国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2021-03)
バイデン政権とキューバ新体制下の米国・キューバ関係

2021-05-24
渡邉優(防衛大学校教授/日本国際問題研究所客員研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

2021年1月に米国でバイデン政権が誕生し、4月にはキューバ共産党大会で指導者が交代して新体制が発足した。本稿では、米国・キューバ関係と国際政治、党大会後の社会主義キューバの行方、そして両国関係の今後につき、従来の経緯を振り返りつつ分析したい。

米国・キューバ関係と国際政治

キューバは面積11万㎢、人口1,100万人の小国だが、国際関係においては目を離すことのできない国である。米国から僅か90マイルのキューバ島は、大西洋・カリブ海・メキシコ湾及び(パナマ運河を通じて)太平洋を繋ぐ海路の中心に位置する要衝の地である。ここに社会主義、反帝国主義、マルクス・レーニン主義経済を国是とする政権が存在し、かつてはキューバ・ミサイル危機の舞台となり、今でもキューバ東部グアンタナモの米海軍基地を挟んで両国が対峙しているのである。

キューバはまた、反帝国主義思想や現行国際秩序への挑戦を訴えて、世界の現状に不満を持つ国々の共感を引き付けている。非同盟運動やG77等のイデオローグとして、債務削減や発展の権利等多くのイニシアティヴを通じて開発途上国の利益を代弁し、高い外交力を誇っているのである。約1000年間分断していたローマ・カトリック教会とロシア正教会トップの会談を斡旋し、或いはコロンビア政府とゲリラの和解を仲介したのもキューバであった。

社会主義国キューバはニカラグア、ベネズエラ等中南米の左派勢力の他、中国、ロシア、北朝鮮、シリア、イラン等とも緊密な協力関係にある。アンゴラ、エチオピア、コンゴ民主共和国、ニカラグア等に派兵して戦局を左右し、現在もベネズエラに約15,000人の軍事・治安要員を派遣しているとされる。2013年にキューバ発北朝鮮向けの貨物からミサイル関連物資が押収された事件も記憶に新しい。ロシアはキューバに改めて軍事拠点を設ける可能性を検討している由である。

米国・キューバ関係の緊張によって、キューバとこれら左派・権威主義的諸国との軍事的・経済的つながりが強化されれば、米国・キューバ関係のみならず米州そして世界の戦略環境にも影響を及ぼし得る問題となる。

キューバ共産党大会と社会主義キューバの行方

さてそのキューバは1959年の革命以来、革命の元勲フィデル・カストロ(2016年死去)と、後を継いだ弟のラウル・カストロ(89歳。以下ラウル)のカリスマと権威の下に約60年間、堅固な共産党組織を作り、反体制派の活動を抑圧しつつ、社会主義体制を維持している。

経済面では依然マルクス・レーニン主義による計画経済を墨守している。1990年代にソ連の崩壊によってその庇護を失い、米国による経済制裁強化も重なって経済困難に直面した。今世紀に入りベネズエラから破格の石油供給を受けて一息つき、オバマ政権時には米国と外交関係を再開し、制裁が一部緩和されたおかげで欧州諸国や日本もキューバに目を向け始め、好転の兆しも見られた。しかし期待された成果を生まないうちに、トランプ政権が誕生して制裁が再度強化され、頼りのベネズエラも失速、更にコロナ禍が追い打ちをかけて、現在は未曾有の経済危機に直面している。2020年の経済成長率はマイナス11%に落ち込んだ。

キューバでは共産党が「社会及び国家の最高指導勢力」(憲法第5条)であり、国家の最重要事項は5年毎に開催される共産党大会で決定される。上記のような経済苦境の中で2021年4月16日~19日に開かれた第8回共産党大会では、予定通りの第一書記交替に加え、政治・経済・外交の面でいかなる政策が打ち出されるのか注目されていた。以下は特に注目される同大会の主要なポイントである。

政治局人事と政治

キューバではカストロ兄弟が長らく共産党と政府のトップを占めてきたが、ディアスカネル国家評議会第一副議長が既に2019年ラウルの後を継いで行政府の長である大統領(当時は国家評議会議長)に昇格しており、今次党大会で共産党第一書記に就任するのは既定の人事、つまりラウルからの禅譲であった。党大会ではまた、革命を成し遂げた世代の殆どが政治局を退き、世代交代が一気に進んだ1

だが、党第一書記と大統領を兼ねても全権を掌握する訳ではない。ディアスカネルは革命後の世代でフィデルやラウルのようなカリスマも権威も待たず、両カストロの下で昇進してきた党官僚なので、まずは党内・政府内での権力固めに勤しむこととなろう。党内勢力について留意すべきは、今回ロペス・カジェハ将軍が政治局入りしたことである。報道ではラウルの元娘婿と紹介されているが、実はキューバ革命軍傘下のGAESA社社長であることに意味がある。同社の活動は観光、建設、流通等でGDPの80%を占めるとも言われ、いわば既得権益の代表者が政治局に入って党内の発言力を維持し、又は高めたとも読める人事である。

