国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2021-01)
新台湾条項:台湾と日本の安全保障

2021-05-11
小谷哲男(明海大学教授/日本国際問題研究所主任研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

菅義偉総理とジョー・バイデン大統領の首脳会談が2021年4月16日に行われ、共同声明が発表された。その中で、1969年以来52年ぶりに日米の首脳によって台湾海峡の安全の重要性が強調され、日米両国が台湾情勢の現状に懸念を強めていることが確認された。首脳会談後に日本経済新聞社が行った日本国内の世論調査では、日米首脳会談そのものについて「評価する」としたのは50パーセントであったが(「評価しない」は32パーセント)、日本が台湾海峡の安定に関与することについては「賛成」が74パーセントで、「反対」は13%にとどまった。この数字は、専門家の間でもやや驚きを持って受け止められている。

以下では、このような台湾をめぐる日本の認識の変化について分析した上で、日米首脳共同声明に基づいて今後日本が取り組むべき課題について検討する。

半世紀前の台湾条項

日米の首脳が台湾海峡の安全の重要性を確認したのは半世紀ぶりであるが、1969年当時と今とでは台湾を取り巻く環境が大きく異なる。同年11月にワシントンを訪問した佐藤栄作総理は、リチャード・ニクソン大統領と沖縄返還に関する共同声明を発表し、韓国の安全は日本自身の安全にとって「緊要」、「台湾地域」における平和と安全の維持も日本の安全にとって「きわめて重要」と表現したため、それぞれ「韓国条項」、「台湾条項」と呼ばれた。これには、沖縄返還と引き換えに、日本側が極東有事の際に日米安保条約第6条に基づいて在日米軍基地の柔軟な運用を保証するという意味が込められていた。

しかし、日本側は韓国条項と台湾条項を同列に扱ってはいなかった。共同声明発表後の記者会見に臨んだ佐藤総理は、韓国に対する武力攻撃は日本に重要な影響を及ぼすと述べ、在日米軍基地の使用に関する事前協議で前向きかつ迅速に態度を示すとしている。一方、台湾に関しては、有事の際の米国の防衛義務を評価するとしながらも、「幸いにしてそのような事態は予見されない」と述べ、台湾に関して差し迫った脅威はないという認識を示した。

これは当時の米中の軍事バランスが圧倒的に米国に有利であったことを考えれば当然の認識で、加えて日本国内で中国との関係正常化を求める勢いが増していたことも反映していた。実際、その後の米中接近をうけて、日本政府は「情勢が変わった」と台湾条項をなかったものにしようとし、1972年に日中国交正常化をまとめて北京から帰国した田中角栄総理は、台湾条項はもはや「学問的」研究の対象に過ぎないと述べるにいたった。その後、中国と米国はソ連に対する「暗黙の同盟」を結び、台湾が日本の安全保障との関連で議論されることもなくなっていった。

しかし、冷戦が終わると、台湾問題は冷戦の遺産として再び注目を集めることになった。冷戦後に「漂流」した日米同盟を見直す作業は、直接的には北朝鮮核危機をきっかけに始まったが、1996年の台湾海峡危機によって、日本の「周辺事態」に台湾有事が含まれ得ることが再確認された。それでも、米中の軍事バランスは依然として米国に有利であり、台湾海峡危機も米国が2つの米空母打撃群を台湾海峡近海に展開することで収束した。他方で、この時の屈辱から、中国は台湾有事への米軍の介入を阻止する能力の開発に全力で取り組むことになった。

2005年の日米2プラス2では、「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す」ことが共通戦略目標の1つとして明記された。これは、中国が台湾の独立を阻止するために武力の行使を認める「反国家分裂法」の制定を進めていた一方、台湾では民進党の陳水扁政権が独立を目指すかのような動きをみせていたことをうけたものであった。しかし、その後国民党の馬英九政権が誕生すると、中台関係は劇的に改善し、むしろ台湾が中国に平和的に取り込まれていくことが懸念されるようになった。

新台湾条項の背景

ところが、2016年に台湾で1992年に中台が1つの中国原則を確認したことを認めない蔡英文政権が誕生すると、中国は台湾に対して外交面、経済面、そして中国の空母や爆撃機に台湾を1周させるなど軍事面で威圧を強めるようになった。2019年に習近平国家主席は、自らの掲げる「中華民族の偉大な復興」には台湾の統一が不可欠であるとし、「一国二制度」での統一を台湾に呼びかけるとともに、独立に向けた動きに対しては武力の行使を排除しないことを改めて確認した。香港における「一国二制度」がないがしろにされていく中、一国二制度を拒否した蔡英文総統が2020年に再選すると、中国の軍用機が台湾海峡の中間線を越えて台湾の防空識別圏に入ることが繰り返されるようになり、不測の事態が起こる懸念がさらに高まるようになった。

