「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
はじめに
2月24日のロシアによるウクライナ侵略開始直後に米国政府は、広範囲の経済制裁と厳しい輸出管理を同盟国等とともに実施することを表明した1。米国政府をはじめとする各国政府によるロシアとベラルーシに対する輸出管理(以下、「対露輸出管理等」という。)は、史上稀に見るほど大規模かつ迅速に実施された。この対露輸出管理等のための国際連携は、各国の輸出管理の設計や履行を調整するものであり、今後の輸出管理の方向性を占うものである。以上の点に鑑みて、本稿は対露輸出管理等の国際連携とそのインプリケーションについて検討する。
大規模かつ迅速な展開
米国政府をはじめとする各国政府による対露輸出管理等は、史上稀に見るほど大規模かつ迅速なものである。ロシアがウクライナ侵略を開始した2月24日に、米国政府は、前例のない輸出管理措置によって、ロシアのハイテク輸入の半分以上が断たれ、重要な技術へのアクセスは制限され、産業基盤は縮小し、世界舞台で影響力を行使するというロシアの戦略的野心は損なわれると表明した2。
米商務省は同日、ロシアの防衛、航空、海洋セクターに狙いを定め、これらセクターへの半導体、コンピュータ、電気通信、情報セキュリティ装置、レーザー、センサーなどを事実上の輸出禁止とした3。米商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security: BIS)は、ロシアの防衛産業基盤、軍事機関、諜報機関に資する物資等へのアクセスを制限するとして、米商務省のT・D・R・ケンドラー(Thea D. Rozman Kendler)次官補(輸出管理担当)はその目的についてロシアを孤立させ、その軍事力を低下させることにあると明言した。また、対露輸出管理等に外国製品直接(FDP: Foreign Direct Product)ルールを強化したほか、ロシアの軍事エンドユーザー49機関をエンティティリスト(Entity List: EL)に掲載し厳しい輸出管理の対象とした。FDPルールの強化とは、一定の米国製リスト規制技術・ソフトウエアを直接組み込んだ製品等をロシアに輸出する場合、またはEL掲載されたロシア機関等に米国製技術やソフト等組み込んだ製品等を輸出する場合には、米商務省の許可を必要とするものである4。このFDPルールの強化は2020年に米政府が対ファーウェイ輸出管理として実施した措置を基盤とするものであるが、日本をはじめ米国と対露輸出管理等で共同歩調をとる国に対しては許可が免除される。米商務省は、その後も200以上の機関等をELに順次追加掲載したほか、規制対象に奢侈品を追加し、同省の輸出管理リスト(Commercial Control List: CCL)掲載品全般を輸出管理の対象にするなどして、対露輸出管理等を強化していった5。米国政府の輸出管理による対露制裁措置のスコープは大規模なものとなった。
日本や欧州諸国など各国政府は、米国政府と共に大規模な対露輸出管理等を実施している。例えば日本政府はこれらの国の政府と歩調を合わせる形で、大規模かつ迅速な対露輸出管理等を累次にわたって実施してきた。日本政府は2月23日に「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」(ともに自称)に輸出入禁止措置等を発表していたが、ロシアによるウクライナ侵略を受け、岸田首相は24日にG7をはじめとする国際社会と連携しながら取り組む方針を表明した6。これを受けて経済産業省は、25日に国際輸出管理レジーム対象品目、軍事力強化等に資すると考えられる集積回路等の汎用品、石油精製関連品目等のロシア向け輸出等を規制対象とした。更に3月16日には奢侈品のロシア向け輸出禁止が表明された(4月5日施行)。また日本政府はロシアの特定団体向け輸出も規制対象としている。3月25日までに日本政府は禁輸措置の対象となる130機関を指定しており、こうした特定の規制対象者/社を輸出管理の対象として指定する方法は日本の輸出管理にとって初の試みであった。日本政府のこれまでの輸出管理は、エンドユースに焦点を当てたものだった。このように日本政府は米国政府と対露輸出管理等に関して歩調を合わせた。
