研究レポート

アメリカ政治の長期サイクルからトランプ政権を考える

2025-02-28
待鳥聡史(京都大学教授)
  • twitter
  • Facebook

「米国」研究会 FY2024-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

長期変動への注目

第二期ドナルド・トランプ政権が発足して1ヶ月が経過した。内政面では、アメリカ国籍取得についての出生地主義の一部廃止や、連邦政府における多様性・公平性・包摂性(DEI)プログラムの終了、電気自動車普及策の撤廃など、社会文化的リベラルの基本的価値観に挑戦する大統領令を矢継ぎ早に打ち出している。連邦政府職員の大量解雇や各行政機関の大幅な予算カットも進められている。外交面では、ウクライナの頭越しに米ロ交渉を行ってロシア・ウクライナ戦争終結を目指す姿勢、ガザからのパレスティナ人追放を意図するような管理案、グリーンランドの購入提案など、戦後国際秩序に背を向けるのみならず、それを壊そうとしているようにすら見える強硬策が目につく。

一言でまとめれば、あまりに大胆、あるいは過激という形容が適切であろうが、そこには何の背景もないわけではなく、基本的な考え方や原則のようなものが見いだせるようにも思われる。それが何に由来するかについては、トランプ自身の信条や功名心、イーロン・マスクのようにトランプ以上に過激な人物を含み、かつトランプに信従する態度が濃厚な政権の構成、トランプ派(MAGA)によって乗っ取られた感のある共和党、その周囲で自己利益を追求する一部の超富裕層の存在など、既に多くの要因が指摘されている。現在まさに起こっていることを理解し、具体的な対応を考えねばならないのであれば、まずはこのような要因に注目した直接的な現状分析が有益である。

そうした作業と並行して、トランプが2度にわたって大統領に当選し、前任のジョー・バイデン政権(第一期の場合にはバラク・オバマ政権)を全否定するのみならず、従来長きにわたって積み上げられてきたアメリカ政治外交の基本的方向性と大きく異なるように見える方針を打ち出しているのはなぜか、より長期的あるいは構造的な視点から考える作業も求められよう。トランプは原因ではなく結果であるという指摘はもはや決して珍しくないが、ではその結果を生み出したものは何かとなると、トランプや彼の周囲にいる人々が直接的に攻撃している要因、たとえば社会文化的リベラルの行き過ぎやグローバル化の悪影響などが指摘されることが多いのではないだろうか。

以下では、そのような直接的な因果連関を検討する作業から少し離れて、アメリカ政治の長期的潮流を論じるいくつかの成果を取り上げ、それを手がかりに考えてみることにしたい。言い換えれば、本稿はトランプ政権をアメリカ政治の長期変動の中に位置づける試みである。

3つの見解

アメリカ政治に長期的潮流が存在するという議論は、厳格な方法論に依拠した緻密な因果連関の論証が重視される今日の政治学において評価されているとは言い難い。しかし、そのような狭義の学術的評価とは別に、新しいと思われる現象に直面したとき、それを相対化するとともに、基本構造を把握するための示唆を与えてくれることも確かである。長期的潮流を見出す立場の中から、ここでは3つの見解を取り上げることにしたい(*)。

1つは、サミュエル・ハンティントンが1981年公刊の著作 American Politics: Promise of Disharmony (Belknap Press of Harvard University Press) で提起した「理念/制度ギャップ論」である。この議論によれば、アメリカ政治史における改革の動きは、望ましいと認識されている理念と実際の政治制度の間の懸隔が大きくなったときに生じ、小さいときには生じにくいという。典型例の1つはジャクソニアン・デモクラシー期で、民主主義の理念が強まったにもかかわらず、政治制度には建国から合衆国憲法制定に至る時期に強かった反民主主義的要素が色濃かったために、大規模な政治改革が生じたとされる。別の例が革新主義期であり、科学的合理性や効率性が社会的に重視されるようになったことに適合しなくなった政治制度に対して、市政改革運動に代表されるような変革が追求されたのである。

もう1つは、アーサー・シュレシンジャーJr.が1986年に発表したThe Cycles of American History (Houghton Mifflin) で定式化した「公的目的と私的利益の30年サイクル論」である。このサイクル論は、おおむね20年の「行動と情熱、理想主義と改革」の時代に、10年の「公的行動にうんざりし、[改革の]結果に幻滅させられる」時代が続いて一周するというものである。すなわち、20世紀初頭の20年間続いた国内改革と国際主義の時代の後に、第一次世界大戦後の10年にわたる停滞と孤立主義の時代が、その後にはニューディールと第二次世界大戦の20年と1950年代のコンフォーミティ(同調、信従)の時代が、さらに1960年代から70年代の国内改革と社会運動噴出の後に、ロナルド・レーガンの保守主義の時代が、それぞれ来るという。そして、国内改革や国際主義が弱まっている時期には、社会を構成する個人や集団の私的利益追求が目立つことになる。

