研究報告

2024年度外交・安全保障調査研究事業費補助金
発展型総合事業「アジア・大洋州地域における安全保障上のリスクの実態」内
「朝鮮半島情勢とリスク研究会」「北朝鮮核・ミサイルリスク部会」政策提言

2025-04-08
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本「政策提言」は、3年計画で行われる「朝鮮半島情勢とリスク」研究会の2年目(2024年度)の活動より得られた知見のうち、特に「北朝鮮核・ミサイルリスク部会」に関するものを総合して作成している。本提言の内容は同研究会が実施した複数の研究会合での所属メンバー間の(「韓国内政・外交部会」も含めた)議論に基づいており、また「北朝鮮核・ミサイルリスク部会」メンバー全員の総意として文章化されている。なお、本研究会の所属メンバーが本補助金事業において披瀝するのはすべて個人的な見解であり、したがって本提言はいかなる組織・機関の見解も代表するものではない。

3年計画で行われる本研究会では事業期間中に、比較的短期のスパンを念頭に置いた提言を継続的に発出して、研究会の成果発表の一部に位置づける方針である。この方針に基づき、本「政策提言」では2024年~2025年にかけての直近の地域・国際情勢を念頭に置きつつ、本研究会(特に「北朝鮮核・ミサイルリスク部会」)の直接の考察対象である北朝鮮の核・ミサイル開発と関連した各情勢についての分析と、それをふまえて日本として考えるべき/取り組むべき課題や、当該分野での政策に関するインプリケーションについての記述をもって、提言のとりまとめを行っている。なお、本提言は直接的には2024年度の動向をもとに作成されたものであるが、特に韓国の政治情勢の動きをふまえつつ、2025年4月初旬に発表したものである点を付記する。

1.北朝鮮の核・ミサイル開発の現状

分析

  • 2021年1月の朝鮮労働党第8回大会で提示された「「国防科学発展および武器体系開発5か年年計画」(「国防5カ年計画」)で挙げられた兵器群の大半は実験に成功している。2025年は「国防5か年計画」の最終年となり、実戦配備には至っていない兵器群については次期党大会までの進展が目指されるであろう。また金正恩は2025年2月8日、「核力量を含むすべての抑制力を加速的に強化するための一連の新たな計画事業」に触れており、「国防5か年計画」を事実上継続すると思われる。あるいは新しい兵器群が「新たな計画事業」に加わるかもしれない。また、対ロ軍事協力を通じた実戦の観察から、無人機等も巧妙に利用した「現代戦」から新たな課題を見出すかもしれない。
  • 「国防5カ年計画」発表当初とは異なり、現在北朝鮮はこれらの兵器開発にロシアの支援を得ようとしている。すでに朝鮮人民軍のロシア派兵によって、戦術ミサイル(KN-23)は実戦使用の機会を得ているが、さらにロケット開発などの分野で、ロシアからの技術支援が行われる可能性がある。
  • 「国防5カ年計画」で挙げられた兵器群の多くを開発し配備すれば、北朝鮮は戦術核から中距離、中長距離、ICBMに至るエスカレーション・ラダーを構築できることとなる。加えて、2024年6月に署名された朝露包括的戦略パートナーシップ条約の存在も考慮するとき、北朝鮮はそこにロシアの核、軍事介入をも組み込もうとしていると考えられる。
  • バイデン政権期に進んだ「大国間競争」の様相は、北朝鮮の「国防5か年計画」の遂行に有利に作用している。北朝鮮のミサイル発射に対して国連安保理は、2022年5月の会合以来、議長声明すら出せない機能不全の状態に陥っており、北朝鮮は新たな国連安保理制裁のリスクを考慮せずに「国防5か年計画」を進めることが可能となっている。
  • これまで、北朝鮮の「国防5か年計画」下の兵器群の実験の多くは運搬手段に関するものであったが、北朝鮮がさらに踏み込んで第7回核実験を強行したとき(爆発規模の小さい戦術核弾頭の作動実験の可能性が高い)、ロシアおよび中国の反応は核不拡散体制を揺るがす――NPT核兵器国でもある安保理常任理事国が一致した行動をとれない――最初の例になるかもしれない。安保理において、米国はロシアの拒否権行使を回避するために弱い制裁決議案を提示しようとするであろうが、現状ロシアがこれに賛成する可能性は低い。また米国が提出する制裁決議案にロシアが拒否権を行使すれば、朝露包括的戦略パートナーシップ条約の「一方的な強制措置の適用への反対」(第16条)の実例となる。ここから、ロシアが拒否権を行使しなくとも、棄権する可能性はあるとみなければならない。
  • その際に中国がいかに対応するかは不明であるが、中国が――ロシアとは異なり――北朝鮮の核開発に強く反対していることを鑑みれば、北朝鮮の核実験への国連安保理での中国の対応は、ロシアのそれとは異なるかもしれない。