この間、中国は介入阻止能力を高め、米国はこれを「接近阻止・領域拒否」(A2/AD)能力と呼んで警戒感を強めるようになった。中国は「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイルの開発や静寂な潜水艦の導入に加え、空母の運用も本格化させ、衛星破壊能力、サイバー攻撃能力、電子戦など非対称能力の開発と導入も行ってきた。南シナ海では人工島の軍事化が進み、迎撃が困難とされる極超音速滑空兵器の配備も報じられている。加えて、核戦力の近代化と大型の強襲揚陸艦の導入などパワープロジェクション能力の向上もみられる。

2021年3月の上院公聴会で、退任を目前に控えたインド太平洋軍のフィル・デイビッドソン司令官は、人民解放軍の過去20年間の能力の向上をチャートで示しながら、西太平洋における軍事バランスが米軍にさらに不利なものになりつつあると証言した。そして、中国でナショナリズムが高まる中、「今後6年以内に」中国が台湾に侵攻する可能性に言及し、米国の台湾防衛義務に関する「戦略的曖昧性」について見直しを含めた議論が必要と答えた。米軍が行う机上演習では、米軍が人民解放軍に敗北することが増えているとされ、同司令官の発言は米軍の中に広がる危機感を反映している。

一方、日本では台湾有事が日本有事になる懸念が高まっている。台湾と沖縄は地理的にも近接しており、中国が台湾に武力侵攻するとすれば、在沖米軍基地に対する攻撃が想定されるからである。また、中国は尖閣諸島を沖縄ではなく台湾の一部と主張しているため、台湾侵攻と同時に尖閣諸島の奪取を行う可能性もある。2017年に日米は朝鮮半島有事に備えた共同作戦計画を策定したと報じられているが、台湾有事に関する共同作戦計画は策定されていないとされる。しかし、日本および日米同盟にとって、台湾有事は決して学問的研究の対象ではなく、今や現実的な政策課題なのである。

このような背景の下、菅・バイデン共同声明に新台湾条項が含まれた。報道では、米側が首脳共同声明で台湾に関して言及することを求め、日本側が渋々これに応じたとされているが、台湾をめぐる情勢認識に関して両国間に齟齬はない。重要なことは、新台湾条項は日米安保条約第6条よりも、日本有事での日米協力に関する第5条に基づいて検討するべき課題だということである。

日本が取り組むべき課題

では、日本はどのようにこの課題に取り組むべきであろうか。まず、日本は多次元統合防衛力を着実に整備し、同時に日米防衛協力をさらに深めることで、間接的に台湾の防衛に貢献するべきである。そのためには、日米で尖閣諸島を含む南西諸島防衛のみならず、台湾有事に関する共同作戦計画を立案し、それに基づいて共同訓練と演習を行う必要がある。また、中国が保有する1200発以上のミサイルに有効に対処するためには、日米双方がミサイル防衛能力を高めるとともに、日米双方が第一列島線上に中距離ミサイルを配備する必要がある。これは日本国内では地元との難しい調整が必要になるが、抑止力と対処力を向上させるには避けては通れない問題である。

次に、日本は台湾との防衛協力のあり方についても検討する必要がある。1つの中国政策の下では、直接的な防衛協力には制限があるが、バシー海峡における人民解放軍の動静は共通の関心事であり、直接または米国を介した間接的な情報協力を模索するべきである。加えて、ヒトとヒトの交流も、民間のプラットフォームを活用するなどして拡大するべきである。加えて、米国が主催するRIMPACや、日米印のマラバール海軍演習など、多国間の枠組みを活用して、台湾軍と自衛隊の連携を深めることも検討する必要がある。

また、台湾海峡の平和と安定を維持するためには、中台の軍事バランスが圧倒的に中国に有利な状況を変えていく必要がある。米国は台湾関係法に基づいて、台湾に対して武器を提供している。トランプ前政権は、無人機、大型誘導機雷、対艦ミサイル、自走榴弾砲や対戦車ミサイル等の積極的な売却や、PAC-3迎撃ミサイルの延命などを通じ、台湾の防衛努力を支援し続けた。バイデン政権も、台湾の防衛努力を支援することが期待される。日本としても、米国や欧州各国が1つの中国政策の下でも台湾に武器供与をしている現状をふまえて、法的な基盤を整備することが求められている。

中国がナショナリズムに基づく統治を強める中で台湾海峡の緊張が高まり、日米同盟は過去70年で最大の試練の時を迎えようとしている。中国の経済力は2030年には米国に追いつくという見立てがあり、米中の軍事バランスも中国により有利なものとなるであろう。米国が単独で中国の軍事的挑戦に立ち向かうことは、ますます難しくなっていく。だからこそ、日米が適切な役割分担の下で対処力と抑止力を高めて、尖閣諸島と台湾に対する武力攻撃を抑止する必要がある。

首脳間の共同声明は始まりに過ぎない。日米は2021年の末までに再度2プラス2を開催し、具体的な協力の成果を確認することになっている。8割近い世論が新台湾条項を支持する中、日本は早急に2013年に策定した国家安全保障戦略の見直しに着手し、日米同盟の強化に取り組むとともに、台湾海峡の平和と安定に貢献するべきである。