同じことは欧州連合(EU)等にも言える。EUも米国等と歩調を合わせて対露輸出管理等を実施している。この点について、欧州委員会のD・レドネット(Denis Redonnet)貿易総局次長兼チーフ・トレード・エンフォースメント・オフィサー(CTEO)は、「制裁パッケージの履行の結果として、我々はEUレベルで、汎用品輸出管理だけでなく新興技術や先端技術でも、ある種の自律的な輸出管理体制(autonomous regime of export controls)を形成した」と述べていた。そのうえでEUがロシアに対する新たな輸出管理体制を数週間で作り上げたことを挙げ、その迅速性を同氏は強調していた7。EUも米国等と歩調を合わせ、大規模かつ迅速な対応をとっている。
このように日米欧等の各国政府は対露輸出管理等に関して共同歩調をとり、その設計や情報共有等で連携を深めた。米商務省が2月24日に対露輸出管理等を公表した際には、それらの措置が米、EU、日、豪、英、加、ニュージーランドとの間の重要な協力を反映するものであると明かされていた8。この時点で既に33ヶ国が対露輸出管理等で足並みを揃える状況であり、G7を越えてファイブ・アイズ5ヶ国、EU27ヶ国および日本が共同歩調をとる輸出管理の国際連携が事実上始まっていた。
その後、この対露輸出管理等の国際連携に歩調を合わせる国は増加していった。韓国政府は2014年のロシアによるクリミア併合時には対露制裁措置等を実施しなかったが、2月24日に文在寅(Moon Jae-in)大統領が対露制裁に同調する考えを表明すると9、28日に韓国政府は国際輸出管理レジーム対象品目の事実上の対露輸出禁止を決め、米国が独自輸出規制品として定めた半導体等の品目について検討を開始することを表明した10。更に4月8日に米国政府は、スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインが新たに対露輸出管理等で共同歩調をとる方針であることを明らかにした11。米国と輸出管理で共同歩調をとる37ヶ国には米国のFDPルールの例外が適用されている。
このように、少なくとも本稿執筆時点では38ヶ国が対露輸出管理等で歩調を合わせている状況である。わずか1ヶ月半ほどでG7の枠組みを超えて事実上の多国間輸出管理の枠組みが形成された。参加国数だけ見れば、既にミサイル技術管理レジーム(Missile Technology Control Regime: MTCR)の加盟国数35よりも多くの国がこの枠組みに参加している。米国政府はこの対露輸出管理等の枠組みを「グローバル輸出管理連合(Global Export Controls Coalition)」と呼んでおり12、ケンドラー米商務次官補は、この「グローバル輸出管理連合」に参加する各国政府が輸出許可ポリシーについての共同歩調や情報共有を行っていることを明かしている13。
対露輸出管理等の有効性
国際的な輸出管理の有効性(effectiveness)を考える場合、二つの側面に目を向ける必要がある。ひとつは問題解決の側面から検討するものである。一般的に国際制度の有効性は、その制度の成立契機となった問題の解決にどの程度成功しているかによって検討される14。2月24日に米商務省が厳格な輸出管理を実施することでロシアが軍事能力を維持するために必要な技術や他のアイテムにアクセスすることを厳しく制約すると表明していたことを踏まえれば15、輸出管理措置の標的であるロシアの軍事能力基盤をどれほど損なわせたかということが有効性の判断基準となろう。
