国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2020-5)
新型コロナパンデミックと世界経済への影響分析:ノンテクニカルサマリー

2020-04-09
柳田健介(日本国際問題研究所 研究員)
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1.はじめに

 2020年4月5日現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が確認された国・地域は177となり未曾有のパンデミックとなった1。感染者数拡大と医療体制危機が深刻となる中、ほとんどの国・地域において感染地域の封鎖や外出禁止(ロックダウン)、出入国の制限等の措置が強化されている。このため通常の経済活動は一時的に著しく制限がされ、人々の消費や生産活動に深刻な影響を与えている。まさしく、パンデミックにより「世界経済が同時に凍りつく」という状況が現実に起きている。国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事は、コロナショックによる世界経済への影響は、2008年の世界金融危機(リーマン・ショック)より「はるかに悪い」との見方を示した2
 果たして、未曽有のパンデミックがもたらす世界経済への打撃は、一体どれほどのインパクトになるのであろうか。本稿では、応用一般均衡モデル(Computable General Equilibrium (CGE))を用いて、コロナショックが世界経済へ与える影響を数量的に分析する。推計結果によると、新型コロナウイルス感染症の収束が長引き、感染拡大がするほど経済へのマイナス影響は大きくなり、リーマン・ショック級あるいはそれを超える水準になり得ることが示された。
 感染症は、地震・台風等の自然災害による影響とは異なり、生産設備そのものを破壊するわけではないので比較的短期のショックであるとみられるが、今回のコロナショックはその一撃のインパクトが桁違いに大きく、世界中の企業、労働者、家計に甚大な影響を及ぼす可能性が充分にある。新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止と早期収束に努めること、そして収束後に「元の形」で経済活動が再開できるよう、最大かつタイムリーな経済政策と国際社会が協調して取り組むことが極めて重要である。

 新型コロナウイルス感染症が世界の実体経済へ影響を及ぼす主な経路としては、(1)国内の個人消費の低迷(内需減)、(2)海外経済悪化による財貿易の減少(外需減)、(3)インバウンドの減少による観光・交通等のサービス貿易の低迷(外需減)、(4)国内の生産活動の停滞(供給減)、(5)サプライチェーンの寸断(供給減)、(6)流通システムの阻害によるコスト増、がある。
 本稿では、応用一般均衡モデル(CGE)を用いて「需要」と「供給」の2つの側面からシミュレーション分析を行った3。詳しい分析フレームとシナリオの説明については、既出の国問研コラム/レポートの「新型コロナパンデミックと世界経済への影響分析」を参照頂きたい。

2.シミュレーション結果のサマリー

 以下では、シミュレーション結果の要点を記載する。各シナリオには、「高位」と「低位」のケースを用意しており、高位は感染収束が1年ほどかかる及び感染拡大が抑制できなかった場合、低位は感染収束が3か月ほどかかる及び感染拡大が抑制できた場合と想定している。

シナリオ1:外需(輸入)減少による影響(需要面からの分析)

  • 日本の実質GDPは高位でマイナス5.4%(約27兆円)、低位でマイナス1.9%(約10兆円)となる。2009年の日本のGDP成長率はマイナス5.4%だったので、高位ではリーマン・ショック時と同等の影響となる。
  • アメリカとEU+英国の実質GDPは、それぞれ、高位でマイナス4.8%(約91兆円)とマイナス8.3%(約130兆円)、低位でマイナス1.4%(約26兆)とマイナス2.2%(約35兆円)となる。アメリカとEU+英国ともに、高位ではリーマン・ショック時の水準を超えることになる。欧米経済の落ち込みは他国・地域にも極めて大きい影響を及ぼすことになる。
  • 中国の実質GDPは高位でマイナス11.2%(約128兆円)、低位でマイナス2.9%(約33兆円)となる。リーマン・ショック時には、中国は4兆元の財政出動を行い、プラス成長をつなぎとめた。しかし、その後不良債権等の後遺症に悩まされ、また構造的な成長減速も伴い、今回同じ様な財政出動を行うのは難しいとみられている。44年ぶりのマイナス成長になるとの予測も出ているが4、試算結果はその可能性が充分にあり得ることを示している。
  • その他、東アジア諸国は、サプライチェーンを通じた製造業への影響が大きく、特に輸出依存度の高い国は大幅なマイナス成長に陥る。今回は実体経済発の危機であり、サプライチェーンへの影響も大きいことから、東アジア経済に深刻な影響を及ぼすと考えられる。
  • 豪州は鉄鋼石や石炭、ロシアは原油やガス等の資源輸出の落ち込みが打撃となる。資源需要の低迷は、資源価格の低下も引き起こす。
  • 雇用にも深刻な影響がある。日本やアメリカでは、特に製造業やサービス産業での影響が大きい。中国やアセアンでは、製造業での雇用により大きな影響がある。各国・地域の労働人口を踏まえると、日本とアメリカでは最大で数百万単位、中国とアセアンでは最大で数千万単位と、広い産業において極めて多くの労働者の雇用に影響を及ぼすことになる。