ディアスカネル新第一書記は若く(61歳)、開放的・庶民的なスタイルを売り物にしているが、同時に反体制派の抑圧を厭わず、常に社会主義の堅持を強調する保守的な面も持ち合わせる。後述の経済苦境に対する国民の不満と自由を求める声はかつてなく高まっているが、権力基盤の乏しさと相まって、直ちに政治活動や言論の自由化を広く認めるような、社会主義体制の基盤を揺るがしかねない施策は取られないだろう。

経済

前述したキューバ経済困窮の原因である①マルクス・レーニン主義経済自身の問題、②米国の制裁、③他の要因(コロナ禍、ベネズエラの凋落等)のうち、①はキューバ自身が取り組める課題である。エコノミストの多くは経済の自由化と対外開放が唯一の処方箋であると見ており、ラウルが実権を固めた2011年の第6回共産党大会以降、極めて限定的ではあるが(即ち、中国のような社会主義市場経済化は否定し、国有・国営による計画経済を基本とする等の枠内で、また軍関係企業や官僚主義の抵抗を受けつつ)、ゆっくりと自営業や不動産取引の許可等の自由化を行ってきた。2021年初には通貨・為替レート統合という、それなりに意味のある改革措置が採られたものの2、インフレと物資不足、闇ドルの横行という副作用を招いて国民生活は更に困窮している3。配給所で数時間並んでも基礎的食糧や医薬品が入手できず、闇ドルで輸入品を入手できる階層との格差がますます拡大している。昨年末には、かつてのキューバでは考えられなかった抗議活動が公然と行われ始め、またキューバを脱出する者も増えている4

そのような状況下で開催された4月の共産党大会で、何らかの打開策が発表されるかとの期待も一部にあったが、結局現行路線を継続していく以外に、経済浮揚策の提示はなかった5。軍や国営企業の既得権益と官僚主義の壁は依然として厚い。キューバ経済が早急に回復するシナリオは期待薄であり、更に経済苦境が続いて社会不安が深刻化し、社会主義体制が揺らぐ事態に至るかもしれない。

対米関係

2015年、米国とキューバは(キューバ革命後の)1961年以降断絶されていた外交関係を再開し、米国は対キューバ経済政策を一部緩和、2016年にはオバマ大統領がキューバを訪問して関係改善は大いに進んだが、トランプ政権はオバマ政権下の緩和措置を取り消し、キューバ軍関連企業との取引禁止、テロ支援国家の再指定等、制裁を強化して両国関係は一機に冷え込んだ。

バイデン大統領は大統領選挙戦中からトランプ政権の対キューバ政策を撤回すると述べ、キューバもディアスカネル大統領が米国との建設的な関係への期待をツイートするなど関係改善が期待されていたが、バイデン政権発足後には米政府当局者が「対キューバ政策は最優先事項ではない」と述べる中6、キューバの出方が注目される共産党大会であった。

今次共産党大会の諸文書や演説では対米批判に多くが割かれた。ラウル第一書記の中央報告では33ページのうち7ページ強が対米批判に充てられ、ディアスカネル新第一書記は、米国の制裁が「人道に対する罪」であり「冷酷なジェノサイド政策」とまで評している。同時に「米国との間では、キューバが革命や社会主義の原則を放棄したり、主権と独立に反する譲歩をすることなく、、、相互に敬意を持った対話を進め、新しい関係を築きたい」(ラウル第一書記中央報告)として、関係改善には期待を表明している7。対米批判と関係改善への期待という一見相反するメッセージは、キューバの発信手法としては珍しいことではない。今回の共産党大会でも、キューバの体制や政策は変えるつもりはないが、米国からの「一方的な」歩み寄りを期待しているという趣旨であろう。共産党の世代交代とトップの禅譲という機微な事項を扱う党大会で、対米強硬姿勢を見せたのは当然とも言えるだろう。

今後の米国・キューバ関係の見通し

本稿執筆の2021年5月時点ではトランプ政権下の制裁強化策は維持されたままである。その背景とされるのは米国内政事情である。2020年11月の選挙では最大のスイングステートであるフロリダ州において、キューバ系の反カストロ勢力が共和党躍進に一役買ったとされる8。連邦上院に議席を持つ3名のキューバ系議員は、共和党のルビオ、クルスのみならず、民主党のメネンデス上院外交委員長でさえ社会主義キューバに厳しい立場である等9、2022年の中間選挙を控えるバイデン政権にとって、キューバとの関係改善は早急な成果が期待し難く内政上のコストが高い案件なのである。キューバも前述のような国内事情から、米国に対する歩み寄りの国内政治上のハードルは低くない10

