国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2020-11)
中国の「戦狼外交」:コロナ危機で露呈した限界と課題

2020-05-15
桒原響子(日本国際問題研究所 研究員)
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 中国の新型コロナウイルス感染症への対応をめぐり、中国の初期対応が後手に回ったこと、および情報開示が十分でなかったことなどから、米国をはじめ各国において中国に対するイメージが悪化している。そうした中、中国はコロナウイルスの制圧に成功したと喧伝する一方、世界各国に医療物資や医師団を送るいわゆる「マスク外交」を展開し、自国のイメージ回復に躍起になっている。中国国民による使用が禁じられてきたTwitterを駆使し中国外交部報道官が自身のTwitterアカウントで諸外国の世論に働きかけ、さらには習近平国家主席自らが各国首脳に電話攻勢をかけるなど、世界のリーダーとして振舞おうと必死さが垣間見える。
 しかし、中国の攻勢は空転し、むしろ世界の反発を買う結果となっている。米国が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼称し、最近では同ウイルスが武漢ウイルス研究所から流出した疑いがあると批判したのに対し、中国側が、米軍がウイルスを武漢に持ち込んだ疑いがあると反論、相互にメディアを用いてけん制し合うという、「プロパガンダ合戦」が繰り広げられ、米国の対中世論を悪化させている。また、中国と経済的結びつきが強く、長年中国に対する直接的な批判を避けてきた欧州や豪州、さらにはアフリカ各国までもが、中国の医療器具や医薬品に頼る一方、こうした中国からの支援に対し「感謝」を表明するよう要求されたり、経済的な脅しを受けていることが原因で、中国に対する不信感が高まっている。


イメージ挽回に躍起になる中国の「戦狼外交」

 新型コロナウイルスが世界中に広がる以前から、中国のパブリック・ディプロマシーは、度々、プロパガンダと呼ばれた。他国に対する世論工作は、中国共産党中央宣伝部をはじめ、統一戦線工作部、そして外交官らによって行われており、中国語や中国文化の普及活動をはじめ、多彩なメディア戦略等を用いて、時には他国批判も行いつつ、国際社会に対する情報を制限しに、他国に対して威嚇的なメッセージを発信してきた。
 中国のパブリック・ディプロマシーで用いられる「力」の概念は、2017年末頃から米国を中心に「シャープパワー」と称されるようになっていたが、新型コロナウイルスをめぐり、「戦狼外交(Wolf Warrior Diplomacy)」や「最後通牒外交 (Ultimatum Diplomacy)」といった強硬な外交が加速しているように見受けられる。習近平国家主席は、20を超える各国の首脳と電話会談し、支援を表明し、協力を約束しているが、中には中国に対し感謝の意を表明するよう要請されている国もある。例えば、ポーランドでは、アンジェイ・ドゥダ大統領自らが習主席に電話で中国からの支援に感謝を表明せよという圧力がかけられ、またドイツでは、ドイツ当局や大企業に対して、中国からの支援や努力に対し感謝状を贈るよう求められたと、5月3日付のニューヨークタイムズが報じた。また、米国ウィスコンシン州のロジャー・ロス上院議長も、同州が中国の取り組みに対する支持を強要する内容のメールをシカゴ中国領事館から受け取ったとしている。
 ちなみに、「戦狼外交」とは、2015年と2017年にシリーズで公開された中国のアクション映画『ウルフ・オブ・ウォー(英語表記:Wolf Warrior)』になぞらえた、過激な外交官による中国の好戦的な外交手法である。同作品は、中国人民解放軍特殊部隊「戦狼(Wolf Warrior)」の元隊員の主人公が、演習途中で米国人傭兵軍団の襲撃にあい仲間を失ったことから、傭兵軍団と死闘を繰り広げる物語である。映画が大ヒットを記録した時期の前後、米中間では貿易摩擦が問題となり、両国の技術的優位性や国際社会での影響力をめぐり対立を繰り広げていたことが背景となり、中国の政府関係者や外交官が戦狼的とも攻撃的ともいえる手法で広報合戦を展開するようになったといわれている。今回のコロナウイルス対応に関する外交の場面でこの手法がより活発に用いられているのだ。


