国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2020-9)
続・新型肺炎の流行と中国の政治経済への影響

2020-05-01
李昊(日本国際問題研究所研究員)
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 2020年3月上旬に、筆者は新型コロナウイルスによる肺炎(COVID-19)流行への中国の対応について、小文を発表した。しかし、今や事態は異なる段階へと進行した。世界史に残るパンデミックが発生し、当初中国を冷やかにみていた欧米諸国でも感染拡大が止まらない状況である。特に米国は感染者数、死者数共に中国を大幅に超え、最大の感染国となってしまった。一方、中国は感染拡大を封じ込めつつあり、経済活動の再開に向けて進み始めたように見える。しかし、依然として多くの問題が残されている。本稿では、3月以降の新型コロナウイルス流行に関する中国の情勢について簡単に考察したい。

封じ込め成功といくつかの問題

 中国は全国的に厳しい都市封鎖、移動制限を設け、新型コロナウイルスの流行を封じ込めようと努めてきた。その成果は現れ、中国での感染は確実に抑えられていった。3月10日、習近平は満を持して武漢を視察し、疫病と闘った武漢の医療従事者や人々を英雄としてたたえた。戦勝ムードが漂う中、各地方の経済活動も徐々に再開され、4月8日にはついに武漢市の都市封鎖が解除された。延期となっていた全国人民代表大会も5月22日の開催が宣言された。いよいよ新型コロナウイルスとの闘いに対する勝利宣言がなされようとしていると言えよう。
 初動の遅れは明らかではあったものの、その後の強力な封じ込め策は基本的に成功したと言えよう。しかし、依然としていくつか重大な問題が残されている。
 新型コロナウイルスは今や全世界で流行しており、3月以降も海外から中国への入国者を中心に多くの感染者が観測されている。例えば、中露国境の黒龍江省綏芬河市には4月26日時点で、380もの感染者がいる。中国は出入国管理を強化し、水際でウイルスの流入を防ぐことに努めているが、これを突破されると、再び感染拡大のリスクが高まることになる。未だ治癒していない患者がいるほか、無症状の感染者も毎日観測されており、国内でも完全に抑え込んだといえる状況ではない。新型コロナウイルスにはワクチンがなく、常に第二波の感染拡大の恐怖を抱えている状態である。
 他方、経済情勢も厳しい。第1四半期の国内総生産(GDP)成長率はマイナス6.8%と前代未聞の数字となり、深刻なダメージが明らかとなった。しかし経済活動の再開によって、ソーシャル・ディスタンシングが維持されなくなれば、再び感染が拡大するリスクも当然ある。
 新型コロナウイルスへの対応でも、経済活動の再開でも最前線に立つのは地方政府である。二つの政治課題は、相矛盾しながらも、いずれも失敗が許されない。地方政府は厳しい舵取りを強いられる。再び感染が拡大することを恐れて、経済刺激に踏み切れない地方も少なくない。習近平政権は当然、今年の残り期間で経済のV字回復を図るものの、それがどの程度実現できるかは不透明である。
 もう一点、習近平政権にとって、新型コロナウイルス対応の総括は常に潜在的に問題となりうる。習近平は宣伝工作によって、責任を地方幹部に負わせ、自らは対応の先頭になっているというイメージをアピールしており、現在のところある程度成功しているように見える。しかし、流行が落ち着いた後、初動の遅れが蒸し返される可能性は常にある。SARS流行時、胡錦濤政権は発足間も無く、SARS対応によって対抗勢力に責任を取らせ、情報の透明性を高めることで政権を強化することに成功した。しかし、誰もが知るように、習近平政権はSARS流行時の胡錦濤政権とは異なり、すでに集権的体制を築き上げており、様々な政策課題において習近平のリーダーシップが確立されている。そのような体制の下で、新型コロナウイルス対応において、地方幹部だけが責任を取って済むのかというのは、一つの論点となるだろう。この問題は、習近平の個人的権威の強さや国内の権力闘争の展開と密接に関わるため、流動的であると思われる。少なくとも今のところ、習近平の地位が動揺しているようには見えない。

