本「政策提言」は、3年計画で行われる「北朝鮮核・ミサイルリスク研究会」の1年目(2024年度)の研究活動より得られた知見を総合したものである。本提言の内容は同研究会が実施した複数の研究会合での所属メンバー間の議論に基づき、またメンバー全員の総意として文章化されている。所属メンバーが(研究会を含む)本事業において披瀝するのは個人的な見解であり、したがって本提言はいかなる組織・機関の見解も代表するものではない。
3年計画で行われる本研究会では事業期間中に、比較的短期のスパンを念頭に置いた提言を継続的に発出して、研究会の成果発表の一部に位置づける方針である。この方針に基づき本「政策提言」では2023年~2024年にかけての直近の地域・国際情勢を念頭に置きつつ、日本として考えるべき/取り組むべき課題を抽出し、提言としてまとめている。
北朝鮮の核・ミサイル開発の現状
北朝鮮の核・ミサイル開発は、2021年1月の第8回党大会で示された「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」(以下、5か年計画)に従って進展している。2023年4月には、そこで示された固体燃料化された大陸間弾道ミサイル(ICBM)(「火星-18」)が発射された。北朝鮮は、米国の核使用を抑止するための「戦争抑止戦略」、朝鮮半島内部での武力衝突からエスカレートする戦闘に対処する「戦争遂行戦略」という二つを同時に追求しているが、上の固体燃料化されたICBMは「戦争抑止戦略」を構成するのに対して、「戦争遂行戦略」を構成する兵器開発も進んでいるとみてよい。「5か年計画」では「戦術核開発」も挙げられたが、2023年4月には、戦術核運用部隊の合同戦術訓練が実施された。「5か年計画」は次回党大会(2026年)までに達成すべき兵器体系であり、そこに含まれる原子力潜水艦などは達成困難であろうが、「軍事偵察衛星」の打ち上げにこぎつけるなど、概ね計画に沿った開発は加速化していると考えてよい。
特筆すべきは、金正恩総書記が「新冷戦」というレトリックで、国際情勢を多極化した大国間対立という国際情勢認識を示していることであろう。ウクライナ戦争以降、北朝鮮はロシアを擁護し、米中関係では台湾問題で中国を擁護することで大国間対立を煽り、いまやロシアとの軍事的共闘をほぼ公言しているほか、ミサイル開発、宇宙開発などの技術協力の可能性までも指摘されている。シベリアへの労働者派遣など経済制裁の抜け穴も、核・ミサイル開発を促進している。そのぶん北朝鮮で経済建設に投じうるリソースは逓減しているが、それでも兵器開発のためのソース投入のペースが緩められる兆候はなく、大国間の対立に乗じて、今後も兵器開発を進めるであろう。
北朝鮮が大国間対立を煽る外交は、国連安保理の場でも奏功している。北朝鮮の弾道ミサイル実験は、国連安保理決議に明白に反するものだが、2022年1月の「火星-17」以来、22年5月に国連安保理で米国が提出した制裁決議案に対し、中露が拒否権を行使して今日に至っている。2006年10月の第1回核実験以来、米国と中国、ロシアは、北朝鮮に対する経済制裁で一致した行動をとってきたが、大国間対立の結果、安保理は北朝鮮の弾道ミサイル発射に対して議長声明すら発表できない状況に陥っている。今後、「小型・軽量化」の目的として過去の実験より低出力の核実験を行った場合、現在の国際情勢下では制裁決議が採択されない可能性すら懸念される。
北朝鮮の核・ミサイル開発――わけても「戦争遂行戦略」を構成する戦術核開発は、北朝鮮の対南認識にも波及している。金正恩は2023年末の党中央委第8期第9回全員会議拡大会議で韓国を大韓民国と呼び、南北関係を敵対的な二国間関係とし、統一すべき対象とみなさないとする演説を行った。この対南認識には、国内若年層に広がる「韓流」など思想的影響を遮断する劣勢認識も含まれていようが、もはや同民族とはみなさない対象に戦術核使用を躊躇しないという姿勢を示しているとも考えられる。
提言