大国中国として強く主張する「Wolf Warriors」

 「最後通牒外交」が行使されている国もある。「最後通牒外交」とは、従来、中国からの経済支援等と密接に関わっている諸外国(特に開発途上国)に対し、自国の要求を飲ませるために支援の削減や中止をちらつかせ圧力をかける手法であるが、この手法が今回のコロナウイルス対応でも広範に用いられているとみられる。例えばオランダは、4月28日にオランダの台湾事務所(台湾公館に相当)の名称を「オランダ貿易・投資弁事処」から「オランダ在台弁事処」に変更したが、これに中国が反発、オランダへの医療製品等の輸出停止を検討すると圧力をかけたのだ。「一つの中国」原則を徹底させたい中国にとって、「在台」という名称を付け、台湾をあたかも国家であるかのようにオランダが扱ったことは、中国にとって受け入れられるものではない。オランダは、中国のマスク外交に関し、マスク130万枚のうち60万枚のマスクを「医療御用の基準に満たない」として回収するなど、以前から懸念を持っていたと見られるが、この改称措置の背景には、こうした中国へのマスク外交への反発もあるとも考えられる。中国は、オランダによる改称の報復措置として、コロナウイルス対応に追われるオランダの事情を逆手にとり、医療支援の停止をちらつかせた。
 一方、日本に対しては、親日的な広報外交を展開することで日本の世論の取り込みを図ってきた。中国外交部の華春瑩報道官が2月の定例記者会見で、日本からの支持や支援に公式の謝意を示し、華報道官が昨年末から始めたとされる自身のツイッターで、漢詩とともに日本語で親日的な応援メッセージを度々投稿している。外交部の報道官が公の場や中国での使用が禁じられているTwitterを用いて日本に対して謝意を送ることは極めて異例である。
 中国政府内では、大国中国にふさわしく、より強く主張する外交を求める声が強まってきていた。これを示唆するように、中国共産党機関紙「人民日報」系の「環球時報」英語版は4月16日に「戦狼外交」について取り上げ、「中国が唯々諾々と従う時代はとっくに終わった」と言い放った。ニューヨーク・タイムズをはじめとする欧米メディアは、この記事に敏感に反応している。
 こうした中国国内の空気を反映して、趙立堅副報道局長が2月下旬に中国外交部のスポークスパーソンとして就任すると、「戦う外交官」として強硬な発言を繰り返し、また各国駐在の中国大使をはじめとする外交官も強気の発言を行う様子が中国国内外で報じられている。
 このように中国は、自らのイメージを挽回し、日本など諸外国を自国の味方につけるために、躍起になって世論工作を展開しているとみられるが、中国当局が表立って経済的圧力をかけ、さらには各国政府からの謝意を直接要求するといった強圧的ともいえる行動は、これまでの中国のしたたかなパブリック・ディプロマシー戦略とはまったく趣を変えている。
 そこには中国の焦りが垣間見える。中国の指導者らが、コロナウイルス対応が国内での自らの立場に悪影響を及ぼしうる深刻な危機と捉えていることの裏返しといえよう。習近平政権は、中国政府の情報隠ぺいがウイルスの感染を拡大させたのだと国内外から批判を受けており、また、経済がダメージを受けたことによって中国社会に不満が溜まっている。そうした中、李克強首相は、マクロ経済政策の調整を進め感染拡大の影響を相殺しようと試みている。李克強首相のプレゼンスが高まる中、習近平国家主席は、自分こそがコロナウイルスを押さえ込んだヒーローの如く振舞うことで国内的にも権威を高めようとしているとみられ、コロナ危機による中国国内政治の動揺が中国外交にも影響を与えていることを示唆する。


米トランプ政権が中国をスケープゴート化、欧州等からも相次ぐ対中批判

 最近の米中対立は「米中新冷戦」の様相を呈してきているが、コロナウイルスをめぐり米中は激しい情報戦を展開しており、関係は悪化の一途を辿っている。中国は、米軍がウイルスを中国に持ち込んだ可能性を公言し、一方の米国は、トランプ大統領がウイルスを「中国ウイルス」と呼称し、さらには、証拠を開示しないまま、トランプ大統領やポンペオ国務長官が、武漢ウイルス研究所が新型コロナウイルスの発生源である可能性を主張し、米情報機関に徹底調査を指示した。さらにトランプ大統領は、4月15日、コロナウイルス対応でWHOが中国寄りだとしWHOへの拠出金停止を表明した。
 これに対し、中国外交部の耿爽副報道局長が4月21日の定例記者会見で「中国は一貫して公開、透明、責任ある態度で国際的な防疫協力を強めている。発生源は科学の問題であり、専門家の研究に任せるべきだ」と反論し、さらに、5月5日には、トランプ大統領が、今後、新型コロナウイルスの発生源をめぐる報告書を公表すると発言するなど、双方がウイルスの感染拡大の責任等をめぐって非難し合う事態となっている。
 対中非難は米国の中央政府にとどまらず、地方にも広がっている。ウィスコンシン州のロジャー・ロス上院議長は、3月26日に中国共産党の対応が世界的なパンデミックをもたらしたと非難決議案を提出した。さらにミズーリ州は4月21日、中国が感染拡大防止策を講じるのを怠り、深刻な経済的損失を引き起こしたとして、中国政府や中国共産党等を提訴した。ミズーリ州はトランプ大統領の属する共和党の地盤州である。トランプ大統領が中国をスケープゴートにするのは、秋の米国大統領選での再選や、自らの政策や政治手腕等に対する批判をかわすことなどが目的とみられる。

