「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
1. 「変わるドイツ」
2月24日にロシアがキエフを含めたウクライナ全土への軍事侵略を進めると、欧州は再び戦争の地となった。こうした欧州の安全保障環境の変化は当然のことながら欧州各国の安全保障政策に影響を及ぼし、2月27日にドイツのショルツ首相が国会でウクライナへの武器供与と「対GDP比2%」の防衛費引き上げを約束したことは、こうした「変化」の代表例として受け止められている1。
ウクライナ危機に対するドイツの対応は長らく批判の的だった。1月に緊張感の高まるウクライナに5000個のヘルメットを送る決定をしたことはとりわけ強く批判された2。一方で、1月31日から2月2日にかけて行われたドイツの世論調査では、実に71%の国民がウクライナへの武器供与に否定的な立場を取り、ドイツ政府の方針を支持していた3。こうした世論が24日の侵略開始を境に一気にひっくり返った。今やドイツ全土でウクライナ支持を呼びかけるデモが行われ、世論調査でもショルツ政権の「新方針」は支持されている4。
2. ドイツの「反軍国主義(antimilitarism)」
ドイツの「変化」に触れるためには、変化する前のドイツに触れなくてはならない。長らくドイツの安全保障政策を特徴づけているとされてきたのが、いわゆる「反軍国主義」的文化である。冷戦が終結し、東西再統一を果たすと、ドイツは名実ともに欧州の大国となった。一方で、冷戦終結時、統一を果たしたドイツがその経済的パワーに見合うだけの軍事的パワーを手に入れることになるだろうという一部の研究者の予測はその後長らく裏切られることとなった5。
こうした政策に注目したのが文化論者である。彼らは「反軍国主義」という観点からドイツの安全保障的消極性を説明した6。彼らによると、第二次世界大戦の記憶とその後の教育によって、ドイツ国民は戦争を忌避する規範を受け入れており、その文化は冷戦が終結しても変わることはない。こうした「反軍国主義」的文化とそれに基づく政策はドイツの政策の特徴として言及された。これらの研究が示すドイツ国民の傾向は、ロシアのウクライナ侵略開始の直前に行われた前述の世論調査でも示されていたと言える。また、中国やロシアに対してドイツが取ってきた政策も、こうした文化と組み合わせて語られることが多かった。つまり、直接的な対決を避け、関わることによって相手の変化を期待する、という政策である。
こうしたドイツの政策は中国やロシアに対して、あまりに「甘い」という批判も浴びてきた。その一方で、アメリカにトランプ政権が誕生した際には、まさにこうした「非対決的な」ドイツ(とりわけメルケル前首相)の中国やロシアへの姿勢がリベラルデモクラシーの最後の砦のように表現されたことも記憶に新しい。いずれにせよ、ドイツのこうした対外政策姿勢は独特の文化として理解されることが多く、それが時に批判を浴び、時に賞賛を浴びてきた。
3. ドイツの「人道主義」
この文化論的研究をさらに発展させたのがハンス・マウルである。彼はドイツを「シビリアン・パワー(Civilian Power)」と名づけ、普通の大国とは異なり、国外における武力行使を忌避する国家であるとした7。マウルはドイツの対外政策には「2度と戦争しない(never again)」=非戦主義と「2度と単独行動をしない(never alone)」=多国間主義という原則があると説明した。そして1999年のNATOによるコソボ空爆時に新たに加わったのが、第三の原則「2度とアウシュビッツを起こさせない(never again Auschwitz)」=人道主義であると分析する。
この"never again Auschwitz"は1999年当時の赤緑連合(ドイツ社会民主党と緑の党による連立政権)の外相ヨシュカ・フィッシャー(緑の党)による発言を元にしている。当時の緑の党は岐路に立たされていた。冷戦は終結したが、ドイツ固有の「非戦主義」が変わったわけではない。68年運動と呼ばれる学生運動に源流を持つ緑の党ではとりわけ非戦主義が根強かった。一方で、コソボではあまりにも非人道的な行為が繰り返されていた。こうした中でフィッシャー外相が打ち出したのが"Nie Wieder Auschwitz (never again Auschwitz)" というフレーズであった8。
