだ見えないが、上海市党委員会書記についた陳吉寧をはじめとして、次期最高指導部の有力候補は複数含まれている。
なお、政治局には、従来の定年と考えられていた68歳を超える委員が2名(張又侠と王毅)いる。それぞれ軍の制服組トップと外交部門のトップという専門性の高い部門である。この二つの例外は今後重要な前例となる可能性はあるものの、現時点では定年制の例外は、習近平を含めてこの3人にとどまり、依然として例外的な措置であると言えよう。
対外政策と安全保障政策の連続性と台湾情勢
2022年の党大会を経て、習近平が留任したことで、今後の中国の各方面の政策はこれまでの10年と連続的なものとなると考えることができる。習近平政権の対外政策や安全保障政策の最大の特徴は、大国意識を前面に押し出した外交の展開であろう。習近平政権下の中国は、世界に影響力を拡大し、米国やヨーロッパと渡り合う、そんな大国としての地位を強く自覚した振る舞いを見せてきた。この姿勢は今後も変わらないだろう。そのため、中国の対外政策は強硬姿勢と見られることが多く、米中関係の緊張は長期的なものになるものと思われる。しかし、中国の立場から見れば、必ずしも米国との対立を望んでいるわけではない。中国は常に「競争」という言葉で米中関係を表現することに反対し、「協力」の面を強調してきた。2022年末、駐米大使の秦剛が王毅の後を襲って、外交部長に就任することが発表された。明らかに米国重視の人事であると言えよう。
台湾海峡をめぐっては、厳しい情勢が続くと思われる。習近平は台湾の対岸である福建省で長く勤めた経験があり、台湾には強い関心を示してきた。最高指導者になってからも、台湾統一への意欲を繰り返し示してきた。2016年に台湾で蔡英文政権が発足して以降、民進党政権が「1992年コンセンサス」を認めないこともあって、大陸側は台湾への圧力を強めてきた。2022年のペローシ米下院議長の台湾訪問は台湾情勢を一層悪化させ、大陸側は台湾に対する軍事的圧力を一層エスカレートさせた。台湾情勢に対する懸念は関係国から示されており、特に米軍関係者は頻繁に大陸側による台湾への武力行使の可能性に言及している。欧米や日本の軍関係者や安全保障の専門家の間ではすでに大陸による台湾侵攻がかなり現実的なものとして想定されており、もはやそれが発生するかどうかではなく、いつ発生するかという議論が広がりつつある。しかし、筆者を含む各国の中国専門家の中で大陸による台湾侵攻が数年内に現実的にあると考える者はほとんどいない。党大会での習近平による報告の中で、選択肢としての台湾への武力行使に言及したように、台湾への言及の仕方には若干の調整の幅があるようだ。しかし、それは従来の台湾政策の枠から出るものではない。現状、中国の台湾政策に大きな変更がある様子はなく、従来の平和統一の方針も依然維持されている。現時点での習近平政権の関心は、台湾の次の総統選挙である。
人事に関して、新たに人民解放軍の制服組トップ(中央軍事委員会副主席)についた何衛東は台湾方面を担当する東部戦区の司令員を務めていた。こうした台湾に関わる部隊からの抜擢が多く、台湾重視の布陣を整えていると言われる。習近平がキャリアの大半を過ごした福建省、浙江省、上海市は、いずれも台湾方面を担当する旧南京軍区に含まれる地域であり、習近平の人脈が台湾に関わる部隊に偏っているという側面も指摘する必要があろう。
日本との関係についても、台湾は大きな問題となっている。安倍政権の下、一時大きく改善した日中関係は、2021年ごろから再び下降傾向にある。特に2021年4月に菅総理とバイデン大統領の首脳会談後の共同声明において台湾情勢に言及して以降、中国側は明確に批判を強めた。2021年12月に台湾で開かれたシンポジウムでの安倍元首相の「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」という発言に対しては、強い批判が繰り返し提示された。しかし、一方で中国は日本との関係改善への意欲を見せている。2022年11月、バンコクでの習近平と岸田総理の初の対面会談では、冒頭の写真撮影前から習近平が岸田総理にフランクに話しかけ、両者とも想像を超える満面の笑みで写真に収まった。日中間にも多くの懸案があり、関係改善が進むかは依然として不透明ではあるものの、米中関係の改善が進まない中、中国が日本との関係の安定化を図ろうとしていることは間違いない。
突如放棄されたゼロコロナ政策
中国では、2020年の武漢の都市封鎖以来、ゼロコロナ政策と呼ばれる厳しい措置を伴うコロナ対策が続けられてきた。都市封鎖によって、人々の社会生活は甚大な影響を受けてきたものの、コロナの感染拡大の封じ込めはある程度成功してきた。中国政府は2022年12月に突如規制を大幅に緩和し、事実上ゼロコロナ政策を放棄した。習近平政権は、驚くような柔軟性を見せた。このような急転換の背景には以下のような要因があると思われる。