シナリオ2:生産活動及び物流システムの阻害による影響(供給面からの分析)

  • 日本の実質GDPは高位でマイナス3.9%、低位でマイナス1.7%となる。輸出に大きなマイナス影響を受けるため、全体のインパクトが増幅される。生産量でみると、第1次産業と製造業がプラスになる。これは海外製品の生産・供給が停滞し、輸入品の価格が上がることで、比較優位で生産性のある産業は国内生産へ切り替えるからである。サービス業は多くが内需型であるので生産停滞のマイナス影響は顕著となる。
  • アメリカの実質GDPは高位でマイナス2.9%、低位でマイナス1.2%となる。農産物の輸出にマイナスの影響がみられる。生産量でみると、製造業は国内生産への切り替えでプラスとなり、サービス業はマイナスとなる。
  • 中国の実質GDPは、高位でマイナス6.1%、低位でマイナス2.5%。製造業の輸出が大きなマイナス影響を受けるため、全体のインパクトが増幅される。生産量でみると、製造業とサービス業のマイナス影響が顕著である。
  • EU+英国の実質GDPは高位でマイナス6.5%、低位でマイナス3.0%となる。輸出に大きなマイナス影響を受けるため、全体のインパクトが増幅される。生産量でみると、域内サプライチェーンへの切り替えにより製造業の生産量がプラスとなり、サービス業は大きくマイナスとなる。
  • その他、アセアンや韓国・台湾・香港は、製造業の輸出に大きなマイナス影響を受けるため、大幅なマイナス幅となる。南アジアとロシアは、どちらも内需型の経済であるため国内産業の停滞によるマイナス影響は顕著となる。南アジア(インド)はサービス業のマイナス影響がとりわけ大きい。
  • 日本、アメリカ、中国、EU+英国の貿易量の落ち込みは巨額の規模となる。金額でみると、4か国・地域を合わせて、高位で輸出が約135兆円、輸入が約262兆円、低位で輸出が約63兆円、輸入が約129兆円の損失となる。

3.おわりに

 新型コロナウイルス感染症の未曽有のパンデミックがもたらす世界経済への打撃は、推計結果から、リーマン・ショック級あるいはそれを超える水準になり得ることが示された。世界同時に経済活動が凍りつく、すなわち世界経済が生産と消費の面から同時に締め上げられるという事態はこれまで経験したことがなかった。政策対応にあたっては、コロナショックの規模感を正しくつかむこと、想定外に対応できる柔軟かつイノベーティブな政策を駆使することが重要である。
 まずは各国・地域での感染拡大防止と早期収束に努めることが何より最優先である。その間、極めて広い産業の経済活動が一時的に停止することになる。企業、労働者、家計を支えるための充分な規模の経済対策が必要である。財源は、緊急時の財政対応へと舵を切り、中央銀行も役割を果たすべきであろう5。影響は経済社会に広く及ぶことが予想されるので、経済対策は裾野を広く対応できるよう設計すべきである。具体的には、中小企業への支援、労働者の雇用を守る、家計が逼迫する世帯の生活を守るといったことまで網を広げるべきである。経済ショックの影響を最も受けるのは往々にして脆弱なグループの人々である。従って、経済対策はセーフティネットの機能も充実させるべきである。経済ショックの経済社会への影響は長く残ることを考えると、セーフティネットは短期的な施策だけでなく、中長期的な施策も継続して検討すべきであろう。
 国際社会は、未曽有のパンデミックに打ち勝つために連帯を強めなければならない。脆弱な国・地域への支援も欠かせないだろう。G7・G20では財政・金融政策の協調を引き続き進めるべきである。経済対策の中身についてもベストプラクティスを共有し、セーフティネットの重要性について議論を進めるべきである。


【参考文献】
柳田健介「新型コロナパンデミックと世界経済への影響分析」日本国際問題研究所コラム/レポート、2020年4月9日

PWC. "The possible economic consequences of a novel coronavirus (COVID-19) pandemic." PWC, 2020.
Warwick McKibbin and Roshen Fernando. "The Global Macroeconomic Impacts of COVID-19: Seven Scenarios." The Brookings Institution, 2020.




1 外務省海外安全ホームページ(最終閲覧日2020年4月5日)
https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/country_count.html
2 「世界景気、金融危機より「はるかに悪い」IMF専務理事」(日経新聞2020年4月4日付)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57675600U0A400C2000000/
3 CGEを用いてコロナショックの分析をした先行文献は、McKibbin & Fernando (2020)とPWC(2020)がある。McKibbin & Fernando (2020)では7つのシナリオを分析し、日本のGDPはマイナス0.3%からマイナス9.9%と試算している。PWC(2020)は豪州への影響を分析し、豪州のGDPはマイナス1.32%と試算している。
4 「新型コロナで今年はマイナス成長」日本総合研究所・関辰一(SankeiBiz2020年4月6日)
https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200406/mcb2004060500005-n1.htm
5 Wolf, Martin, "We must focus attention on our next steps," Financial Times, April 7, 2020
https://www.ft.com/content/b427db58-77e6-11ea-af44-daa3def9ae03