すなわち、"never again"という原則を頑迷に守っていては、救われない命がある。そして、ナチスという歴史的に見ても凶悪な人道に対する罪を犯した国家であればこそ、ドイツ政府にはそうした無辜の民の命を救う人道的責務がある、というのがフィッシャーの発言の大意である。NATOのコソボ空爆に加わることは"never again"という原則を破るものではあったが、"never alone"と、新たに加わった"never again Auschwitz"の原則を満たすものとして国内でその行為が正当化された9。
このことからも明らかなように、3つの原則を同時に満たすことは不可能である。コソボ空爆に参加したように多国間主義と人道主義を志向すると、非戦主義を諦めなくてはならない。しかしながら、ドイツの非戦主義がなくなったわけではないことは、2月24日までのドイツ世論を見ても明らかであることは先述のとおりである。
こうした観点から考えると、今回のロシアによるウクライナ侵攻で多くの無辜の人々が命を落としている現状に対してドイツ人が強い反感を覚えるのも、必ずしも驚くべきことではない。すなわち、再度人道主義と多国間主義が尊重され、非戦主義がある程度抑えられる、という状態である。ウクライナで失われていく市民の命に強い関心を寄せるドイツ市民の人道主義は、すでに1999年時点で観察できるのである。
4. 「自衛のための防衛政策」
では、今回のウクライナ侵攻はドイツに何の変化ももたらさなかったのだろうか。
今回のショルツ首相の発言に新しいものがあるとすれば、それは「自衛のための防衛政策」という考え方が打ち出されたことであろう。ショルツによれば、「自由と民主主義を守るために、私たちは国の安全保障に大幅な投資をする必要がある」10。これまで、第二次世界大戦の歴史ゆえに自国が拡大主義に陥らないことを課してきたドイツにとって、「侵略される危機感」がこれほどまでに意識されたことはなかった。
一方で、「自衛のための防衛政策」という考え方自体が全く新しいものではないことは誰が見ても明らかである。国連憲章の通り、全ての主権国家は自衛のための戦力を持つことを許され、いざという時にはその戦力を行使する権利を有している。また、今回大きく取り上げられている防衛費の「対GDP比2%」という目標は、2014年の NATO加盟国内の取り決めですでに決定されており、2017年以来防衛費は増額されていた。これは2024年までの達成を目指す努力目標であり、2014年に 3240万ユーロだった防衛費は2019年には4320万ユーロまで増加していた11。予算そのものの増加率としては実に25%の増加を意味したが、対GDP比としては1.18%から1.36%の増加にすぎなかった。2021年の国防予算案を見ると、おそらく2024年までに対GDP比1.5%程度が見込まれる予定であったことが伺える12。一方で、対GDP比1.5%という数字にさえ国内からは批判が寄せられていた。例えば、「ドイツの経済規模を考えると、対GDP比1.5%で既に軍国主義的な防衛費である」というような考え方がそれである13。今回のショルツの「新方針」はNATOとの約束を強化・加速するものであり、これに対する国内の批判が弱まったとみることができるだろう。
おわりに
このように、一つ一つ原則が追加されていくというのが、ドイツの「変化」の道筋であり、その対外政策がある日突然180度変わるということは想像し難い。その意味では、今回のドイツ政府と世論の反応をもって彼らが「反軍国主義」から離れたと理解するのは早計である。既に、増加した防衛費の使い道について各党で意見が分かれているとの報道もある14。さらに、コソボで根付いた人道主義が今回のドイツの行動の大きな指針となっていることも各地で盛んに行われているデモ活動で明らかである。そしてここに新たに付け加わったのが脅威認識の変化であり、今後のドイツの対外政策を規定していく新たな原則になっていくのだろう。