提言

  • 北朝鮮が構築しようとしているエスカレーション・ラダーに対抗しうる日米韓のエスカレーション・ラダーが存在しているのか、が再検討されるべきである。北朝鮮の戦術核に対応する「ラダー」としては、第1次トランプ政権末期にSLBMに配備された戦術核か、グアムに配備される戦術核があるのみであり、さらに中距離核はこの地域には存在しない。そのような、北朝鮮への戦術・戦域レベルの核態勢の実効性については検討の余地があろう。ただし、米国の一部で主張される在韓米軍への戦術核再配備については、慎重に対応すべきである。在韓米軍に戦術核が配備されれば、それは北朝鮮が攻撃される前に攻撃しようする誘因となる――核使用の敷居を下げる――ことになるためである。
  • 北朝鮮が核実験を強行したとき、これまで国連安保理で一致した行動をとっていた中露両国の対応に差異が生じれば、それは中露関係にとっての契機となるかもしれない。長期的には、そこから北朝鮮の核開発についてみられた部分的な米中協調の復元に至る可能性も生じうる。日本としては核実験を容認しないことに加え、核不拡散体制の再構築に向けた各国への働きかけにも注力する必要がある。
  • 北朝鮮の大量破壊兵器の実験について、国連安保理が機能不全に陥り、NPT上の核兵器国でありミサイル技術管理レジーム(MTCR)、原子力供給国グループ(NSG)の参加国であるロシアが北朝鮮への技術協力に進む可能性が高まるなか、制裁維持・監視体制の強化の必要性はより高まっている。また拡散金融の公然化をも示唆する露朝包括的戦略パートナーシップ条約の締結は、安保理決議に基づく対北朝鮮制裁の権威と実効性の毀損をもたらしている。日本は、多国間制裁監視チーム(MSMT:2024年10月設立)の活性化を主導し、制裁体制の立て直しを図るべきである。

2.トランプ政権再発足と米朝関係

分析

  • 第2次トランプ政権の外交姿勢は、「ホット・スポットの管理」に主眼が置かれており、現状ではウクライナ・中東に関心が集中している。このことは、朝鮮半島が「管理されたホット・スポット」であり続ける限り、トランプ政権の同地域への関心が高まらない可能性を示唆するが、他方でトランプ大統領は北朝鮮との交渉にたびたび言及しており、政権にとってのレガシーの獲得にプラスとなると判断すれば――とりわけウクライナ・中東情勢の調停が不調に終わった場合――性急な関与に舵を切る事態が考えられる。
  • 他方、ウクライナをめぐる交渉の過程ではロシアへの支援・派兵を行う北朝鮮の存在がクローズ・アップされることがありうる。それを一種の契機として、ウクライナ戦争の停戦、ロシアにとっての北朝鮮の重要性の低下、北朝鮮の対米「対話モード」への移行が見られる可能性も想起される。
  • 米朝協議が本格化した場合、第2次トランプ政権の北朝鮮に対するスタンスは、上記の外交姿勢を受けて紛争管理・リスク管理・リスク低減を基調とするものとなろうが、それらが当事者主導や多国間協議の形で行われることは考えにくく、米朝二国間の「取引(ディール)」が選好される可能性が高い。その際に懸念されるのが、北朝鮮が「北朝鮮の非核化」を議題とする米朝協議には応じず、むしろ核能力の向上を背景に、米国により大きな譲歩を求めてくる事態である。そこで北朝鮮は制裁解除、核保有の容認、在韓米軍の削減・撤退、米朝平和協定などを提起するかもしれない。そして北朝鮮もまた――2023年末以来主張している「南北敵対的2国家論」に鑑みても――そのような取り決めを、韓国を関与させない形で進めようとするであろう。
  • 第2次トランプ政権に入り、北朝鮮を「Nuclear Power」と表現する等の傾向が表面化しているが、同政権は非核化目標の放棄や核保有国としての容認を意図しておらず、抑止・制裁の上に米朝協議を試み、非核化を目標とする歴代政権のスタンスを維持している。ただし米国にとってのリスク低減(上記)という観点から、軍備管理的な交渉が追求される可能性がある。