一方で、米国内にはリーヒー上院議員(民主党)を筆頭としてキューバとの関係改善を求めるグループもあり11、キューバ系米国人の中にもキューバに残った親類を気遣う人も多い。何よりトランプ政権の対キューバ政策見直しはバイデン大統領の選挙公約である。キューバ側にしても、頼みの綱のベネズエラは依然混迷を続け、世銀もIMFも米州開発銀行(IDB)も支援が期待できず(キューバは加盟国ではない)、オバマ時代の関係改善によって観光増大、送金増加、諸外国からの投資機運の盛り上がり等で経済が上向いたことを覚えている。双方とも、大きな国内の反発を呼ばないシナリオで、かつ適切なタイミングで関係改善に向けて歩を進めるのではなかろうか12

第一歩を踏み出し易いのは、権力基盤の固まっていないキューバの新政権ではなく、米国側であろう。タイミングの判断は難しいが、人道的な措置、キューバの民主化に貢献する措置、技術的・事務的に対処できる措置は反発が少ないだろう。例えばキューバ系米国人からキューバの親類への送金制限撤廃、商業便の再開による親族訪問、オバマ時代に開始した政府間諸対話の再開、臨時代理大使に替えて本任大使の任命、さらに2万人/年の移住査証供与の再開等である。一方キューバ側から米国に提供できる事は少ないが、政治犯の釈放、革命時の接収資産補償交渉の開始等は、比較的ハードルが低いと思われる。とは言え、その第一歩の後も、キューバ側に抜本的な変革がない限り、関係改善は相当時間のかかるプロセスとなろう。




1 "Nuevo Buró Político, Secretariado y miembros del Comité Central del Partido Comunista de Cuba", Partido Comunista de Cuba, 19 de abril de 2021.

2 キューバでは従来、(外貨に兌換できない)人民ペソと兌換ペソ(1兌換ペソ=24ドル)の2通貨が流通しており、両通貨の交換レートが複数存在していたため経済を歪めていたが、2021年1月に兌換ペソが廃止されて人民ペソのみとなり、かつ人民ペソと米ドルの公定為替レートが24:1に固定された。旧制度の経済的問題点については以下を参照。渡邉優『知られざるキューバ -外交官の見たキューバのリアル-』ベレ出版、2018年、80-86頁。

3 4月時点の闇ドルレートは公定レートの倍に相当する50:1と言われる。2021年のインフレ率は900%に上るとの予測もある。

4 2021年2月にメキシコで米国への難民申請中の71,021人中16%がキューバ人、同1月にボートで米国亡命を目指したキューバ人は前年同月比3倍と言われる。William M. Leogrande, "Cuba's economic woes may fuel America's next migrant crisis", The Conversation, April 16, 2021.

5 党大会では、基本的資産手段は全人民の所有(つまり国有・国営)が基本であり自営業拡大には限界があると強調され、むしろ経済自由化に後ろ向きの印象を与えたかもしれない。"Resolución del 8vo.Congreso del Partido sobre el Estado de la Implementación de los Lineamientos de la Polírica Económica y Social del Partido y la Revolución desde el 6to. Congreso hasta la fecha y la Actualización de estos para el período 2021-2026", 18 de abril de 2021, "Resolución del 8vo. Congreso del Partido sobre la Actualización de la Conceptualización del Modelo Económico y Social Cubano de Desarrollo Socialista", 18 de abril de 2021.

6 ホワイトハウスのサキ報道官、ゴンサレスNSC西半球担当部長の発言。Carmen Sesin and Orlando Matos, "Raul Castro confirms he's stepping down, says he's fulfilled his mission", NBC News, April 21, 2021.

7 Raúl Castro Ruz, "Informe Central al 8vo. Congreso del Partido Comunista de Cuba", 17 de abril de 2021. 及び"Díaz-Canel: ≪Entre los revolucioinarios, los comunistas vamos al frente≫", "Granma", 20 de abril de 2021.

8 フロリダ州における2020年11月選挙時のキューバ系投票動向については、平田健治「米国の対キューバ、ベネズエラ政策とフロリダ州での選挙」『ラテンアメリカ時報』2021年春号, No.1434, 12-15頁。

9 メネンデス上院外交委員長はたびたび英語とスペイン語でキューバの人権状況を批判するスピーチを行っている。2月17日のビデオメッセージは特に手厳しい。https://www.miamiherald.com/news/nation-world/world/americas/cuba/article249326850.html

10 オバマ大統領がキューバとの外交関係回復に向けてのキューバとの対話を発表したのが2014年12月、つまり任期中最後の中間選挙の直後だったことも勘案し、米国は2022年の中間選挙終了まで対キューバ政策の見直しに手をつけないだろうとの見方もある。

11 80名の民主党連邦議員が連名で、対キューバ関係をオバマ時代に戻すようバイデン大統領に求める書簡を発出した。Catherine Osborn, "Latin America Brief", "Foreign Policy", April 22, 2021.

12 両国の事情については以下も参照。渡邉優「バイデン政権『米キューバ関係正常化』への遠い道のり」『Foresight』、2021年2月9日。