第一に、ゼロコロナ政策の経済へのダメージが甚大であった。都市封鎖に伴う生産活動、経済活動の停止の影響は言うまでもなく、企業の不満は明らかに高まっていた。毎日のように全土で行われていたPCR検査や感染者の隔離に関わる費用も膨大である。これ以上ゼロコロナ政策を維持することのリスクの大きさは指導部にも認識されていたようである。
第二に、感染力の強いオミクロン株が急速に感染拡大しており、11月にはすでに抑制不能となっていたと言われる。すなわち、予防に重点をおいたゼロコロナ政策はすでに突破されており、維持不可能だったのだ。
第三に、政府も繰り返し言及しているように、オミクロン株の毒性は過去の株に比べると弱いと言われ、感染が拡大したとしても、重症化リスクはそれほど高くないと考えられた。
加えて、第四に、全国各地で若者を中心に、ゼロコロナ政策に対する抗議活動が広がった。長期間ロックダウン下にあった新疆のウルムチで火災が発生し、建物が封鎖されていたことで住民が避難できず、複数人が死亡したという噂が流れたことをきっかけとして、各地で追悼活動が発生し、ゼロコロナ政策への抗議活動に発展した。一部では、「共産党は去れ!」「習近平は去れ!」という反体制的なスローガンも飛び出し、ウィーチャットをはじめとするSNSで拡散されるという事態となった。日本でも複数回にわたって、デモが開催された。こうした抗議活動がどの程度影響を与えたかは不明であるものの、習近平はミシェルEU大統領との会談の中で、抗議活動の背景に人々の不満があると説明している。一定程度影響があったと理解するのが自然だろう。
中国全土でコロナウイルスの感染者は爆発的に増加しているが、政府はもはや感染者数の把握も放棄し、全容を掴むことは不可能となった。3年間にわたるゼロコロナ政策では、治療ではなく予防に重点をおいていたため、医療体制の拡充は十分に進められていない現状がある。加えて、高齢者を中心として、ワクチン接種が十分に進んでいない。中国産ワクチンは、ファイザーやモデルナのものと比べて、予防効果は低いと言われるが、重症化防止の効果は十分にあるとされる。しかし、ワクチンに対する忌避意識が強い高齢者が多く、ワクチン接種が進んでいないため、重症化リスクが高い。こうした不安要素にも留意すべきである。コロナの感染爆発の中、すでに多くの死者が出ている。いくら毒性が弱まったとはいえ、基礎疾患を持つ者や高齢者の重症化リスクは高く、死者が出るのは必然である。正確な情報を発表しない政府や専門家に対する不満も広がっている。しかし、実際に多くの感染者は短期間で回復したり、無症状だったりして、恐れ慄くほどの感染症ではないという認識が広がりつつある。全国的な感染のピークに達するのは2月とも言われていたが、あまりにも急速に感染拡大が進んでおり、すでに農村部に至るまで大半の市民は感染したとも言われる。比較的早い段階で集団免疫を獲得する可能性もある。人々は社会活動、経済活動を再開している。感染拡大のピークを乗り越え、政府は3年に及ぶコロナ対策における勝利のストーリーを作り上げ、メディアを通じて宣伝を展開するだろう。中国もポストコロナの時代に入ることとなる。
中国はゼロコロナ政策の放棄に伴い、国境を再び開放した。しかし、中国での感染爆発を受けて、日本や韓国をはじめとするいくつかの国では、検査や隔離を伴う水際対策を強化した。それに対して、中国は「差別的である」と不満を表明し、対抗措置として日本人や韓国人に対する新規ビザの発給を停止した。日中、中韓の本格的な人的往来の再開は依然として停滞している。
関連する筆者の論考やインタビューなど
・李昊「中国共産党大会入門」日本国際問題研究所、2022年10月14日。
・高口康太「なぜ中国共産党は習近平の暴走を止めないのか...中国が『世界の嫌われ者』に転落した根本原因」President Online、2022年11月21日。
・「中国共産党 新たな最高指導部発足へ 習国家主席の3期目確実に」NHK、2022年10月23日。
・高橋史弥「『習近平派一色』に染まった中国共産党の実像」HUFFPOST、2022年10月25日。
・李昊「4期目を狙う習近平には後継者がいなくなった」『文藝春秋オピニオン 2023年の論点100』2022年、76-77頁。
・李昊「習近平派一色の新指導部 - 最高指導部 政治局常務委員の顔ぶれ 」『外交』第76号、2022年、16-20頁。
・「安田峰俊の『世界と中国のふしぎ』」第3回、ニコニコチャンネル+、2022年11月7日。(YouTube切り抜き動画 https://www.youtube.com/watch?v=QP0c-Q8zSR8&t=635s)
・「ゼロコロナ政策への不満のはずが...中国抗議デモが"闇鍋"化? 専門家『日本の右翼も来てただの反中デモに』」ABEMA TIMES、2022年12月3日(Abema Prime 2022年12月1日放送)。 (YouTube切り抜き動画 https://www.youtube.com/watch?v=X9tXHwApiTo)