- 北朝鮮が大国間対立に乗じた外交を展開するなか、中国・ロシア・北朝鮮は協力関係を深めているが、それでも3か国の立場が完全に一致しているとはいえず、特に中国はロシア・北朝鮮の関係強化を警戒している。中国はロシアのように公然と制裁違反となる支援はしないとみられ、またロシア・北朝鮮との関係を維持しつつ、米国、韓国との関係でも対立が大きくならないよう制御している。日本が北朝鮮関連で連携しうるとすれば、ロシアよりは中国であろう。もとより日中関係においても懸案事項は多いが、中国との関係が好転してきたタイミングには、北朝鮮によるサイバー攻撃など、中国にも共通の脅威にともに対処する必要があるという議論を前面に出すような外交的レトリックを使うことも検討すべきと考えられる。
- 北朝鮮が兵器技術、資金を調達するルートはサイバー空間を含め多様化している。
国連安保理決議の意義を損なわないためには、IT労働者の派遣やハッキングなどサイバー分野の活動が既存の制裁の違反であるとの認識を喚起するとともに、また制裁を制裁としてのみ捉えるのではなく、例えば、禁輸対象の石炭が劣悪な環境で採掘されていることをとらえて、人権デューデリジェンスなど新たな国際的価値観とも関連付けて各国に働きかけ、制裁を軽視/違反する国が広がることを防ぐ必要がある。さらに、これまでの過程で露呈した経済制裁の「抜け穴」をふさぐ努力が継続されるべきであり、特に北朝鮮と関係が深く、北朝鮮にとっては制裁回避の「抜け穴」になっているアジア・アフリカ地域等の第三国へのキャパシティ・ビルディング支援を強化すべきである。
米朝関係と日米韓関係
北朝鮮の非核化のための主軸は米朝関係であるが、それが再開される可能性は乏しい。米国は無条件の協議再開を主張しているが、そこで米国は北朝鮮に弾道ミサイルなどの発射実験の停止、核実験凍結を求めてくるであろうし、それが「国防5か年計画」の完遂を優先している北朝鮮には受け入れられないことはいうまでもない。2023年7月、金与正党副部長は、「仮に米朝対話が開始されても、米現政権が交渉のテーブルに載せるのは『CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)』に過ぎないことは火を見るより明らかだ」との談話を発表したが、これまで蓄積した核能力を段階的であっても放棄を求める内容の米朝協議には、北朝鮮は当面関心はないと考えてよい。
他方、米国は、「調整された現実的アプローチ」を掲げているが、政権周辺では朝鮮半島の完全な非核化という目標に変わりはないものの、リスク低減や軍備管理の推進を北朝鮮に提示すべきだとの主張も強まってきている。2024年11月の米大統領選挙には余談は許されないが、トランプ政権が再び発足した場合、北朝鮮が対米交渉を試みる可能性は排除できない。その場合、北朝鮮は第2回米朝首脳会談(ハノイ、2019年2月)までの争点「(段階的)非核化×制裁解除(緩和)」に代わって、その間の核・ミサイル能力の向上を背景に「核軍縮交渉×制裁解除(緩和)」を試みるかもしれない。ここでいう「核軍縮交渉」が軍備管理として始まるとすれば、それは北朝鮮の核・ミサイル開発の上限を設置することを目標にすることになろうが、それは別の側面として上限内での核・ミサイル能力保持を認めることになりかねない。しかも、核軍縮・軍備管理交渉は互いの核・ミサイル開発の全容を明らかにしつつ、検証措置を受け入れることが前提となるが、それに最も抵抗を示し、国際的検証措置が及んでいないのは他ならぬ北朝鮮である。
また、韓国の尹錫悦政権が示した米韓同盟の強化の努力は、2023年4月の「ワシントン宣言」として結実した。そこでは、朝鮮半島内部での武力衝突がエスカレートして北朝鮮が在韓米軍の介入などを阻止するために核使用の威嚇を行ったときそれを抑止し、また抑止が破れたときの核使用のため、韓国の米韓連合軍司令部とやがて生まれる戦略司令部が米国の戦略司令部との提携を強化することが示されていた。このような米韓同盟の強化が、トランプ政権の再発足により毀損されることもありうる。