この点について米国政府やEUは、対露輸出管理等は今のところある程度の効果を上げていると評価しているようである。G・レモンド(Gina Raimondo)米商務長官によれば、米国や同盟国等による対露輸出管理等によってロシアのハイテク品輸入が半減したという。そのうえ、対露輸出管理等によってロシアは戦車、衛星、ロケット発射装置用の部品の調達に苦労しているほか、ナイトビジョン・ゴーグルやアビオニクス用の半導体不足にも直面しているという16。その他にも3月30日にケンドラー商務次官補は「金融制裁と異なり、我々の輸出管理措置は決して即時に影響を持つとは期待できない」としつつも、「昨年同時期と比較すると、新たなライセンス要件の対象となったアイテムの米国による対露輸出は価格ベースで99%下落した」ことを明らかにしていた17。そのうえで同氏は、外国製部品の不足により、ロシアの2大戦車工場が作業を停止したというウクライナ政府の報告を紹介するとともに、ロシアのファブレス半導体企業であるバイカル・エレクトロニクス(Baikal Electronics)が国内通信設備(監視、産業用制御、サーバー等)に必要な集積回路を入手できなくなっている状況を明らかにしていた18。M・ボーマン(Matthew Borman)米商務省次官補代理もまた、対露輸出管理等によって、ロシアでは軍用車両等の製造施設が必要な部品(特に半導体)を入手できずに製造を停止するに至っているとして、既に輸出管理の実質的な効果がみられるとの評価を示していた。ボーマン氏は、対露輸出管理等に効果が表れた背景について、同盟国やパートナーとの協力とともに民間企業による自主規制があるとの見方を示していた19。
また、EUも対露輸出管理等には一定の効果が表れているとみているようである。欧州委員会のレドネット氏は、税関データに基づいてEUからロシアへの輸出はロシアによるウクライナ侵略開始以前と比較して70%程度落ち込んだと指摘していた20。
更に、ボーマン次官補代理が指摘したように、多国籍企業による自主的措置によっても対露輸出管理等の有効性が高まっている21。例えば半導体業界では、垂直統合型半導体メーカーのインテルが3月にロシアとベラルーシ向けのすべての輸出を停止し、4月にはロシアにおけるすべての操業を停止したと表明した22。集積回路設計分野のアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)やエヌビディアもロシア向け輸出を停止したと報じられている23。クラウド業界でも私企業による自主規制の動きがみられる。3月には、ロシア国内のクラウド市場で支配的地位を確立していたマイクロソフト、アマゾン、グーグルがロシアにおけるクラウド・サービスの提供を中止したことを明らかにした24。これらの半導体関連企業やクラウド関連企業による措置は、外国製半導体設計や海外クラウド・サービスに対する依存度が高い露企業や政府機関に中長期的に深刻な影響を及ぼすだろう。
国際的な輸出管理における連携の有効性を考えるとき、参加国による輸出管理の履行や実施状況も検討対象となる。この場合、輸出管理が厳格に行われているのか、それとも緩慢かということが問われる25。今回の対露輸出管理等についていえば、これらの措置を埋め合わせるようなバックフィリング(backfilling)が問題となる。確かに、この意味での対露輸出管理等の有効性を疑問視する向きはある。例えば元米商務省国際貿易局(International Trade Administration: ITA)産業分析国務次官補のN・ニカフタール(Nazak Nikakhtar)氏は、対露輸出管理等の効果はロシア向け輸出が輸出管理のルールに準じているかをチェックできるか否かにかかっているとしながら、米商務省によるロシアでのエンドユース・チェックの実施可能性について疑義を呈している。また、違反事案が確認されないのは、違反事案が不在なのではなく、違反事案を追跡できていないという可能性があることも指摘し、とりわけ中国が国際的な対露輸出管理等を遵守するという見方を否定的にとらえていた26。もちろん、(特に制裁措置が長期にわたれば)米国政府等による対露輸出管理等を回避して対露ビジネスを開始または継続する機会を追求する企業等があらわれる可能性は排除できない。しかし、ボーマン米商務次官補代理は3月29日の時点でアジアでの違反活動は見られないとし、ロシアが軍事的に必要な半導体を入手しようとしても、欧州諸国、日本、韓国から調達する回避策を見出すことはできないだろうとの見解を示していた27。米商務省のロシアにおけるエンドユース・チェックの問題に関しても、依然としてそうした機能は継続しているとする商務省内での見方も報道されている28。