提言

  • ありうる米朝協議が「軍備管理」交渉に近くなるか否かという問題については、慎重さが必要である。北朝鮮がこれまで一貫して、申告をはじめあらゆる検証措置を拒絶しながら核開発を進めてきたことを想起すれば、北朝鮮がトランプ政権との交渉過程で検証措置に好意的に応じることは考えにくい。したがって、そこでいう「軍備管理」は「リスク管理」に近いものであり、「非核化」に至る中間的措置として位置づけられるべきものであることが、共通認識とされねばならない。
  • また、「軍備管理」が、北朝鮮の核保有を既成事実化する措置に連動することについても警戒すべきであろう。日米首脳会談共同声明(2025年2月)にて確言されたように、日本としてはあくまでも「北朝鮮の完全な非核化」が目標となることを米国に繰り返し確認していく必要がある。
  • 日朝関係の再調整(米朝交渉と連動させ、拉致・核・ミサイルの包括的解決原則を維持した上での柔軟対応、国際的な枠組みと矛盾しない形での日本独自の外交オプション(条件付での連絡事務所設置など)の模索を図ることは、そのような動きを顕在化させる上で一手たりうる。ただし北朝鮮は現時点で対日交渉を優先事項としておらず、日本として有するレバレッジにも限界があることから、信頼関係の構築から着手せざるをえない。

3.日米韓の抑止態勢

分析

  • 韓国の政治的混乱は、尹錫悦大統領の弾劾・罷免決定と次期大統領選挙の実施決定(6月初旬と考えられる)を受けてさらなる長期化が予想され、それが2023年8月の「キャンプ・デービッド合意」以降の日米韓安保協力の枠組みを動揺させる可能性は否定できない。特に、対日協力を進めた尹政権下においてさえ、「キャンプ・デービッド合意」後に日韓間の――米国を介さない形での――共同訓練が実現していないことを踏まえれば、日韓安保協力への影響は避けがたい。
  • 第1次政権期に「インド太平洋戦略」を提唱していたこともあって、第2次トランプ政権がこの概念を否定することは考えにくく、またトランプ政権が1期目以上に中国に対する抑止を重視している点も勘案すれば、「インド太平洋戦略」は継続すると考えられるが、それはバイデン政権期のとは異なった色彩を帯びたものとなろう。特に第2次トランプ政権に入って関係国により積極的な対中政策、台湾問題へのコミットメントを求める傾向が表面化しつつあり(日米韓外相会談共同声明(2025年2月))、日本はもとより韓国にも対中牽制・台湾問題での貢献(負担)が求められることが予想される。
  • かつて在韓米軍が北朝鮮抑止に特化した「硬直性」から脱却し、「戦略的柔軟性」をもたせるべきとの議論が起きたとき、当時の盧武鉉政権はこれに強く抵抗した。進歩派は保守派よりも米中対立に「巻き込まれる」ことに対する懸念は強いとみなければならない。これも日米韓協力に影響を及ぼす一因となりうる。
  • 他方で、米中対立の長期化・深刻化に代表される戦略環境の変化にともなって、韓国が取りうるオプションの幅は以前に比して狭まっている。そのためもあり、米朝間に北朝鮮の核保有を容認するような合意(前項参照)が成立し、それが米韓同盟の弱体化に波及するといった事態に対しては、韓国は――保守・進歩政権を問わず――抵抗するであろう。

提言

  • 北朝鮮が日米韓協力に対する反発のトーンを弱めていない状況は、日米韓の安全保障協力および米国を中心とする欧州・インド・フィリピン等との連携による「面としての抑止」の有効性を裏付けるものといえる。抑止と対話は二者択一ではなく相互補完的なものであり、米朝協議の可能性いかんにかかわらず、北朝鮮の核・ミサイル開発を背景とした抑止向上は注力される必要がある。この観点から、第2次トランプ政権下の「インド太平洋戦略」の動向、また同政権の「統合抑止」概念・QUAD・AUKUSなどへの姿勢について注視しなければならない。
  • 韓国の政治的混乱が日米韓安保協力の動揺につながり、また第2次トランプ政権が米朝直接協議に傾斜するような場合において、「キャンプ・デービッド合意」のモメンタムを維持する上での日本の役割はいっそう重要性を増すこととなる。その際には日韓間の合意履行に米国を介在させることが必要となろう。日米協力を先行させて韓国をそこに「巻き込む」手法は、韓国を刺激する可能性が高いためである。
  • そのような前提の上に、日米の動き(在日米軍の機構改編(統合軍司令部創設)や自衛隊の再編(統合作戦司令部設置)といった)と米韓の動き(核協議グループ(NCG)、戦略司令部(韓国軍)創設)を連携させていく可能性が検討されるべきである。
  • また、具体化の緒についた「キャンプ・デービッド合意」の制度化を、防衛面の三か国安全保障協力フレームワーク(TSCF:2024年7月)、外交面での日米韓調整事務局(同11月)等を通じて調整しつつさらに強化しなければならない。

(2025年4月7日校了)