第3に取り上げるのが、ロバート・パットナムがシャーリン・ロムニー・ギャレットとの共著The Upswing: How America Came Together a Century Ago and How We Can Do It Again (Simon & Schuster, 2020) において提起した「共同体志向と個人志向の長期変動論」である。彼らによれば、南北戦争後の「金メッキ時代」に個々人の私的利益追求や拝金主義が高まった後、政治・行政・社会・経済・文化といったアメリカの多くの側面で変革の動きが生まれた。その動きは、1920年代に一時的な停滞を経験した分野もあったものの、総じて60年代まで継続したが、根底にあったのは「私(I)」ではなく「私たち(We)」の利益や厚生を追求しようとする人々の共同体志向であった。ところが、この共同体志向は60年代後半から70年代初頭に反転し始め、それ以前の改革の効果が後で生じた分野を含め、現在では金メッキ時代に匹敵するほどの個人志向の水準にあるという。

(*)ここで取り上げた著作のうち、ハンティントン以外には邦訳がある。

トランプ政権をどう位置づけるか

前節で取り上げた3つの長期変動論に共通するのは、アメリカ政治史には改革の時代と安定あるいは停滞の時代が存在すること、代表的な改革期は19世紀末から20世紀初頭の革新主義期や1960年代のジョン・F・ケネディ、リンドン・ジョンソン両政権期であること、改革期を生み出す背景にあるのはアメリカ社会を構成する個々人の現状認識や改革要求であること、などであろう。いずれもサイクル論的な見方を提起しているものの、その時間的な幅には差があり、シュレシンジャーは30年とするが、パットナムらは60年の改革の時代の後に60年の停滞の時代があると論じる。

これらの見解を基礎に現状を考えると、トランプは原因ではなく結果であるという説明に、少し別の文脈を与えることができる。すなわち、今日のアメリカは私的利益追求あるいは個人志向が強い状態にあり、大規模な国内変革や国際主義への政策転換を下支えする世論は乏しい。むしろ、マスクの「政府効率化省」のような派手な動きこそが、連邦政府による国内再分配政策や対外援助などを私的利益追求の制約要因だと見なす認識に適合的だとさえいえる。トランプ政権は、このような有権者のあり方を背景に登場したのであり、例外的な存在ではない。

有権者の政治不信は高い水準にあり、ハンティントンが指摘した「理念/制度ギャップ」が生じていることも明らかである。しかし現時点では、それは革新主義期のような公共志向あるいは共同体志向の改革を生み出す原動力としてではなく、公共部門の規模や役割をより縮小する方向での変化を求めるように作用している。それは単に「小さな政府」への動きだけを生み出しているわけではない。社会文化的リベラルに顕著なキャンセルカルチャーもまた、異なる見解を持つ人々を公共空間(ここでは政府に限らず、メディアや大学などの公共性を持つ場所すべてを指す)から追放し、他者と共存する場所としての公共空間を拡充するという方向性を拒否する点で、「政府効率化省」を支持する人々と似通った面がある。

だとすれば、有権者の私的利益追求や個人志向が存続する限り、アメリカ政治には転換が生じず、制度の機能不全さらには民主主義体制の危機につながってしまう、という結論も十分に考えられる。昨今のアメリカ民主主義への悲観論、危機論と似た見解は、ここまでの議論からも無理なく導くことができる。だが、直近の世論調査において大統領にさらなる権限を与えるのは危険すぎるとする回答が65%に達するなど、有権者の認識には変化の兆しもあり、これを改革の時代の前夜だと捉えることも不可能ではない(Gabriel Borelli, "Most Americans say it would be 'too risky' to give presidents, including Trump, more power," Pew Research Center, February 14. 2025. <https://www.pewresearch.org/short-reads/2025/02/14/most-americans-say-it-would-be-too-risky-to-give-presidents-including-trump-more-power/> 2025年2月23日最終アクセス)。

トランプ政権が私的利益追求や個人志向に究極まで寄り添った政策を展開することで、「改革の時代」への反転を生み出すのだとすれば、私たちの誰もが想定しなかったような意味で、彼はアメリカ政治史に名を刻むのかもしれない。もちろんそれは「逆張り」が過ぎるにしても、現在の政権や議会といった統治エリートへの注目から離れて、大きな構造変化や広い文脈からの思考を行っておく必要はあろう。