実際、本稿執筆時点で、各国政府による対露輸出管理等を埋め合わせるような明確なバックフィリングは確認されていない。例えば、中国共産党機関紙『人民日報』系の『環球時報』(英語版)は、ロシアからの半導体の引き合いが増えた状況においても、中国企業がロシアへの半導体供給を躊躇している状況を報じている。中国企業の慎重姿勢の背景には、米政府の制裁措置や支払いに関する問題があるという29。米商務省の中には、米国の技術に対するアクセスを確保したい中国企業が米国の規制を遵守しているという見方があるようだ30。また、輸出管理とは直接関係はないものの、中国の銀行が露製品の購入や対露融資を制限したとの報道は示唆的である。そこには米国制裁の対象に指定されないために中国企業が米国の制裁措置を遵守するという姿勢が窺えるからである31。そのうえ、露企業と取引を継続する中国企業の中には、欧州企業から取引を中止された企業もあったという32。今後、露企業とビジネスを継続する企業とは取引を停止するという欧州企業の判断が、中国企業の意思決定に影響を及ぼすことは否定できない。こうした事情に鑑みれば、中国企業が欧米市場と露市場を天秤にかけ、露市場よりも欧米市場を選択する可能性は考えられる33。仮に中国政府が米国政府主導の対露輸出管理等に反する具体的措置をとったとしても、同国企業が当局に歩調を合わせるとは限らない。
こうした状況は、米国政府が言う「グローバル輸出管理連合」がデファクトの国際輸出管理体制として機能している可能性を示唆するものである。米商務省はこの「グローバル輸出管理連合」について、ロシアとベラルーシに対抗するために、等しく厳格な輸出管理の履行を通して協力する国々のグローバルな連合体であると説明していた34。本稿執筆時点でこのグローバル輸出管理連合には38ヶ国が参加しているとされるが、対露輸出管理等はこの「グローバル輸出管理連合」の参加国を越えて、事実上、履行・実施されていると考えられる。このようにロシアの軍事力基盤の制約という点でも、輸出管理の履行・実施という点でも、今のところ「グローバル輸出管理連合」による輸出管理の有効性は保たれていると言えよう。
対露輸出管理等の国際連携
大規模かつ有効な対露輸出管理等が迅速に実現した背景には、各国政府による輸出管理の調整が奏功したことがある。ケンドラー米商務次官補によれば、輸出管理措置の設計、調整、実施に関して各国政府は幅広い議論を行っていた。ケンドラー次官補は、米商務省BISとそのカウンターパートによる日々の作業は効果的で、輸出管理について言えば、過去数十年よりも各国は緊密になっていると明かしていた。そのうえで同氏は「この(グローバル輸出管理)連合をまとめるために、米財務省の同僚とともに、ロンドン、ブリュッセル、パリ、ベルリンを歴訪した」、「他の目的地には行けなかったが、技術を活用して、日本、韓国、カナダ、豪州、ニュージーランドなどとも幅広く対話を行った」と述べていた35。
とりわけ、米欧間での対露輸出管理等の連携で重要な役割を果たしたのが米EU貿易技術協議会(Trade Technology Council: TTC)であった。米EU-TTCとは、2021年6月に米政府とEUが立ち上げ、9月にピッツバーグで初会合が開催された、技術、デジタル・イシュー、サプライチェーン等で米国とEUが協力するためのプラットフォームである。この第1回会合で米EU-TTCは、主要なグローバル技術、経済、貿易に対するアプローチを調整し、共通の民主的価値に基づいて米欧間の貿易と経済関係を深化させることが目的であると謳っていた36。米EU-TTCには10の作業部会が設置され、そこでは技術標準、投資審査、輸出管理等に焦点が当てられる。輸出管理を扱う作業部会7は当初、法律や規制の展開に関する技術的な協議、リスク評価やライセンス供与のグッドプラクティス及びコンプライアンスや執行アプローチに関する情報交換、機微な汎用技術に対する収斂した(convergent)管理アプローチの促進、並びに汎用輸出管理に関する産業界アウトリーチの共同実施を任務とするとした37。