これは日韓関係についても同様である。2023年8月の「キャンプ・デービッド宣言」は、対中抑止に比重を置きつつも、やはり北朝鮮抑止で日韓が首脳レベルで米国とその意思を確認しており、その点で大きな意義を有する。しかし、第2期トランプ政権が誕生した後に、この文書で確認された意思が持続する保障はない。あるいは、2024年4月の韓国総選挙の結果が、「キャンプ・デービッド宣言」を失速させることも考えられる。このような状況で、北朝鮮が韓国との対立姿勢を示しつつ、日朝会談の可能性をにおわせるなど、日米韓関係に揺ぶりをかける可能性もある。
提言
- 北朝鮮が非核化措置をとる可能性が乏しい以上、日米韓の間で懲罰的・拒否的双方 での抑止態勢の強化は図らなければならない。米戦略資産の韓国への展開は継続すべきであり、日本もそれを支持し続けるべきである。
- 北朝鮮が全面的な対南武力行使を行う可能性は低いが、意図的、偶発的なものを含めて南北間の武力衝突がエスカレートする可能性は排除できない。その際、北朝鮮の戦術核から始まる核使用をいかに抑止するかの検討が進められなければならない。米韓双方は「韓国に対する北朝鮮のいかなる核攻撃」に対しても「金正恩体制の終焉につながる」報復を行うことを確認しているが、それが北朝鮮の戦術核使用に対する核報復として応分であるかについては再検討を要する。いまや北朝鮮は戦術核だけではなく、日本を射程に置く中距離、グアムを射程に置く中長距離、そして米大陸を射程に置くICBMを保有し、エスカレーション・ラダーを確立しようとしているが、これに対して日米韓がそれに対応できるエスカレーション・ラダーをつくることは急がれてよい。
- 「キャンプ・デービッド合意」以降、日韓間で北朝鮮のミサイル発射について情報即時共有システムを稼働させた。しかし、日韓の間で北朝鮮が発射したミサイルの飛翔距離に関する評価が異なる等、情報分析の内容を含む「すり合わせ」が欠如している。日米韓の情報共有及び脅威評価に関する対外発出のあり方(内容やタイミング)が対北朝鮮抑止へ与える否定的影響への対応についての議論を開始すべきである。
- また、日韓・日米韓の対応がバラバラになることはとりもなおさず対北朝鮮抑止力の減退を意味する。北朝鮮の核・ミサイル能力が向上する状況において、対北朝鮮抑止力はとりもなおさず日米韓3か国の一体感(=「面としての抑止力」)に依存することが、共通認識とならねばならない。
- 他方、日米韓が抑止態勢を強化することは、日本が外交的手段によって核・ミサイルリスクを低減させることと排他的ではない。日本として、北朝鮮に「宥和」とみなされない関与のあり方についても、検討しておく必要がある。
- 日本が対北朝鮮関与を行うにせよ、トランプ政権が再発足するとすれば、それは大きな変数になるであろう。トランプは大統領在任中、「合意は米朝で、履行のための負担は日韓で」(2018年6月、シンガポール米朝首脳会談後の記者会見)と発言した経緯があり、合意過程から日韓を外しつつ日韓に負担を負わせるかもしれない。そのような場合、これを逆手に取る形で、拉致問題を含み日本の立場を反映させる発想が必要になるかもしれない。
- トランプ政権の誕生いかんを問わず、日米韓の指揮統制面での連携強化、日韓2プラス2の設置などを含め、日韓間の安保協力は推進すべきである。現状、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)は復活したものの、いまだに――特に韓国側で―― 2012年に日韓でGSOMIAと共にほぼ合意に至っていたACSA(物品役務相互提供協定)の必要性が議論されることは少ない。韓国総選挙の結果次第で日韓安保協力は失速することもありうるが、ACSAが北朝鮮の武力行使に即応する形での現場レベルでの対応力を高めることを考えても、ACSAの必要性は主張し続けるべきであろう。
(2024年3月22日)