主戦場は外交へ

 新型コロナウイルスの流行は世界的な課題となった。世界は今やパンデミックに陥り、主要国の殆どで感染拡大が続いている。中国は一足先に感染拡大から脱却できたことで、積極的な外交を展開し始めた。
 習近平政権は、発足以来、大国意識を前面に打ち出した外交を展開しているが、新型コロナウイルス対応でも同様の姿勢を見せている。中国は世界を支援し、世界から尊敬を集め、感謝されるべきであるということを強くアピールしている。しかし、この積極的な外交は、多くの問題を引き起こしている。
 米国の中国批判強化は特に重大な問題である。米国はニューヨーク州を中心に感染爆発が続いており、厳しい状況にある。当初、トランプ政権は必ずしも強い危機感を持っていなかったが、状況が悪化する中で、中国に責任を求める姿勢を鮮明にしていった。特に新型コロナウイルスの発生源をめぐる論争は、注目を浴びている。中国外交部報道官の趙立堅はウイルスが米軍によって持ち込まれたものかもしれないという陰謀論をウェブ上で披露して顰蹙をかい(後に訂正)、崔天凱駐米大使が「クレイジーな言論」と火消しに追われる事態となった。米国側は、ウイルスが武漢のウイルス研究所から漏れた可能性があるとして、調査を始めるとしている。論争はもはや科学的な問題にとどまらず、政治化されてしまった。
 米国による中国批判の一つの重点は、世界保健機関(WHO)と中国の関係である。WHOが中国寄りの姿勢を取り続けたことで、世界各国はウイルスの危険性を十分に警告されず、事態の悪化につながったという論調である。WHO、特にテドロス事務局長が一連の対応において、中国に強く配慮してきたことはもはや広く共有された認識となっている。果たしてWHOが過度に中国寄りであったのか、それによってウイルスに適切に対応できなかったのかは、現時点で断定できないとしても、公衆衛生における最重要国際機関であるWHOの政治的立場と能力に対する疑念が広く持たれる状況になっていることは事実であり、深刻な問題である。
 ヨーロッパ諸国は、中国との関係を重視し、これまで中国批判を控えてきたが、近日、ドイツやフランス、イギリスなど、ヨーロッパ主要国が次々に中国に対する不満を口にし始めている。ヨーロッパに対するコロナ外交においても、多くの問題が発生している。
 まず、中国から輸入されたマスクや医療機器に少なくない不良品が混入していた問題がある。中国は、各国が基準を満たさないものを輸入したと釈明し、自国の輸出の品質管理を強化したが、遅きに失した感がある。非常事態において、極めてデリケートな品質基準が要求される製品の提供において不手際があり、各国政府が不安と不信感を持つに至っている。
 また、中国は支援の提供に際して、相手国政府に謝意の表明を求めていると報じられている。国家同士の助け合いのなかで、互いに感謝し、協力を深めることは重要であるが、支援を提供する側が相手国に謝意の表明を強く求めるのは、健全な関係とは言えない。しかも、ウイルスに国境はないといえども、諸外国にとって、コロナ禍は中国の初動の遅れによって世界に拡大したものとの認識が根強いことも考慮しなければならない。中国としては、支援とそれに対する感謝によって、国内外へのアピールにつなげたい意図が見えるが、それが本当の意味での尊敬を集めることにつながるわけではないことは、外部観察者の立場から容易に理解できる。
 さらに、一部の外交官は、本来各国政府と連携を密にして、協力を深めなければならない立場にあるにもかかわらず、欧米の新型コロナウイルス対応に対する批判を展開し、抗議を受けた。このような傲慢とも言える言動が見られることも大きな問題である。
 中国の足元では、広州におけるアフリカ出身者に対する差別問題も無視できない。4月中旬に、広州で100を超えるアフリカ系住民の新型コロナウイルス感染が確認された。それを契機に、アフリカ系住民に対する差別的行動が多発した。アフリカ連合が中国に懸念を伝えるなど、外交問題にもなり、中国は積極的に対応するとしている。新型コロナウイルス感染拡大当初、世界各地でのアジア系の人々に対する差別が問題となったが、災害や疫病の流行と人種差別の表面化が普遍的な問題であることが再確認された。
 以上論じたように、中国は新型コロナウイルスに関わる外交において、特にパブリック・ディプロマシーにおいて、十分な成果を上げられていない。中国は世界に支援を提供し、尊敬される大国として振る舞おうとしている。しかし、過度な宣伝工作や、外交担当者の配慮のない言動は、各国にネガティブな印象を与えていると言わざるを得ない。習近平国家主席はそれを意識してか、パンデミックの中、20を超える各国首脳と頻繁に電話会談し、連帯を表明し、支援と協力を約束している。しかし、国家指導者個人の影響力は有限である。中国の国家イメージは、外交現場や企業、国民などのミクロレベルの交流にかかっている。
 なお、日中関係について言えば、政治的関係が改善傾向にあることもあって、中国側では日中協力のポジティブな報道や言及が殆どである。日本側も官では中国批判を展開していない。しかし、習近平国家主席の国賓としての訪日が延期され、日本政府が国内の感染拡大への対応に忙殺される中、メディアでは中国の積極的な外交が報じられ、世論にも一定の影響を与えている。今後、再び日中の関係深化への機運を高めることができるのかは不透明である。
 新型コロナウイルスの感染拡大は、自由と人権に対する制限という普遍的価値をめぐる難問を突きつけている。中国は人々の移動の自由を制限し、新しい科学技術を用いて人々の行動を追跡し、感染リスクを評価することで、新型コロナウイルスの封じ込めに成功しつつある。中国は自国の成功とその強権的な体制の優位性を結び付けてアピールしている。疫病を前にして、感染拡大防止、福祉の提供、経済活動の回復など、自由民主主義社会が如何に人々の生活と生命を守るのか、そのガバナンス能力が問われている。


参考資料:
李昊「新型肺炎の流行と中国の政治経済への影響」日本国際問題研究所、2020年3月9日(https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/no16.html