 米国だけではない。ドイツやオーストラリアまでもが新型コロナウイルスの発生源をめぐり中国批判を行うようになった。例えば、対中輸出が3分の1を占めるオーストラリアも、中国に対し態度を硬化させている。オーストラリアがコロナウイルスの起源等について独立した調査の実施を求めたが、これに対し、駐豪中国大使が経済的報復措置を示唆、また、「環球時報」の編集長が自らのWeibo(4月28日付)に「(オーストラリアは)中国の靴底にくっついたガムのようだ」と侮辱した。これにオーストラリアのマリズ・ペイン外務大臣が反発するなど、両国の関係が悪化している。
 また、ドイツでは、ドイツ最大のタブロイド版大衆紙「ビルド(Bild)」が編集主幹ジュリアン・ライチェルトの署名入りの記事を掲載(4月15日付)、コロナウイルス感染拡大に関して中国に対し1600億ドルの賠償を求めたのに対し、駐独中国大使館が公式に反論した。
 さらに、コロナウイルス対応の一環としての中国政府のなりふり構わぬやり方が各国政府の反発を招いている。5月3日付のニューヨーク・タイムズによれば、過去数週間の間に、少なくとも7名の中国大使(フランス、カザフスタン、ナイジェリア、ケニア、ウガンダ、ガーナ、アフリカ連合)が、コロナウイルス関連で中国から流される「偽情報」や、中国広州でアフリカ系住民に対する人種差別が横行していることについて、ホスト国に説明を求められた。差別のきっかけは、広州にある移民が多い地区でコロナウイルスのクラスターが発生したことであったと多数のメディアが報じている。
 フランスでは、駐仏中国大使館員が「介護施設でフランス人高齢者が見殺しにされている」といった発信を行なったことに対し、ジャン=イヴ・ル・ドリアン外務大臣や議会から強い反発の声が上がっている。


孤立を懸念する中国の焦燥

 中国はまるで自国こそが国際社会でコロナウイルス危機に対応するリーダーシップを発揮し、困難に直面している各国に寄り添うヒーローであるかのような振る舞いをするとともに、コロナウイルスの感染拡大の責任を他国に押し付け、「戦狼外交」や「最後通牒外交」を展開している。その目的の一つは、国内的には、コロナウイルス対応への遅れと情報隠蔽を理由に習近平政権への批判が出始めたのを押さえ込み、中国のコロナウイルス対策は国際社会から評価されていると喧伝する意図があるとみられる。また、対外的には、米中の二国間対立が深刻化する中で、国際社会における孤立を懸念する中国は自らを支持する国を増加させ、中国を主体とする国際社会対米国の対立構造をつくりだそうとしていると考えられる。
 しかし、中国の試みは中国の望み通り進まず、むしろ逆効果を生んでいる。米国では、米中政府関係が悪化するだけでなく、米一般世論の対中観も悪化している。米国ピュー・リサーチ・センターの3月の調査によれば、中国を「好ましくない(unfavorable)」と回答した米世論が66%と過去最高を、反対に「好ましい(favorable)」と回答した米世論は26%と過去最低を記録した。中国に対する米国の否定的な評価は、トランプ政権発足以降20ポイント近く上昇したことになる。また、欧州では、中国との経済的な結びつきの強い国までもが、中国との貿易のみならず、中国の通信技術や医療機器や医薬品に頼りすぎている現状を憂慮する見方を示すようになってきている。