対露輸出管理等において、この米EU-TTCは当初の期待を上回る役割を果たしたと言われている。米商務省のケンドラー次官補によれば、米EU-TTCは、主要なグローバル技術、経済、貿易問題に対するアプローチを調整し、共通の民主的価値を基盤とした大西洋間の貿易と経済関係を深化させるという2つの目的をもって立ち上げられた。しかし、「この危機を受け、パートナー国の輸出管理当局はこれまで以上に緊密な関係を築いている」という38。上述したようにケンドラー次官補が欧州諸国を歴訪したが、その翌週にはボーマン米商務次官補代理が「我々の仕事を基に、ブリュッセルで最終的な共通認識を得るために過ごした」とケンドラー次官補は明らかにしていた39。
EU側からも米EU-TTCが対露輸出管理等の米欧間連携で当初の期待以上に重要な役割を果たしたとの見解が示されている。欧州委員会のレドネット氏は、ロシアとウクライナの状況がEUと米国の協力を非常に加速化させたとの見解を示していた。また、ロシアによるウクライナ侵略後の米EU-TTCについて、「正直なところ、半年も前に計画していたことと比べると、飛躍的な進歩を遂げた」と述べていた。米EU-TTCはそれまで米国とEUが有していなかった協力のためのツールになっているという40。欧州議会で米EU-TTCについてスピーチを行ったV・ドムブロウスキス(Valdis Dombrovskis)欧州委員会上級副委員長は、特に対露輸出管理で前進したとし、「ロシアのウクライナ侵略を受け、TTCはロシアとベラルーシ向けの汎用品と技術の輸出管理について米国と整合性を図ることを促進した」と述べていた。そのうえで同氏は「ロシアの侵略に対する大西洋を越えた協調的な対応は、TTCによって既に築かれた信頼と良好な協力関係がなければ、これほど迅速かつスムーズにはいかなかったと思う」と、対露輸出管理等に関する米欧間協調の基礎を米EU-TTCに求めていた41。この点に関しては、EUのS・ラムボニーディス(Stavros Lambrinidis)駐米大使はより具体的に、「全てのプレイヤーが電話をかけ、対話し、行動することができた」と述べ、米EU-TTCを基盤とした対話と調整が対露輸出管理等の迅速な実行に貢献していたことを明かしていた。同氏によれば、制裁に関する調整が政治的レベルから技術的レベルに至るまで綿密に行われたという。その一例として、EUがエアバスに航空機やスペアパーツの対露輸出を禁じると、米国政府も同様な措置をボーイングに課したことが挙げられていた42。また、レドネット氏は対露制裁を検討する際に欧州委員会は完全禁輸(full embargo)がもたらす影響を含むいくつかのシミュレーションを実施したり、輸出管理の対象品目を決定する際にロシアによるG7諸国への依存度を検討したりしていたという43。こうした分析の結果が実際の輸出管理措置の設計のために米欧間で共有されていたことは想像に難くない。史上まれに見る大規模な輸出管理の連携が大西洋間で迅速かつ円滑に実現した背景には米EU-TTCの存在があったと考えられる。米政府による輸出管理措置の域外適用をもたらした2020年の対ファーウェイ輸出管理強化の事例と異なり、米EU-TTCによって米欧が対露輸出管理等で協調することが可能であった。このことは米国とEU間の不要な緊張を回避するという意味でも重要であったとレドネット氏は述べている44。
他方、インド太平洋地域では対露輸出管理等を調整する制度的枠組みは十分に備わっていない。確かに、日米間では輸出管理の調整を後押しする枠組みが存在する。4月8日には日米商務・産業パートナーシップ(Japan-U.S. Commercial and Industrial Partnership: JUCIP)の次官級会合が開催されており、ここで半導体、デジタル経済などとともに輸出管理が議論された45。JUCIPとは2021年11月に萩生田経済産業大臣とレモンド米国商務長官が、日米両国の産業競争力強化やサプライチェーン強靱化等について、インド太平洋地域を含む有志国とも協調しつつ協力を進めることを目的に設立に合意したものである46。また、日米欧間ではこれまで三極貿易大臣会合が開催されるなど、国際連携を促進する基盤はあった。しかしこれらは日米欧の枠組みを超えて、インド太平洋地域の各国を包摂するまでに至っていない。また、これらのフォーラムが輸出管理に特化した作業部会等を設けているかは不明である。日、米、豪、NZ、加、韓などで対露輸出管理等を調整するための制度化されたプラットフォームが不在であることが、この地域が輸出管理の国際協力で強力なリーダーシップを発揮したり、独自のイニシアチブを打ち出したりすることが困難な背景なのかもしれない