中国のコロナ外交の限界と課題

中国のパブリック・ディプロマシーは、21世紀に入って戦略的に展開されてきており、特に、米国世論対策等は一定の効果を生んできた。しかし、2010年代以降、中国が大国としての自信をつけ始め、さらに近年、米国との関係が厳しさを増してきたことを背景に、より強硬に自国の主張を展開すべきだとの考え方が前面に出てきた。
 いわゆる「戦狼外交」と呼ばれるアプローチであり、若きスター趙立堅副報道局長の登場でその動きが加速した。国益を重視し、堂々と自国の立場を主張するというアプローチなのであるが、相手に恩着せがましく感謝を要求したり、恐喝的な発言を繰り返したりするやり方が、各国から品格を伴った外交とは認められず、逆効果となっていると考えられる。
 「戦狼外交」のような強硬なやり方に対し、中国国内でも疑問が提示され始めており、中国社会科学院が運営するウェブサイトの文章「中国に対する外部からの攻撃への対応能力向上に注力せよ(中国語:着力提升因应外部对华舆论攻击能力)」(4月24日付)は、世論戦に勝利するために中国がとるべきコミュニケーション手段を以下のように具体的に述べている。

(1) 中国の名誉と権利を守るために、米国メディアをはじめとするメディアによる中国に対する攻撃の基本的な状況、特徴、傾向を深く理解し、深く考え、合理的かつ適切に対応することが必要である。
(2) コロナウイルスが世界中に広がったことによって、海外メディアによる中国に対する攻撃的な報道が増加していることを受け、政府メディア、民間メディア、メディアワークアソシエーション、外交部、重要企業、シンクタンク等が海外世論を監視するための多元的なメカニズム(ネットワーク)を構築し、米国等主要な外国メディアの動態を24時間体制で監視し、中国に対する誹謗・中傷・攻撃への迅速かつ強力な対応と反撃を組織し、否定的な世論の発信源と拡散をカバーするよう努める。
(3) 海外メディアが(コロナウイルス対応における)中国の欠点を批判していることに対して、中国メディアは、真実を見極めた上で、客観的かつ公平に外部に対して事実を理解させるべきである。
(4) TwitterやFacebookに代わるものとしてWeiboやWeChat等の中国のソーシャルプラットフォームを使い、宣伝する。
(5) 言葉の応酬だけでなく、冷静かつ客観的に、理性を持って人々を説得し、平等・協力・善意の概念を解き放つなど、メディア対応の方法や取り組み方を改善すべきである。
(6) 海外のメディアの運営の法則と世論の動向を熟知し、外国語での評論を書くことに長けた複合的なコミュニケーション能力を持った人材の育成を強化すべきである。
(一部抜粋)

 果たして中国が効果的なパブリック・ディプロマシーを発揮できるかどうか、そのためにはあまりにも攻撃的な外交の危うさを反省し、冷静かつ客観的な対応を行う必要があるだろう。その際、他国への恩着せがましく恫喝的な手法によってではなく、相手方への思いやりの気持ちを持つことや節度ある対応も必要と考えられるが、急速に大国化した中国がごう慢な考え方を改めるのは容易ではないとみられる。そうした中、オーストラリアによるコロナウイルスの根源調査の呼びかけが契機となり、欧州の一部も加わり、ミドルパワー諸国が中国をチェックし、国際的な連携を進めようという動きも出てきている。まさに中国のパブリック・ディプロマシーは大きな試練に直面しているといえる。

*本稿は、WEDGE Infinityの筆者の連載ページに掲載された論考に、加筆・修正を加えたものである。


【参考資料】
桒原響子「中国の『戦狼外交』、コロナ危機で露呈した限界」WEDGE Infinity, 2020年5月13日, https://wedge.ismedia.jp/articles/-/19583(閲覧日:2020年5月13日).
林越琴「着力提升因应外部对华舆论攻击能力」『中国社会科学網 中国社会科学日報』, 2020年4月24日.
"BILD präsentiert die Corona-Rechnung: Was China uns jetzt schon schuldet." Bild, April 15, 2020, https://www.bild.de/bild-plus/politik/ausland/politik-ausland/bild-praesentiert-die-corona-rechnung-was-china-uns-jetzt-schon-schuldet-70044300,view=conversionToLogin.bild.html (accessed May 6, 2020).
Kat Devlin, Laura Silver and Christine Huang."U.S. Views of China Increasingly Negative Amid Coronavirus Outbreak."Pew Research Center, April 21, 2020.
Steven Erlanger. "Global Backlash Builds Against China Over Coronavirus." The New York Times, May 3, 2020, https://www.nytimes.com/ (accessed May 6, 2020).