むすびにかえて
以上見てきたように、ロシアによるウクライナ侵略を受けて、日本、米国、欧州諸国、豪州等は大規模な対露輸出管理等を実施してきた。この対露輸出管理等が実効的かつ迅速に展開された背景には、各国政府による輸出管理の連携があった。ボーマン米商務次官補代理は、アジア太平洋地域の政府や企業とのパートナーシップに感謝するとして、対露輸出管理等の「連合」を拡大し続けることを希望していると明言していた47。そこには、対中関係の文脈における輸出管理の枠組みを視野に入れていることが窺える。ケンドラー次官補は「この数ヶ月、ロシア危機が我々の心を占めていたが、我々は他の国家安全保障の優先事項から目を逸らしてはいないし、中国の軍事的近代化は我々にとって国家安全保障の優先事項である」と述べていた48。以下では、本稿のむすびに代えて、アジア太平洋地域における課題やインプリケーションを検討したい。
第一が台湾とシンガポールに関するものである。ロシアのウクライナ侵略を受け、台湾とシンガポールも米国政府等による対露輸出管理等に同調する姿勢を見せていた。2月25日に台湾当局は対露制裁に加わることを表明し、蘇貞昌(Su Tseng-chang)行政院長は共に対露経済制裁を科す姿勢を明らかにした49。世界最大手の半導体製造企業である台湾積体電路製造(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company Limited: TSMC)は対露輸出管理等を遵守する方針を表明した50。ケンドラー次官補によれば、TSMCのロシア市場からの撤退によって、ロシアのマイクロプロセッサ企業SPARCテクノロジーズ・モスクワ・センターは露企業エルブルス(Elbrus)の半導体を入手できなくなった。エルブルスの半導体はロシアの諜報システムや軍事システムで広く利用されているという51。また、多くのロシア製コンピュータやサーバーで広く使用されている最新のバイカル・マイクロプロセッサもTSMCが製造する52。台湾、そしてTSMCが対露輸出管理等に歩調を合わせる意味は大きい。
また、シンガポール政府も3月初頭にロシアによるウクライナ侵略に対する制裁措置の詳細を発表していた。それらの措置にはロシア向けのエレクトロニクス等の輸出や再輸出の禁止も含まれていた53。国際貿易の中継地点であるシンガポールは、既存の国際輸出管理レジーム(オーストラリア・グループ〔AG〕、ミサイル技術管理レジーム〔MTCR〕、原子力供給国グループ〔NSG〕、ワッセナー・アレンジメント〔WA〕)の加盟国ではないものの、これらのレジームのリスト品目を自国の輸出管理リストに掲載しており輸出管理上重要な国である。半導体バリューチェーンの中で半導体製造の前工程を支配する台湾(およびTSMC)と物流の拠点であるシンガポールが対露輸出管理等の枠組みに加わることは、その有効性を高めるうえで重要であった。ところが、米国が「グローバル輸出管理連合」に言及する際に、台湾やシンガポールはメンバーとして挙げられなかった。また、米国政府は台湾とシンガポールについてFDPルールの適用除外として扱うと明言していない。今後、国際的な輸出管理の枠組みの中で台湾とシンガポールをいかに処遇するかは重要な論点となろう。
第二がインドの扱いである。周知の通り、2月25日の国連安全保障理事会での決議案に棄権したことを含め、インド政府は対露制裁に消極的な姿勢を取り、日米欧等による対露輸出管理等に同調する動きも見せていない。そのため、欧州委員会のレドネット氏は、米EU-TTCでの協力が大西洋間の取組みを越えて拡大する可能性については慎重な見方を示していた。インドや中国のような国々に共同歩調をとらせることは単純にはいかないというのである54。こうした対露輸出管理等を含む対露制裁に対するインド政府の姿勢は、今後のインドの経済安全保障政策に影響を及ぼすだろう。場合によっては、インドの半導体産業に対する海外支援の道筋に暗い影を落としかねない。インド半導体産業の発展が結果的にロシア軍事能力の維持や増強に資するという判断によって、日米欧台等がインド半導体産業の育成支援に後ろ向きになる可能性も考えられる。今後、日米豪印からなるクアッドの一員であるインドは、ロシアとの協力継続をとるか国内半導体育成をとるかという難しい判断を迫られよう。
もっとも、インドが徐々に対露依存の軽減を図っている兆候は見られる。例えば米国内にはインドは最終的にロシアよりも米国を選択するとの見方がある。D・コレット (Derek Chollet)米国務省顧問は、ロシアがインドにとって当分のあいだ信頼に足るパートナーであることは難しいとの見通しを示しており、その理由として、「ロシアに対する輸出管理(のために、)ロシアは軍事用ハードウェアを含む特定の製品を製造するための主要技術を輸入することができないため、この種の材料を交換または製造することさえ難しくなっている。つまり、実際の能力、ロシアとのビジネスの難しさ、関連する評判コストなど、どう考えても、ロシアは魅力的なパートナーではない」と述べている55。また、4月25日にフォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)欧州委員会委員長とインドのN・モディ(Narendra Modi)首相が設立に合意した印EU-TTCは、今後のインドの経済安全保障政策を占う試金石になるかもしれない。プレスリリースによれば、「この戦略的調整メカニズムにより、両パートナーは貿易、信頼できる技術、及び安全保障のネクサスにある課題に取り組み、その結果、EUとインドの間でこれらの分野における協力を深めることができるようになる」、「印EU-TTCの設立は、EUとインドのすべての人々の利益となる戦略的パートナーシップの強化に向けた重要なステップである」という56。たしかに、この印EU-TTCが米EU-TTCに匹敵するレベルでの輸出管理政策等の調整に資するものになるかは不明である。しかし印EU-TTCは、貿易、技術、安全保障の領域でインドとEUの間の協力を進展させ、相対的にインドの対露依存を軽減させるための制度化の試みともいえよう。
第三がプルリラテラルな措置に関するものである。この場合のプルリラテラルな措置とは、端的に言えば共通の利益や価値を共有する国からなる枠組に基づく措置のことである。日本政府は既に2021年6月の骨太の方針で「既存の国際輸出管理レジームを補完する新たな安全保障貿易管理の枠組みの早期の実現を目指す」との方針を明らかにしており57、米商務省も2022年3月に公表した2022-26年度の戦略計画の中で、BISが輸出管理の実効性を高めるために同盟国や有志国とともにプルリラテラルおよびバイラテラルの協力を拡大していく計画があることを明らかにしている58。既に述べたように、対露輸出管理等に関する国際連携にはいくつかのプルリラテラルな枠組みが機能した。まず、米国が言う「グローバル輸出管理連合」である。当初この「連合」には、ファイブ・アイズ5ヶ国、EU 27ヶ国、日本の計33ヶ国が参加していた。その後、韓国やスイス等が参加し、本稿執筆時点で38ヶ国が「グローバル輸出管理連合」に参加している。また、米EU-TTCも大西洋間での輸出管理の調整に大きな貢献をした。
こうした対露輸出管理等に関するプルリラテラルな枠組みが、対露輸出管理等を越えた枠組みへと発展する可能性がある。その際には対露輸出管理等の経験を踏まえて、規制対象品リスト、規制対象者/社リスト、ライセンス・ポリシーの調整、情報交換等が行われよう。米EU-TTCが今回の危機で培った知見や経験などが活用されることもあるだろう。参加国の増減もあるかもしれない。元米商務省のニカフタール氏は、対露輸出管理等での国際連携の成功は、中国に対する今後の輸出管理のモデルになりうるとの見方を示していた59。この点については、ケンドラー次官補は米EU-TTCが「プーチンの戦争への対応という目的を超える」可能性があることを指摘していた。対露輸出管理等をめぐって築き上げた関係をさらに発展させたいという60。実際、ウクライナ危機への対応を機に進んだ米EU-TTCでの輸出管理を更に発展させるための動きがあるとみられる。ドムブロウスキス欧州委員会上級副委員長は3月22日に欧州議会で演説した際に「輸出管理に関しては、我々は政策の一貫性の向上と重要技術を含む情報交換のために(米EU-TTCの)作業部会7に働きかけ続ける」と述べていた61。また、レモンド米商務長官も4月21日にドムブロウスキス欧州委員会上級副委員長と会談した際に、輸出管理協力に関する米EU-TTCの作業部会を特に目玉として取り上げたという62。
更に、バイデン政権が打ち出している「アジア太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework: IPEF)」にその役割を期待する向きもある。その詳細は依然として明らかになっていないが、IPEFとは2021年10月にバイデン大統領が打ち出したアジア太平洋地域における貿易・経済イニシアチブである。例えば、韓国の呂翰九(Yeo Han-koo)通商本部長は、IPEF参加国が米EU-TTCを輸出管理協力の参照点とすることを提唱していた63。米EU-TTCをモデルとしてIPEFは輸出管理を扱うべきであるという議論である。また、IPEFで輸出管理を扱うべきだという議論は米産業界でも見られる。例えばインテルは、米商務省に対するパブリックコメントの中で、IPEFにおける輸出管理が国際安全保障の保護と平等な競争条件を保証するとして、「IPEFは、各国が協力して輸出管理政策を調整する機会を提供する」としていた64。また、米国半導体工業会(SIA: Semiconductor Industry Association)、国際半導体製造装置材料協会(Semiconductor Equipment and Materials International: SEMI)、技術情報・イノベーション財団(Information Technology &Innovation Foundation)等もIPEFで輸出管理を扱うことについての課題や留意点等を米商務省に提言している65。これらの議論の鍵は、IPEFが輸出管理を扱うことで輸出管理が多角的に実行されるため、その安全保障上の効果が期待されるとともに、米国による単独規制が回避されるというものであった。そこには、国際ビジネス場裏で不利な立場に立たされることを回避したいという米産業界の思惑が窺える。
以上の点に鑑みると、複数の輸出管理のためのプラットフォームが林立し、さながら輸出管理の国際制度複合体(institutional complex)が現れるという状況が起きる可能性が考えられる。「グローバル輸出管理連合」、米EU-TTC、印EU-TTC、IPEFのみならず、昨年12月に立ち上げが発表された「輸出管理と人権イニシアチブ(Export Controls and Human Rights Initiative)」の動向にも注目を要する。これらのプルリラテラルな措置がそれぞれの目的をもって林立する可能性がある。各国政府は複数の輸出管理プラットフォームをフォーラムショッピングすることになるかもしれない。また、既存の国際輸出管理レジーム(NSG、AG、MTCR、WA)との関係性が問われるかもしれない。
今後の輸出管理の国際連携の在り方がどのようなかたちになるのか、現時点では予断をもって言うことは難しい。しかしロシアによるウクライナ侵略を受けて展開された大規模かつ迅速な対露輸出管理等が輸出管理の国際連携のあり方に大きな影響を与えたことは間違いない。そうした新たな輸出管理の国際連携のあり方は、国際および国家安全保障のみならず、サプライチェーンの再編を含む国際経済の様態にも影響を及ぼす。輸出管理の国際連携のための諸枠組みの動向に注目する必要があるのは、そのためである。
(2022年4月27日脱稿)